天野くんとトーキョーの夜
天野は実家周辺の路地裏にタクシーを停めた。
後方には不審な車が1台。
やはり尾行されていたようだ。
天野はタクシーを降りると、後方を確かめながら、目の前の壁をよじ登った。
「さぁ、サクラおいで」
「ハイ……」
サクラの手を引っ張り、実家の庭に忍び込む。
これで一瞬、尾行している連中の目をまくことができるはずだ。
天野は庭を走り抜け、ガレージへ向かった。
「久しぶりだな。我が愛車よ」
埃の積もったバイクカバーを取り払い、愛用の単車を召喚。
ヘルメットを2個取り出し、ひとつをサクラに被せる。
「天野サン、ココは……?」
「ここは俺の実家さ。あまり帰らないけどな」
天野はガレージの扉を開け、キーを取り出すと、単車の後部座席にサクラを乗せた。
「しっかり掴まってるんだよ」
「ハイ」
腰にしがみつくサクラを確認し、天野は単車を発進させた。
一気に加速し、慣れた路地を走り抜ける。
ミラーで後方を確認するが、尾行の姿は見当たらない。
「よし、このまま夜の東京に行くぞ!」
「ハイ!」
単車は軽快なエンジン音をたてて走り出した。
念のため裏路地などを走ってみたが、やはりついて来る車は見当たらない。
完全に尾行をまいたと判断した天野は、東京の夜をサクラに紹介してやることにした。
*************
天野はまず歌舞伎町へ向かった。
「サクラよ、ここが新宿、歌舞伎町だ。深夜でも眠らない繁華街のひとつさ」
サクラは「ぽかん」と口を開け、きらびやかなネオン街を見つめた。
「スゴイ……! まるで昼のように明るいんデスネ」
「ああ、電力の無駄使いもいいところさ。しかし……。君の格好は目立つな……」
サクラの民族衣装は夜の歌舞伎町でも激しく目立つ。
そもそもサクラは美しいお姫様。衣服は最高級品。気品を隠すことができない。
「まず服を買おう。それでは目立ちすぎる」
天野は単車を停め、ドンキにでも行こうと歩き出した。
しかしサクラは路地の途中で足を止めた。
「天野サン。あのドレス……。ステキデスネ……」
サクラは物欲しそうにショーウィンドウに飾られたドレスを見つめている。
「あれか……」
水商売の娘が着るドレスだ。
異国のお姫様が着る代物ではない。
だが、夜の時間に開いている服屋なんて、水商売向けの店か、ドンキぐらいしかない。
「あれはキャバクラ嬢が着るドレスだぜ」
「キャバクラジョウ? それは何デスカ?」
「うーん……何と言えばいいのか……いや、まてよ。逆にこっちのほうが目くらましになるかもしれんな……。よし、サクラよ。好きなものを買ってやろう」
「本当デスカ? 天野サン、ありがとうございマス」
「ただ、このドレスは女性が男性を接待するためのドレスだ」
「そうなんデスカ」
「あまり普段は着ないほうがいいぜ」
「わかりマシタ」
サクラはたくさんのドレスを見てはしゃいでいる。
ここだけ見れば、ただの18歳の娘だ。
しばし試着を繰り返したところ、紫のドレスが気に入ったようなので、その場でドレスを着せてもらった。
元々着ていた衣服は残念だが処分だ。
「ステキなドレスデス。宝物にシマス」
サクラはキャバクラ嬢のドレスをえらく気にいったようだ。
褐色の肌に紫色の衣装が映える。
外国人パブの娘にも見えるが、サクラの持っている気品と調和しているようにも感じた。
天野は苦笑しながら言った。
「まぁ、気に入ってくれれば良かったよ」
衣装を変えたサクラの手をとり、天野は歌舞伎町の街を歩き出した。
「手を離すなよ。この街ではぐれちまったら探すのは面倒だ」
「ハイ。天野サン、あれは何デスカ? 大きなロボットデスネ」
「あれか。あれはな……」
サクラは飲み屋や劇場、カラオケ屋などの店前で足を止める。
視界に入る全てのものが珍しいのだろう。
天野はそれがどんな施設で、どのように日本人が楽しむのか教えてやった。
サクラは天野の説明を楽しそうに聞いている。
東京の街に相当な興味を持っていたのだろう。
やがて、天野たちはゲームセンターの前にたどり着いた。
「天野サン、ここは?」
「ここはゲーセンだ。ちょうどいい。ここには国にないものが大量にあるぞ」
天野は小銭を用意して、サクラが興味を持った筐体に100円玉をつぎこんだ。
「ワァ! ジャパニーズの太鼓デス!」
「ほら、サクラよ。画面の動きに合わせて叩くんだ」
「スゴイ! 面白いデスネ!」
色々なゲームを遊んで回る。
サクラはクレーンゲームの前で足を止めた。
「これは何デスカ? カワイイマスコットデス」
「これは欲しい景品を、あのロボットみたいなアームで捕まえて取るゲームだ。何か欲しいものでもあったかい?」
サクラは猫のキャラクターのぬいぐるみを指さした。
「あれ、私の国でも人気デス。すごく欲しいデス」
「よし、やってみるか」
天野はクレーンゲームなどあまりしたことがない。
23回目のチャレンジで、ようやくぬいぐるみをゲットした。
「ふう……。やっと取れた。ほれ、プレゼントだ」
「ありがとうございマス!」
嬉しそうにぬいぐるみを抱いて喜んでいる。
次にサクラはプリントシール機の前で足を止めた。
「天野サン、女の子たちが集まっているアレは何デスカ?」
「あれか。その場で写真を撮って印刷して、シールにする機械さ」
「シール!」
サクラは興奮して言った。
「天野サンと一緒に、撮ってみたいデス!」
「えぇ? そ、そうか……」
天野はあまり乗り気じゃなかったが、年頃の娘なんてこんなものだろう。
一緒に付き合ってやった。
「ほら、あれがカメラだ。カウントダウンが始まるからポーズを決めるんだ」
「ハイ! ……エイ!」
「はっ!!!」
写真を撮れば、次はラクガキの時間だ。
「このペンで文字を描く。ほれ、こうだ」
「す、すごいデスネ!」
「ほれほれ。こんなハートも出るんだ」
「カワイイ!!!」
「ぽんぽん、と。スタンプも押せるぞ」
「ウワァァ……! 日本ってすごいデスネェ!」
サクラは印刷された写真を見て、大はしゃぎしている。
「天野サン、これも宝物にシマス! 大事に飾っておきマス!」
「日本じゃ友達といっぱい撮ったりするんだ。皆で色々な写真を撮ったり交換したりすると楽しそうだろう」
「日本ってホントに楽しくてステキな国デス」
ゲームセンターを後にした天野は、他に日本らしい遊び場がないか考えた。
まだサクラは未成年だ。
酒などは飲ませられない。
クラブに連れて行くのは危険で、おまけに変な倫理感を与えかねない。
「サクラよ、何か日本で見たいものは他にないか?」
サクラは首を横に振った。
「ならば、レインボーブリッジでも見せてやるか。お台場から実に日本らしい夜景が観れるぞ」
「ありがとうございマス! 天野サン!」
サクラは銃撃戦のショックからは立ち直ったようだ。
天野は再び単車の後部座席にサクラを乗せると、首都高に乗り、レインボーブリッジを目指した。
単車は汐留を過ぎると、ゆっくり螺旋状の道路を通ってレインボーブリッジを目指す。
螺旋を上りきると、サクラは歓声をあげた。
「ウワァァァ!!! すごくステキデス!!!」
レインボーブリッジには美しいイルミネーションが灯されていた。
橋に立ち並ぶ柱が七色に輝いている。
夜空に浮かぶ虹の中心を走っているかのようだ。
天野は単車の速度を落とし、ゆっくり橋を渡っていく。
「サクラ! これがレインボーブリッジだ!」
「すっごくキレイデス! まるで、夢のようデス!」
七色の柱の向こうには、東京の夜景が広がっている。
サクラは幻想的な光景に歓声をあげ続けた。
「じゃあ、一気に飛ばすぞ!」
「うっひゃァァァ!!!」
単車はレインボーブリッジを渡り、台場を通って海浜公園まで走った。
駐車場に単車を停める。
天野はサクラのために、自動販売機で温かい紅茶を買った。
「そのドレスじゃ寒かっただろう。飲むといい」
白衣をサクラに着せながら、紅茶の缶を手渡す。
「ありがとうございマス。いただきマス」
サクラは紅茶を飲みながら、海岸沿いに建ち並ぶビルや工場の夜景に見惚れている。
天野はそれらを指さして言った。
「実に日本らしい光景だ。日本を代表する会社や工場が並び、その明かりがイルミネーションのように輝いている。これが日本経済を支える光なんだ。あの光の下では、まだ誰かが働いているのさ」
サクラは驚いて天野を見上げた。
「あの明かりの下で、まだ働いている人たちがいるんデスカ?」
「そうだ。日本を支えているのは、ビルの明かりの下で必死に働く人間さ。それに今は暗くて見えないが、すぐ隣にあるのは日本を代表する市場の跡だ。築地ってところさ」
サクラは小さく頷いた。
「ツキジ、何となく聞いたことがありマス」
「伝統工芸や寺院などの文化も大切だが、実際に国を支えるのはこの明かりの下にいる人間たちさ。街にはクリスマスのイルミネーションが輝いているが、俺にはこの明かりのほうがよっぽど美しく、そして温かく感じるよ。君もいつか国を統治するのならば、そのことを忘れてはいけない」
「天野サン、先生みたいデス。さすが天才デスネ」
「ただ大学じゃ、『クソ野郎』とも呼ばれているんだぜ。性格の悪い最低なヤツだってな」
「信じられないデス。私は天野サンにお会いできて良かったデス。命を救ってもらい、たくさんのことを教えてもらいマシタ……」
そう言うと、サクラは隣に座る天野に寄り添った。
「どうした。寒いのか?」
「……ハイ。ちょっとだけ」
天野はサクラの背後に回った。
両肩を抱いてやる。
サクラは嬉しそうに微笑んだ。
「なんだか、ロマンチックな気分デス……」
「そうか」
「天野サン……。あったかいデス……」
「身体を冷やしてしまった。すまないな」
サクラは俯き、ぽつりと呟いた。
「……天野サン、私の国、サリスは小さな島国デスけど、とってもキレイなところなんデス。海も森もキレイなんデス」
「それは是非とも、一度訪れてみたいな」
「あ、あの……。天野サンは、もう結婚されてマスカ?」
サクラは耳まで真っ赤にしている。
天野には暗くて見えなかった。
「いや、してないな」
「天野サンさえよかったら……。えっと……。その、私と一緒に……。サリスで暮らしまセンカ……?」
「そうだな。いつか旅行する時間があればな」
サクラが小さく首を横に振った。
「いえ、あの……。私と一緒に……。サリスでずっと……。暮らしてほしいんデス」
「ずっと? それはまさか……」
「ハイ……」
サクラがコクンと頷く。
天野はようやく発言の意図を理解した。
苦笑しながら言い聞かせる。
「君と俺では身分が違うさ。君はまだ若い。これから色々な世界を知る必要もあるだろう」
サクラはブンブンと首を横に振った。
「もう父は年なんデス。王位を継承する日も遠くありマセン。天野サンだったら、きっとサリスを、もっとステキな国にしてくれマス……」
「俺は王様になるような男ではない。それにきっと、君には素敵な王子様が現れるよ」
サクラはまたブンブンと首を横に振った。
「王子サマには、日本で会えマシタ。天野サンが……。私の王子サマデス……」
天野は困った。
(ロイヤルファミリーへの誘いか……。まいったな……)
何と応えるべきか天野が悩んでいると、懐のスマートフォンが鳴った。
見知らぬ番号からの着信だ。
「サクラ、ちょっと待ってくれ」
天野は急いで電話に出た。
「……天野だ」
「天野か。黒崎だ」
「黒崎か! 無事だったのか!?」
天野は慌てて周囲を見渡す。
尾行も襲撃犯の姿もない。
天野は安堵した。
「ホテルを破壊し、金城は重症をおった。だが、何とか生き延びた。王女は無事だろうな?」
「ああ、一緒にいるぞ。尾行もまいてやった」
「そうか……。合流したい。場所を教えてくれるか」
天野はじっと口唇を噛み締めた。
慎重に言葉を紡ぐ。
「……黒崎、お前の言葉を信じていいのか?」
「フフフ……」
黒崎は軽く笑った。
「信じられないのも無理はない。だが、担当として無事を確かめる必要がある。場所を言えないのであれば、外務省まで王女を連れて来てくれ」
天野は静かに頷いた。
「いいだろう。今は都心から離れた場所にいる。1時間程度は時間が欲しい」
「わかった。外務省の駐車場で待っている。言っておくが捨駒になるぞ」
「……なるほど。そういうことか」
「そうだ。王女を頼む」
電話は切られた。
天野はサクラに明るく言った。
「黒崎も金城も無事らしい。そろそろホテルに帰ろう」




