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2 わたしが魔法使いになった理由


 それほど大きくない革製のトランク一つ。

 これがわたしの所持品すべてだ。


 いない子どもとして扱われてきたわたしに、自分の持ち物などたくさんあるはずもなかった。


「荷物が少ないと整理がラクね!」

 前向きに考えれば、苦しいことも良いことと思える。お母様が亡くなってから、いつもそれを心掛けてきた。


 夜明け前、丁寧にたたんだつくろいだらけのシーツの上で、わたしは荷物の中を確認する。


 衣類は古いメイド服が夏用と冬用の二着。あとはわずかな下着。


 トランクを埋めつくしているのは、薬瓶と本だ。


 この小屋に隔離されていたわたしは、怪我や病気をしても気付いてもらえなかった。屋敷内でこっそりとわたしを助けてくれる数少ない人たちに薬をもらえば、後でイザベラお母様にその人たちがひどく叱られてしまう。

 誰にも迷惑をかけないように、わたしは薬草で薬を作って常備するようになった。


 リヴィエール家の敷地は広く、わたしのいる小屋の周辺は森のように木々や草花がしげっている。その中には薬草となるものも多かったから、材料には事欠かなかった。


 その薬作りを助けてくれた薬草の本、神話と昔話と数学の本。これらは屋敷のお掃除をしているときに拾って、こっそり持ち帰った物だ。

 そして、それらより一回り大きくて分厚い本をわたしは手に取る。


 これは、お母様がわたしに残してくれた唯一の品。


 ドレスや宝飾品などはすべてイザベラお母様に取り上げられてしまうとわかっていたお母様は、この本だけはわたしにこっそりと手渡した。


『エステルには才能がある。素敵な魔法使いになってね』


 これは『魔導書』。

 中身はすべて古語で書かれている。おかげで私は古語が読めるようになった。

 題名はなく、表紙には精巧な魔法陣が描かれている。

 この本を使って訓練してきた今は、この魔法陣が本を守る防御魔法だとわかっていた。


 かつてこの国にも多くの魔法使いがいたらしいが、現在は王家や血筋の守られた貴族の家にしか存在しない。魔法使いは特別な存在であり、禁忌の存在でもある。


 お母様も魔法が使えた。そして、それを秘密にしていた。

 

 きっと、お母様が異国の出身らしいこと。

 この国では王族と限られた貴族以外の魔法使いは、国の人材として研究機関に仕えることを義務付けられるか、迫害されるかのどちらかだから。

 だからお母様は、魔法が使えることを秘密にしていたのだろう。


 同じようにわたしも、魔力があることと『魔導書』のことは必死で隠してきた。

 小屋に追いやられたときは、少しホッとした。おかげでわたしは『魔導書』を一生懸命に読んで魔法の訓練に打ちこめた。


「お母様。わたし、魔法使いになれました。だから嫁ぎ先で、ぜったいに『記憶の花』を探してみせます」


 わたしが魔法の訓練をしてきたのは、お母様と約束したから――だけではない。


『記憶の花』。魔力を湛えた土地にのみ咲く花。死者や精霊とほんの短い時間だけ言葉を交わすことを可能にする花。


 その花を見つけ、お母様ともう一度お話するためだ。


「お父様の話は裏付けになったわ。トレンメル辺境伯領には、きっと記憶の花が咲いている!」


 魔石の大鉱泉があるということは、土地の魔力が高いということ。

 そんな土地にお嫁にいけるなんて、ほんとうに幸運だと思う。


 たとえ相手が、竜殺しと恐れられる冷酷な人物であっても。


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