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33 クラウドの胸の内

—―言葉が足りない。いつも。

 シュヴァルツを疾駆させながらクラウドは己を責める。


(あんなふうに言うつもりはなかったのだが)

 今は犠牲者を出さないうちに一刻も早く魔物を掃討することが優先だと、言いたかっただけなのに。


(エステルを傷付けてしまったな)

 別れ際に見た顔が瞼の裏に焼き付いている。


 無事でいてほしい。これ以上、大切な人たちを失いたくない。

 そのためには、用心に用心を重ねる必要があるのだ。

 そうでなくては、きっと失ってしまうから。

—―孤児院が、家族のように育った友が、修道士様が、院長様が、一瞬にしてみんな消えてしまったように。


 クラウドは強く頭を振った。

(だからと言って彼女を傷付けていいことにはならない!)


 エステルが傷付いたかもしれないと思うと苦しい。その苦しさを振り払うようにクラウドは剣を抜いた。

(集中しろ。今は)

 見えてくる、蠢く影。人を囲んでいる。その数、四匹。


「――失せろ」

 呟きは剣が走る音にかき消される。耳障りな咆哮が不協和音となって通りに響く。

 シュヴァルツの馬首を返したときには、ワーウルフ四匹は同じく首を掻き斬られて黒い煤になるところだった。魔物は絶命すると魔力が抜けて、黒い煤に変じる。


「おい、だいじょうぶか――」

 かけた声が止まった。向こうも唖然とこちらを見上げている。


「プルロットだったな」

 先刻の、薬師の青年だ。


「こんなことで恩を売ったと思うなよっ」

 プルロットは落ちた籠をあわてて背負うと、走っていってしまった。


「おいっ、待て! まだワーウルフが——」

 どこからか聞き覚えのある嫌な遠吠えがする。数が多い。クラウドはプルロットの去った方を一瞥する。あちらはたぶん安全だろう。

 馬首を返し、急いで遠吠えの方向へシュヴァルツを走らせた。


「誰にも、何も傷付けさせない」

 魔物から、悪意あるものから。自分の周囲の者たちを守る。

 クラウドが修道院を失ってから、心に誓ってきたことだった。


 そのためには、強くなくてはならない。

 守るためには、誰よりも強くならなくては。


 クラウドの胸の奥底でいつも燻っている灯火が、静かに燃え上がった。





 グスタフはヨン、トム、ロニーと手分けして厩の整備と、万が一の怪我人を運ぶ大広間と客間の準備。

 アグネスとエステルは、大量の湯を沸かし、清潔な布やシーツを準備すると同時に、簡単に食べられるスープやパンを用意していた。


「まったく、魔物も人手不足を考えて出てきてほしいもんだよ。エステル様にこんなことをさせなくちゃならないなんて」

「いいんです! わたしが手伝いたいんですから。それに人手不足ももうすぐ解決しますよ! メイドに来てくれる人が見つかったんです!」

「ほんとですか、エステル様!」


 エステルは、町でのことを話した。


「パン屋のエマさんのことはよく知ってます。あの人仕事ができそうだから、あたしも直接お願いしたことあるんですけど、話しを濁されちゃってねえ。来てくれるなんて嘘みたい。エステル様、どんな魔法を使ったんです?」

「魔法は使ってないですけど……ちょっとお話をして、たくさん味見をさせてもらって、あ、それからこのパンをいただきました!」


 エステルは厨房の隅に置いた袋を持ってきた。中にはずっしりとしたブロートが三本、まだほんのりあたたかい。


「今朝の焼きたてだから、って。お近づきのしるしにって、いただいたんです」

「まあ! 美味しそう。溶かしたチーズによく合いそうだ。クラウド様たちがお帰りになったら一緒に食べましょう」

「はい!」


(クラウド様も皆さんも、大丈夫かしら)


 漏れ出てきそうな不安を懸命に押しこめて作業をしていると、遠くで騒がしい声が聞こえた。

「クラウドは帰ってるか!」

 厨房までも聞こえる大音声。

「ありゃルイスだね」

「わたし、見てきます!」


 エステルは用意していた応急処置の道具を持って玄関ホールへ急いだ。




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