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54 テンプルトンは見た。



「完璧です!」

 テンプルトンは上機嫌でガレアの町を歩いていた。


『大変な仕事を頼むのだから、せめて城で気兼ねなく仕立てに取り組んでほしい』という領主夫妻の計らいで、衣装が仕上がるまでの間、トレンメル城に滞在することになったのだ。


 迎えの馬車をテロル村に、と言われたが、断って自力でここまでやってきた。

 前の領主は迎えなどめったに寄越してくれなかったので、ガレアまでの道のりには慣れていた。

 それに、見て見たかったのだ。

 新しいガレアの町を。


「前の領主ははっきり言ってセンスがありませんでした! それが町づくりにも表れていた! ガレアは領地の中心とは思えない、鄙びて寂れた町でした!」


 しかし、わずかな間にガレアの町は大きく変わっていた。


「行き交う荷馬車、市場に並ぶ新鮮な野菜や果物、人々の笑顔! これぞ領地の中心地! 活気に溢れている! まさに完璧!」


 テンプルトンは目を細め彼方を見上げる。丘の上にそびえるトレンメル城へ向かって慇懃にお辞儀をした。


「クラウド・フォン・トレンメル辺境伯とエステル様は真の領主です! このテンプルトンのすべてをお捧げして衣装を作りましょう! これは王都にいたとき以来の興奮です!」


 テンプルトンは、もともと王都で仕立て屋見習いをしていた。

 仕事を始めるとすぐに斬新なデザインと緻密な仕立ての腕が評判となり、あれよあれよと言う間にとある侯爵家のお抱え仕立て屋になった。


 しかし事件が起きた。


 その侯爵が愛妾として囲っていた女が、南の悪い魔女だったのだ。


 籠絡した侯爵から金品財宝を搾りまくった魔女は、屋敷に火を放って姿を消した。

 燃え盛る炎の中、せっかく集めた珍しい布や書き溜めたデザイン画は一瞬で灰になった。屋敷も全焼した。テンプルトンを重宝し、大事にしてくれた侯爵も火に呑まれてしまった。


『王都という場所はおそろしい……!』

 わずかに持ち出せた貯金を元に、テンプルトンは辺境の地で小さな店を営むことにしたのだった。

 あのときの悲しみと悔しさと共に、テンプルトンは決して忘れない。

 すべてを灰にした性悪女の顔を。


「王都になど二度と住みたくありません! この長閑で美しい辺境の地で大好きなお裁縫を続けるのです! まさに完璧! 性悪女などとは無縁の人生……ってオウゥっ?!」


 テンプルトンはさっと煉瓦塀に隠れる。


「な、ななななんということ! あれに見えるはまさに! あの性悪女!」


 絶対に忘れないし見間違えるはずはない。


 花模様の刺繍がふんだんに施された地元民の衣装に顔まで隠れる頭巾。この辺境地でよく見かける、市場の売り子の格好だ。

 毒蛾のような派手なドレスとはまったく印象が違うが、まちがいない。

 あれは侯爵家を乗っ取った南の魔女だ。


「あの女っ……こんな美しい土地で何をしている?! あんな大きな籠を持って! まるで――」

「あのう、テンプルトン様?」

「オオオウゥっ?!」


 仰天したテンプルトンは大きくのけぞる。

 そこには、初老の穏やかそうな、しかし体格のがっちりした男が立っていた。


「やっぱりテンプルトン様でございますね? 私、トレンメル城の執事をしておりますグスタフと申します。御到着が遅いので、迷われたのかと思って様子を見に参りました」

「こ、これは申しわけありません! わたくしとしたことがっ! しかしなぜ、わたくしを?」

「ああ、エステル様より、この辺りでは見ないようなお洒落な御召し物だと伺っておりましたので」


 グスタフは頷いて、感心したようにテンプルトンを頭からつま先まで眺めた。襟も袖もヒラヒラの白いブラウス、黒いビロードのズボン。確かに、この辺りでは見かけない奇抜な衣裳だが、テンプルトンによく似合っているし品があった。


「そ、そうでしたか! それは光栄です!」

「荷物をお持ちしましょう。向こうに馬車を待たせておりますので」


 グスタフに促され、馬車に向かう。


 ちら、と振り返ると、南の魔女は雑踏に消えていた。


「――まるで、果物売りのようだったが……まさか! また悪だくみをするつもりではあるまい!」

「テンプルトン様? どうされました?」

「オウ?! いえいえいえなんでもございません!」


 あの性悪女は病原菌のように、触れるものすべてを腐らせてるように不幸にする。

 自分の欲望を叶えるために、だ。


(舞踏会を控えた領主夫妻に余計な御心配をおかけするわけには参りませんっ……! これはこのテンプルトンの胸の内に! そして必ずや今度こそあの女の悪行を止めます! しかし今は! 最高の衣装作りに専念せねば!)


 ぴん、と口ひげを撫でて、テンプルトンは馬車に乗りこんだ。




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