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天才クソ野郎の事件簿  作者: つばこ
彼女を上手にミスコンで優勝させる方法
9/91

天野くんの初恋




 その日の放課後、天野は涼太りょうたをテラスまで呼び出した。

 涼太とはクソ野郎の相棒であり、幼馴染であり、数少ない友人の1人だ。

 涼太はチャラチャラしながらやって来た。


「やっほー! 涼太ちゃん来たよ~! おつかレーシック角膜ペリペリ……って、あれ? あっれぇー? なんかあったの?」


 テラスには肩を落とし、顔を曇らせている男がいた。

 天野だ。

 珍しいことにクソ野郎が落ち込んでいる。


「涼太よ。困ったことが起きた」


 世界の終わりでも迎えたかのような表情だ。

 顔色は真っ青。瞳もうつろ。唇だって小刻みに震えている。

 こんなクソ野郎の姿を見るのは、涼太としても初めてだ。


「どうしたの? 随分と落ちてるね。いつもの偉そうなクソ野郎様はどこに行ったのさ? 性病でも貰ったの?」


 首を捻りながら尋ねると、驚くべき言葉が天野の口から飛び出した。


「俺は……。恋に落ちてしまったかもしれん」


 衝撃の発言だった。


「……こ? こ、こここっここ恋ぃ? はぁ!? 何を言ってんのよ!?」


 涼太は仰天して飛び跳ねた。


「勇二は恋から最も遠い人間じゃん! 酔ってるの!? もしくは変な薬でも打ってラリってるの!?」

「違う、俺はシラフだ」

「じゃあ誰に!? 誰に恋したのよ!?」

「前島悠子だ」


 涼太は口をあんぐりと大きく開けて、天野を穴が開くほど見つめた。


「ま、前島悠子?」


 天野はコクンと頷いた。


「そ、それって、あの前島悠子?」

「そうだ。あの前島悠子だ」

「うちの大学にいる、あの前島悠子?」

「そうだ」

「僕らが入学式でビックリさせちゃった、国民的アイドルグループのセンターに立つ、トップアイドルの前島悠子?」

「そうだ」


 涼太は思わずパチン、と自らの頬を叩いた。


 ――痛い。


 逆側の頬もパチンとやってみる。


 ――痛い。間違いなく痛い。


 夢ではない。これは紛れもない現実だ。

 幼馴染で恋を知らなかったクソ野郎な友人が、なんとアイドル様に惚れてしまったようだ。


「……うぷ、うぷぷぷぷっ……」


 涼太は腹を抱えて笑い出した。


「ぎゃははははははっ! アイドルに恋、だなんて! 勇二も人間だったんだね……っくっくっ、あはははっ! いや、良かったよ! おめでとう! ぎゃはははは!」


 天野はムスっとした表情で涼太を睨みつけた。


「何がおかしい」

「いや、健全な男子なら、アイドルに恋心を抱いて当然だよ。前島悠子ちゃんは可愛いもんね。恋ね、うん、いいと思うよ」


 涼太は何度も深呼吸して失笑を抑えこんだ。

 肩で息をしながら天野を見つめる。


 このクソ野郎とは小学校からの付き合いだ

 昔からムカつくほどのイケメンで、異性からの視線を集めまくるような男だった。


 とにかくモテた。

 顔立ちは整っており、長身で、成績優秀で、運動神経だって抜群。

 おまけに医者の息子だ。家柄も良く金持ち。セレブと呼ばれるに相応しい気品を放つ子供だった。

 モテないはずがなかった。中学時代にはファンクラブまであった。

 「天野に渡してくれ」と頼まれたラブレターやバレンタインチョコをいくつ届けたのか、あまりに多すぎて涼太は覚えていない。

 いつか「乙女ゲーからオファーが来るんじゃないかな?」と思っていたものだ。


 しかし、これまで天野自身が恋に悩む姿なんて、一度も見たことがない。

 初恋の季節さえ訪れなかったと聞いている。

 モテたくせに女子に執着しなかったのだ。

 そんなクソ野郎が、


『ボクちゃんアイドルに惚れちゃったよテヘペロ』


 と告白しているのだ。

 笑うな、という方が無理だった。


「はぁー。ガチでビックリした。長生きはするもんだね」


 ようやく涼太の思考は平常運転に戻った。

 チャラチャラしながら軽薄な笑みを浮かべる。


「わざわざそれを僕ちゃんに報告したかったの? それとも前島悠子ちゃんをナンパしてきやがれ、ってこと? コンパの幹事でもやればいいの?」

「違う。そんなことお前に頼む気はない」

「うぷぷ、言うねぇ。そりゃ勇二はイケメンだからね。オレ様にかかれば全ての女をパコれるのだ、とか言いたいんでしょ」


 天野はギロリと涼太を睨みつけた。


「本当にお前は軽薄なヤツだな。そんなことじゃない。もっと重要な問題が発生している」

「へぇ、どんなの? やっぱり性病?」

「先日、高木美穂から依頼を受けたんだ」

「高木美穂? それって経済学部4年の高木さんのこと? 高木さんから性病を貰ったの?」

「違ぇよ。性病から離れろ。あの高慢ちきな女子アナ志望の女からの依頼が問題なんだ」


 涼太は「うんうん」と頷き、高木の顔とスタイルを思い浮かべた。

 この男はチャラい。

 高木ほどの美人であれば当然記憶している。


「高木さんね。あの高飛車で庶民を相手にしないカンジがたまんないよねぇ。確かミスコンに出るんだよね。どんな依頼だったのさ?」

「うっかりしていた。アイツから『ミスコンで優勝させてほしい』という依頼を受けてしまったんだ」

「はぁ?」


 涼太は驚いて顔をしかめた。


「それマジ? いくら何でも無理でしょ? 優勝は前島悠子ちゃんで決まりじゃないの?」

「ああ、だから俺はミスコンをぶち壊そうと思ったんだ」


 とんでもないことを言い出した。

 涼太の顔に怯えのような影が走る。


「えっ……。ま、まさか、ミスコンをぶち壊すのを手伝え、とか言わないよね……?」


 涼太は涙目で首を横に振った。


「それはいくら何でも無理だよ。ミスコンには『利権』が絡みすぎてる。あれに手を出せば結構な数の人が泣くよ」

「確かにお前の言う通り、ミスコンは『利権』の塊だ。潰せばややこしい話になり、何人かの将来を台無しにしてしまうだろう。これは俺も難しいと判断した」


 涼太は安堵して息を吐いた。


「だから俺は優勝候補の前島を、拉致して監禁しようと思ったんだ。前島さえ潰せば、あとは候補者を1人ずつ脅して痛めつけて、ミスコンを辞退させればいいだけの話だ」


 また天野はとんでもないことを言い出した。

 涼太は青ざめて叫んだ。


「ゆ、勇二! 何を馬鹿なこと言ってるのさ! そんなことには協力できないよ!」


 そこで天野は頭を抱えた。


「だがな、困ったことに、困ったことになぁ……。俺は不覚にも、前島に惚れてしまったようなんだ……」


 天野は頭をかきむしると、絶望という名の息を吐いた。


「なんだこの感情は……? 胸が苦しく、あの女のことが気になって仕方がない……。怒りや憎しみとも違う。興味があるというワケでもない。それなのに、なぜか、なぜか気になるんだ……」

「うーん。それはね、恋だね。間違いないね」

「やはりそうなのか!」


 天野は立ち上がり納得したように頷いた。


「こんな感情、俺様は覚えたこともない。これが恋なのか……。こんな感情を、人は恋と呼んでいるのか。そうか、恋とは、随分と落ち着かないものだな……」


 そこで天野はがっくり肩を落とした。


「しかし、それだけじゃない。俺は前島から『ミスコンで優勝させてほしい』という依頼を受けてしまったんだ……」

「はぁ? 何それ? 前島さんに接触したの?」

「そうだ。しかもヤツはテラスにまで訪れやがった。ついうっかり、昼食代として300円を受け取ってしまった」


 涼太は心底呆れて言った。


「何をやってんのよ。そんなダブルブッキング、どうしようもないじゃん。高木さんの依頼を無視しなよ」

「それでは天才クソ野郎の名が汚れる。依頼を途中で放棄するなんて御免だ!」


 天野はひざまずき、涼太の手を掴み懇願した。


「涼太よ、頼む。教えてくれ」

「えぇ? 僕が天才様に何を教えるのよ」

「前島はミスコンで優勝する。もう既定路線でそうなるように決まっているんだ。それはいい、それはいいんだが、同時に高木美穂をミスコンで優勝させる方法はないか!?」


 涼太は目をぱちくりさせながら天野を見つめた。

 真剣な表情だ。

 本気で教えて欲しいと願っている。

 あのクソ野郎が救いを求めている。

 涼太はため息を吐きながら、優しく問いかけた。


「そんなこと無理って、わかってるでしょ?」


 天野は再び立ち上がって叫んだ。


「ああ! そうだ! 無理なんだ! 前島の優勝は覆せない! 俺は高木美穂をミスコンで優勝させなければならない! だが、俺は前島をミスコンで優勝させたい! こんな矛盾があるか!? いったいどうすればいいんだ!」


 天野は腕組みをしながら、テラスをブツブツと独り言を呟きながら歩き始めた。

 恐らく思考が不可能という壁にぶち当たり、脳内で不規則に回転し、派手な音をたてて破裂しているのだろう。

 何度も頭をかきむしり、奇声をあげている。

 あまりの展開に涼太は苦笑するしかなかった。


「大体さぁ、前島悠子ちゃんには会ったことがあるんだからさ、高木さんが勝てる相手じゃないって理解できるでしょ?」


 天野は素直に頷いた。


「同感だ。高木が勝てる相手じゃない。格が違いすぎる」

「高木さんも美人だけどさぁ、国民的アイドルと比べたら鼻クソみたいなもんだよ」

「そもそも他の候補者にしても、ミス、もしくは準ミスの経験者。どう考えても高木はぶっちぎりの最下位…………いや、そうだ!」


 天野は何かを閃き手を叩いた。

 涼太は嫌な予感がしてきた。


「前島以外の候補者4人、これを全員潰せばいいじゃないか! そうすれば必然的に高木が準ミスだ! いや、そうだ、そうだった……」


 天野はがっくりと肩を落とした。


「今年の準ミスはナシ、で決まっているんだった……」

「えっ、そうなの? なんで知ってるの?」

「メディ研の部長である葛西から聞き出したんだ。今年は前島が『準ミスなしの最強女王』として君臨する。そんなシナリオが完成しているらしい」


 涼太は大げさに両手を広げた。

 降伏を示すジェスチャーだ。


「それじゃ、マジでどうしようもないじゃん。高木さんに泣いてもらうしかないね」

「それでは天才クソ野郎の名が……」

「いくら天才クソ野郎でも、無理なものは無理」

「くそっ!」


 天野はイライラして椅子を蹴り飛ばした。

 何の罪もない椅子がテラスを転がる。


「この俺様にかかれば、全てが、全てがうまくいくんだ! たかがミスコン如きに、この天才クソ野郎が負けるというのか!」


 涼太はヘラヘラ笑いながら言った。


「高木さんの依頼を受けるからいけないんだよ。女子アナになれるかどうかは知らないけど、ミスコンの優勝は無理だね」

「女子アナ!?」


 天野はまた手を叩いて何かを閃いた。


「そうだ……。高木の目的は、女子アナだ……」


 天野はテラスを歩き回り、ブツブツと独り言を呟き始めた。

 実はこの男、考え事をする際には独り言を呟きながら、その場を歩き回る癖がある。


「目的は女子アナ……。そのためにミスの座が欲しい……。女子アナになるための『肩書き』が欲しいんだ……。それならば、そうだ……。こうしてやればいいじゃないか……。クックック……」


 天野の顔が徐々に悪くなる。

 やがてピタリと立ち止まり、満足気に頷いた。


「……よし、これでいこう」


 涼太は不安気に尋ねた。


「今度はどんな悪いことを思いついたのさ? 女の子に暴力なんて嫌だよ」

「そんな馬鹿なことはしないさ。さすが俺は天才クソ野郎だ。今、矛盾を超えたぞ。俺様はまた一歩、神に近づいた! 涼太よ、いつものことで悪いが、お前にも協力してもらうぞ!」


 涼太は不安だった。

 ついに天野は壊れてしまった、とすら思った。


「アーーーーッハッハッハ! 見ていろ! 何がミスコンだ! 天才クソ野郎の作戦が火を吹くぞ!」


 狂ったように笑う天野を見つめ、涼太は深くため息を吐いた。




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