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51 その頃、王都では


――王都、王の宮殿。


「ああ、待っていたよマリアンヌ」


 王太子ラルフ・ギュンター・フォン・エスターライヒは婚約者マリアンヌ・リヴィエールを両手を広げて迎える。

 早くも王太子の視線は、マリアンヌの露出の多いドレスからのぞく胸の谷間や腰のラインに釘付けだった。

 マリアンヌは蠱惑的な笑みでカーテシーをすると、さりげなく王太子の腕をかわしてソファに腰かけた。


「ごきげんようラルフ様、舞踏会の出席者はどうなっていまして?」

「あ、ああ、もう出そろっている頃だな」


 王太子が呼び鈴を鳴らすと、執事が恭しくリストを持ってきた。

 マリアンヌはそれに目を通し、目を細くする。


「うふふ、よかった。お姉様御夫婦も御出席なさるようですわね」

 するとラルフは、そばかすの散る顔を暗くした。

「マリアンヌ、君の頼みだからトレンメル辺境伯夫妻も招待したけど、僕としては不本意だったんだ。トレンメル辺境伯は竜を倒してしまうような野蛮な男だ。英雄の称号を得ている者だから、招待したからには相手をしなくてはいけないけど、僕は正直怖いんだ。」


(情けないわねえ)

 胸の内では王太子にあきれつつ、そんな様子は微塵も見せずにマリアンヌは微笑む。


「大丈夫ですわよ。ラルフ様は凱旋式で辺境伯にお会いしているんでしょう?」

「凱旋式のときは父上がマントや剣を授けたんだ。僕は遠目だったからよく見えなかったけど、きれいな銀色の髪をしていたな」


(ふん、髪が銀色だとしても、どうせ脳みそまで筋肉でできているような男だもの。美点にはならないわ)

 それに、とマリアンヌの目が意地悪く光る。一緒にいるエステルの黒髪は明らかに浮く。悪目立ちする夫婦になること間違いなしだ。


「野蛮といっても、まさかラルフ様を取って食べるなどということはしませんでしょ? お姉様がお嫁に行って、そのまま居ついているんですもの。お姉様が食べられてしまったという話は我が家に届いていませんわ」


 マリアンヌは冗談めかして笑うが、王太子はこれまた苦い表情をする。


「そうそう、君の姉に会うのもけっこう気まずいよ。会ったことも見たこともなかったが、かつては許嫁だった女性だからね」

「あら、よろしいでしょ。お姉様は今はトレンメル辺境伯夫人ですもの」

「そういうことじゃなくて……僕がリヴィエール公爵家の長女を許嫁にしていたことは、社交界でも知られた話だ。それなのに、今の僕は彼女の妹である君を許嫁にしている。気まずいじゃないか」

「あら、その点は心配ありませんわ。病弱で社交界にも出ていなかったお姉様は、誰にも姿を知られていませんわ。だからトランメル辺境伯夫人がお姉様だなんて、誰も気付きませんわ。それに表向き、お姉様は病気療養のために南のモーム王国に近い田舎へ旅立ったことになっておりますもの」

「それはそうだけど……」

「ラルフ様は、あたくしが許嫁では御不満ですの?」


 マリアンヌは豊かな胸の谷間を強調して王太子にしなだれかかる。内向的な性格から、未だ女性慣れしていない王太子は顔を赤くした。


「そ、そんなことはない! 僕は君を愛しているよ、マリアンヌ」

「でしたら、トレンメル辺境伯夫妻をパーティーの時には上座へ招いて、皆さまにちゃあんとご紹介してくださいますわね?」

「あ、ああ、もちろんだとも! 君の言う通りにするよ!」


 王太子はマリアンヌの腰に手を回す。

 マリアンヌはいつものように、最後まではさせずに王太子をあしらう。嬌声を上げながら、マリアンヌは心の中でほくそ笑んだ。


(みそぼらしいエステル姉様……徹底的に笑われて、貶められればいいわ。ああ、楽しみでたまらない)





——同じ頃、リヴィエール公爵家。


「マリアンヌは、今日も王太子様のところへうかがったのかしら?」

「はい、奥様」


 イザベラは満足そうに口の端を上げる。

(あたくしの魔女の才能をあの子は受け継がなかったけれど、男を手玉に取る術は心得ているようね)

 そう、イザベラは魔女だった。

 そのことを知っている者は、誰もいない。リヴィエール公爵も、娘のマリアンヌでさえ知らないことだ。


(マリアンヌには、王太子を骨抜きにしてもらわなくてはならないからねえ)

 トレンメル領からは、良質な魔石が採掘されることがわかっている。だから貪欲で狡猾な現王と結託して、エステルを生贄として嫁がせたのだ。

 そのうえで、魔石鉱泉からの利益をより多くリヴィエール公爵家へ回すには、次の王になる王太子がマリアンヌの言いなりになればいいのだ。


(富と権力を手に入れるには、男を自在に操れなくてはねえ)


 世間は、イザベラのような南の魔女を悪く言う。

 北の魔女の集落はオルビオン聖領に近いこともあってか神聖視される風潮もあるのに、南の魔女は迫害される。

 とはいえ、どのみちこの国では魔女は迫害対象だ。


(媚薬毒薬の一つも盛らなければ、貴族の男の富と権力は手に入らないものだ)

 エステルの母にそうしたように。毒を盛り、弱らせ、夫であるリヴィエール公爵には媚薬を盛ってたぶらかした。



(ふん、どうせ、世の女たちは媚薬毒薬など作れないから、妬ましくて魔女を迫害するんだろう。ああいいさ、迫害するならすればいい。あたくしは、もっと富を手に入れてリヴィエール公爵家を王家と同格にしてみせる)


 そのためには、娘たちに役に立ってもらわなくては。

 マリアンヌは上手くやっている。

 問題は継子のエステルだ。


「あの貧相な娘、ちゃんと辺境伯をたぶらかしているのだろうか」


 嫁ぐ前に、何があっても従順にしていろと言い含めた。あのバカ正直な娘はきっとそれを守っているだろうが、あの貧相な身体で男を虜にできるとはとても思えない。

 イザベラにとっては非常に忌々しいが、エステルは容姿は悪くなかった。エステルはその母に似て、異国風の美貌が備わっている。


「そこのところが辺境伯の目に留まるといいんだが……」


 今のところ、辺境伯から花嫁を返したいという申し出はない。

 だからといって、エステルが首尾よく振舞っているとも限らない。

 魔石鉱泉の採掘が始まる前に、エステルが辺境伯を自在に操れるようにしておく必要があった。


「……様子を見にいこうかねえ」

 必要ならば、必要な入れ知恵をする。エステルには幼い頃より恐怖を植え付け、イザベラに絶対服従するように仕込んできた。今こそ、その効果を発揮させるときだ。


 イザベラは狡猾に笑むと、侍女を呼びつけた。

 この侍女は、秘かに魔法をかけてイザベラの思うように操れるようになっている。


「お呼びでしょうか、奥様」

「今すぐ、あたくし一人分の旅仕度をおし。ただし、誰にも知られないように。旦那様にもだ」




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