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37 愛しくて


 そんなエステルを見て、クラウドはふと笑みをこぼす。


「すまない。忘れてくれ」

「は、ははははいっ……」


 エステルが愛らしくてつい、冗談半分、本気半分で言ったのだが、ずいぶんと動揺させてしまったことに、クラウドは苦笑する。

(あまり困らせてもかわいそうだが、水は飲みたい)

 クラウドは、右手を差し出した。


「では、悪いが右側に手を貸してほしい」

「は、はいっ」


 エステルはすぐにクラウドの右側に周り、肩を貸した。


「右を動かすだけならもう痛みは無い。エステルは治療がうまいな」

「そ、そんなことは……」

「薬も自分で作ったのだろう?」


 もう隠しても仕方ないので、エステルはこくん、と頷いた。


「わたしが住んでいた小屋の周辺は、木々や植物がたくさんありました。薬草も多くて、魔導書を読んだり庭師のベンがいろいろと教えてくれるうちに、薬草から薬を作れるようになったんです」

「そうだったのか」


 なぜ薬を作るようになったのかは想像できるので、クラウドは聞かなかった。


「それにしても、ワーウルフに噛まれるなんて何年振りか。我ながら情けない」

「そんなっ、クラウド様は皆さんを守ろうとしたのですから、立派です!」

「いや、竜を討伐したからという慢心が俺のどこかにあるのだろう。王より所領を賜り、花嫁まで迎えたからな。少し前の俺の身分を考えれば、慢心が生じる可能性はおおいにある。俺もまだまだ修行が——」

「もうしわけ、ございません」


 エステルの口から思ってもみない言葉がこぼれたので、クラウドは怪訝そうに眉を上げた。


「なぜ謝る?」

「そ、その……政略結婚なのに、わたしは公爵令嬢といっても、名ばかりで……クラウド様のご期待に沿えるような女性でもなくて……」


(悪女、ですし)


 思わず出かかった言葉をエステルは飲みこんだ。

 エステルが差し出した水を飲んだクラウドは、コップをエステルに返す。紫色の双眸がエステルをひたと見つめた。


「そうでもないぞ」

「え……?」

「確かに予想と違っていた驚きはあった。が、今はこれでよかったと思っている。公爵家の権威は手に入ったし、花嫁はひどく苦労人らしいが魔物の怪我も勇敢に治療してくれるからな」


 クラウドはエステルの手を取り、優しく握った。

 その手から、身体の芯まで温かくしてくれる『何か』がエステルに流れこんできた。

 それに戸惑う間もなく、クラウドがささやく。


「ドレスだパーティーだと言って何もしない白い手よりも、薬を作れる荒れた手の方が俺には数倍美しく見えるが」

「ク、クラウド様……」


 言われた言葉が奇跡の光のようにエステルを包む。自分の手を握るクラウドの手から、さきほどの『何か』が流れ込んでエステルを満たしてくれる。

 エステルはぼうっと身体の力が抜けてしまって。

 引き寄せられるまま、ベッドの縁に座った。


「俺は、エステルでよかった」


 さらに引き寄せられて、吐息がかかるほどの距離にクラウドの端整な顔がある。


「エステルは、俺では嫌か?」

「そ、そんなことっ……」

 強く首を横に振るのと同時に、柔らかく温かいものがエステルの唇に触れた。


(……嫌なわけない)

 重ねたクラウドの手に力がこもる。

 エステルも、クラウドの大きな手を強く握り返した。

(冷酷なんかじゃない。血みどろなのも、竜を殺したのも……人々を守るためだって今ならわかる)


——この人は、こんなにも優しい。


 自分の鼓動が頭の中でうるさい。柔らかく甘い感触に切なくて泣きそうになる。

(わたし、どうしちゃったのかしら)

 エステルの不安がわかったかのように、クラウドがエステルを強く引き寄せた。


「片手では足りないな」

「ク、クラウド様、傷に障ります……」

「問題ない。賢くて可愛い妻が治してくれる。だろ?」


 くすりと笑んで、クラウドは片手でエステルの髪を梳き、頬に手をあててそのまま引き寄せる。

 クラウドのことは心配だが、再び降ってきた甘い痺れにエステルは抗えなかった。



 月明かりの下、二人は何度も、ゆっくりと唇を重ねた。




 

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