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20 王都からの青鳥


 部屋の空気は、手に取れるほど固く重い。

 それを打ち破ったのは、勢いよく開いた扉の音だった。


「クラウド様! 青鳥が——」


 主は、花嫁に短刀を突きつけている。

 殺気を放つ主の姿にアベルは息を呑みつつも部屋へ入った。

 手には、小さく折りたたまれた紙片が握られている。遅れてルイスも入ってくる。

「王都へ放っていた青鳥です。リヴィエール公爵家のごくごく内向きの事情について、メアリというメイドとベンという庭師から証言が得られたそうです」


 エステルがハッとして身を乗り出した。


「メアリは、ベンは元気なんですか!?」

 椅子を倒すほどのその勢いにクラウドとアベルとルイスは気圧される。

「二人は無事ですか!? わたしを見送ってくれたばかりに酷い仕打ちを受けているとしたら、わたしは……っ」

「落ち着いてくださいエステル様」


 アベルが柔らかく言った。


「この情報はリヴィエール公爵家に密かに潜入した者がもたらした物。ですから情報を提供してくれたメアリとベンという人物は無事だと思います」

「ほ、ほんとうですか」

「ええ」

「よ、よかった……」


 へなへなと座りこんだエステルを一瞥して、クラウドはアベルが差し出した紙片に目を走らせた。

 




 辺境伯様が怒るのも無理はない。

 わたしは約束を破ったし、魔法が使えることを隠していた。


 辺境伯様にすべて話して謝りたい。

 でも、記憶の花を探している理由は話したくない。

 それだけは、今まで誰にも話したことがなかった。


 話したい、話したくない、の間で気持ちが揺れる。


 どう話したら必要な部分だけ伝わるのか、辺境伯様の怒りを鎮めてさしあげられるかわからず、言葉が出てこない。

 そんな自分が不甲斐ない。

 わたしに気を遣ってくださった辺境伯様や優しくしてくれた皆さんに申し訳ない。


 だから短刀を突きつけられて「選べ。王都へ帰るか、ここで死ぬか」と言われたとき、「死にます」と答えようとした。


 アベルさんが部屋へやってきたのは丁度そのときだった。


「王都へ放っていた青鳥です。リヴィエール公爵家のごくごく内向きの事情について、メアリというメイドとベンという庭師から証言が得られたそうです」


 メアリとベンの名を聞いて、迷っていたわたしの心は凪いだ。


 記憶の花を探している理由は言いたくない。

 けれどわたしは、約束を破ったことや嘘を吐いたことを辺境伯様や皆さんに謝らなくてはならない。


 わたしを送り出してくれた大好きなメアリとベン。それに、ここでわたしを気遣い、優しくしてくれる人々。みんなに嫌な思いをさせたことを心から謝りたい。


 そう思ったら、自然と言葉が溢れてきた。


「あの、わたし、魔石鉱泉のことを乗っ取ろうなんて、そんなこと思っていません」


 クラウド様とアベル様、もう一人の屈強そうな方の視線が一斉にわたしに集まって、わたしの心臓は緊張で大きな音を立てているけれど、なんとか懸命に言いたいことを言葉にした。


「わたしが魔法を使えるのは本当です。魔法で西門の錠を壊しました。その、あの、理由は言えないのですが、西の森に、どうしても行きたくて」


 三人は目配せしたまま黙っている。


「お父様が……父が、魔石鉱泉のことを話しているのを聞いてしまいました。わたしにはよくわからないですが、わたしがここにいることで、皆さんが搾取されると思うと、本当に申しわけないです。ごめんなさい」


 わたしは立ち上がって、頭を下げた。


「でもあのっ、わたし、西の森でどうしても見つけたい物があって! だからあの、そ、それが見つかるまでここに置いていただけないでしょうか! 見つかった後は、辺境伯様のお好きなようにしてくださって構いません。わたしを王都へ帰してくださってもいいですから!」


—―一拍の後。


「死ね、と言ったら?」

 辺境伯様の静かな声が降ってきた。


「ご命令なら、死にます。探し物が見つかった後ならば」

 わたしがすぐに答えると、なぜか大きな溜息が聞こえた。


 なにかまずいことを言ってしまった?

 不安になって何か言わなくては、と思ったとき。


「……わかった。貴女の処遇については追って知らせる。それまでは部屋から出ないように」


 辺境伯様は短く言うと、部屋から出ていった。

 ルイス様とアベル様も続いて、扉がばたん、と閉まる。たちまち部屋はしん、と静かになった。


 わたしはホッとして、胸の前で手を合わせる。

 これで記憶の花を見つけるまでは、ここにいられる。


「あ、ありがとうございます……」

 辺境伯様に言えなかった感謝の言葉を呟くと、堪えていた思いが目からぽろりと零れた。


 気のせいかもしれないけれど、辺境伯様の低い声には、さっきまでの底冷えする刺々しさは無いように思えた。



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