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19 帰るか、死か。

 



 クラウドとエステルが城に戻ると、ガレアの町からもアベルたちが帰還していた。

 気まずい空気が流れる中、エステルは玄関ホールで皆に一言、


「あ、あの、迷惑をおかけして、申しわけありません」

 深く頭を下げ、そのままクラウドの後へ続き自室へ入った。


 そしてほどなく、エステルへの尋問が始まったのだった。



 扉が開く音にクラウドは振り返った。

「どうだった」

「それが……」


 アベルは疲れた様子で息を吐く。

「何を聞いても謝ってばかりでして。肝心なことは話してくれません。けっこう問い詰めたんですけどね。なんというか、弱い者いじめをしている気分になってしまって気が滅入ります」

「だろうな」


 昨夜のことを思い出す。

 間違ったことはしていないのに、ベッドの上で怯えるエステルを犯しているような気持ちになった。まるでこちらが悪いことをしているような。純粋無垢な赤子をいじめているような。


「確かに、彼女は弱々しく見えるし、おびえている。もし彼女に悪意がないならこちらの対応も見直さねばならないが、客観的事実として彼女は約束を破った。それに、魔法のこともある」

「そのことですが」

 アベルが言いにくそうに言葉を切る。

「エステル様は古語が読めます。魔法符も解除した。エステル様自身の断片的な言葉からも、どうやら魔法が使えるのは間違いないようです」


 クラウドを纏う空気がちり、と火花を散らす。

「油断のならない父娘だ。魔法のことを公爵が隠していたなら重大な契約違反行為だぞ」


 この国にもかつて魔法使いはたくさんいたが、今は王族と限られた貴族にしかその血は残されていない。

 偶発的に生まれた魔法使いも、国に登録してその管理を受ける。国の機関で働き、王に尽くす。その魔法を、王家に向けないために。 

 この国では魔法使いは特別なのだ。いろんな意味で。


「まだ領地経営が不安定な現状、手に入れた公爵家の名はまだ必要だ。とりあえずあの娘は幽閉するしかないが、魔法が使える者の幽閉は簡単ではない。その方法を考えなくては」

「あんな虫も殺せないような娘が魔法使い? 本当なのかよ?」


 ルイスは信じられないという風に肩をすくめる。


「魔法符の貼ってあった西門の錠を解除したんだ。信じるしかないだろう」

 アベルは片眼鏡モノクルを外して眉間に手を当てた。


「あの魔法符を解除したとなると、相当な魔力を持っていることになる」

「まじか。どうするんだ?」

 珍しく、ルイスが深刻そうに眉をひそめた。

「今、オレたちの陣営には魔法使いがいない。竜討伐に加わっていた魔法使いは全員抜けたから、王都からの後続隊にもいない。あの娘を見張る魔法使いを新しく雇うのか?」

「現実的ではないですね。魔法使いを雇うのは容易ではありません。王の許可がなくてはならない。今、王に目を付けられるようなことをするのは得策ではありませんし」

「はああ、山一つ越えただけだっつうのに、どうしてこうも違うんだ。隣国のオルビオン聖領やオレの故郷のブランデン王国だったら魔法使いなんてザラにいる。雇うのも簡単なのに」


 三人の間に沈黙が降りる。重い空気をふっきるようにクラウドが動いた。


「とにかく、俺も話をする。アベル、エステルは話せそうか」

「はい。さきほどアグネスがお茶を飲ませていたので少し落ち着いたと思います。尋問はできるかと」

「わかった」


 クラウドは続きの扉から隣室へ——エステルの私室へ入った。


 魔法使いであることを隠していた時点で、本来なら罪人の塔に閉じこめるところだ。

 しかし、まだエステルが公爵家からの花嫁という立場であることに変わりないため、事がはっきりするまでは花嫁として扱うことにした。


 大きなテーブルでお茶のマグカップを持っていたエステルは、クラウドが前に座ると小さな身体をさらに縮めた。


「話づらい。顔を上げろ」

「は、はいっ……」


 クラウドを真っすぐに見る若草色の瞳にも、邪悪な曇りはない。

 どう見ても、ただの純粋な弱々しい娘にしか見えない。

 内心首を傾げつつ、しかし騙されてはいけない、と気を引き締める。


「西の森へは行くなと、今朝も確認したはずだが」

「申しわけありません……っ」

「謝ってほしいのではない。禁じたにも関わらず、なぜ西の森へ行ったのか理由を聞きたい」

「そ、それは」


 エステルは口をつぐんだ。


「だんまりか」

「も、申しわけありませんっ」

「――では、別のことを聞く。なぜ魔法が使えることを隠していた?」

「あ……それは、その……」


 小さな唇からもれた声は、しかし明確な言葉を紡がない。

 これまでのことも重なり、クラウドは苛立ちを隠せなくなった。


「貴女は何をしにこの地へやってきたのだ」

「え……?」

「リヴィエール公爵に何を命じられている? 王家と組んで魔石鉱泉を乗っ取る計画でも立てているのか? だとすれば即刻、貴女の身柄は王都へ返還する」

「返還!? そ、そんな……!」


 エステルは大きな目を更に大きく瞠った。深い悲しみと恐怖を湛えた無垢で曇りない眼差しに一瞬胸が痛み、それがクラウドの苛立ちを極限に引き上げた。

(偽っておいて被害者ぶるのか!)


 気が付けば、エステルの鼻先に短刀を突きつけていた。

 電光石火。戦場でそう謳われたクラウドの身のこなしに、エステルは凍り付いたように動けなくなっている。


「もしくはこの場で死にたいか? 俺は領主として、この地を、民を搾取しようとする者を見過ごすわけにはいかない」

「ち、ちがっ……」

「選べ。王都へ帰るか、ここで死ぬか」


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