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48 プルロットの話


 濃淡のあるピンク、淡い紫、鮮やかなエメラルドグリーン。


 それがエステルの選んだ生地だった。


「完璧です!」

 テンプルトンは両手を合わせて感激する。

「まさに! わたくしが目を付けておりました三品! 奥様は御目が高い!」

「本当に。エステル様が選んだ生地はどれもシルクと他の糸を合わせたしっかりとした物ですわ。純粋なシルクよりも丈夫でお値段も手頃。色もエステル様にお似合いのものばかり!」

「さすが王都の公爵令嬢様ですねえ。あたしなんて、全部良く思えてしまって、選べませんでしたよぅ」


 テンプルトン、エマ、アンがあんまり褒めるので、エステルは恥ずかしくて顔を赤くする。


「あ、ありがとうございます。そんなに褒めていただけて嬉しいのですが、実は、わたしはドレスを着たことがないんです」

「「「えええええ?!」」」


 仰天の声が店内にこだまする。


「あの、ですから……着てみたいと思う物を選んでしまったので自信がなかったのですが、皆さんがそうおっしゃるなら、この生地のいずれかでドレスを作ってください」


 恥ずかしそうに言うエステルを腕組みをしてじっと見ていたテンプルトンが大きく頷いた。


「よろしい! 三つの生地すべてで仮縫い用までお仕立てしましょう!」

「えっ、三つも……そんな、いいです、一つで。時間もないですし、予算も……」

 今は領地経営にお金が要るはずだ。自分のドレスなどでよけいな出費をしている場合ではない。


「何をおっしゃいます! このテンプルトン、奥様の完璧なプロポーションにどの色も合わせたいという職人魂が燃えております! ぜひ! 作らせてくださいませ!」

「エステル様、テンプルトンさんがこう言っているんですから、お任せしてはどうです? クラウド様からは、何着でもいいからエステル様に似合う物を仕立ててほしいと伺っていますし」


 エマも熱心に言うので、エステルはついに折れた。


「じゃあ……お願いします」

「はい! 近日中にはお仕上げしてご連絡します!」

 ついでにクラウドの衣装も、エステルのドレスに合わせて三点用意してくれるという。

 こうして、エステルは人生初のドレスの手配してガレアに戻ってきた。





「エマさん、ちょっと寄り道してもいいですか?」

「ええ、もちろん。どちらへ?」

「プルロットさんの薬屋へ」


 エステルは、あれからプルロットとは週に一度は顔を合わせている。

 プルロットと冬の感染症に効果のある薬を大量生産する方法を考えていることと、薬草を分けてもらうためだ。


 クラウドは西の森へ入りたいという民のために許可証を発行した。プルロットも許可証を持っていて、毎日のように西の森へ入る。

 このところ忙しくて西の森の奥まで行けないエステルは、プルロットからお茶に使う薬草を分けてもらっているのだった。


「こんにちは、プルロットさん」

 重い木の扉を開けると、プルロットがカウンターから顔を出した。

「いらっしゃい、エステル様。ワートとリンデル、束で用意しましたよ」

「ありがとうございます、助かります」


 店の中にところ狭しと並んだ薬草瓶を見て、アンが感心したように言った。


「へええ、プルロットさん、ちゃんと仕事するようになったねえ」

「失礼な、アンこそ、ちゃんとお城で働けてるのかよ」

 ふくれるプルロットの額を、エマが指でつつく。

「まったく、商店街のみんなも心配してたんだよ。一時は看板もしまって、引きこもっちゃっただろ。死んだヤン爺さんが悲しんでるだろうって思ったけど、あんたが薬師の看板をまた出せて本当によかったよ」

「す、すんません、おかみさん。その節は迷惑かけちまって」

「ま、新しい領主様とエステル様に感謝しなよ。あんたの薬師の才能を認めてくださったんだからね。前の領主のままだったら、あんたは腐っていただろうさ」


 まったくだ、と笑いながらプルロットはエステルに薬草の束を渡す。


「そういえばエステル様、この前言ってた薬草なんですがね」


 エステルはどきりとする。

『記憶の花』のことを、プルロットに聞いていたのだ。


 城の図書室の辞書を借りて魔導書を解読し、『記憶の花』の外見的特徴を理解したエステルは、『探している薬草がある』と言ってプルロットにその特徴を伝えたのだ。

 西の森の奥深くまで入るプルロットから『記憶の花』の情報が得られるかもしれない、という可能性に賭けて。


「オラが薬草を摘んでいる周辺には、見られなかったですよ」

「そうですか……」


 そんなに簡単に見つかるわけはないと思っていたが、少し残念にも思う。

(わたしもたくさん時間を作ってじっくり西の森を探索したいけど、今は舞踏会の準備でそれどころじゃないし……)


「でも、南の村から来た薬師が、似た花を見たことがあるって言ってましたよ」

「えっ?!」


 エステルはカウンターに思わず身を乗り出した。


「ど、どこに? どこにあったんですか?」

「はあ、なんでも西の森の南側に村があって、その奥に大きな沼があるそうなんですがね。昔、まだ竜がいた頃にその沼のほとりで見たって」


 エステルはうれしくて飛び上がりそうになった。

(村がある場所なら、きっとわたしでも見つけられるわ。時間を見つけてすぐにでも行きたい――)


「だけんど、今はその沼には入れねえっちゅうウワサですよ」

「え……」

「竜がね、その村を焼いちまったんですよ。以来、村の周辺には誰も近付けねえ。今は竜の瘴気もすごいみたいでね。竜の巣の近くだったんですよ、その村は」


 エステルはがっくりと肩を落とした。

(でも……あきらめないわ。どうにかして、その場所へ行く方法を考えよう)

 今はとにかく、舞踏会の準備をしなくては。


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