34 悪女でもせめて
「ルイス様! 血、血が!」
ルイスの腕には数か所、爪痕のような傷があり、そこから流血していた。
「大丈夫っすよ、これくらい」
「ダメです! 魔物の傷はちゃんと消毒して手当しないと!」
エステルはホールのベンチにルイスを引っぱっていって座らせた。手早く消毒をし、薬草を貼り、包帯を巻いていく。
「すごい手際がいい。なんか、別人みたいっすね」
ルイスがおとなしく手当されながら言った。
「いつも気弱っていうか、びくびくしている感じなのに」
「す、すみません」
「あっ、いいんですよ。そんなエステル様、好きっす。やべ、こんなこと言ったらクラウドに殺されるな」
「そ、そういえばルイス様、クラウド様はいるかって……」
「ああ、そうなんっすよ」
ルイスは舌打ちする。
「あいつ、やっぱりだったな。巡回して帰れとか言って、オレたちを先に返したんすよ。たぶん、アベルももうすぐ——噂をすれば」
玄関ホールにアベルの姿が現れた。
「ルイス、クラウド様は?」
「今エステル様にも話してた。あいつ、やっぱり自分だけ残ったな」
「巡回してから帰れ、とおっしゃっていただろう。今は朝市が始まった時刻だから、領民のために朝市を早く再開させてやりたいと思われたんだな。私たちに巡回を任せて、残党をお引き受けになったんだ……ワーウルフ自体どうということはないが、今回は数が多かった」
アベルは簡易鎧を身に付けていたため怪我こそしていなかったが、衣服のあちこちが破れている。
「王都からきた荷馬車ってのが、引き連れてきちまったんだろう。魔物避けの札とか鈴とかを荷台に付けてなけりゃ、磁石みたいに魔物をくっつけて走るようなもんだ。まったく、これだから魔物の実態を知らない王都のモンは」
「ルイス」
アベルがたしなめて、ルイスはしまったという顔をする。
「いえ、エステル様のことを言ってるんじゃあないっすよ!」
「いいんです、わたし……」
ずっと、自分が嫌いだった。
実家の公爵家でも使用人同然の生活をして、生きるために生きている自分が嫌いだった。それでも、母との約束と魔法の勉強が自分を励ましてくれた。だから必死で学んだ。
その魔法を『記憶の花を探す』という自分の目的のためだけに使おうとしている自分はやっぱり嫌いだ。
せめて、この魔法を、ここにいる人たちのためにも役立てたい。
腹に思惑のある悪女な自分だけれど、少しでもこのお城の優しい人たちの役に立ちたい。
「こんなわたしでも、お役に立てることはありませんか」
ルイスとアベルが顔を見合わせる。
二人の表情に一瞬ひるんだが、エステルはぐっと手をにぎりしめた。
「自分の魔法が未熟なのは知っています。でもわたし、これでも今まで、がんばって訓練はしてきました。魔導書に書いてあったこと、できるんです。魔法使いなんです。ちゃんと使いこなせれば、お役に立てると思うんです。ルイス様やアベル様や、クラウド様の負担を少しでも軽くできると思うんです。だから……」
思っていることを懸命に並べているだけで説明になっているとは言い難いが、ルイスもアベルも黙って聞いてくれている。エステルはアベルに向き直った。
「アベル様は治癒魔法が使えるとお聞きしました」
「はい。私は魔法使いと呼べるほどの魔力は持っていませんが……必要に迫られて、王都から部隊に派遣された魔法使いに魔法について学びました」
「そんなアベル様に、わたしの魔法のどこかいけないのか、教えていただきたいのです」
自分では気付けない決定的な欠点が、きっとある。
客観的に欠点を判断してもらって修正すれば、うまく魔法をコントロールできるようになるだろう。そうエステルは考えていた。
「ちょうど私の方からも申し上げようと思っていたところです」
アベルは驚いたように言った。
「エステル様からおっしゃってくれるなら、こちらとしてもありがたい。私の治癒魔法は強力なものではない。私の他にも魔法が使える方が身内にいるのは、とても心強いですから」
「おう、そうだよな。魔物はまだまだ駆除しきれねえ。西の森の魔石鉱泉の整備や竜の残滓が落ち着くまでは魔物はうじゃうじゃ出やがる。王都からの後続隊が来るまででもいいから、エステル様が戦力になってくれんならありがたいってもんだ」
「……んりょくには、させない」
静かな声が玄関ホールに響いた。
「クラウド様!」
いつの間にかクラウドが立っていた。砂色の長衣の左側が、ぐっしょりと濃い色に変色している。
「ワーウルフの駆除は完了した」
町から、避難解除の鐘の音が聞こえる。
「民に怪我人も出なかった」
一歩踏み出したクラウドが、よろめいた。
「っておまえが怪我人じゃん!?」
「クラウド様!」
ルイスとアベルが駆け寄るのと、クラウドの長身がぐらりと傾いだのは同時だった。




