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28 エステルの魔法


「こ、これは――」

 思わず言葉も息も呑みこむほどの威力。

 これまで多くの魔物を倒してきた経験上、魔法の威力はじゅうぶんわかっているし、たくさん見てきた。

 けれども。


 地面に黒々と大きく開いた穴。

 覗けば、底には忌々しいワーウルフが三頭、折り重なって伸びている。


「一気に穴を開けるって……魔力どんだけ使ったんです?」

 虚ろな目で振り返ると――当の御本人、エステル様は地面に座りこんでいた。


「こ、腰ぬけました……」



 ♢



「無意識!?」

「は、はいっ、その、魔物をなんとかしなくちゃと思って!!」


 大きな木の根に座り、水を飲み、落ち着いた後であらためて聞くと、エステル様は意外なことを言った。


「わたし、今まで攻撃魔法を使ったことがないんです。魔物を倒したこともなくって……」

「そ、そうですか」


(本当か!?)

 アベルは平静を装い、内心は驚愕していた。

(あんな穴を『トルネード!』の一撃で開けておいて攻撃魔法を使ったことがないだと!?)


 エステルの魔法や魔力については要観察事項だが、これはすぐにクラウドに報告しなくてはならない、とアベルは頭を抱えた。


「一つ確認ですが、エステル様はどの属性の魔法を最も得意とするのですか?」


 魔法には六種類あり、火、風、水、地の四大属性と、光と闇の二属性。

 そのうちの一種類、もしくは数種類を魔法使いは使いこなす。


「えっと……どれが得意とかはないのですが、一応、実家の敷地で練習しているときは、六種類すべてを使えていました」

「そ、それはすごいですねーははは……」


(いやすごすぎだろ!! ていうかそんなの宮廷魔法使い並みじゃないか!!)

 アベルは少し考えて、ずい、と身を乗り出した。


「あの」

「はい?」

「もう一度、魔法を使って見せてくださいませんか? たとえば、さっき開けた穴をふさぐ地属性の魔法なんか、いかがでしょう?」

「わ、わかりました。やってみます!」


 クラウドへの報告のためと、単純な知的好奇心。

 アベルは胸を高鳴らせてエステルが構えた手を見守っていたのだが――。


 ぷしゅ。


「ぷしゅ?」

 何かとても気抜けした音が、エステルの手のひらから発せられた。


「……す、すみません」

「え?」

「あの、さっきので魔力を使い果たしてしまったようで……魔法、使えないみたいです」

「つまり……魔力をコントロールできていない、ということですか?」

「はい……」


 沈黙が流れる。


 エステルは憐れなくらい肩を落とした。





「――西門の魔法錠を開けたとき、もしかして、と思ったのですが」


 夜。クラウドの執務室でアベルは溜息をついた。


「エステル様は魔力のコントロールがまったくできていませんね」


 クラウド大きな執務卓の上で両手を組む。

「俺は魔法が使えないのでよくわからないが、魔力のコントロールができない状況というのはマズイのか?」

「そうですね、私も中級の治癒魔法が使える程度の魔法しか使えないのでなんとも言えませんが……たとえるなら、巨大な火薬を常に抱えている状態、とでも言いましょうか」

「それはマズいな」

「はい」


 アベルは苦笑する。


「普通、魔法使いは己の魔力量を把握しています。攻撃、防御、治癒、日常生活での応用、さまざまな用途に応じて、その時に必要な分だけの魔力を解放します」

「いちいち魔力を自分で量るのか」

「魔力を量る役割といいますか、いわば魔力の容器の役割をするのが呪文です」

「詠唱した呪文のレベルに応じた魔力が解放される、ということか」

「その通りです。エステル様の場合、御母上が遺した魔導書のみが魔法を学ぶテキストだった。そのテキストのレベルがとても高かったのかもしれません。エステル様が魔法錠を壊した呪文もおそらく、昼間に西の森で大穴を穿った呪文も高位の呪文ですから」

「しかし、高位の魔法が使えるというのは悪いことではあるまい」

「はい。ですが、魔法使いというのは普通、段階を踏んで高位の魔法を使えるようになっていきます。その過程で自分の魔力量を把握し、コントロールできるようになる。エステル様はその過程をすっ飛ばしているため、御自身で魔力コントロールができず、危険な状態とも言えるのです」

「なるほど」

「エステル様の魔力が高いことは明白です。きちんと訓練されれば、良き魔法使いになるでしょう。ひょっとしたら、王都の宮廷魔法使いにも劣らないほどに」


 クラウドとアベルの視線が合う。


「花嫁がそれほどの魔力を持つなら、この辺境の地を治めるのに心強いことではあるが」

「しかし、エステル様は酷い扱いを受けていたとはいえ、リヴィエール公爵家の令嬢。王や公爵に圧力をかけられれば、魔法を使って我らに仇為すことも考えられます」

「確かにな。だがエステルの話では、公爵は彼女が魔法を使えることを知らないそうだぞ」

「なんですって?」

「彼女は、閉じこめられたいた小屋で一人で魔法の訓練をしていたらしい。誰にも知られないように」

「そうだったのですね……たしかに、一人で屋敷の敷地の隅でひっそりと暮らしていたという青鳥の報告書とも一致しますね。しかし、その……クラウド様」

「おまえの言いたいことはわかっている。エステルは嘘をついているかもしれない、だな?」

「あくまで可能性としての話です。エステル様と接していると、嘘をつくような方とは思えませんので」


 それはクラウドも同じ思いだった。

 小さなことにも喜んだり感謝したりする姿は、黒い陰謀を隠しているとはとても思えない。


「記憶の花のことを曖昧にしてることから、何か隠し事はあるのだと思いますが」

「俺もそれは気になっている。我らに危害を加えるつもりはないと思うが、腹に一物あることも確かだ」

「はい。ですから、完全にエステル様を信用できるようになるまで、エステル様の魔法を管理してはいかがでしょう?」

「管理?」

「魔力をコントロールする訓練をしていただくのです。訓練しながら、エステル様の魔力を見定めましょう。万が一、その魔力が我らに向かったときの対処法も考えます」


 アベルは簡単な治癒魔法が使える。魔物討伐の過程で必要に迫られて身に付けたとはいえ、基本的な魔力のコントロールの仕方などは王都から派遣された魔法使いにしっかりと習っている。


「そうだな。では頼む。仕事が増えて悪いが」

「先行投資と思えばまったく苦ではありませんよ。エステル様が完全に我らの味方ととなるならば、あれほどの魔力を持つ魔法使いが陣営にいるのは心強いですからね」

「そうだな」


 返事をしつつ、クラウドは考える。

 数日しか経っていないが、すでに周りの者たちもエステルを受け入れつつある。

 クラウドもエステルを信じたい。

 しかし、この辺境の地に王都からやってきた娘を完全に信用するには、クリアすべき壁がまだ多い。


「クラウド様。もう一つ、大事なことが」

「なんだ?」

「そもそも、エステル様が魔法で大穴を開けた理由です」

「ああ、そうだったな。なぜエステルはそんなことを?」

「実は……西の森に侵入者がいたのです」


 クラウドは目を瞠った。



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