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60 クラウド様が救われるなら


 あれからパン屋へ戻ると、エマが心配してあちこちを探しているところだった。


『もうっ、エステル様! 町でお一人にならないって約束でしたよ! あたしゃどれほど心配したか!』

 ケガはないかと何度も確認し半泣きで怒る。エステルはそんなエマに平謝りし、城へ戻ってきてからはエマの言う通り自室でおとなしくしていた。

 エマが置いていったお茶のカップから湯気が昇るのを、エステルはじっと見ていた。


「イザベラお母様が魔女だったなんて……」


 まだ信じられない。

 けれども間違いない。

 イザベラは魔女だ。


 紛争リンゴモドキを持っていたことも、魔法を使ったことも、鴉に変じたことも、すべてエステルは目の前で見た。


『こうなったらおまえが悪い魔女だということを王に訴え、火炙りの刑にしてやる!辺境伯も魔女を囲う竜殺しの反逆者だと王を洗脳してやるわ!』


 イザベラの哄笑が耳にこだまする。


「どうしよう。わたしはともかく、クラウド様まで糾弾されるなんて耐えられない……! 考えて。考えるのよわたし。どうすればクラウド様をお救いできる?」


 イザベラはやると言ったらやる。それをエステルはよく知っていた。


「きっとイザベラお母様は、舞踏会でわたしとクラウド様を糾弾するわ」

 舞踏会は主だった貴族が集まる場所。大きな発表をするにはうってつけだ。

 エステルは城の人々のことを思い出す。アグネスやグスタフ、アベル、ルイスは討伐隊のときからクラウドに従っていて、クラウドのことを心から尊敬している。

 エステルも、クラウドのことを素晴らしい人だと尊敬している。

 魔物を倒し、竜を倒し、人々に安寧をもたらした英雄。


「そんな人が、わたしのせいで陥れられていいはずない」

 それにクラウドが糾弾されれば、従っているこの城の人々も罰せられてしまう。

 討伐隊で長く流浪していた彼らがやっと手に入れた今の落ち着いた生活を、ぜったいに壊したくない。


 クラウドやお城の人々が助かるには。


 エステルは考える。舞踏会でトレンメル領を助ける最善の方法は。


「……やっぱり、これしかないわね」


 王都から遠く離れたトレンメル領からでは、舞踏会までに今から何か対策を打つことは難しい。

 最善は、イザベラがそうしようとしているように、舞踏会の場を使うこと。


「わたしが舞踏会で自分は魔女だと認めて、『離婚する』と宣言して国を追われればいい」


 魔女は、自分から申告すれば火あぶりは免れる。最悪の罰は国外追放だ。


「わたしが国を追われれば、魔女を囲っている咎でクラウド様や皆さんが糾弾されることはない」


――でも。

 その方法ではもう二度と、クラウドと会えなくなるだろう。


「……クラウド様が、救われるなら」 

 昔からイザベラに虐げられてきたのだ。

 イザベラの毒牙にかかるのは、自分だけでいい。





「エステルを見かけなかったか?」

 クラウドの問いに、アグネスは困ったように言った。

「西の森へ行かれてますよ」

「またか……」

「アベル様が御一緒ですから、大丈夫だと思いますけどね」


 仮縫いの日以来、エステルは西の森へ行くことが多くなった。

 またあの日以来、なんとなくエステルに避けられている気がする。


 忙しい生活の中、唯一二人になれる就寝前のひとときも、この頃ではほとんど一緒に過ごせていない。

 就寝前、エステルは変わらずクラウドを気遣ったお茶を調合して淹れてくれる。しかし、一緒に飲むことはない。アグネスやエマに聞けば、体調が優れないとか疲れているとかで先に休んでいる。


「仮縫いにあまり参加しなかったことを怒っているのか……?」

 照れとエステルの美しさがキャパオーバーでクラウドは早々に退散したが、それがいけなかったのだろうか。


 エステルの美しいドレス姿が脳裏に焼き付いて離れない。

 あのとき、もっと素直にエステルを褒め、一緒に仮縫いに参加するべきだったのかもしれない。


「はあ……つくづく自分の性格が嫌になるな」

 クラウドは女性からモテることはあっても、自分から女性を想ったことがなく、従って恋愛経験と呼べるものはほとんどなかった。あっても一方的で一時的な関係でしかなかったし、クラウドの不愛想で寡黙なところに辟易していつも女性の方から去っていった。


「エステルに会いたい」


 言ってからハッと口元をふさぐ。執務室なのでクラウド以外誰もいないが、思わずきょろきょろと周囲を見てしまう。恥ずかしさで悶絶死しそうだ。


「……たるんでる! 鍛え直さなくては!」

 クラウドは立ち上がり、階下へと向かった。

 ホールには、おそらくルイスがいるはずだ。





「探してるんじゃねえかな!」

 ルイスが切っ先を繰り出す。クラウドはそれをかわしルイスの脇を突く。

「何を!」

「だから!あれだろ!記憶の花!」

 クラウドの突きは僅差で当たらない。

「舞踏会の準備も落ち着いたしな! もともと探したがっていたじゃんか! 記憶の花!」

「納得いかん!」


 かーん、と高い音がして、ルイスのレプリカの剣が弾き飛ばされた。


 クラウドは少し上がった息を整えつつ、手で汗をぬぐう。


「今じゃないとダメなのか」

 確かにエステルは『記憶の花』という魔草を懸命に探しているようだ。そのためにトレンメル領に嫁いできた、とまで言っていた。


「さあ」

 ルイスも汗をぬぐいつつ、肩をすくめる。

「ま、いいじゃねえか、エステル様には西の森へ行ってもいいって許可出してんだから。アベルも一緒だし、ルールは破ってねえだろ」

「……ぜだ」

「はあ?」

「なぜ俺じゃないんだ!」


 クラウドはいまだ忙しいが、外回りの仕事がひと段落したので執務室にいることが多い。


「俺と一緒に行けばよかろう」

「そりゃ、おまえが忙しいから気を使って――」

「納得いかん!」


 ダメだこりゃ、とルイスは溜息をつく。

(完全な嫉妬じゃねえか)

 言ったら殺されるので、ルイスは黙っていた。





「あった! セージ、ティトリー、あっ、ワートまで!」

 エステルは背負った大きな籠に次々と薬草を入れていく。

「働き者ですねえ、エステル様は。クラウド様のために空いた時間で薬草採りなんて」

 アベルは感心したように言う。魔物が出ないかアベルが見張っていてくれるので、エステルは薬草採りに集中できた。


(クラウド様のお茶用の薬草ももちろん採っているけれど……)

 国を追われれば、新しい土地へ行くまで、仕事が見つかるまで、なんとか食べていかなくてはならない。


 わずかでも薬を作って持っておけば、足しになるだろう。

 そう思って、舞踏会までの間に集められるだけの薬草を集め、薬を作っている。

 見つけられないものや足りないものはプルロットの店に行って、買っていた。


(それと……)

 プルロットが言っていた『記憶の花』の群生地かもしれない土地。かつて沼の近くにあり、竜に襲われたという村は、どこにあるのだろう。

 国を追われる前に、行けるだろうか。

 行けたとして、本当に『記憶の花』はあるのだろうか。


 先を歩いて草を払ってくれているアベルに声をかける。


「アベル様、ちょっと聞きたいのですが」

「はい、なんですか?」

「かつて沼のほとりにあって、竜に襲われて消滅した村が、西の森の外れにあるらしいのですが……御存じですか?」


 振り向いたアベルの顔色がサッと変わった。


「アベル様?」

「西の森の外れで、かつて沼のほとりにあり、竜に襲われた村を、私は一つだけ知っています」

「本当ですか? それはどこです?」


 ややためらって、アベルは言った。


「キリルカ村です」








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