1-1組
「うおおおおおおおお!」
八時二十六分。七瀬を後ろに乗せ、全力で校門を目指す。長い坂を登り最終コーナーを曲がって目の前に見えたのは、小春川高校と掘られ、道路を挟み石でできた二箇所の校門。
大学生用と高校生用に分けられているらしい。
「うわぁ、礼愛君見えたよ!これが私達の高校!小春川高校!」
七瀬は楽しそうに顔をキラキラさせた。
俺たちが通う小春川高校は付属された大学への内部進学を主軸とした学校だが、一般受験組も数多くの進学実績を誇る進学校として評判で、毎年の倍率は十倍を超える難関高である。
高校生用の校門を抜けると、「自転車は坂を登り右手へ、徒歩の方は右手すぐの階段をご利用くだい。」
とご親切な看板が立っていた。
また坂かよ……と、首から垂れてくる汗を手で拭った。
「それじゃお先!またね!」
「あぁ、また後でな」
軽い挨拶を交わし、七瀬は階段を駆けていった。
そんじゃまた登るか。俺は軽く溜め息をこぼし、ペダルに足をかけた。
その時だった。
悪気は無かったのだが、ふと七瀬の事を見上げた時、ふわりとスカートが俺に舞を披露してきたのだ。
紺のスカートの中からはっきりとご来光を拝見し、俺はその光景を目に焼き付けた。
「黒のレース......」
―――――――――――――――――――――――
八時三十二分、1−1組の教室に遅刻して入ってきたが担任の先生らしき人はいないので、幸い内申点に響くことはないだろうと安堵の溜め息を吐いた。
教室を見渡すと、七瀬の姿が見えた。他の女子と楽しそうに談笑していて、さすがの社交性の高さに思わず感心と尊敬の念を抱いてしまう。まるで貧血には見えないな......
七瀬と同じクラスか。少し嬉しく思い、自分の席を探た。
俺の席はど真ん中にあり、聞きたくもない周りの会話が常に双方の鼓膜を通じて入ってくる位置だ。
新しいアイドルグループが出来たとか、snsでイケメン俳優からリプが返ってきたとか、俺にとってしょうもない情報やネタが舞い込んで来た。
俺は肘を立て、手のひらで耳を塞ぎ、机と顔を睨みっこして目を閉じた。今脳内では三葉の通学の音楽が流れていおり、実に愉快な初登校日和である。
コンコンッ
俺の机を軽く叩く音がする。うん、なんだ?俺は恐る恐る顔を上げた。
「礼愛君おっはよう!」
守か、半崎守もこのクラスの一員である事に大きく安心感を覚えた。
両手を机に付け、少し背伸びして腰を浮かせながらこちらを見てくる姿はなんとも無邪気で可愛らしいことだ。
「おはよう守、同じクラスだな」
「うん!ってあれどうしたの?こんあ暗い顔しちゃって」
暗い顔してたか?どれどれ
窓の反射を使い、自分の顔を確認した。すると守はこちらを楽しそうに見つめていた。
「変わんない気がするんだが......」
「そんな事無いよ!じゃあこっち見て!」
守はスマホの内カメを俺に見せてきた。そこには俺の顔が白熊の耳をした可愛らしい姿が映し出されていた。
守はすかさずシャッターを押し、一枚の貴重なデータをスマホに収め、満面の笑みを見せた。
「おいおい、それ盗撮だからな。」
「盗撮で結構だよ」
守は周囲を見回すと七瀬がこちらに視線を向けている事に気づき、口元を緩ませながら顔を近づけ耳打ちをしてきた。
「ねぇ、七瀬さんと何かあったでしょ。教室入るタイミングも数分しか変わらないし。今朝ばったり会っちゃったとか?」
す、鋭いな。こういう事に気づける男子はモテるんだろうな。
しかしここで白状すれば質問攻めに遭う確率百パーセント。俺は顔を手で埋め「何もねーよ」と言わんばかりの態度を示した。
「黙秘権を行使する」
と、一言返して再び脳内演奏会を始める。
守は不服そうだったがこれ以上は言及してこなかった。
しばらく時間がたった頃…………
「まったく、先生来るの遅いですわね」
少し苛立ちの見える声が聞こえた。
口調は強めだったが、細く、繊細な声だった。
容姿は身長百六十センチくらいだろうか。綺麗に手入れされたホワイトブロンズのロングヘアは枝毛一つ無く、窓から陽の光が髪に差し当たると反射して神々しい雰囲気を醸し出している。凛とした碧眼はまさにそれだった。
「お姫様キャラきたぁ!」と振り向いた男子全員は思わず心で叫んだに違いないだろう。
言われてみれば時刻は八時四十分を過ぎている。そのせいか上流階級であろうその姫っ子が我慢ならず声をあげた。
「もう私達で自己紹介を終わらせるとしませんか?」
自己紹介か、今後友達が出来て楽しい高校生活を送るのか否かの分岐点であり非常に重大なイベントである。
(おーいいなそれ)(やろうやろう)(良きー!)
と、ワイワイガヤガヤと今後あの姫っ子を中心にクラスが運営されていきそうな雰囲気が漂ってきた。
「あの子すごいね」
守は少し引き気味そうに言葉をこぼした。
「こういう系の女子は嫌いか?」
「き、嫌いだなんて!まだ初対面なんだよ?まずはちゃんと話さないとわかんないでしょ?」
「そうだな」
守のこういう所やっぱ大好きだな。
中学の頃ろくに友達も出来なかった俺に対し、積極的に話しかけてくれてお互いに関係を深め、親友と呼べるぐらい仲が良くなった。本当にありがたいことだ。
俺は優しく微笑んだ。
守は俺が微笑んだ事に疑問を思ったのか、少し首をかしげたが、「分かれば良し」と言って可愛らしい笑顔を見せた。
「ふっ、まぁ俺はこんな陽キャラは大嫌いだけどな」
「もう!自慢げに言っても自慢になってないし僕の話聞いてた?!」
「都合の悪いことは聞かない主義だし。く、くふふふふふふふふふっっ」
と、思わず声が出てしまった。
「もう!てか笑い方おかしいよはははっ」
こんなくだらないネタ話で本気に笑える友達は絶対に大事にしていきたいと改めて実感した。
「はいはいそこ!自己紹介回ってきたよ!」
と、陽キャそうな茶髪ロングの女子が催促する。
じゃ、俺からっと、
「聖アッ」
「聖アッっあっ」
俺と守は同時に声が出てしまい、クラスは笑いの渦に包まれた。
すると......
「あなた達仲が良いのね。羨ましい限りだわ。」
例の姫っ子が反応を見せ、席を立って目の前に仁王立し、両手を腰に当てた。あまり強調されていなかった胸も、いざ目の前で立ち阻まれたら嫌でも膨らみを目視せざるをえない。
............あれ。これは思い違いだったようだ。いわゆる貧乳というものだった。
名前はえぇっと......
しまった。全く自己紹介を聞いていなかったな。
少し咳払いをし、礼儀をもって姫っ子に問いかけた。
「俺は佐々木礼愛。すいませんが、お名前を聞いてもよろしいですか?全く聞いていなかったもので」
「しょうがないわね私優しいから。よく聞きなさい。私は滝沢アリエル。フランス人のハーフよ」
と相変わらず薄い胸を誇らしげに反らし、こちらを見下ろした。
こいつ凄い上から目線だな......敬語はやめるか。あと黙らせないと後々不利になりそうだし。
「へー、そうなんすね」
と一言素っ気なく真顔で返した
こういう上から目線の相手を黙らせるには冷たい反応をするのが最も効果的なんだよな。
アリエルは数秒黙った後、焦り口調で言い返してきた。
「わ、私に向かって、この態度とは随分と肝が据わっているのですわね」
俺はすぐさま反論する。
「は?あんた何様なんだよ。お互いただのクラスメートなのに随分とご自身に自信がおありのようですね」
アリエルは「ハッ‼」と、顔を赤くしてそのままそ
の場で立ち尽くしてしまった。
やはり上流階級の娘だったか。気づきが早くて結構。
「もう……覚えてなさい......」
顔を赤くしながら獲物を見るような獣の目つきで俺を睨むと、くるりと背を向け自分の席に戻って行った。
俺への怒りとアリエル自信の羞恥から出されるこの台詞は、流石にやりすぎたかと反省しつつ、相手を論破した爽快感に一喜一憂した。
さすがにアリエル位の家庭ならお上品言葉の教育は受けているだろう。と思い、「自信がある=威張っている」という意味を最近知ったので使ってみたが、効果は抜群のようだった。
突然の口論が一瞬にして決着し、皆唖然としている。
クラスの雰囲気も冷めてしまったし、仕切り直しと行こうか。俺は守に(先やっていいぞ)と小声で促した。
守は(もう......)と言って席を立ち上がった。




