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65 アベルの報告②



 アベルの片眼鏡の奥の瞳がきらりと光る。

 こういう時のアベルは確信を持っているとクラウドは知っているが、敢えて聞いた。


「そう思う根拠は?」

「物的な根拠はありません。ただ、いろんなことが一致するのが根拠といえば根拠」

「……たしかにな」


 アベルの話を整理すると、

・極秘裏に屋敷を留守にしたイザベラは、どうやら留守を誤魔化せるほどの技を持つ魔法使いらしい。

・テンプルトンは『悪い魔女』が城下にいると言った。折しも、ガレアの町で謎の果物売りの老婆が売る金色のリンゴが問題になっていた。

・そして、一時一人で行動していたエステルは、そこから様子がおかしい。


「もしその『悪い魔女』とやらが例の果物売りで、且つ、イザベラだったとしたら、エステルはイザベラと接触したかもしれない。そして、何かされた可能性がある」

「そうなのです。エステル様は何かおっしゃっていませんでしたか?」

「いや、何も。何か隠していることは確かだが、エステルは頑として言わないのだ」


 クラウドがこんなに苦悩の表情を浮かべるのは珍しい。

 エステルのことを心から心配していることが伝わってきて、アベルも胸が痛んだ。


「エステル様の御様子がおかしいと、城の中の主だった者は感じております。アグネスもグスタフも、ルイスも、エマやアンも。ですが皆、理由はわからないと言う」

「果物売りの老婆はイザベラなら、もうとっくに王都へ帰っただろうしな。こちらの線からも探れない」


 クラウドは溜息をついた。


「嫌な予感がする。以前も禁じられていた西の森へ入ったとき、エステルは一人で思い詰め、門を突破した。ああ見えて芯が強いから、思いこんだら周囲が見えない。そして目的をやりおおせるだけの技量も持っている。魔法も使えるしな。今回も何かやろうとしているような気がするのだ」


 アベルは小さく息を吐き、片眼鏡に手をやった。


「エステル様のお考えがわからないなら、周囲が気を配りましょう。アグネスやエマ、アンなど、主だったメイドにもエステル様の言動をよく観察するように言っておきます」

「ああ、頼む」

「それと引き続き、王都の動きを見張ります。特に、イザベラ・リヴィエール公爵夫人を」

「おかしな動きがあればすぐに報告してくれ。俺は……テンプルトンと話をしてみる。明日、ここへ来るように伝えてくれないか」

「かしこまりました」


 アベルは席を立ち、扉へ向かって歩く。扉に手をかける寸前、ふとアベルは立ち止まった。


「……クラウド様」

 一瞬迷うように言葉をとめ、しかしクラウドを振り返る。


 いつも淀みない言動のアベルにしては珍しい。クラウドは小首を傾げた。

「どうした?」

「前からお聞きしようと思って、機会を逸していたのですが……」

 こんな前置きをするのも、いつものアベルらしくない。

「おまえらしくないな。問題ない。言ってみろ」

「は。竜を倒した後、キリルカ村へ行かれましたか?」


 部屋の空気が、硬直したようだった。


 クラウドはアベルを見たまま動かなかったが、

「……いや。行ってない」

 数拍後、それだけ答えた。


「そうですか……立ち入ったことをお聞きし、申しわけございません」

「いや、問題ない」

 クラウドの声は心なしか擦れている。アベルは深く一礼し、執務室を後にした。





「おはようございます、トレンメル辺境伯様。お召しによりテンプルトン、参上いたしました!」


 今日もまた、白いフリルがふんだんに使われたブラウス、特に襟が大きく開いてその周辺にたっぷりとフリルの付いたブラウスを着て、濃紺にスパンコールがちりばめられたビロードのズボンという奇抜な出で立ちのテンプルトンは、執務卓の前で慇懃に頭を垂れた。


「忙しいところすまない。貴殿には、仕立て屋として舞踏会の日程に同行することを願い申し上げるが、どうだろうか」

「もちろん! 貴族のお客様のパーティーへ同行するのは仕立て屋の誉れでございます! パーティーの最中、ドレスやスーツに何かあってもすぐに対処いたしますので!」

「それはありがたい。よろしく頼む。ところで、少し話をしてもいいか」

「オウ、なんでしょう。なんなりと」


 クラウドは遠慮しきりのテンプルトンをソファに座らせ、向いあった。


「先日、貴殿はガレアの町に『悪い魔女』がいるから気を付けろとエステルに進言してくれたと聞いたが、それはどういうことなのだろう」

「オウ……」


 テンプルトンは一筋も乱れのない髭をつまんで黙っていたが、


「トレンメル辺境伯様なら、信じてくださるかもしれませんな」

 そう呟いて、クラウドを真っすぐ見た。

「実はこのテンプルトン、以前は王都で仕立て屋をしておりました」



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