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第2話 自治区(9)

 フィアとアーリアが第一積荷倉庫に到着すると、ナースを中心とした商品管理係の荷役作業班は、すでに倉庫の一角にある休憩室の前に集合して二人を待ち構えていた。

「お待たせですー。フィア船長直々の差し入れですよー!」

 手にしたポット持ち上げて見せるアーリアの明るい声に呼応して、おーっと歓声が上る。

 総勢30名程の作業員たちは、倉庫の一角にある事務室兼休憩室に入り切れず、部屋を囲む防爆ガラスの周囲の床に座り込んでいた。

「皆さん、ご苦労様です」

 労いの声を掛けながら、テーブル代わりにされている樹脂製の部品箱の上にバスケットの中身を並べていくフィア。それをいそいそと紙皿に小分けにしたアーリアが、近くに座っている作業員から順に配り始める。

 食堂のおばちゃん特製プレーンスコーンと生クリーム、フィア考案のオリジナルジャム、それに蜂蜜入りの紅茶。

 体力を消耗する労働に必要な、塩分や糖分の摂取を良く考えたナドーラ号の名物おやつである。

「アーリアちゃん、今日もかわいいねぇ」

「あったりまえでしょお?」

 彼女より二廻りほども隆々しい中年のマッチョ作業員にアーリアが気兼ねも無く返答すると、どっと笑いが巻き起こった。他の班員にも次々と声を掛けられ、その全てに明るく受け答えする。

 アーリア・シャレット。第二運輸課運行第一係所属の艦橋オペレーター。

 ナドーラ乗船員中最年少の彼女は、持ち前の明るさと、結構、いや相当な美少女の範疇に入るだろうその容姿から乗船員達に絶大な人気を誇っている。

 そんな笑い声が響く明るい輪の中に、ナースが休憩室のコーヒーメーカーで作ったコーヒーをサーバーごと持ってきた。

「おっちゃんは甘いのダメなんだよね?」

「そうそう、助かるよ係長」

 上司であるナースの手からガラス製のそれを受け取った初老のおっちゃんは、紙コップにコーヒーを注いだ。それを視界に収めたアーリアが、からかう様なオーバーアクションで絡み出す。

「あら、コバウェルさんはナースさんの方がいいんだー?」

 アーリアに突っ込まれたおっちゃんは、苦笑いしながら、照れくさそうに白髪が目立つ頭を掻いた。

「全くもう、アーリアちゃんには敵わんよ」

「いいんですよー、コバウェルさんは年増好みなんですねっ」

「年増? 俺の姪とそう変わらんのだが」

 コバウェルと呼ばれた男が苦笑するが、腕を組んで防爆ガラスに寄り掛かって立っていたナースが、年増という単語に反応した。目を細めて睨む様な顔つきでアーリアに向く。

「誰が年増だっ、お子様め」

「きゃ。フィアさん助けて」

 わざとらしいやりとりに、再び笑いに包まれる積荷倉庫。

 フィアは、勝手にやってろと言わんばかりに無視を決め込んでいる。それが更に場を盛り上げた。

「ところで船長。さっきの警報は何だったんです? 第一級なんて久々に聞きましたから驚きましたよ」

 煙草を咥えた背の高い作業員に尋ねられ、とっさに慌てるフィア。そっぽを向くアーリア。

 ナースは声を押し殺して苦笑している。

「ま、まあちょっとしたトラブルです。問題ありません」

「そうなんですか?」

「ところで」

 半ば強引に話を捻じ曲げるフィア。

「作業の進行具合はどうですか」

 主任のネームプレートを付けた若い作業員が、紅茶片手に返答してきた。

「こちらには問題ありません。ただ、受け入れ施設側の作業がやや遅れ気味ですね。向こうが空けば追加で送り出す、と言った感じです」

「まあ、ここは通常の荷受け所ではないですし多少は仕方ないでしょう。あまり遅れがひどい時は言って下さい。管理センターにこちらから具申します。」

 フィアの言葉に、荷役作業責任者であるナースがうなずいて見せる。

「足りない物はないですよね」

 作業ツナギの上を腰まで下ろして座り込んでいた20代半ばに見える別の男が、そうだなぁ、と考える振りをしてからおどけて見せた。

「敢えて言うなら、愛が足りませんっ。何とかしてください」

「船長、こいつこの前彼女と別れちゃったんですよ」

 眉間にしわを寄せてうーん、と考える風な表情をしたフィア。人差し指を自分の顎に当てて、頭を傾げる。

「それは困りましたね。でも、私の愛は高いですよ?」

 爆笑の渦。

 この明るい雰囲気こそが、危険なことも多々ある運輸業務の中でフィアが作り上げてきた、そして守っていきたい環境だった。この若い女性船長に対する作業員達の信頼が、明らかに見て取れるのだ。

 全員に差し入れが行き渡ったのを確認したフィアは、ナースを向いた。

「それでは、十分に休憩して下さいね。クレイ係長は私とスケジュールの確認を」

 打ち合わせ名目でナースを休憩室に誘う。




(続く)

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