天野くんとお姫様の外遊
天野たちは金城の運転する車に乗り、まずは浅草を目指した。
助手席には黒崎。後部座席には天野とサクラがいる。
サクラは車窓に流れる風景を興味深そうに眺めている。
景色の全てが新鮮で珍しいのだろう。
天野は苦笑しながら言った。
「そこは皇居さ。なかなか綺麗な場所だぜ」
「コウキョ……。つまりロイヤルファミリーのご自宅なのデスネ」
「なぜかわからんが、東京じゃこの周囲をジョギングするのが流行りでな。何人も走っている人間がいるだろう?」
「本当デスネ。日本の皆サンは走るのが好きなのデスカ?」
「そうかもな。きっと『走り続けないと死ぬ』とでも、思っている人間が多いのさ」
皇居を離れ国道に出る。
車窓の風景が移り変わる。
天野は色々と説明してやった。
「この通りを真っ直ぐ行くと、秋葉原という街につく」
「アキハバラ……。聞いたことありマス」
「その先には上野公園。君の名前と同じ、桜の名所のひとつさ。通りの先まで桜並木が続くんだ」
サクラは嬉しそうに顔を綻ばせた。
「ワァ……。一度、行ってみたいデス」
「日本人は弁当や酒を持ちより、桜の下で騒ぐのが好きでなぁ。春になればそんなヤツらで溢れかえるぜ」
「とっても楽しそうデス」
「日本には桜を見たことがないヤツなんていない。君は日本人にとって、最も有名な花の名前の持ち主なんだ」
「嬉しいデス。そのような名前をいただけるなんて」
車は都内を走り、浅草に到着した。
目的地は工芸品が並ぶ博物館。
天野はサクラに寄り添い、移動には細心の注意を払った。
いくら万能のクソ野郎でも、ライフルなどで遠距離狙撃されれば打つ手はない。
この時ばかりは黒崎たちと協力して、サクラを見えない火線からガードした。
博物館に入ると、都議会議員や職員、そしてマスコミがサクラを歓迎した。
地元の子供たちが列を作り『ようこそサクラおうじょさま』という横断幕を持たされている。
サクラは嬉しそうに子供に近づき、ひとりずつ丁寧に声をかけた。
その様子をマスコミがしっかり撮影している。
(無邪気な娘でも、やはり王女なのか)
天野は微笑ましい光景を眺めながらも、周囲をしっかり警戒している。
博物館は貸切状態。都議会議員もマスコミも本物だろう。
怪しい人物の姿はなく、危険の気配も感じられなかった。
博物館を出て車に戻ると、サクラが嬉しそうに言った。
「天野サン、ステキなものをたくさんいただきマシタ。私の名と同じ、桜の模様が入ってマス」
サクラはかんざしや織物などを興味深そうに見つめている。
「綺麗なものだろう。こうした古き良き文化は失われつつある。経済が発展しすぎると、こんな文化には興味を持てなくなるのかもな」
「残念デス。こんなにキレイなのに」
「貸してごらん。俺がさしてやろう」
天野は髪飾りをサクラにさしてやった。
「どうデスカ? 私でも似合いマスカ?」
「ああ、君の綺麗な黒髪によく映えるよ」
サクラは照れ臭そうに微笑んだ。
*************
昼は大臣との会食だ。
当然ながら天野の席は用意されていない。
仕方なく部屋の隅に立ち、会食の様子を見守った。
「おい、金城」
「どうされました?」
天野は同じように部屋の隅に立っていた金城を小声で呼びつけた。
「腹が減った。お前らは何を食うんだ」
金城は冷たい目で天野を見た。
「何も。護衛中は水分も食事もとりません」
「そうなのか。なかなか辛い任務だな」
「当たり前のことですよ」
金城は平然と答えている。
(なるほど……。トイレの時間も許されないワケか。さすがスパイだ。本職は気合の入り方が違うな)
会食も無事に終わった。
午後は神社と寺院をめぐり、スカイツリーの見学だ。
天野はサクラの隣で色々と解説していたが、危険の兆候はまるで感じられない。
日中の襲撃はなさそうだ。
天野はのんびり東京見物としゃれこんでいた。
夕方に近づくと、車は皇居に入った。
この後はロイヤルファミリーとの歓談。
さすがに天野はもちろん、黒崎や金城も同行を拒否された。
「天野サン……。どうシマショウ……?」
サクラは不安気な表情だ。
「ここは日本で最も安全な場所だ。俺がいなくとも問題ない。立派に大役を果たしてくればいいさ」
「ハイ。わかりマシタ」
サクラが歓談を済ませるまでしばしの休息。
天野が外でタバコを吸っていると、黒崎が小声で話しかけてきた。
「天野、今晩の宿を変える」
「なんだ。何かあったのか?」
「襲撃に備えて別のホテルを手配した」
「ホテルだと? 外務省に戻らないのか?」
黒崎は少し黙ったあと、重い口を開いた。
「……外務省は使うな、という上からの指示だ」
天野は黒崎を睨みつけた。
「それはおかしい。なぜそんな話になる」
黒崎は問いかけを無視した。
天野はじっと黒崎の瞳を見つめる。
恐ろしいことに、この男は相手の目を見ることにより、ある程度の心理を読んでしまう。
「お前もこの件には納得していないな。外務省に脅迫か圧力でもかかったのか?」
黒崎は何も答えない。
天野は瞳を睨みながら言葉を続けた。
「もし襲撃されるならば、外務省は巻き込まれたくないだろう……。つまり、襲撃犯は夜の決行を計画している可能性が高いと、判断したんだな」
黒崎は深く息を吐いた。
微かに口唇を歪める。
「……悪くない読みだ」
黒崎は車のトランクからベストを取り出した。
「これを貸してやる。服の下に着込んでおけ」
防弾ベストだ。
天野は装着しながら尋ねた。
「ニューナンブかベレッタでも貸してくれないのか」
黒崎は呆れたように笑った。
静かに首を横に振る。
「民間人の銃の所持は禁止だ。そこまではできんさ」
サクラの歓談が終わった。
天野たちは再び車に乗り込み、新しいホテルに向かって出発した。
「サクラよ、今晩の宿が変わった。俺も泊まったことがあるが良いホテルだぜ」
軽い口調だったが、サクラはその言葉の意図をすぐに理解した。
「……襲撃があるかもしれないんデスネ」
「大丈夫さ。俺も黒崎も金城もいる。危険を避けるためだ」
車は湾岸線を走り、新しいホテルに到着した。
天野は荷物をトランクから取り出しながらホテルのロビーを見渡す。
怪しい人物は見当たらない。それでも油断はできない。
「サクラ、俺から離れるな」
「ハ、ハイ……」
サクラは慌てて天野の隣に移動した。
白衣の裾を不安気に掴む。
「……行きましょう」
先頭は金城。
中央に天野とサクラ。
後方は黒崎が警戒している。
4人は周囲を警戒しながら、何とかエレベーターまで移動した。
「黒崎よ、SPはどこにいる? 室内で待機しているのか?」
黒崎はその問いに答えない。
ただ苦しそうに俯いている。
「おい黒崎。聞いているのか?」
黒崎は絞り出すように言った。
「……俺と金城。この2人で護衛することになっている」
「なんだと?」
天野は金城の顔を見つめた。
金城の顔には緊張が浮かんでいる。
問い詰めたいところだが、今は隣にサクラがいる。
天野はぐっと堪えた。
やがてエレベーターが最上階に到着した。
廊下に怪しい人影はない。
それでも黒崎と金城は先ほどから殺気を放ち続けている。
いつ襲撃者が現れても対処できるよう、覚悟している表情だ。
「黒崎よ、部屋はどこだ」
「西側の一番端だ。侍女が待っている」
天野は静かに部屋の扉をノックした。
ゆっくりと扉が開く。
室内にいたのは2人の侍女。
こちらも不安気な表情を浮かべ、サクラを出迎えた。
(どうなってやがる……)
天野は全員の顔を見つめた。
全員の顔には戦慄が浮かんでいる。
(黒崎と金城も、この侍女たちも、戦場に放り込まれたような顔をしているじゃねぇか……)
天野は慎重に窓に近づき、カーテンを開ける。
東京の夜景がよく見える。
その隣にサクラが立ち、あえて明るい声を出した。
「観てくだサイ。キレイな景色デスネ」
「ああ……。東京タワーがよく見える。君が観てきたスカイツリーも見渡せるじゃないか」
「さすが日本デス。すごく美しいデス」
部屋は25階の高所。
この高さ、そしてこの位置であれば窓からの狙撃はない。
天野は夜景に見惚れているサクラを置いて部屋を出ると、すぐさま廊下に立っていた黒崎を問い詰めた。
「おい、どういうことだ。護衛がお前ら2人だけとは。昨日より減っているじゃないか」
黒崎は唇を歪めながら言った。
「ホテルを変えれば危険は少ない。そのため護衛は最小人員で良いだろう、という上の判断だ」
天野は「馬鹿馬鹿しい」と呟き、大きく両手を広げた。
「昨日の襲撃犯の武装を忘れたのか? あれだけの装備で襲ってきやがったくせに、もう諦めてくれると楽観視しているのか? それとも何か? 金城はあいつらに勝てるほど強いのか?」
黒崎は口唇を噛み締めた。
黙って俯いている。
「おい金城よ。お前、ライフルにサブマシンガンに拳銃。おまけに手榴弾を所持した3人相手に、1人で立ち向かえるのか?」
金城も黙って俯いた。
天野は大きく天を仰いだ。
「何を考えているんだお前らのボスは!? 敵が武装を強化して再襲してくるに決まってるだろう!? どうせ内通者が見つかったワケじゃあるまい。お前らの様子を見ていれば、このホテルが敵に伝わっている可能性があることも理解できる。……いや、そうか」
天野は舌打ちした。
「サクラは殺されても構わない、と考えているのか? まさかお前らが内通者じゃないだろうな」
天野は構えて2人に向き直った。
黒崎は冷静に言った。
「誤解するな。俺たちは内通者じゃない」
「ならばお前らの狙いは何だ!? 俺には理解できんぞ! ここまで来て秘密を貫くのか!?」
黒崎は諦めて口を開いた。
「……天野、お前が昨日言った通りだよ。捨駒だ。俺たちは2人で襲撃犯を迎え撃つが、あえなく殺されるんだ。日本は最善を尽くしたが王女は殺されました、というシナリオなんだよ」
「なんだと……!?」
天野は驚いて黒崎と金城の顔を睨みつけた。
黒崎も金城も、血の気が引いている。
冗談を言っている顔ではない。
2人の顔に死相が浮かんでいる。
「お前ら……。ボスに死ねと、言われたのか」
黒崎は苦笑した。
「そんなはっきりとは言わない。ホテルは変えた。危険は少ない。最小人員で護衛できる。危険があれば撃退しろ。これが上からの指示だ」
黒崎は呆れながら言葉を続けた。
「内通者が誰かもわかってないのにそんな指示だ。死ねってことだ。天野、お前の表現がピッタリさ。俺たちは捨駒だよ」
天野は「クソが」と呟き、壁をドンと叩いた。
「ふざけてやがる。そんなくだらん事情に巻き込まれてたまるか。俺は王女を守ってみせる。貴様らが死のうと知ったことじゃない。だが、俺は王女を守るぞ」




