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41 落着とクラウドの動揺


「……なるほどな。そういう事情があったのか」


 クラウドの執務室。ルイスは西の森から戻ってきた足で、報告に来ていた。


 まだ左肩に痛みは残るものの、エステルの治療のおかげでクラウドは驚異的な回復をみせた。

 そのためアグネスが「せめて今日一日は寝ててください!」と止めるのも聞かず、執務室に移動して山積する書類を処理していたところだったのだ。


「プルロットは祖父から継いだ薬屋を守ろうと、必死だったのだな」

「ま、そういうことだな」


 西の森から帰る道すがら、プルロットはぽつぽつと語った。


 プルロットの祖父は、アストラス山一帯の地域では名の知れた薬師だったということ、先祖代々から西の森で薬草採取をしてきた祖父は、西の森を大事にしていたこと。また、プルロットの祖父の薬を珍重していた先々代の領主は、西の森の出入りを自由にさせてくれていたこと。


 それが、先代領主になった途端に事情が変わったこと。


 先代領主は西の森で採れる薬草や果物が王都で高く売れることに目を付け、乱獲を行った。植生が乱れてしまうから乱獲をやめるようにプルロットの祖父が進言しても聞かず、ついには領主が許可した者以外の西の森への立ち入り禁止を決めた。

 おかげで必要な薬草が取れなくなったため薬が作れず、真冬の流行り風邪で多くの人々が命を落とした。

 プルロットの祖父もその一人だった。


 以来、プルロットは薬を作り続けるために危険を冒して西の森へ入り、薬草を採り続けているのだという。



「ひねくれた野郎だが、薬を作る情熱は見上げたもんだぜ」


 竜討伐以来、魔物が多くなった西の森は、魔物が村や町へ出てくるのを防ぐために主な出入り口を鉄条鋼や柵でふさいである。

 魔物避けなので本来は魔法でやるべきろころを、魔法使いがいないために物理的閉鎖に頼るしかなく、よって鉄条鋼も柵もかなり頑丈なものとなっている。

 それをかいくぐることは容易ではないのだ。


「この辺り——アストラス山一帯の土地は冬の寒さが厳しい。雪が降れば道が悪くなり、王都や他の地域からの荷も滞る。一定量の薬を確保することは最重要課題の一つだと思ってはいたが……そんなことがあったとはな」

「ああ。前のへっぽこ領主に関しちゃとにかくいい話を聞かないが、今回はマジで呆れたな。こんな山に囲まれた辺境の地で薬がなけりゃ、流行り病で多くの死者が出ることなんてちょっと考えればわかることだぜ」

「プルロットの祖父もそれで命を落としているとは……領主に敵意を持っていても仕方がないな」

 町で会ったときのプルロットは、敵意を隠そうともしなかった。


「おまえは前のへっぽこ領主と違うだろうが。おまえはちゃんと考えている。竜を退治したうえに、王に押しつけられた辺境の領地と領民をちゃんと大事にしようとしてる。それがちゃんと領民に伝わってねえのが、オレは悔しいぜ」


 ルイスが口をへの字に曲げるのを見て、クラウドはわずかに眉を上げた。

「ほう、ルイスにほめられるなんて、今日は槍でも降るかな」

「ばっ、馬鹿かっ、ほめてねえよっ」


 粗野に見えて実は優しいルイスらしい——この愛すべき側近であり友でもある男は、素直ではないのだ。クラウドはそっと笑みを隠すため、口元で両手のひらを組んだ。


「とにかく、だ。魔物がいる場所に領民を入れるのは看過できない。しかし、魔物を駆除するまで森へ入るなというのも現実的ではないということだな。プルロットをはじめ薬師には便宜を図る必要があるな」

「おう、そうした方がいいぜ」


 ルイスはニカっと笑う。

 現実を冷静に分析し、小さなことを積み上げ、最善を尽くすためにすぐに行動する——生涯の主と決めた美丈夫のこういうところをルイスは敬愛していた。


「薬草を採れるチャンスが少ないから、一度に大量の薬草を採らなくてはならないのが難儀だってプルロットも言ってたしな。薬草ってのは、すぐに加工しねえとダメになっちまう物が多いんだってよ。今もまだ、エステル様と一緒に薬草の処理に追われてるんじゃねえかな」


 クラウドの動きがピタリと止まった。


「……エステルがどうしたって?」

「あ? だから、プルロットが大量に採ってきた薬草で薬を作ってんだよ」

「二人で?」

「おう。グスタフに使ってない納屋を使わせてくれって二人で言ってたな」

「……納屋? 納屋に二人きりなのか」

「おう、グスタフもアグネスも忙しいからな。手伝ってねえんじゃねえかな」


 クラウドが聞きたい主旨を微妙に理解していないルイスは、事実を伝えただけだったのだが。


 クラウドは即座に立ち上がった。

 その動きが急すぎたので、ルイスは怪訝な顔をする。


「おい、どこ行くんだよクラウド」

「散歩だ。ルイス、ご苦労だったな。休んでくれ。アグネスが昼食を用意していると思う」


 クラウドは足早に外へ向かった。





 目指す納屋はすぐに見つかった。

 城を出て、広大な庭へ入る入り口にある小さな納屋だ。

 そこから、楽しそうな話し声が聞こえてくる。


 クラウドは早歩きで、最後には小走りに納屋へ近付き、扉を鋭くノックした。


「クラウド様!?」

 扉を開けたエステルは驚いたが、クラウドも驚いた。

(表情が輝いている)

 エステルは楽しそうだった。白い頬は上気してピンク色になり、口元はずっと笑んだままで。

 まぶしかった。見たことがないほどエステルは生き生きとしている。


「ど、どうしたんですか!? もう起き上がって大丈夫なんですか!?」

「ああ、問題無い。貴女こそ、ここで何を?」


 とたんにエステルの顔に心から嬉しそうな表情が広がる。

「聞いてくださいクラウド様! わたし、クラウド様のために作りたかった毒消しをたくさん作ることができたんです! プルロットさんがたくさんティトリーを採ってくれたおかげなんです!」


 頬を紅潮させるエステルに、クラウドはどきりとした。

(こんな顔で笑うこともあるのだな)

 花がふわりと開くような、思わず抱きしめたくなるような笑顔。


 プルロットが近付いてきて、手を胸にあてた。


「あらためて、オラは薬師のプルロットといいます。その……すみませんでした。勝手に西の森に入って」


 昨日の態度を思い出し、クラウドは驚く。あんなに攻撃的だったのに。

(これも、エステルが薬を通してプルロットと対話してくれたおかげだな)

 つまらない心配をしてここまできた自分が、急に恥ずかしくなってきた。


「いや、問題無い」

 クラウドは軽く咳ばらいをする。

「西の森はこの土地に住む者たち、とりわけ薬師にとって、生活に根付いた場所だということはわかっていた。魔物をできるだけ早く駆除して、立入禁止を解く。薬師には便宜も図ろう。プルロットの祖父の時代のような状態になるまで、もう少し待ってほしい」


 プルロットの顔がぱあっと輝いた。

「よかったですね、プルロットさん」

「あ、ありがとうございます、領主様!」


 プルロットは深々と頭を下げた。


(領主、と言ってくれたな)

 胸が熱くなり、クラウドは思わず笑んだ。


「クラウド様、せっかくですから、ここで消毒をしていきますか?」


 見れば、納屋の中はさながら薬の精製所になっていた。石臼で挽いたり、煮出したり、乾燥のために仕分けたり、薬草がさまざまな状態で置かれている。すべての作業が途中であることはクラウドにも一目でわかった。


「いや、忙しいだろう。今は痛みもないし、消毒は後で頼む」

「はい! わかりました! 今夜お部屋へうかがいますね!」


 エステルの花のような微笑みにまたドキリとする。

 クラウドは動揺を隠すように納屋の扉を閉めた。


(俺は、どうかしている……)

 

 今夜エステルが部屋を訪ねてくれることを少し、いやかなり嬉しく思っている自分にも、クラウドは動揺していた。



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