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10 初夜というもの


「何をしている」

「え、と、その」

「心配するな。部屋に仕掛けなどはない。俺は何も隠してはいないからな。そちらと違って」


 何を、と問う前に、ふわ、と体が浮いた。


「!?」


 辺境伯様はやすやすとわたしを抱き上げるとそのまま部屋を横切り、ベッドの上に無造作にわたしを放り出す。

 起き上がろうとしたが、両手首をまとめ上げられ身動きができなくなった。

 

「……!」


 のしかかってきた力は強く、わたしは恐怖で身体が震えた。

 辺境伯様はやっぱりあの鋭い目でわたしを見下ろしてじっと見ていたかと思うと、空いている方の手でわたしの夜着に手をかけた。


――初夜。

 イザベラお母様に吹きこまれた、怖ろしい夜。


 頭ではわかっていたけれど心が追いつかず思わず身をよじる。

 けれど、力強い手と硬い胸板はびくともしない。


「やめてください!」

 思わず叫ぶと、辺境伯様は端整な口の端を少し上げた。

「なぜだ? 俺たちは正式な夫婦だろう。それとも、そちらは違うのか?」


 問うた辺境伯の声色と視線が一瞬、刃のようにわたしを突き刺す。


「い、え、ちがいません、けれど」

「ならば、夫が妻の身体に触れることは当たり前のことだ」


 そう言って、大きな手がわたしの夜着の合わせを思いきり暴いた。


「……っ」

 恥ずかしさに顔を背ける。

 辺境伯様はわたしの身体をじっくりと眺めたあと、夜着をはぎ取りながらわたしをうつ伏せにした。

 その手が下着にかかったとき――耐えきれず、わたしは叫んだ。 


「も、申しわけありません! わ、わたしには、その……期待しないでください!」

 こんな貧相な身体では夜伽など務まるはずもない。

 イザベラお母様が言った通りに耐えたとしても、呆れられてしまうだろう。

 そうしたら――ここを追い出されてしまう。記憶の花を見つけることができなくなってしまう。


「わたしは、辺境伯様が……皆さんが思うような人間ではないのです!」


 公爵令嬢とは名ばかりで、綺麗なドレスも着たことがないし、社交界にも出たこともない。

(騙してごめんなさい! わたしは、皆さんが期待するような公爵令嬢じゃない。屋敷の隅の小屋で暮らしてきた、名ばかりの娘)


 そう、本当のわたしは。

 皆さんを騙して記憶の花を探そうとしている、悪女なのです……!


 恐怖と、申しわけなさと、情けなさと。

 いろいろなものが混ざり合って、目尻からこぼれていく。気が付くと、わたしは嗚咽していた。


 ふ、と、わたしを押さえていた力が緩んだ。


 「……互いに利益あっての婚姻だ。公爵家はトレンメル領の財産、こちらは公爵家の権威がほしい。おまえとの関係はそれ以上でも以下でもない」


 冷たい視線はわたしを注視したまま、ゆっくりとその鍛えられた身体が起き上がって離れた。

 わたしもあわてて夜着を合わせて起き上がる。


「よって、領民の前では夫婦としてふるまってもらいたい。必要な場では我が家の妻としての役割を果たしてくれ。それだけ守ってくれれば、あとは好きにしてくれてかまわない。おまえは病弱と聞いていたが、そうなのか?」


 そうか、と思う。お父様はずっと、対外的にわたしを病だと偽ってきた。

 辺境伯様にもそのように話しているらしい。

 記憶の花を探すためには、病気がちと思われていたほうが都合がいいかもしれない。


「は、はい、幼い頃より伏しがちでした」

「……そうか」


 整った眉が怪訝そうに動いたけれど、辺境伯様は病のことをそれ以上追及することなく、ベッドに背を向け、立ち上がる。


「——そうだ、大事なことを言い忘れていた」

 背筋がぞくり、とする。振り返った辺境伯の顔に、凄みが差していた。

「西の森には絶対に入るな。もっとも、ただ人が行ける場所ではないがな」


 今度こそ本当に背を向け、辺境伯様は隣室の扉を開けていってしまった。


「これって、もう『初夜』というのは終わったということ?」


 お役御免になったことに安心すると同時に不安になる。

 辺境伯様が、わたしを使えない娘としてリヴィエール家に送り返したらどうしよう。

「でもさっき、あんなことをおっしゃっていたのだから、しばらくはここに置いていただけるはずだわ」


 領民の前では夫婦としてふるまう。必要なときは領主の妻としての役割を果たす。

 そして、西の森にはぜったいに行かない。



「ごめんなさい、辺境伯様。最後の言いつけは、守れそうにありません……」

 夜伽を免れた安心からか、わたしは呟いたまま大きなベッドの上で眠ってしまった。



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