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第1話 運輸部第二運輸課(1)

「運輸課長。検閲予定時刻まであと10分です。自治区管理軍の検閲官へ乗船許可を」

 眼前に並ぶ、壁面の小型のモニタを注視していた紺色長袖制服姿の通信オペレーターが、頭に載せた通信用ヘッドセットのイヤーパッドに左手を添えながら振り返り、声を投げた。

 落ち着いた照度の中、明灰色の鋼製パネルと様々な機器に囲まれた、十数メートル四方程度の部屋の中央やや後方。

 三方をモニタに囲まれた床が一段高い席に、通信員が運輸課長と呼んだ髪を短く切り揃えた小柄な女性が着座している。

 彼女は、オリエンタルブルーの大きな瞳で注視していた平面窓がずらっと並ぶ正面から眼を落とし、制服のセミタイトスカートの揃えた両膝に乗せていた軍用懐中時計をポケットに仕舞い込んだ。

「許可します」

「検閲官の乗船許可出ました」

「了解。第一積荷倉庫検閲待機。左舷第三舷側扉開放します」

 至る所にモニタの薄明るいバックライトが浮かび上がる室内を、矢継ぎ早に声が飛び交い始める。

 運輸課長は席を立ち、イスの背もたれに掛けてあった厚手の濃灰色ハーフコートを羽織った。

 左胸に、丸地に動物のシルエットを模した様な社章が見える。

「援助物資リクエストボードと積載リストです。ご確認を、艦長」

 床の段差のすぐ脇に立っていた、彼女よりも全方向に一回りは大きい初老の男の手からファイルを受け取った彼女は、ページを流すように捲り読む。

「ありがとう……って、『艦長』はやめて下さいね。」

「そうでした。失礼しましたハズィ運輸課長」

 運輸課長と同じ紺系色彩の制服に身を包んだ男の、あまり感情がこもっていない儀礼的な謝罪。

「まだ軍隊の習慣が抜けないんですね、着任されたばかりですから仕方ないですけど」

 軽く笑みを投げて返した彼女は、室内後方へ足を向けた。

 頬の柔らかそうなラインや大きな青い瞳、そして背の低さからやや幼く見えるが、その立ち振る舞いを見る限り20代半ばの齢で間違いないだろう。

 明るいプラチナブロンドのショートカットが、歩く速度に合わせてたなびいている。

「操船を副長に委任します」

「了解。操船を艦長……課長より引き継ぎます」

「はい。良く言えました」

 明らかに年上の副長に、にこりと笑いながら返す運輸課長。

 不満なのか恥ずかしいのか、何か言いた気に口を開きかけた副長の背後から、オペレーターの声が降ってきた。

「操船はオドルフ課長補佐が引き継がれました。フィア・ハズィ運輸課長、第一積荷倉庫へ向かいます」




「フィア、新しい副長さんは使えるオジサマだった? 金持ち?」

 人二人が並んで歩ける程度の幅しかない船内通路へ躍り出て、早足で進むフィア・ハズィ運輸課長の隣に、彼女よりやや大人びた雰囲気の作業服姿が速度を合わせて並んできた。

 肩の後ろで無造作に結っている薄茶色の髪が、早足に釣られて左右に揺れている。

「オドルフさんは、今回限りの研修航海だしね。マニュアル通りやってるし態度も品行も立派だけど、わからないよ」

 そこまで言って、はっと気付く。

「金持ちって何よ」

「ま、退役軍人さんなんて戦争以外はそんなもんか」

 問い掛けを完全に無視した彼女に、フィアは溜息を漏らしてから続けた。

「ナースの方こそ大丈夫? 今回から商品管理チームのほとんどのメンバー、入れ替わったでしょ」

 ナースと呼ばれたフィアより背が高い女性作業員は、歩きながら両掌を上に向けて肩をすくめ、おどける様な仕草を見せる。

「大丈夫じゃない? 皆、別の課で乗務してた人達だしね。とゆーか――」

 ん? と眼を向けるフィアに、しゃちほこばった演技を見せるナース。すっきりとした細い輪郭の顔の、鳶色の瞳と薄い唇が笑っている。

「なんと言っても、社内最年少の課長様の船ですから。上司が年下の女ってくらいじゃ驚かないんでしょ」

「からかわないでよ」

 あはは、と茶目っ気たっぷりに笑みをこぼして、フィアが自分の胸の前に両手で抱えているファイルの隙間に、プリント紙を押し込んだ。

「運輸部第二運輸課商品管理係長ナース・クレイ、検閲用抽出リスト、お持ちしました、と」

「何よ、改まって」

 くす、とナースを向いて、首を傾けながら微笑むフィア。

 それから、押し込まれて一枚だけはみ出している用紙を抜き取り、軽く眼を走らせた。

「ご苦労様です、係長。今日の検閲官は“イモ”じゃないことを願ってね?」

「りょーかいっ」

 二人は並んだまま通路突き当りの鉄製扉を抜ける。そこは幅30mはあるだろう、広い空間の片隅だ。

 大きな梱包の木箱が大量に、5mを超える天井一杯の高さにまで積み重なって、視界最奥の壁面まで並んでいる。

 倉庫に整列して彼女らを待ち構えていた数名の作業員が一斉にフィアに向いた後、主任の文字があるネームプレートをつけたナースと同じ作業服姿の男が、横並びの列から一歩出て、耳から伸びる口元のヘッドセットマイクに声を上げた。

「ハズィ課長、第一積荷倉庫に参られました」




 CleverWolf ltd.(クレバーウルフリミテッドカンパニー)。通称CW社。

 ニウ・ナドル共和国における重工業・貿易関連の名門と呼ばれる私企業。

 特に旧来の軍関係者からは、“銀狼製品”と俗称された軍需製品群に定評がある。

 ……と、企業紹介パンフレットや社内便覧には記載されている。

 事実、関連企業まで含めた総社員数やその巨大な資本が、新卒の学生達の憧れの的だった時期もあった。

 しかし、後進の企業群とのシェア争いの末に経営が困窮し、新規開拓事業で起死回生を計っているのが実情である。

 重工業部門縮小で余剰となった施設群や、貿易関連で培った商品の大量管理、輸送手法、それらの資産を活用した新規事業というのが、現在基幹事業として社の命運を賭けている運輸業だ。

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