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天才クソ野郎の事件簿  作者: つばこ
彼が上手に結婚する方法
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天野くんの披露宴




 結婚式は無事に終わり、天野たちは披露宴会場に移動した。


 天野の席は新郎友人席。

 『混沌のカルテット』の3人である宮内、川島、小谷野と一緒だ。

 隣には弟子である前島悠子まえしまゆうこの席もあるのだが、残念ながら前島はドラマの収録で欠席だ。


 やがて拍手と共に新郎新婦が入場してきた。

 主にドレス姿の新婦にフラッシュがたかれている。

 披露宴における新郎なんて、ドレス姿の新婦のおまけみたいなものだ。


「ただいまより奥田家、長島家。ご両家の結婚披露宴を始めさせていただきます」


 奥田が手配したプロの司会者が新郎新婦を紹介している。

 すぐさま天才クソ野郎の順番が回ってきた。


「今回は両家のご希望によりまして、仲人であり新郎の友人の天野勇二様から、最初にご祝辞をお願いいたします」


 天野はマイクの前に堂々と立った。

 この後に祝辞をする畑中教授は、


(頼むから変なことを言わないでくれ。大学の名を地に落とすようなことは言わないでくれ!)


 と、必死に願っていた。


「まず奥田家の皆様、長島家の皆様。この度はおめでとうございます。お2人の門出を心より祝福いたします」


 丁寧に祝辞を述べ始めた。

 宮内たちはニヤニヤしながら天才クソ野郎の登場を期待している。


「‥…とまぁ、堅苦しい挨拶なんて俺様には似合いませんね。どうも皆さん、医学部の天野勇二と申します。大学では『天才クソ野郎』というあだ名で呼ばれています」


 天野はニタリと悪い笑みを浮かべた。

 宮内たちは心の中で「キター! 天才クソ野郎キター!」と喝采かっさいをあげ、畑中は予想していたとはいえ頭を抱えた。


「わざわざ学生の自分が、新婦のご来賓らいひんの方々、そして尊敬する教授を差しおいて、最初に祝辞を述べさせていただくとは、身に余る光栄と心から感謝しております。これもお2人の結びつきを演出した私の労力と貢献こうけん功績こうせきを、両家が高く評価していただいているためだと、理解しております」


 偉そうでいやみったらしい祝辞だ。

 奥田は「もっとやれ!」という目線を天野に送った。


「新郎である和彦さん……。いや、学生時代の彼のことを皆こう呼んでいました。天才ブタ野郎と」


 ざわっと披露宴会場がどよめく。


「香澄さんに出会うまでの彼は、まさに『ブタ野郎』そのものでした。洗顔という概念のない汚い顔、脂肪を蓄えすぎた腹、韓国海苔のような頭、ファッションモデルであれば発狂しかねないダサい衣服や装飾品の数々……。彼はそれらに疑問を抱くこともなく、ありのままのブタ野郎だったワケです。彼は人ですらなかった。『非常食』と呼んだ方が相応しかったのかもしれません」


 もう会場のどよめきは止まらない。

 新郎の株をここまで落とす発言なんて、祝辞の場ではご法度極まりない。


 しかもこれが仲人。これが最初の祝辞。

 畑中教授と岡田教授の顔は真っ青だ。

 宮内たちは失笑をこらえている。


 ブタ野郎である奥田本人は照れくさそうに頬を赤らめ、奥田の両親は「よくぞ言ってくれた」と、感慨深いものを感じているようだ。


「しかし卒業後、彼は1人の女性に恋をしました。それが香澄さんです。ブタ野郎は香澄さんと仲良くなりたいと、私に懇願こんがんしました。正直、私は彼が香澄さんと釣り合うとは思っておりませんでした。非常食であるブタ野郎。うら若き美女。とてもじゃありませんが、交配不可能です」


 どっと会場に笑い声が響いた。

 畑中は「頼むから早く終わってくれ」と願っている。


 天野はその願いを無視するかのように、指先を大げさに振り回し始めた。

 気障ったらしいお馴染みのジェスチャーだ。

 天野の担当教授である岡田は「あぁ振り回しちゃった、これ長くなるぞ」と頭を抱えた。


「しかし、その不可能ですら可能にしてしまうのが、この私、天才クソ野郎という男です。私は和彦さんから依頼を受け、彼をブタ野郎からイベリコに進化させました。養豚場ようとんじょうでブーブー鳴いていた非常食を、ちょっと高級で美味しいブタにしてやったのです」


 また会場が笑い声で包まれた。

 奥田の父親は噂通りの天野の姿を、嬉しそうに見つめている。

 天野はここで悪い笑みを止め、声のトーンをぐっと変えた。


「……ですが、彼はただのイベリコではありません。私にとって数少ない尊敬できる人物。彼の頭脳は未来を変える力がある。彼は医療界に明るい未来をもたらす男。日本が誇るべき真の天才です。彼がどんな姿であったとしても、その感情が変わることはないでしょう。今でもそう信じて疑っていません」


 天野は静かになった会場を満足気に見下ろし、言葉を続けた。


「和彦さんは人体の見てくれに、大した興味を抱く男ではありません。香澄さんの中にある優しさ、美しさという輝き、それらに恋をしたのです。そして香澄さんもイベリコである和彦さんを『豚』としてではなく、その中身を見つめてくれた。2人がかれあい、本日の場を迎えることになったのは、奇跡であり必然だったのです」


 指先を気障ったらしく振り回し、奥田たちに向けた。


「この2人の結婚ほど、心から祝福できるものはありません。私はいつまでもこの2人が見せてくれた奇跡を、忘れることはないでしょう」


 指先を静かに下ろす。

 まるで指揮者がオーケストラの演奏を止めたかのようだ。


「私からは以上です。この後、お偉い教授がありがたい祝辞を喋りますので、何となく聞いてやってください。最後にイベリコよ……。子供はお前じゃなくて、香澄さんに似るといいな」


 最後にひとつ会場を沸かせ、天野は席に戻った。

 席にいた川島が陰気な笑みを浮かべてささやいた。


「……フフフ……。なんだい……? 天才クソ野郎にしては、随分とマトモな祝辞だったじゃないか……。……ククク……」

「天才クソ野郎も、たまには良いこと言うだろ?」

「……ククク……。畑中の顔を見ろよ……。……フフフ……」


 次の祝辞は畑中教授だ。

 すっかり青ざめている。


「もっとアイツをイジっても良かったかもな」

「……ククク……。大歓迎だよ……。……フフフ……」


 『混沌のカルテット』が一番世話になったのは畑中だ。

 当然、カルテットのメンバーは畑中に尊敬と恩と恨みがあった。

 司会者が戸惑いながら口を開いた。


「ど、どうもありがとうございました。それでは新郎側のご来賓を代表して…………」


 司会者に紹介され、畑中がマイクを持った。


「医学部の教授をつとめさせていただいております、畑中と申します。和彦くんは在学中、天才という代名詞に相応しい優秀な学生で、大学の歴史に残るような立派な…………」


 会場を白けた空気が包んでいる。

 畑中はもう諦めて言った。


「……まぁ、確かに私も陰で呼んでましたよ。『天才ブタ野郎』とね」


 どっと会場が笑い声で包まれた。

 このおかげで披露宴は終始なごやかなムードで進んだ。


*************


 乾杯の音頭がとられ、披露宴が穏やかに開始された。

 香澄がお色直しのため会場を後にする。

 念のため天野は香澄に付き添い、自らもロビーに出て行った。


「天野だ。全SPに告げる。途中入場者、及び部外者を発見したら報告しろ。異常がない場合もないと報告してくれ」


 各SPから「特に異常はない」と返答が入る。

 SPは10人体制で入り口から会場の隅々まで配置させている。

 また女性のSPを1人つけ、香澄に同行させていた。

 天野がロビーで仁王立ちしていると、新郎のお色直しのため奥田が会場から出てきた。


「なんだ。奥田も着替えるのか。ブタはキレイ好きだな」

「うん、香澄ちゃんの衣装に合わせるんだ」


 奥田は周囲を見回しながら、天野に耳打ちして尋ねた。


「……どうかな? 無事に披露宴は終わりそうかな」

「俺様とお前の読み通りであれば、まだ動きはないな」

「うん。そうみたいだね……」


 天野は励ますように奥田の肩を叩いた。


「まだ披露宴は続く。後半戦が肝になるだろう。今は香澄さんを引き立てる立派なイベリコになれ」

「あはは、わかったよ」


 奥田は頷くと、控え室に入った。

 2人のお色直しが終わると、控え室から香澄が出てきた。

 今度はピンクを主体にしたビスチェタイプのティアードドレスだ。

 スタイルを美しく見せつつ、ガーリーで可愛らしい印象を強めており、若くスタイルの良い香澄にはピッタリのドレスだ。

 奥田は香澄を際立たせるため、薄茶のタキシードに衣装を変えた。


「香澄ちゃん、ホントに綺麗だよ」

「カンちゃんもすごく格好いいよ」


 2人は再び会場に戻り、各テーブルにキャンドルを灯して回った。

 キャンドルサービスを終え、2人が高砂たかさごに戻ると、関係者からの祝辞が始まった。


「川島よ、何か余興よきょうでもやらないのか?」


 天野はこっそり川島に尋ねた。


「……ククク……宮内とも相談したんだけど、僕らは普通に喋るだけよ……フフフ……」

「なんだ宮内、余興はないのか」


 宮内は肩をすくめて答えた。


「『混沌のカルテット』に高度な芸ができると思うか?」

「あっはっは。確かにそうだな」

「本当は何かやりたいところだったんだけど、生憎と皆忙しくてな」


 宮内たちは研修医だ。

 それぞれが忙しく、全員が集まるような時間など作れなかったのだろう。

 宮内はニヤニヤと笑いながら、つまらなそうな顔を浮かべている天野に言った。


「だがな天野、2次会じゃ俺たちが練習した『手品マジック』を披露するぜ」

「手品だと? お前らそんな高度なことできるのか?」


 宮内は両手を広げ、爽やかに笑った。


「俺たちは医者じゃないか? 小谷野をバラバラにオペしてやるのさ……。といっても、小谷野ことフランケンの提案だけどな」


 天野はさらに驚いて小谷野を見つめた。


「お、お前! 人を楽しませる芸なんて持っていたのか!?」

「…………………………」


 小谷野は頬を真っ赤に染めながらコクンと頷き、天野の前で両手を閃かせた。

 大きな手のひらに「赤いバラ」が瞬時に現れる。

 天野は納得して言った。


「そうか。お前はフランケンみたいな見かけのくせに子供好きだったもんな。子供を喜ばせるための手品を練習しているのか」


 小谷野はもっと頬を赤くして俯いた。

 照れているのだ。


「……ククク……あ、呼ばれたよ……。天野クン、ちょっと行ってくるよ……フフフ……」


 川島と宮内と小谷野が、マイクの前に立った。

 新郎の友人代表の祝辞だ。


「……フフフ……和彦クンの友人代表、川島と申します……ククク……」

「同じく宮内と申します」

「………………………の………………」


 小谷野の声だけ聴こえなかったが、口が動いていたので、名前ぐらいは名乗ったのだろう。

 陰気な川島は、意外にも堂々と話し始めた。


「……僕と宮内、小谷野、そして新郎の和彦クンは、見た目も性格もバラバラです。僕たちはそのため『混沌のカルテット』と、皆から呼ばれていました。なぜか我々は馬が合い、よく飲みに行ったものです」


 いつもの陰気な様子を見せない。

 川島はなめらかに言葉を続けた。


「特に僕は和彦クンと仲が良く、大学では一番の友人だと思っておりました。とはいえ彼は天才と呼ばれ、僕は凡才。彼の才能に多少嫉妬している部分もありました……」


 川島はチラリと奥田を見ると、陰気に微笑んだ。

 恐らくあれが川島にとって満面の笑みなのだろう、と天野は思った。


「しかし……彼の本当に素晴らしいところは、それを全く鼻にかけず、天狗にもならなかったことです。彼はいつも謙虚で、僕のような暗い人間でも、真正面から素直に自分をさらけ出してくれました。披露宴の冒頭で、この天才クソ野郎も言っていましたが……」


 川島は天野を指さして笑った。


「香澄さんが和彦クンの中身を見てくれたことを、僕は心から嬉しく思います。……ククク……。和彦クン、君と過ごした大学生活、本当に楽しかったよ……香澄さん……」


 川島は香澄に向き直った。

 その瞳には涙がにじんでいた。


「和彦クンは本当に素直で優しい男です。どうか彼の力になってあげてください。どうか、お願いします」


 川島は深く頭を下げた。

 瞳を潤わせながら唇を固く結んでいる宮内と、真っ赤にモジモジしている小谷野も頭を下げる。

 川島は会場に向き直ると、言葉を締めくくった。


「会場の皆様。何の変哲へんてつもない祝辞で申し訳ございません。素直な気持ちを述べさせていただきました。以上をもって、友人代表からの祝辞を終了いたします」


 天野は拍手で川島を迎えた。

 川島の瞳からは、もう涙が溢れそうだった。


「川島よ、良いスピーチだったぜ。お前の言葉がここまで心に響くとは思わなかった」


 川島はハンカチで涙を拭き取ると、陰気な笑みを浮かべた。


「……フフフ……素直な気持ちを、述べただけさ……ククク……」


 いつもの陰気な川島に戻ってしまった。

 宮内が感心して言った。


「いやぁ、良かったよ。川島の祝辞で正解だったな。川島がやりたい、って言った時はどうなるかと思ったけどさ」


 会場は温かい拍手で包まれている。

 天野は少々複雑な気分だった。




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