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第2話 自治区(1)

「起きろー。おーい。いるのかー」

 CW社籍輸送船ナドーラ、左舷第三層甲板に位置する、とある船員室前。

 声の主は、歩行者用トンネルの様な狭い艦内通路に面した、無機質なパネルドアの前にいた。

 全く飾り気のないドアの、上方ほぼ中央にある防炎ガラスがはめ込まれた丸い小窓へ、鼻頭が当たるくらい近付き、片目を閉じた栗色の瞳で室内を覗きこんでは離れ、眉間にシワを寄せ、そしてまた棒読みの様にドアに話しかけている。

 商品管理係長、ナース・クレイだ。

 20代半ばに見える彼女は、明るい茶色の髪をいつもの様に背中で無造作に結わえ、上下一体の濃緑色作業服を上半身だけ腰まで下げ、細身のウェストの前で袖を結んで止めている。

 話し相手の丸窓は、内側から目貼りされていた。室内の様子は全くわからない。

「なんでまた隠すんだっての。」

 今度はドアをバンバン連打してみる。反応は全く、ない。

「寝てんのか、いないのか……」

 窓を睨み付けていたナースは、大人びて整った顔を大きく崩し、はぁ、と溜息をついた。

「おはよ」

 後ろから降ってきた声に、くるっと反転、ドアに背を持たせ掛ける。

「あぁ、おはようフィア。今日は忙しくなるね」

 大きなオリエンタルブルーの瞳でこちらを窺う、ナースと同年代にしてはかなり幼く見える通りすがりの船長。

 ナースより小柄なため、必然的に見上げる様な格好になる。

 シルバーブロンドのショートヘアが、一際目立っていた。

「クフィン、いないんだ?」

「うーん。寝てるかもしれないんだけどさ」

 軽く握った右の拳で、自分の背後の丸窓をコンコン叩いて見せるナース。

「いるかどうかわかるように、窓の目隠し外しといたのにさー。また貼っちゃってるんだ」

「……また怒られるわよ」

「怒るくらいなら、部屋に居るのか居ないのかくらいハッキリさせろって、思わない?」

 起きないわ、行方はわからなくなるわ、まったくもうと一人でグチり始めたナースに、フィアは苦笑した。

「約束でもしてるの? クフィン、今日全休よね」

 船一隻が、丸々企業の一部署となっているナドーラは、約200人が勤務するオフィスでもある。

 乗船員は三交代でのシフト制勤務を組んで24時間の航行に従事し、労働基準監督省の指導による週二日相当の休暇時間もきちんと存在する。全休とは、その名の通り終日休暇のことだ。

「それよそれ!」

 急に声のトーンが跳ね上がったナースに、大きな瞳を更に大きく見開きびくっと驚いたフィアは、胸の前に抱えていたプラ製書類ケースを床に落とした。

「荷役の日に全休なんて信じられる? 絶対ナメてるよね! 朝から何度も個別呼び出ししてるのに繋がらないしっ」

 フィアの両肩を前から掴み、ブロンドヘアーごと頭が落ちてしまうのではないかと心配になりそうな勢いで、がくがくがくと前後に揺すりながら続けた。

「なんで許可したのよフィアぁ」

 休暇申請書の最終決裁者は、運輸課長である。

 されるがままのフィアは、ブロンドヘアを振り乱しながら、必死の形相で辛うじて言葉を発した。

「だってクフィンは商品管理係じゃないしっ」

「私が管理係なのよ!」

 今更口に出す様なことではない、皆の周知事項を喚く。

 第二運輸課商品管理係。

 通常時の業務は、積載する積荷の管理、それと船への荷役作業の担当部署でもあった。

 荷役の日は、係内に三班ある作業班総動員でも人手が足りない程に、忙しい。

「いつも手の空いてる連中貸してくれるじゃない。今日は細々した物資多いから特に人手欲しいのに!」

 揺する両腕に、更に力が篭る。顔つきが真剣だ。

 造作が整っているだけに、こういう表情をされると迫力がある。

「しかもアイツ、有休なんてほとんど残ってないでしょーがっ」

「1日でも残ってるなら、申請は個人の自由だし」

「クフィの味方するの!?」

「だ、だってカウルリッジに戻ったらエストリア本店でスイーツと新作ワインおごってくれるって」

 揺する腕が、止まった。

 失言に気付いたフィアは、努めて冷静に、自分の肩に置かれたまま硬直したナースの腕を掴んだ。

 片方ずつゆっくり引き剥がす。

 肩を落としたナースが、ぼそ、と言葉を発した。

「……買収されたんかい」

 んんんっと咳払いして襟元を直し、床に転がる書類ケースを拾い上げて、それから現状回避に動いた。

 小さな口元を引きつらせて、精一杯作った微笑みをナースに投げかける。

「じゃ。そーゆーことで」

 再び肩に腕の重さを感じた次の瞬間、目を細めたナースの顔が、フィアの目前に迫った。

「まてぃ」

「ですよね」




「……部屋から出られないから助けに来い?」

 船の全長のちょうど中央付近、最上甲板右端にある、艦橋と排煙塔に挟まれた15m四方の航空機昇降用エレベーター上。

 青いパイロットスーツに身を包んだ男が、怪訝そうな表情で艦内連絡用のハンディ携帯無線機を握り締めて立っている。

 コナウィン・ラーズ第二運輸課航空機動係長。年の頃は30を過ぎたあたりか。

 ナドーラ艦載ヘリコプターのパイロットだ。

 腰に下げていた無線機が個別呼び出しコールを発したので応答ボタンを押したところ、状況が理解できない言葉が飛び込んで来たのである。

 下降中の広いエレベーターの上で思わず復唱してしまったコナウィンは、もう一度用件を尋ねた。

「で、何?」

『さっき起きたんだけどさ。……くそ、夕べは飲みすぎたわ』

 無線機の向こうからだるそうな男の声。

「起きたら?」

『あー。なんか部屋の前で、ちっさいのとウルサイのが騒いでる』

「フィアとナースがどうしたって?」

『何故その二人だとわかる』

「違うの?」

『いや、そうだけど』

 先程まで最上甲板の高さにいた、甲板の端の一部がそのまま上下するような形態の開放式エレベーターは、今はコナウィンの目の前に積荷倉庫への開口を作っている。

 未だ状況が掴めない無線機からの話に首を捻りつつ、人一人がくぐるには縮尺がおかしいとすら思える大きな開口部から、第二積荷倉庫内に足を進めた。船内外の風圧差によって巻き起こる風に、黒髪が逆立ち、精悍な顔立ちが歪む。

 無線機を握ったままの左手で頭を抑え、足元に引かれている黄色い区分ラインに導かれるまま奥へ進むと、濃淡二色の紺色迷彩に塗装された汎用ヘリコプターが二機、回転翼を展開したままの状態で並んでいた。

 向かって左の機体の、開放された側扉の機内側から、工具箱片手の若い男が身を乗り出してくる。

「コナウィンさん、アンチトルクペダルの調整終わりました。これでテールローターの微振動は治ったと思います」

「ありがとう」

「試験飛行いきます?」

 んー……と、やや痩せ型のアゴに手を当てる。

「ちょっと野暮用済ませてから飛ぼうかな」

「野暮用ですか」

 コナウィンは、若い整備員へ視線を向けたまま、左手に握った携帯無線機を右の人差し指で差し、その軽く日焼けした顔で苦笑して見せた。




 7:12AM。

 薄明かりの中、自室の外の騒がしさに目が覚めて、無骨な鉄製ベッドの上に上半身だけ引き起こしたアモーガ・コンノは、寝癖のつきまくった茶色頭を斜めにして、寝ているのか起きているのか判らないほどの薄目で恨めしそうに部屋を見廻した。

 細長く狭い床の至る所に、アルコール飲料の空き缶や瓶が散乱している。

 扉の外の騒音源が増えた様な気がして、薄目のままベッドの上で体をひねり床に足を置く。空き缶がガラガラと音を立てて転がるが、気にした風もなく立ち上がる。

 水色スウェットの上着の裾から左手を挿し入れ、胸の辺りをボリボリしながら部屋への出入り扉の前まで移動した彼は、ドアノブを探す様な仕草で右腕を伸ばす。しかしその手は、相当寝ぼけているのか、てんで見当違いの方向の空を切るばかりだ。

 そのまま数秒固まった後、扉の倍程度の幅しかない壁のすぐ脇に備え付けてある、一人用ソファに倒れ込む。

 うつ伏せにソファにもたれ掛かったアモーガは、とても居心地が悪そうに低く呻いていたが、数回寝返りを打っているうちにベストポジションを見つけたらしく、そのままイビキを掻き始めた。



  

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