STORIES 011:いとしのエリちゃん
STORIES 011
休日の午前。
僕はソファに寝転び、お気に入りの短編集を読み進めている。
今日はとても過ごしやすい、爽やかな天気。
時おり、少しだけ冷たい風が、ふわりとカーテンを揺らす。
アパートの外からは、布団をはらう音や行き交う車の音、子供たちの歓声などが聞こえてくる。
「おはよ........」
ボサボサの髪でテンションの低い彼女が、のっそりと現れる。
寝ぼけまなこで、眉もない。
はっきり言って、ひどい寝起きの顔をしている。
えーと...
どちら様でしたっけ?
僕はチラッと様子を見て、また手元の本に視線を戻す。彼女はいつも朝が弱い。
「いつも可愛い…エリちゃんです...」
冗談を言えるくらいには目が覚めたらしい。
今日は出掛けたいところがあるというので、彼女が起きてくるのを待っていた。
短編集は、次の話で読み終わるところだ。
.
買い物に行きたいんじゃなかったの?
「本屋さんに行きたい。できれば新宿の...」
じゃあさ、早く支度しなよ。
駅前でドーナツでも食べてから行こうよ。
「お腹、空いたね...」
全然エンジンがかからない。
まぁ、いつものことだけど。
ぼくは読み終えた本を棚に戻して、TVをつけた。
オーケストラがポップスを演奏している。
特に惹かれないけれど、そのままにしておくことにした。
彼女の手が止まらなそうな番組じゃないとね。
.
彼女はゆっくりとポーチを取り出した。
まず、髪を器用にヘアピンでまとめる。
とりあえずというよりは、たぶん外出用に整えてゆく感じだ。
コンパクトを開くと、ファンデーションやらマスカラやらを次々に選び…
慣れた手つきで仕上げてゆく。
「ユニットバスの洗面台ってさぁ...
狭くていろいろ並べられないから不便なのよね...」
近くのテーブルとか、いろんなところに置かれたメイク用の道具たち。
僕はTVを眺めながら…
ときどきチラッと彼女の様子を伺う。
メイクしている女性は、ちょっとセクシーだ。
何かの儀式のようにも見える。
ただ、待っている間、男たちはすることがない。
.
すっかり冷めた珈琲。
僕が5回目くらいのあくびをした頃…
パクンっと、コンパクトをたたむ音がした。
「はい♪ 可愛いエリちゃんの出来上がり❤︎」
こちらを振り返って、ニィッと笑う。
ずるいよね、女の人って。
こんなに雰囲気まで変わるんだもんなぁ。
でもちょっと憧れる。
毎日こんなに大変身できるのって、どんな気分なんだろう。
まあ…
彼女の素朴なスッピン顔も、嫌いじゃないんだけどね。
目まぐるしく表情が変わる彼女。
大きな目が、くるっと動く。
では、いつも可愛いエリちゃんと…
紀伊國屋書店まで、お出かけしましょ。