第1話 運輸部第二運輸課(2)
時を遡る。
古代ニウ王家の末裔が統治していたニウ公国と、周辺の小国家を併合して建国されたケラ・ナドル連邦国は、両国の西に位置する大国、シア王国との、領土争いに起を発する紛争で疲弊しきっていた。もう二百年も前の話だ。
政治形態、構成民族が似通っていた両国は同盟を結び、国の存亡を賭けてシアの脅威に対抗する。
やがて、広大な砂漠と森林地域に眠る鉱石や油田など、無尽蔵の埋蔵資源を有するケラ・ナドルと、高い工業力と文化を誇るニウ公国の利害が合致し、同盟から連邦へ移行、後に大陸南側の広大な地域を治める民主制国家、ニウ・ナドル共和国が誕生した。
建国から直ちに、それら資源の確保を目的に、国を挙げて基幹交通網やパイプラインが整備されていく。
しかし、数千キロにも及ぶ道路や軌道などの輸送手段を、厳しい砂漠環境の中に維持し続けることは容易い事ではなかった。
更に、豊富な資源を欲するシア王国、後のシア帝国軍及びその支援団体の容赦ない破壊工作により、なんとか機能していた鉄道やパイプラインも次々に分断されていく。細々と続けられていた航空輸送だけでは、国の資源ストックが枯渇への道を辿ることは目に見えていた。
そんな危機的情勢の中、根本的な輸送改革を迫られたニウ・ナドルが出した答えが“砂漠という海を航行する船”だった。
初期の物は“浮上車”と呼ばれ、構造的にはホヴァークラフトに近い。
浮上車複数で輸送車と護衛専用車から成る輸送隊を組み、砂漠と敵性勢力との戦いの歴史が幕を開けた。
常に数メートル浮揚したまま大型の車体を移動させるこの方式は、地上側に特定の設備を必要としない上に大量輸送に適しており、改良が進むにつれ安全性や費用対効果、輸送成功率の飛躍的な向上を達成、瞬く間にオアシス群と都市間の基幹輸送手段となっていく。
様々な型の浮上車が開発され、効率化を推し進め単独での自車防衛能力と高機動化を追究した結果、全長100mを超える大型が現れる頃には、それは装甲に守られた“船”の形になっていた。
いつしか本来の水上用船との区分の為「陸船」と呼称することになるが、現在では船と言えばこちらを指す程になっており、陸船の占める輸送シェアは大きい。
更に、陸船の重装甲、大型化は軍用としての価値も見出していく。
実用に十分耐え得る速度、大量の兵器搭載、被弾しても数メートル下の地表へ退避できる生存性の高さは水上船の比ではなく、広大な砂漠に国境を敷き対峙するニウ・ナドル、シア両国にとって、正に打って付けの兵器となった。
激しい建艦競争へと突き進んだ両軍が運用する陸船には、全長250mを超える航空母艦まで存在する。
シアとの軍備競争に明け暮れていたニウ・ナドル共和国だが、明らかに生産力で劣っていた。
ニウ・ナドルの建艦方針はここ十数年、軍備最優先の姿勢を崩しておらず、生産力向上に執着する政府と軍部は国営だった都市間資源輸送へ私企業の介入を斡旋し始める。
また、建艦技術の著しい進歩により、耐用年数が来る遥か前に陳腐化してしまった艦が相当数発生していた背景もあった。
これらを民間に払い下げ、旧式とは言え軍用にあったそれら上等な船による私企業運営の輸送船団計画。
本音を言えば手間と時間のかかる船の近代化改装工事を民間に押し付け、新技術による低コスト艦の新造へ集中投資できる大きなメリット。
なにより、多大な税金を投入した、償却が済んでいない余剰資産を整理する大義名分ができること。
そんな国の思惑が、行き倒れ寸前のCW社を救った。
シアとの間に休戦協定が発効した今から数年前、運輸事業の免許交付を受けたCW社は、社の存続を賭けて勝負に出た。
手始めに重工業部門の基幹工場群の施設、用地を、従来からあった水上船ドックも含め大型陸船用として整備。
この思い切った策は功を奏し、同業他社のドック空き待ち要整備艦船の入渠という臨時収入まで得ることができた。
そして、まだ死んではいない歴史ある社名を盾に、軍上層部との駆け引きに走る。
ついには退役上級軍人の再就職先、つまり天下り先となる代わりに比較的優良な艦や装備の払い下げを受けることに成功、ここにCW社輸送船団が誕生したのである。
ただちに社内人事の刷新を行い、自社で改装を済ませた大型船一隻を一部署として第一から第三運輸課を発足、権利を獲得した地域における輸送任務を国から引き継いだ。社内では輸送任務ではなく業務、と呼んでいる。
当面はこれらの業務収益により債務の返還を賄うことができる様になり、CW社は首の皮一枚で生き残ったのだ。
そんなCW社の第二運輸課、つまり二隻目の輸送船に、責任者の異動人事が舞い込んだのは最近の話である。
フィア・ハズィ第二運輸課長。
二十代半ばにして運輸部門の係長職にあった彼女は、輸送業務中に負傷し急遽現場から離脱した前任船長の強い推挙を受け、乗務していた輸送船ナドーラ号で船長不在のまま臨時副長となる。
数回の輸送業務の後、正式に運輸部第二運輸課、課長職の辞令が下りた。
CW社では「課」である大型艦船の長は船長も兼ねることになっており、ここに社内最年少課長は最年少の船長、しかも女性船長として本人の意思に関係なく社内に名を馳せることとなった。
ついでに加えると、自社社員船長の補佐に軍天下りの副長が就くのも社の慣例である。
「CW社輸送船、CW-LCA02ナドーラ。モルドネ自治区避難民センターへの援助物資輸送業務です。荷の検閲願います」
「今日は久々の銀狼さんか。宜しく頼むよ」
積荷倉庫に乗り込んで来た初老の痩せた検閲官と並んで歩きながら、手にしたプリント紙を読み上げるフィア。
後ろにナースが続く。
報告を流して聞いた男は、見上げるのに邪魔なのか制帽のツバを横に回し、倉庫に積み重なった木箱の量を確かめる様に、上方を眺めた。
「乾燥食品とリネン、衣類、医療品、と」
帽子の向きを直しながら手元の用紙に視線を戻す。
ツバで半分隠された彼の眼光が、フィアに奸心があるかを探る様に、鋭い。
「なんせ、自治区内に武器やら薬やら密輸しようって輩が多くてね」
「承知しております」
しばし間を置いて、フィアを見つめていた検閲官の顔色が元に戻った。
「じゃ、抽出検査始めるよ。さっさと片付けちまおう」
彼の合図を待っていた作業員達がその声に弾かれる様に、幾つかの木箱に取り付いていく。