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16 間の悪いしらせ


 エステル・リヴィエールが夫婦の居間で昼食を摂ると言ったという。

 アグネスはいそいそとワゴンにサンドイッチの皿やらティーセットやらを積んで二階へ上がっていった。


 アベルは足音を忍ばせて、アグネスにも気付かれないように目的の部屋の扉の影に身を寄せる。


 この城は実に重厚に造られているので防音も確かなものだったが、食事の給仕中なのでアグネスが扉を半分開けていた。二人の会話はよく聞こえる。

 他愛のない話から、西の森の話になっていた。


(どうやら西の森にこだわっている様子ですね)


 エステルは西の森に行くだろう、とアベルは確信した。


(クラウド様が禁じたはずなのに、それでも敢えて行くつもりだということは)

 やはりこちらが懸念している通り、魔石鉱泉の場所や様子を調べようとしているのか? 花嫁は公爵家の密偵スパイなのか?

(困りましたね。クラウド様の心配の種をこれ以上増やしたくないというのに)

 杞憂が現実になった。憂うべく状況だ。


 そのうちに他愛のない話にまた戻り、エステルはどこか上の空で相槌を打っている。


 アベルはそっとその場を離れ、準備に取り掛かった。 

 無論、エステル・リヴィエールの行動を見張る準備だ。





「アグネス、エステル様は午後の予定について何かおっしゃっていたかい?」


 昼食後の片付けをしているアグネスにそれとなく聞いてみる。


「庭を散策したいとおっしゃって、お部屋で準備している御様子だよ。夕方までには戻られるって」


 やはり。アベルは予想が当たっていることを確信する。


「あっ、そうだアベル、エステル様のお供をお願いしてもいいかい? なにせここの庭は広いから初めての者は迷いやすい。あたしが行きたいところだけど、洗濯物の片付けやら備品の補充やら夕飯の準備やら、まだまだやることは山積みだからね」

「わかりました。任せてください」


 もとよりそのつもりだったし準備もしてあるので、アベルは厨房を出ようとした。

 そのとき。


「あれ?」

 アグネスが声を上げる。

「アベル、青鳥だよ!」


 厨房の開いた窓へ一直線に、小さな影が飛んでくる。


(王都へ放った青鳥が戻るにしては早いな)

 自分の腕に止まった小さな青い宝石の如き伝書鳥を見て、アベルはハッとする。

 細い脚にくくり付けられているのは赤い紙。緊急を知らせる印だ。


「……なんだって?」


 開いてみればそれは王都からではなく、ルイスからの報せだった。

 魔物が予想以上に多くて苦戦しているから至急救援に来い、とある。


『クラウドがほとんどの魔物をアストラス山の方へ追い立てたていったから数は多くないが、数匹、ガレアの中に入ったようだ。オレとグスタフとヨン、トム、ロニーは周囲をうろつく魔物がガレアに入らないように城壁を見張っていて手が離せない。中で避難の鐘を鳴らしているが逃げ遅れる者もいるだろう。おまえが町の中の魔物を掃討してくれ』


「まったく間の悪い」

 アベルは舌打ちする。もう少しの辛抱とはわかっていても人手不足に改めて腹が立つ。

 魔物はきっとワーウルフかゴブリンで、それ自体はたいした魔物ではない。他の領内だったらルイスも救援要請などしなかっただろう。

 しかしガレアはこの領地の要だ。万が一ここで被害を出せば、せっかくクラウドや自分たちが苦心して少しずつ得ている民からの信用を、一気に失くすことになる。


「だいじょうぶかい? ガレアの町から警鐘が聞こえるみたいだけど」

 アグネスは心配そうに窓の外を見ている。


 アベルとて町は心配だが、エステルの動向も見逃せない。

 しかし状況を考えれば、魔物の掃討が先だ。


「なに、心配はいりません。少し魔物が入ったようです。それを片付けてからエステル様のお供をします。私が行けば負傷者は出ないと思いますが、アグネスはいざという時のために城の備えをしていてください」

「ああ、任せておきな」

 アグネスはふくよかな胸をたたいてみせる。

「あんたも気を付けな。なに、エステル様の方はこの城の敷地にいるんだから、急がなくても心配ないさ」


(おとなしく敷地内にいてくれれば、ですけどね)


 その可能性は低いことがわかっているアベルは、疾風のように馬を駆り町へ出ていった。一刻も早く魔物を掃討してエステルに追いつかなくては。


「ま、あの門は突破できないと思いますが」


 あの門には魔法符で封印がしてある。王都の魔法使いに依頼して作った魔法符で、解除府がなくては開かない。

 魔法使いでもないかぎりは。


 エステルに門の前ですべてを問いただし、返答によっては捕らえ、場合によっては王都へ送り返す。もしくは幽閉する。もしくは。


「仮にも主の花嫁に手をかけたくはないですね」

 そうならないことをアベルは祈る。祈ることに限って、真逆の方向へ向かうものですが、と頭の隅で思いながら。



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