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46 舞踏会の準備


 エステルの部屋は、緊迫した空気に包まれていた。


 エステル、アグネス、エマ、アンが円卓を囲んで真剣な表情をしていた。

 否、真剣な表情をしているエステルを、三人が見守っているというべきか。


「あ、あの、皆さんお忙しいのに集まってくださってありがとうございます。わ、わたしから皆さんに、その、お願いがありまして! その……王都の舞踏会へ招かれましたので、その準備を手伝っていただきたいんです!」


((よく言えましたねエステル様!))


 事情を知っていたアグネスとアンはうんうんと頷き、そっと視線を合わせて円卓の下で拳を握る。


「あら素敵!」とエマが言った。「それでいつなんですか、舞踏会は?」


「それが……あと、二カ月足らずでして」

「ええ!?」


 楽しそうだったエマの顔が一気に青ざめる。


「二カ月足らずって……ドレスが完成するかギリギリのところですよ!」

「す、すみません……」

「エステル様が謝られることじゃないですよ。こんなことを言ってはなんですが、先方の手違いじゃありませんか!」

「手違いっていうかね、嫌がらせさ」


 アグネスが顔をしかめる。


「辺境伯爵夫妻に、王城での舞踏会で恥をかかせようっていう魂胆らしいよ」

「そんな! なんて下劣な!」

「そうさね。クラウド様に喧嘩を売るなんざ、良い度胸さ。ま、今回は腕っぷしで返すんじゃなくて舞踏会準備をぬかりなくやって見返してやろうじゃないか」

「そうね! 私たちの領主をコケにされてたまるもんですか! 頑張って準備しましょうよ!」


 アグネスとエマは鼻息荒くエステルを振り返る。


「それで? エステル様、私たち何をすればよろしいですか?」

「は、はい、ええと」


 エステルは、朝食後に急いでまとめた『やるべきことリスト』を取り出す。


「ドレスも含めた衣装の準備が一番時間がかかりそうですから、仕立て屋の手配をしたいです。それから、舞踏会用の馬車も作ってもらわなくてはいけないので、道具屋の手配も先に。まずはこの二つでしょうか」


 アグネスとエマが大きく頷いた。


「エステル様、隣のテロル村にこの辺りでは名の知れた仕立て屋がいるのです。前の領主もそこでスーツやドレスを仕立てていたそうです」とエマ。

「本当ですか!? 今からでも行きたいです!」

「ええもちろん、ご案内しますわ!」

「エステル様、馬車は少し前、王都へ凱旋したときに作った物があるんです。クラウド様の御意向でシンプルな物ですが、しっかりと頑丈な質の良い物ですよ。これに舞踏会用の装飾を入れたら、早く良い物が仕上がると思うんです」

「さすがアグネスさん! そうしましょう!」

「わかりました。ガレアの町の道具やなので、すぐに手配してきますよ」

「はい! お願いします!」


 アグネスが急いで部屋を出ていった。


「私たちも参りましょう。アン、あんたも一緒においで。私は前の領主のときにもお城に上がっていたからいろいろと作法を教えてやれる。あんたもこのお城に末永くお仕えできるように仕事を覚えるといいよ」

「えっ、いいんですか!? エマさん、ありがとうございます! エステル様、よろしくお願いします!」

「こ、こちらこそ!」

「では、参りましょう。エステル様、馬車を御用意していただいてよろしいですか?」


こうして、エステルとエマとアンは、テロル村へ行くことになった。





 執務室へ報告へ行くと、クラウドは紫色の双眸を和ませた。


「そうか。さっそく動いてくれてありがとう。馬車の手配をすぐに。ロン!」


 クラウドが鈴を鳴らすと、見習い騎士三人組の一人ロンがやってきた。

「エステルとメイド二人がテロル村へ行く。適当な馬車を用意してくれ」

「はい、ただいま!」


 ロンはあっという間に走っていってしまった。まるでつむじ風のようだ。


「ありがとうございます」

「テロル村は小さい村だが、花がたくさん咲いている美しい。あちこちで機織り機の音が聞こえる。良い所だから少しのんびりしてくるといい」

「はい、でも……」


 エステルはクラウドの傍らに積み上がった書類に目をやる。


「どうした?」

「クラウド様がお忙しいのに、なんだか申しわけありません。お仕事、わたしが代われればいいのに……」


 エステルの最後の小さな呟きにクラウドは大きく眉を上げると、急にすっと立ち上がった。

 刹那、エステルはすっぽりとクラウドの胸に閉じこめられている。


「く、くくクラウド様っ……」

「エステルは、優しいな」


 低い穏やかな声がエステルの耳に直接響く。大きな手が、エステルの髪をゆっくりと撫でた。


「俺は大丈夫だ。俺の望みは、エステルが楽しくテロル村を楽しんできてくれることだ」

「そ、そんな……」


  エステルこそ、クラウドの優しさに胸が熱くなった。


「クラウド様が良い所とおっしゃるなら、楽しみにしていきます。で、でも」

「でも?」

「そ、その……また行く機会があったら、そ、そのときは……クラウド様と一緒に、行きたいな、って」


 エステルの髪を撫でていた手が止まった。


「まったく、貴女という人は」

 エステルを抱きしめる腕に急に力がこもった。

「あまり俺を喜ばせないでくれ。そうでないと」


 クラウドはわずかだけ身を離す。瞬間、エステルの額に温かく柔らかい感触が触れた。


「……これだけでは済まなくなってしまう」

「クラウド様……」


 エステルを見下ろす瞳に甘い熱がこもっている。見つめていると吸いこまれそうで、思わずエステルは顔を逸らすが、逃がさないとばかりに再び腕に力がこもる。


「ずっとこうしていたいが、早めに出かけなくては帰りが心配だ。行ってくるといい」

「は、はい。クラウド様も、あまりご無理なさらずに」


 早鐘を打つ心臓をおさえつつ、エステルは馬車に向かった。

(クラウド様に抱きしめられると、とても安心するけれど心臓が飛び出しそうになるのよね……)


 クラウドに触れると、苦しいくらいに心臓が高鳴る。けれどうれしい。もっと触れたい、近付きたいと思う。

 この気持ちは一体——。


「い、いけないわ、舞踏会準備のためにこれからがんばらなくちゃいけないんだから!」


 頬を叩いて気合いを入れ直す。


「エステル様ー! ご準備はだいじょうぶですかー? 馬車が来ましたよー!」

 回廊の奥のテラスで、エマとアンが手を振っていた。



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