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38 薬草を採りに


 次の日。


「アベル殿、ルイス殿、少々困ったことになりました」

 食堂で朝食を摂っていた二人のところへグスタフがやってきた。


「なんだ、まだ町の中に魔物がいるのか?」

「いえ、ワーウルフは一匹残らず、クラウド様が退治してくださいました。町の者たちはその姿を見て、感動したと言っておりました。新しい領主は素晴らしい、と」

「おう、そうだろうよ。オレたちの主を前のへっぽこ領主と一緒にされちゃ困るぜ」

「それで、なぜ困ったことになるのですか?」


 アベルが聞くと、明るくなりかけていたグスタフの顔に再び困惑の色が浮かんだ。

「どうやら今朝早くに、町の城門を出ていってしまった者がいるようでして」

「なにぃ!?」


 ルイスが腰を浮かせる。


「一度大量の魔物が出たら、しばらくは町の外へ出ない。これは常識だろうが!」

「はあ、どうやら、出ていってしまった者は、少しその、変わった者のようで」

「グスタフ殿、誰だか特定できているのですか?」

「はあ、プルロットという、薬師だそうで」

「薬師ってことは、薬草目当てか」

「では西の森に行ったということですか?」

「どうやらそのようなのです。プルロットは、必要な薬草を採ることを禁じられる筋合いはない、と言って町の門を強引に開けさせたようでして」

「んな奴ぁほっとけ! 勝手に魔物に喰われちまえ! クラウドの奴がせっかく身体張ったのに台無しじゃねえか!」


 ルイスはイライラとパンにかぶりつく。


「同感だがルイス、クラウド様がここまで築いた領民からの信用を崩すわけにもいかない」

「ええ……もし領民が魔物に喰われたら、竜を退治したせいだと言われかねません」

「んなこたぁわかってる! だから腹が立つって言ってんだよ! けっきょくオレたちが出張ることになるんだからな!」


 ジョッキの牛乳を飲み干して、ルイスはさらにおかわりを注ぐ。


「人が足りねえだろう! 今日は西側の村や集落に挨拶へ行くつもりだったんだろうが。クラウドが行けなきゃ、オレたちが行くしかねえ。グスタフ、すまねえがアベルと一緒に西側の村を回ってくれ。西の森へはオレが行く」

「ルイス、でもおまえ、その怪我じゃ」

「へっ、これくらいどうってことねえよ。おまえの治癒魔法で毒も消えたしよ」

「人探しをするのに一人で西の森は難儀だ。グスタフ殿は、ルイスと一緒に西の森へ行ってくれますか」

「おまえ何言ってんだよっ! 西の森はただの森じゃねえ、老骨にムチ打つ気か? それに、今のオレらの挨拶回りは魔物狩りが漏れなくセットだろうが。おまえの方が一人じゃ難儀だっつうの!」


 アベルとルイスのやり取りをおろおろと見守っていたグスタフの背後から、きっぱりとした声がした。


「わたしを西の森へ連れていってください!」


「エステル様!」

「わたし、ちょうど西の森へ行きたかったんです。毒消しの薬がもう少しでなくなってしまうんです」


 エステルはクラウドの手当に使った薬瓶を握りしめていた。


「だから、大量に薬草が必要なんです。西の森に毒消しの薬草があることは確認できてます。薬師さんの行き先にも心当たりがあります。だからルイス様、わたしを連れていってください!」


 エステルは深々と頭を下げる。アベルとルイスとグスタフは顔を見合わせた。





「薬草が群生する場所は、意外と限られているんです」


 朝食の後、すぐに西の森に入ったエステルとルイスは、すでに馬を降りて木々の間を歩いていた。


「例えばエキナセアは水辺の遠いところ。ボックルセージは逆に水辺の湿地など、目ぼしい薬草の生えている場所は特定できます。薬草に詳しい人なら知っているはずです」

「なるほどな。だから薬草の群生地を追っていけばプルロットを捕まえられるってわけだな。オレはやみくもに探すところだったぜ。やっぱりエステル様に来てもらってよかったな」

「いえ、無理を言って同行してすみません」


 エステルは時折立ち止まって熱心に薬草を摘んでいく。

 その姿を見て、ルイスは首を傾げた。


「エステル様の治療と魔法で、よくなったんじゃないのか、クラウドは」

「そ、それが……」


 エステルは昨日からのことを思い出して顔を熱くした。





 長い口づけを交わしたあと、エステルはクラウドをベッドに寝かせた。

「クラウド様がお休みになるまでここにいます。何かあったら言ってください」

 そう言って、ベッドサイドの椅子に座ったまま――どうやら眠ってしまったらしい。


 そして、朝気が付くとエステルは自分のベッドで寝ていた。

 自分で歩いた記憶はないので、クラウドが運んでくれたにちがいない。


「わたしったらなんてことを……!」

 看病のつもりが寝てしまうなんて。

 おまけに怪我人にベッドまで運ばせてしまうなんて。

「クラウド様の傷が!」

 心配でいてもたってもいられず、部屋を飛び出した。

 クラウドの部屋の前で、ちょうど洗顔の水を運んできたアグネスが目を丸くした。


「おはようございます、エステル様。どうしたんです、そんなにあわてて」

「い、い、いえあのっ、その……」


 ここにきた事情を話せば、昨日の夜クラウドの部屋にいたことがアグネスに知られてしまう。

 唇に残る甘い感触を思い出して、エステルは顔を真っ赤にした。


「どうされたんです? まあとにかくお部屋へどうぞ」

 アグネスがにっこり笑った。

「クラウド様は起きていらっしゃいますよ。エステル様が治してくれたと仰っていました」

「え……」

「すごいですねえ、エステル様。良い御令嬢様がお嫁にきてくださいましたね、って今もクラウド様に申し上げたところですよ」


 アグネスに背中を押されて部屋へ入ると、ベッドの上で身体を起こしているクラウドが気付いて微笑んだ。


「おはよう、エステル。こちらへ」

 呼ばれてベッドの脇に立つ。見れば、クラウドの左腕の包帯には血が滲んでいて、エステルは悲鳴を飲みこんだ。


「あのっ……すみませんでしたっ。わたし、寝てしまうなんて」

「あんまり気持ちよさそうに寝ていたから起こすのがかわいそうでな」

 クラウドは笑った。

「確かに傷は開いたらしいが、たいしたことはない。傷みもないし、熱も下がったと思う」

「傷口を見せてください!」


 エステルは急にてきぱきとクラウドの包帯を解いていく。

「まあ、エステル様は手際がいいですねえ」

 別人のようなエステルにアグネスも驚く。


 クラウドの言う通り、傷はほとんど塞がっていて、ごく表面の傷口から血が滲んでいるだけだった。

 他の人なら「大丈夫かも」と思える状態だったが、昨日のクラウドの青ざめた顔を思い出すとエステルは心臓が止まりそうになる。

 

「しばらくは消毒に毒消しを使います! わたし、大量に薬草を採ってきますから!」


 止めるクラウドを押して、エステルはクラウドの部屋を出たのだった。





「……よくなっていますけど、魔物の傷は油断できません。しばらくは消毒に毒消しを使いたいんです。だからたくさん毒消しの薬草が必要なんです!」


 エステルは見当をつけている場所へ向かって、大きな岩を越え、張り出した木の根を越え、先を歩く。


「エステル様は薬草のことになると別人みたいにハキハキするな……」

「え? 何かおっしゃいましたか、ルイスさん」

「いや、なんでも。で、具体的に毒消しってどんな草なんです?」

「ティトリーという薬草です。ちょっと待ってくださいね、もうすぐです。たぶん、周囲の木の生え方とか草の生え方を見るに、この辺りにあるはずなんです」


 エステルは鬱蒼と茂る下草をかき分けて進んだ。

 そのとき、地面の土の色が変わったことに気付いたルイスが声からいつもの冗談めいた雰囲気が消える。


「エステル様、この先は魔物が出没しやすいエリアです。気を付けましょう」

「は、はい」

 気を引き締めてさらに下草をかき分けると、広い場所に出た。

「あった! これですよルイスさん!」


 茎が太く、葉が丸い植物を、エステルは持っていた短剣で根本から切り取る。


「見てください! ここに群生してます!」

 見れば、木々の間を埋めつくすようにティトリーが生えていた。


「あら? あれは何かしら」

 ティトリー畑ともいえるその場所の奥で、何かが動いている。


「エステル様! 伏せて!」


 ルイスが叫んだのと、何かが飛んできたのは同時だった。


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