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4 トレンメル城


「う、わあ……」


 よろよろと馬車を降りたわたしは、思わず声を上げた。


 メアリとベンと無理やり引きはがされたあと、馬車の中で泣いて、いつの間にか眠ってしまった。

 硬い馬車に揺られたからだろう、体中の痛みで目が覚めたら――。


 跳ね橋式の立派な門の向こうには、緩やかな坂が続いている。

 その坂の先を見上げると、石造りの荘厳な城が堂々とそびえ建っていた。


「王都の王城や貴族の屋敷とは、ずいぶん違うわ」


 水路がぐるりと城を囲んでいる。

 石造りの城壁には、ところどころ弓矢を放つ窓が空いている。

 全体的に、外敵から守るために作られた城に見えた。


「あれが、トレンメル城下ね」

 振り返ると、町らしき集落が見えた。

 同じような作りの簡素な家が間隔を置いて建っている。王都に比べるとずいぶんと家が少なく思えたが、長閑な風景にエステルはホッとした。

 畑はそんなに多くない。岩が多いと感じる。山に囲まれているからだろうか。



「誰もいません」

 様子を見に行っていた御者が戻ってきて言った。とても困惑している。

「ここでこうしているわけにもいきませんし、門は開いているので……とりあえず中へ入ります」

「わかったわ」



 馬車は再び動き出し、ゆるやかな坂を上った。


 煉瓦を積み上げた城壁は、とても頑丈そうだ。でも、あるのは石ばかりで、どこにも草や木々がない。


「山は多いのに、お城の中は緑が少ないのね……」

 屋敷内とはいえ、木々の多い森のような場所で暮らしてきたエステルにとっては少し寂しい気がする。


 馬車が城の正面口に着くと、中から黒い執事服に身を包んだ老人があわてた様子で出てきた。


「もしや、エステル・リヴィエール公爵令嬢でいらっしゃいますか?」

 わたしが答えるより早く、御者が顔をしかめて言った。

「そうですよ。まったく、この城には門番もいないんですか。おかげで坂まで上るハメになった」

 御者はぶつぶつ文句を言うと、捨てるようにわたしの荷物を正面階段に置いて「じゃあわしはここで」とさっさと行ってしまった。


 気まずい沈黙が流れる。


「す、すみません……」

「いえ……」


 このお城の執事と思われるこの人は、わたしの扱いに驚いただろう。これが公爵令嬢か、と。


(そうよね……この人たちにとって、御主人様の花嫁がこんな雑な扱いを受けてるのはきっとショックよね……)


 申しわけない気持ちでいっぱいになり、せめて自分の荷物くらいは持とうと、エステルはトランクを持ち上げようとした。


「いけませんエステル様! 私が持ちますので!」

「あの、でも」

「すみません、あまりにエステル様が美しく可憐な方でいらっしゃるので、見惚れてしまいました」

「え……」

「ワンピース、よくお似合いですね」


 老執事はひょい、とわたしの手からトランクを取ると微笑んだ。

「私はこの城の執事、グスタフと申します。どうぞよろしくお願いします」


 グスタフさんはしゃっきりと伸びた背筋を丁寧に折って、わたしにお辞儀してくれる。

「あ、は、はいっ、こちらこそよろしくお願いします」

 わたしもつられてお辞儀をすると、グスタフさんは驚いたように目を丸くした。

「エステルさまは、とても美しいお辞儀をされるのですね。さすがは公爵家の御令嬢でいらっしゃる」

「そ、そんな……」

 

 うれしいようなくすぐったいような気持ちで、頬が熱くなった。


 亡くなったお母様は優しかったけれど礼儀作法には厳しくて、わたしと過ごせる時間は立ち居振る舞いやテーブルマナーを徹底的に教えてくれた。

 だから、お母様を褒められたように思えて、とてもうれしい。


「さあ、こちらへどうぞ」


 グスタフさんについて大きな階段を上り、玄関を入った。


 お城の中はとても綺麗にお掃除がされていた。わたしも屋敷のお掃除をしていたので、このお城がとても丁寧にお掃除されているんだな、とわかる。

 けれど、とても寂しい感じがした。


(広いのに、物があまり無いからかしら?)


 装飾品は玄関ホールのシャンデリアくらいで、とても豪奢で美しい。けれど、他には何もない。階段や廊下に絨毯もなく、グスタフさんとわたしの靴音がよく響いた。


「歩き方もお美しい。ドレスを着られたら、さぞお似合いでしょう」

 言われて、つきん、と胸が痛んだ。


(わたしが一度もドレスを着たことないって知ったら、グスタフさんはきっとがっかりするわね……)


 公爵家の娘として当然持っているはずの物を持っていないことに、今まで何かを思ったことはなかった。

 けれど、こうしてわたしを笑顔で迎えてくれる人を前にすると、まるで騙しているような気持ちになってしまう。


『辺境伯に逆らわず、従順に、たぶらかして虜にするのだ。辺境伯の家をおまえが牛耳るのよ。それが役立たずのおまえにできるリヴィエール家への恩返しなのですからね!』

 イザベラお母様に言われたことを思い出す。


(こんな良い人を騙すなんて……)

 お父様たちが話していた、魔石鉱泉の件を思い出す。

 私は、王家とリヴィエール家がこのお城に送りこんだ、お金を搾取するための道具なのだ。利権やお金のことなんてまったくわからないわたしだけれど、送りこまれたからにはお父様たちに何か考えがあってのことだろう。


 きっと、わたしがここにいるだけで、この人たちは王家やリヴィエール家に搾取されるんだ。

 そう考えると罪悪感で胸がいっぱいになる。


「――すみません」


 思わず呟いたとき。


 ぐうう、きゅるるるううう、という情けない音が回廊に響き渡った。


「あ……」


 目を丸くして振り返ったグスタフさんと目が合う。わたしは恥ずかしさでカーっと熱くなった。



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