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32 ガレアの町③



「――あの娘は、知り合いか?」


 後ろから声をかけると、青年は文字通り飛び上がった。


「お、おおおまえ、だだ誰だよっ」

「そうだな、こちらから声をかけたのだから、名乗るのが筋だな。俺はクラウド・フォン・トレンメルだ」

「なっ、なんだと!? 嘘をつくなっ! 辺境伯がこんなところにいるわけないだろうっ!」

「こんなところとは失礼な。俺にとって領地はどこでも特別で大切な場所だ。――西の森もな」


 青年の顔色が変わった。クラウドは淡々と話し続ける。


「西の森は今、安全かつ有効な場所にするために、いろいろと調査や手入れをしている。竜の残滓のせいで魔物も多い。領民のために立入禁止にしているのだが、わかってくれない者もいるらしくてな」

「…………」

「もし、おまえの知り合いに西の森へ入ろうとする者があったら注意してほしい。近頃はワーウルフも多いから、駆除が終わるまで決して入らないようにと」

「……知ったような口をきくな」


 青年の言葉に、クラウドは目を細めたが黙っていた。


「安全? 有効? そんなのは領主の都合だろうが! 今までもそうだった! そうやってオレたちにはお宝を与えず、自分ばっかり富を得るんだ!」

「ほう、前の領主はそういう輩だったのか」

「おまえだって同じだ! 西の森はなあ、ずっとこの土地に住む薬師の聖地なんだ! この土地の薬師が代々育んできた恵の森なんだ! それを領主だか貴族だか知らないが価値もわからない奴が森に入るなとかエラそうに言うな!!」


 青年は叫ぶように言うと、走っていってしまった。通りの人々がざわついている。


「……問題ない」


 クラウドがフードを取った。周囲の人々から驚きの声が上がった。


「俺は新しい領主のクラウド・フォン・トレンメルだ。今の男を責めるつもりはまったくないが、あの者は立入禁止にしている西の森へ入った可能性がある。危険だから行くなと、誰か注意してやってほしい」

「領主様、あの男はプルロットっていう薬師なんですよ」


 パン屋の主人が近付いてきて、通りに面した細い路地を指した。


「あの路地にある薬屋をやってるんですよ。前の領主にずいぶん薬を買い叩かれてねえ。それが元で薬師の祖父も死んでしまって……領主を恨んでるんですよ。トレンメル様は関係ないってのに」

「そういうことだったのか」

「ちょっと偏屈なところもあってね、商店街ギルドにも顔を出さないし。死んだ爺さんは気の良い人だったんだが」

「クラウド様、どうなさったんですか?」


 パン屋の主人の横で、エステルがパンがたくさん入った袋を抱えて、心配そうに立っている。


「だいじょうぶだ。問題ない」

 エステルの持っている袋を持ってやろうと、歩み寄ったときだった。


「ま、魔物だぁーっ!!」


 通りの向こうから数人の商人たちが必死に走ってきた。

 クラウドはすぐに彼らに走り寄った。


「どこだ!」

「町の北門だよ! さっき、王都からきた馬車を通したときに門を開けたら一緒に入っちまった!!」

「わかった。すぐに鐘を鳴らせ! おまえたちも鐘塔の扉を硬く閉じろ! いいな!」


 男たちは震えながらも頷いて、町の真ん中にある鐘塔へ走った。


「エステル!」

 クラウドはエステルの手を取って走り、馬の所まで戻った。


「ク、クラウド様、わたしに何かできることは」

「貴女はすぐに城へ戻れ。城の入り口まで連れていく」

「で、でも」

「早く!」


 言うやいなや、クラウドはエステルを馬に乗せ、すぐに自分も騎乗し手綱を打った。


 あっという間に城の門前に着くと、ちょうどグスタフが心配して馬で門へ下りてきたところだった。


「クラウド様! ご無事でしたか!」

「グスタフ! エステルを頼む!」


 クラウドは馬上でエステルをグスタフへ渡そうとしたが、エステルはクラウドにすがった。


「クラウド様っ、わたし、魔法が使えます、領主の妻として少しでもお役に立つなら――」

「コントロールできない魔法に頼っている時間はない!」

「……!」

「グスタフ、頼む」

「かしこまりました。奥様、緊急事態ゆえ、失礼致します」


 グスタフはためらいつつも、エステルの身体をクラウドから受け取る。

 クラウドは振り返りもせず、そのまま馬首を返して疾駆した。





 なぜクラウド様にすがってしまったのかわからない。

 わかっている。クラウド様の言う通りだ。わたしなんかに、何かができるはずない。

 コントロールのできない魔法なんか、役に立つはずもない。

 あんな場面あんなことを言うなんて……ただのダダっ子みたいだ。


 でも、何かせずにはいられない気持ちになった。

 クラウド様に連れられて、領主の妻、と紹介されて、うれしさがこみあげてきて。

 商店街の人々の温かさが、身に沁みて。


 守りたい、と思った。


 クラウド様を、町の人たちを守りたいと。


「エステル様……」


 グスタフさんが、気遣うようにタオルを差し出してくれる。

 わたしは自分が涙を流しているのだと気付いて、あわててタオルを受け取った。


「す、すみませんっ、わたし……」

「いいのですよ。待つ身もつらいものですからね」


 優しいグスタフさんの言葉がじんわりと沁みる。涙がタオルに染み入るように。


「大丈夫ですよ。クラウド様はお強いので。鐘を聞いてアベル殿やルイス殿も町へ向かっているでしょうし」

「……あのっ、魔物、ほんとうに多いですね」


 ごしごしと顔をふいた。


「わたし、クラウド様たちが帰ってきたときに万全な体勢でお迎えできるよう、アグネスさんとグスタフさんをお手伝いします!」

「エステル様……」

「それくらいはやらせてください! わたし、炊事も洗濯も、馬小屋の掃除だって……家事はなんでもできますから!」



 きっともう、わたしが使用人のような生活をしていたことは、グスタフさんたちにも気付かれているだろう。

 名ばかりの公爵令嬢。

 今さら恥ずかしくもない。

 わたしの恥より、今は魔物と戦ってくるクラウド様たちを迎える準備をしたかった。


「……わかりました」


 わたしの顔をじっと見ていたグスタフさんが、大きく頷いた。


「では、一緒にアグネスのところへ行きましょう。仕事を分担いたしますので」

「はい!」

 わたしはグスタフさんについていく。いただいたパンの袋をしっかり抱きしめて。


—―クラウド様、みなさん、どうか無事でいて……!




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