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第1話 運輸部第二運輸課(3)


 第二運輸課は、ニウ・ナドル共和国首都ニウ周辺と、そこから500kmほど南に位置するCW本社の あるカウルリッジ市をベースとし、国土西方向のオアシス都市と呼ばれる旧ナドル連邦の資源採掘都市を往復することが多い。

 大陸南部のモルドネへの定期便は、運送企業トップ3に数えられるジェネラルウィンドホバー社が受け持っている。

 ところが、ここ最近、二便連続で荷が届かないという事故が発生していた。

 この地域は敵性隣国シアとの国境に近く、更にモルドネ自治区は前紛争時に戦闘に巻き込まれたシアからの難民が居住するニウ・ナドル地域という、軍事、政治両面で非常にシビアな土地で、不審武装勢力による物資強奪事件が後を立たない。

 シアから援助を受けているテロ集団、あるいは自治区から抜け出した難民による独立運動、更には全く関係ない第三勢力だとも言われ、噂が噂を呼び、古来からの賊の通称「海賊」と呼ばれるのも納得できる話しである。

 ウィンドホバー社輸送船の連続被害は、国から監視を受け続け自由に往来すらできない数千人の難民の食料事情を、窮地に追い込んだ。

 人道的見地から救援物資の急送が決まり、直ちに、片道1500kmの長距離高速輸送が可能な船を有する各社に、政府から打診が飛ぶ。

 しかし。

 相場を遥かに上回る高報酬が国から支払われるとはいえ、優良な護衛艦を擁する業界大手の船団が連続で討ち負けるという、危険極まりない地域への急送任務だ。

 万一の人的被害や船の損傷を考えれば、間違いなく躊躇する話なのだが。

 困窮するCW社の台所を預かる財務部は、さも当然のようにこの儲け話に喰らいつき、ごり押しで上層部を説き伏せ契約し、すぐさま定期便の帰路途上だった第二運輸課、ナドーラ号に荷受命令が電送された……と言うのがフィア課長への社の説明である。

 しかし、フィア達ナドーラの乗船員達は、社上層部の謀略に違いないと確信している。

 荷受け中に副長が交代、軍上がりの元副長は本社へ栄転。更に新しい副長も軍からの出向者とくれば、財務部以外の関与は明らかだ。

 そういえば、今回の事件で被害を受けた輸送船は、ウィンドホバー自社にも立派なドックがあるにもかかわらず、全てCW社のドックで修理するらしい。

 世の中なんてそんなものだ。




 複雑な自治区事情にも絡み、援助物資の輸送船であっても荷の検閲を受けないと自治区には進入できない。

 ナドーラはここまでの航路を無事に終え、検閲作業の真っ最中だった。

「検閲終了まで、こちらで」

 フィアに勧められ、積荷倉庫の一角にある防爆ガラスで区切られた一室に招かれた中年の検閲官は、助かったと言う面持ちで固めのビニールレザー製ソファーに腰を沈め、制帽を脱ぎ自分の隣に放り投げた。

 軍服の肩章は、彼が現役の国軍大尉であることを誇示している。

「この年になると一日中立ちっ放しの仕事ってのも難儀でね」

「お疲れ様です」

 備え付けの応接セットのティーカップにコーヒーを注いでテーブルに置いたフィアは、眼を細めた営業スマイルで癒しの言葉を投げかける。

「おぉ。さすが企業のお嬢様方は違うね。俺達軍じゃこうはいかねぇ……って、失礼。艦長さんだったな」

「いえ、お気になさらず」

 フィアもテーブルを挟んだ向かいへ座る。

 ナースはフィアの斜め後方に腕を組んで立ち、さながらボディーガードといった様相だ。

「ただ、本船は軍籍ではありませんので私は艦長ではありません。運輸部課長、強いて言うなら船長ですね」

「ま、今時女性船長やら司令官は珍しくはないが……」

 テーブルのティーカップへ手を伸ばし、男は言葉を続けた。

「しかし。払い下げ艦とはいえ、この規模の船が軍艦じゃないと言われてもな。ここには色んな型の民間船が出入りするが、この船は特別だよ」

「そうですか?」

 ガラス越しに倉庫へ視線を流す。

「この積荷倉庫だって、巡洋艦クラスの格納庫と同等だろう。現役で十分イケる装備だろうに」

「もちろん、自艦防衛機能は持たせてあります」

「あの、前甲板に積んでる馬鹿でかい砲も防衛機能かい?」

「そうですね。こんなご時世ですから」

「失礼だが実戦経験は?」

「数回あります。前任が負傷したのも戦闘中でした」

 ふむ、と男は相槌を打つ。年相応の皺を眉間に寄せた。

 そして手元のコーヒーを一気に飲み干し、ご時世ねぇと続ける。

「なんだってまあ、こんな軍艦もどきにウチの娘と同じくらいの年頃のお嬢ちゃん乗せて。戦争なんて俺達の世代で終らせりゃ良かったものを」

「……」

「おっと。余計なこと言っちまった」

 帽子を手に取りながら立ち上がる検閲官。急に職務用の表情を見せる。

「この船が運んできた援助物資のおかげで、この非武装地帯の避難民達も少しはイキが良くなるさ。コーヒーありがとよ」

「そう言って頂けると運び屋冥利に尽きます」

 満面の笑顔で返すフィア。

 運び屋か、と笑いながら部屋を退出し、積荷の方へ歩み去って行く軍服の後ろ姿をしばし見送っていたナースが、呟いた。

「フィア。今回の検閲官は当りだったかしらね」

 国中枢から離れた場所にある検閲所が必要な街、つまり何かしら政情不安や問題のある地域が多いだけに、滞在する管理側の人間も灰汁が強くなる傾向がある……というのが、同業者たちの一般論である。

「そうかもね。でも……」

 空になったティーカップとソーサーをシンクへ運びながら、フィアは不満そうにぼやいて見せる。

「あの人、この船のコト軍艦とか現役でいけるとか好き放題言ってくれちゃって」

「……あのさ、フィア」

 はぁ、と前髪を掻き上げたナースは、ぶつぶつ言いながらカップを洗うフィアの背中に語りかけた。

「誰が見たってこの船、フツーの輸送船なんて言わないって」

「そんなことないわよ」

「甲板に200ミリ主砲載せてても?」

「そんなことない、わよ」

「垂直発射ミサイルのセル大盛りとか自動追尾対空機関砲三基なんて大盤振舞いしちゃっても?」

「そんなことないから……」

「この積荷倉庫の装甲シャッターから前に押し込まれてる垂直離着陸戦闘機もガンシップも、フツーの輸送船に必要なんだよね?」

「……たぶん」

「アングルドデッキにカタパルト装備の軽空母みたいな飛行甲板背負ってる船を輸送船って呼ぶ国も、探せばきっとある?」

「……言うもん」

 後姿のまま返答するフィアに、ナースは軽く溜息をついた。

 社の評価も高い、この最年少運輸課長にまつわる唯一のマイナス要素。

 自艦をあくまで“輸送船”として扱うことに神経質で、それを周囲に半ば強要している事実は多数の乗船員と社内の一部で、すでに七不思議の一つとなっている。

 ナースは、寄りかかっていた壁から身を離し、目の前の小さな背中に歩み寄った。

「ま、気持ちは判るんだけどさ。船長様」

 フィアの背中を軽く小突く。

「フィアが『艦長』って呼ばれるのをここまで拒否するのって、やっぱあれのせいでしょ?」

「うん」

 シンクの蛇口を閉めたフィアは、ひねった手もそのままに視線を下に落とす。

「『軍艦』に怖い印象しか持てないのは仕方ないと思うよ。私だってそんな怖い目に遭ったらトラウマになると思う」

「ありがと」

「でも、フィアの立場考えたら、やっぱ程々にしないとね」

「わかってる」

「キミのおかげで船内全部上手くいってるんだから、課長殿」

「わかってるから。慰めてくれなくても平気よ」

「そっか。じゃあさ」

 ん? と振り返ったフィアに、目を合わせたナース。

「ごめん、昨日フィアの部屋の冷蔵庫にあったプリン、食べちゃった」

 フィアの両肩に手を置いて、明るい茶色の髪を大きく揺らしながら思い切り吹き出す。

 フィアは、もう、と軽く脹れて見せて、それから笑った。



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