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第2話 自治区(3)

「ナースってさ」

 さっきまでの喧騒が嘘のような静かな船内通路。

 フィアが、ナースの走り去った通路を見つめている。

「クフィのことになると、ほんと子供みたいだよね」

 左隣に並んで立っている、青いパイロットスーツ姿のコナウィンが相槌を打った。

「だな」

「友達気取ってるけど、バレバレだよね」

「あはは」

「クフィってコナウィンの一つ上だよね?」

 頷いてみせるコナウィン。フィアが続ける。

「ナースだって私の二つ上だし。もー、結婚しちゃえばいいのにね」

「課長権限で辞令でも出してみれば?」

 え? と、身長差のせいで左上を見上げてコナウィンの顔を覗き込んだフィアは、そこに目尻の下がったからかう様な表情を認めて、ふくれてみせる。

 彼女の年齢でこんな仕草が似合うものどうかと思うが、脹れっ面になったフィアは、柔らかい頬の線が更に丸みを帯び、子供っぽくやたらに愛らしい。

 艦橋で指揮を執っている時の姿とは、まるで別人である。

「ま、余計な詮索はやめとこう。色々あるんだろ」

「そうだけどねー」

 んー、とやや下向き加減の顔で目を閉じるフィア。

 何かを考える時に見せるいつもの彼女の仕草に、コナウィンはくくくと笑い出した。

「本当に、フィアは人の色恋沙汰好きだよな」

「だってぇぇ」

 抗議したいのか恥ずかしいのか、ブロンドヘアの隙間に見える耳まで赤くしている。

 プラ製書類ケースを持つ両手を握り締めながら力むフィアが、コナウィンを見上げると同時に、コナウィンの右手が彼女の頭を撫でた。

「あの二人は放っておけば、なるようになるって」

「そうかなー」

「出たよ、おせっかいフィア」

「誰がばばあよ、誰がっ」

「ババアなんて言ってないよ」

「……通っていいか?」

「あ、ごめ――」

 突然舞い込んだ第三者の声に、え? と、コナウィンとフィアが一斉に振り返った。

 先ほどまでナースが語りかけていたドアが、開いている。

 しばらく手入れなどしていない風に見える明るい茶色――というより赤い髪の前を、右手で額の上に掻き上げた男が立っていた。

 黒いTシャツに茶色のワークパンツ姿。私服だろう。

 青年というにはやや年を過ぎている、けれどそれほど老けているといった印象もない。

 黒い瞳はコナウィンと同じ、ただ全体の造作はコナウィンの方が深い印象を受ける。

 やや中性的な雰囲気の男だ。

「クフィ。い、いたのか」

「いいい、いつからそこにっ!?」

「ドア開けたらこれだ。まぁ、照れる様な年でもないんだけどな」

 さっきより更に赤くなって両目を閉じて首をふるふる振り回すフィアと、フィアの頭の上で右手を宙に浮かせたまま硬直しているコナウィンを交互に眺めて、クフィン・ノミールは困った風に、溜息をついた。

 はっ、と我に返ったコナウィンが、右手を引き戻す。

「……おはよ」

「はい、おはよ」

「……お、おはようクフィっ」

「おはよう、船長様」

 三人の間に、微妙な空気が流れた。




 第三甲板のほぼ中央部、艦橋の真下辺りに位置する船員食堂。

 一般的な学校教室よりやや狭い程度の広さで、一度に40人程度が食事を摂ることができるこの食堂は、朝食の最混雑時間は過ぎたらしい。

 今は10人程度が散見されるのみだ。

「さっきは助かったよ。ありがとな、コナウィン」

 数列並ぶ長テーブルの一番壁際に陣取ったクフィンは、対面に座ったコナウィンに笑いかけてはいるのだが、時折額にしわを寄せて目を瞑る表情を見せる。二日酔いらしい。

 寝癖をずっと気にして、話しながらも左手で赤い髪を撫で付けていた。

「毎度のことだから慣れたけどね」

 食堂専用の金属マグカップを手に、コナウィンも苦笑している。

「俺のせいじゃないからな? 今日だって部屋出ようとしたら、ドアの前でちっこ……フィアとナースが」

「小さい、何?」

 コナウィンの右隣で100%グレープフルーツジュースに口をつけていたフィアが、片方の眉だけ吊り上げてクフィンを冷やかに睨み付けた。

 さほど気にした様子もないクフィンは、スクランブルエッグ乗せトーストにマスタードを追加し、ソーセージまで乗せてかぶり付く。

「クフィ、相変わらず凄い食べ方よね」

「そうか? これ旨いんだぜ」

 気にせず、二枚目のトーストに手をつけるクフィン。

「ちゃんと食わないと、酒が抜けないからな」

 テーブルに置いてあったポットの氷水を、グラスに注いでは口に運ぶ、を繰り返している。

「また飲みすぎたのね」

 フィアは呆れ顔をクフィンに送りつつ、クフィンの前に自分のそれと同じジュースを置いた。

 フィアの置いた果汁100%ジュースを、さんきゅーと一気に飲み干して、沁みるよこれ、と賜るクフィン。

「アモーガの野郎、俺の秘蔵の干し肉ほとんど食いやがったんだ。だから、ヤツの分の酒飲んでやった」

「毎晩毎晩、よく飲めるなクフィンは」

「ホントよ。どんな肝臓してるのかしら」

 そんなに飲んだら体壊すわよとか、もっと節度を持たなきゃだめじゃない、などと口走り始めたフィアを、クフィンは牽制する。

「フィア。購買にさ、せめてビールくらい在庫切らすんじゃねぇって言っといてくれよ。お得意様が泣いてるぜって」

「私が言える訳ないでしょう、そんなコト」

「頼むよ船長様」

 ふう、と溜息をつくフィアを他所に、クフィンは食後のコーヒーと洒落込み出す。

「そうだ。コナウィン。今日フライトあるか?」

「この後すぐに試験飛行だよ」

「お、ラッキー。乗せてくれ」

「構わないけど、どこ行くんだ?」

「私用私用。市場近くに降ろしてくれたら助かる。テキトーな時間経ったら迎えに来てくれないか?」

「わかった」

「てなワケで運輸課長」

 どーせ私の言うことなんか誰も……ぶつぶつぶつ、と独り言を唱えていたフィアに、自分の腰の辺りで何かをごそごそ探りながら、クフィンが向き直る。

「な、なによ」

「はい、これよろしく」

 手渡されたのは、一枚のプリント紙。

 数箇所を丸で囲み、一番下にクフィンのサインが大きく書き込んである用紙は、下船の許可を求める上陸許可証だ。

 全ての乗船員は、業務開始から終了までの『一航路』の間、職務以外で船を出る際には、この用紙に決済を受けなければならない。

「受理はするけど」

 不満そうなフィアは、受け取った許可証を丁寧に折り直しながら尋ねる。嫌味を織り交ぜて。

「念のため聞くけど、市場になんの御用でしょうか?」

「ちと、闇市にね」

「……またお酒でしょ」

「購買の酒は競争率高くてな。充分に補給できんのよ」

「だったら飲まなきゃいいじゃない。お金だって勿体ないよ」

 艦載ヘリコプターを私用でタクシー代わりに使う方がよほど問題なのだが、フィア船長の論点はそこではないらしい。

 本当に彼を案じているのだろう。




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