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27 お互いに照れています!


「エステル様、お目覚めですか?」

 アグネスさんの優しい声がする。

「ん……んん……はい、おはようございます……ムニャ」

 柔らかいベッドの感触と窓からの朝陽が心地よくて、再びまどろみの中に溶けそうになる。


「朝食の御準備、整っておりますよ。クラウド様もお待ちです」


「……………………!?」


 飛び起きたわたしを見て、アグネスさんが笑った。

「あわてなくても大丈夫ですよ」

「で、でもっ……」


 急いで顔を洗っていると、アグネスさんが衣裳部屋から顔をのぞかせた。


「エステル様、朝はワンピースでよろしいですか?」

「あー……」


 貴族の女性というのは着替えが多い。朝食でモーニングドレスに着替え、食べた後に外出用のドレスに着替え、帰ってから部屋着に着替え、お茶の時間に……と上げればキリがない。

 昨日は寝坊の勢いで夜着のまま朝食の席へ行ってしまったけれど。


(アグネスさんの負担を減らすためにも、不必要な着替えはしないわ)

 トレンメル家の品格を損なわない程度に、わたしの衣装などはムダを省かなくては。


「あの……今日も西の森へ行くので、そのまま出かけられるような衣装でお願いします」

「おや、そうですか? では、こちらを」


 アグネスさんが持ってきてくれたのはチェックの模様が入った乗馬用のズボンとフリルの襟が付いた白いブラウス。


「動きやすそうだけど、すごくオシャレでかわいいですね!」

「あら、気に入ってもらえてよかったですよ。エステル様が着ると衣装も一段と素敵に見えますしねえ。選んだあたしも鼻が高いってもんです」

「そんなことは……」

「この七色に輝く黒髪と翡翠のような瞳が、どんな衣装にも似合ってしまいますものねえ。クラウド様が見惚れる気持ちもわかりますよ」

「み、みみ、みと、みとれっ……!?」


 火が付いたように真っ赤になったわたしの肩が、優しくぽん、と叩かれる。


「はい、今日もポニーテールにしましたよ。さあさ、御夫婦の居間へ行きましょう」

「そうだわ! いけない、クラウド様をお待たせしてしまって……」

「クラウド様は食べる前にお手紙やら資料をチェックする習慣があるので、食卓へ来るのが早いんですよ。お気になさらず」


 アグネスさんはそう言ってくれるけれど、申しわけない。

 だって、わたしのために食事を御一緒してくださるんですもの。


「あの……やっぱり、クラウド様はクラウド様のご都合の良い時間に召し上がっていただいた方がいいのでは……」

「いいえ、そんなことありません! クラウド様は放っておくと食事を抜いて外出されることもあるんですから!」

「え、そうなんですか……?」

「ええ、そうですとも!、エステル様と御一緒に食事をすることはクラウド様のためになるんです! このアグネスが保証します!」


 豊かな胸をぽん、と叩いて見せられると、エステルもホッとする。


「アグネスさん、ありがとうございます」

 頭を下げるエステルに、アグネスはたまらないという風に目を細める。

「もうっ、ほんとうにエステル様は可愛らしい御方ですねえ。抱きしめてしまいたいけど……クラウド様がこちらを見ているからやめておきましょ」


 ふふ、と笑ってアグネスさんは大きく開かれた扉へわたしを通した。


「おはようございます! あのっ、お待たせしてすみません!」

 クラウド様は御手元の書類に目を落としたまま、

「おはよう。問題ない」

 とお答えになったけれど。


(書類が上下逆になっているのは気のせいかしら……?)

 心なしか、お顔も赤いような。

 やっぱり、怒っていらっしゃるのかしら?


 ごほ、と軽い咳払いと共に、クラウド様が何か言ったようだった。

「すみません、あの、何とおっしゃいましたか?」

「……似合っている」

「え?」

「その髪型だ。昨日もしていただろう」


 一拍の間の後。

 わたしは自分のポニーテールをほめてもらえているのだと気付いて。


「あ、あり、ありがとうございますっ……」


 顔が沸騰しそうなほど熱い……!

 クラウド様がわたしを褒めてくださったなんて……!

 う、うれしいっ、でもっ……照れるなんてものじゃないわ……。

 きっとアグネスさんが持ってきてくれた紅茶みたいに、わたしの顔からは湯気がたっているにちがいない……は、恥ずかしい!





「よろしいのですか?」

「しつこいぞアベル。これで三度目だ」

「ですが……」

「ルイスの報告では、エステルは馬を乗りこなす気もあるようだし、体力も意外とあるようだ。一般的な貴族の令嬢のように軟弱ではないようだから、一緒に森を探索するのにおまえの負担にはなるまい」

「私の負担とかではなくてですね」


 さっさと玄関ホールへ下りていくクラウドの背中にアベルは首を傾げる。

(なんか意地になってないか?)

 西の森へエステルと同行することを、クラウドは頑なに拒んだ。

(昨日の様子では、エステル様と打ち解けているように見えたが)

 というか、まめまめしく気にかけているように見えたのだが。


「よう、クラウド。今日はおまえがエステル様と西の森か?」

 いつものようにルイスが玄関ホールでレプリカの剣を振っていた。


「いや。今日はアベルに行ってもらう」

「はあ? なんでだよ。おまえ、昨日の夜、めっちゃ行きたそうだったじゃねえか!」

「おまえの見間違いだ」

「なんだよ、昨日の夜ベッドの中でケンカでも――」

「うるさいっ」


 珍しく声を荒げたクラウドは耳まで真っ赤になっている。

 アベルはルイスと目を合わせて頷き合う。

――どうやらからかうのはまずいです。

――こりゃマジだな。


 そのとき、たた、と軽快な足音と共にエステルが降りて来た。


「お待たせしてすみません!」

「いえいえ、大丈夫ですよ。我々も今来たところなので」


(よほど急いだのだろうな)

 貴族の令嬢らしからぬ階段を走るふるまいも、エステルの気遣いだと思うと微笑ましい。

 エステルはそういう周囲への気遣いがすごい。アベルやルイスはもちろん、アグネスにもグスタフにも気を遣っている。

 きっと、彼女の性質なのだろう。

 だから自然で、健気なのだ。

 そんなエステルの姿に、アベルでさえ思わず微笑んでしまうほどに。


(クラウド様はもっと胸がきゅんとするのだろうな)


 そこまで考えて、あ、とアベルは気付く。

 (クラウド様、エステル様にめちゃくちゃ照れまくっているのか……)


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