天野くんと挙式
天野が新婦側の控え室を再度訪れると、香澄が純白のウェディングドレスを身にまとっていた。
(ほう、イベリコめ。奮発しやがったな)
ビスチェタイプのドレスだ。
スカートはふんわりと広がった王道のプリンセスライン。
トレーンも長く、豪華な刺繍とスワロフスキーが無数にほどこされている。
ロイヤルウエディングで使われてもおかしくなさそうだ。
「素晴らしいな。よく似合っているぜ」
香澄は照れ臭そうに笑った。
「ありがとうございます。メイド服より似合ってますか?」
「もちろんさ。猫耳なんか装着されたらどうしようかと思っていた」
2人は穏やかに笑った。
「……さて、ちょっと話したいことがある。親御さんも呼んでくれ」
天野は香澄の両親も呼び寄せ、他には聴こえないように囁いた。
「奥田から、脅迫状のことを聞きました」
香澄も、香澄の両親も、その言葉を聞くと暗く表情を落とした。
天野は励ますように言った。
「ご安心ください。私もSPとして立ちます。現在、アイケープロのSPを務めており、とあるアイドルの命を救ったこともあります。香澄さんも無事お守りしましょう」
香澄の両親はほっと息を吐いた。
多少は安心したようだ。
「やっぱり、あの記事に載っていたのは天野さんだったんですね」
「ああ、柏田麻紀の事件のことだな」
香澄は小さく頷いた。
天野は以前、アイケープロのSPとして全国ニュースに取り上げられたことがある。(詳しくは『彼女を上手にスキャンダルから守る方法』を参照)
「あの時の敵は、武装したプロの集団だったが、俺は軽く返り討ちにしてやった。俺様にかかれば全てうまくいく。君の命を守るくらいはお手の物さ。安心して幸せの時間を噛み締めるといい」
「ありがとうございます。何から何までお世話になりっぱなしで……」
「気にすることはない。君は今日の主役だ。胸を張って堂々としていればいいさ」
天野は香澄を励ますと、新婦側の控室を後にした。
ロビーに向かう。
警護にあたっていたSPを捕まえて尋ねた。
「おい、SPのリーダーは誰だ?」
「私ですが、何かございましたか?」
「ほう、ちょうどいい。俺様は仲人の天野勇二という者だ。柏田麻紀を救ったアイケープロのSPでもある。聞いたことはあるか?」
SPのリーダーはさっと緊張して天野を見つめた。
「は、はい。噂は聞いております」
「新郎から依頼を受け、俺も護衛に回ることになった。無線機があるだろう。ひとつ貸してくれ」
「了解しました」
「あと俺様から指示を飛ばすことがあるだろう。その際は全員従ってくれ。これはクライアントである新郎からの要請となる。信用できないのであれば確認しろ。わかったな?」
相手は年長者だが、天野は偉そうな態度を崩さない。
護衛の主導権を握るためだ。
SPのリーダーは一瞬迷ったが、すぐに頷いた。
「かしこまりました。私から各員に伝えます」
「上出来だ。よろしく頼む」
天野は無線機のイヤホンをつけながらロビーを見渡した。
参列者が集まり始めている。
やがて見知った顔が入ってきた。
「……おっ! 天野! 本当に天野も呼ばれていたのか!」
天野の担当教授である岡田がやって来た。
隣には奥田の担当教授だった畑中も立っている。
「岡田教授に畑中教授じゃないですか。お世話になっております」
「天野くんか……。君が仲人を務めるというのは、本当なのかね?」
天野はニタリと悪い笑みを浮かべた。
「ええ。奥田に縁を運んでやったのは自分ですからね。天才クソ野郎の祝辞を楽しみにしてくださいよ」
岡田と畑中はがっくり肩を落とした。
畑中は奥田の恩師ということで、天野の後に祝辞を述べる予定になっている。
いったい天野は何を喋るのか。
その後にどんな祝辞を述べればいいのか。
畑中は心配だった。
************
天野が周囲を警戒しながらロビーを歩いていると、また見知った顔が現れた。
奥田の同期生である医学部の先輩たちだ。
天野は特に目立つ「3人組」のところへ向かった。
「これはこれは……。随分と懐かしい顔ぶれだ」
1人の男が天野に気づき、親しげな笑みを浮かべた。
「天野か! お前の顔を見なくて清々してたが、久々に見ると懐かしいな」
天野は3人の男たちを見つめた。
奥田が特に親しくしていた連中だ。
「皆、今は何をしているんだ?」
「俺も川島も小谷野も、大学病院で研修医さ。お前みたいなボンボンとは違うんだよ」
3人の中でもリーダー格である宮内が紹介した。
「俺たちも久々の再会だ。どうだ天野? 『混沌のカルテット』は何も変わらないだろう?」
「ああ、そのようだな」
天野は苦笑しながら3人を眺めた。
宮内は中肉中背の社交的な男。
川島は華奢で背の低い陰気な男。
小谷野は全身が筋肉の巨大な男で、通称「フランケン」とも呼ばれていたのだが、一番の小心者でシャイな無口。
3人とも容姿や性格がバラバラだ。
ここに『ブタ野郎』の奥田が加わり『4人組』になるのだから、さらにおかしなことになる。
あまりに異様な集団だったため、彼らは『混沌のカルテット』と呼ばれ、キャンパスでも有名だった。
「天野は今でも『天才クソ野郎』で名を売ってるのか?」
宮内が笑いながら尋ねてきた。
「混沌のカルテット」の指揮者はこの宮内だ。
宮内がいないと、他の3人はまともに喋ることさえできない。
宮内が3人を率いている姿を在学中はよく見かけたものだ。
「ああ、相変わらず『学園の事件屋』として依頼を受けているぜ。宮内も何かあったら俺に頼むんだな」
宮内は爽やかに笑った。
「あははっ! もう住む世界が違うぜ。俺たちのカルテットも進路がバラバラになっちまったからなぁ。天野の世話にはならないよ」
宮内は内科、川島は外科、小谷野はフランケンな見た目に似合わず小児科に進んでいる。
それぞれが忙しく、会うような機会もなかったのだろう。
「友人代表の祝辞は誰がやるんだ? やはり宮内か?」
「いや、川島がやるよ」
「なに? 川島だって?」
「ああ、本人がどうしてもやりたい、って言うんだよ」
川島は陰気な男だ。
人前で喋るような性格ではない。
川島はニヤリと薄気味悪い笑みを浮かべ、天野に語りかけた。
「……フフフ……こう見えても僕は、奥田クンと仲が良かったんだよ……ククク……」
「まぁ、俺と小谷野も少しは喋るけどな」
「な、何だと? おいおい小谷野、お前そんな高度なマネができるのか?」
小谷野は筋肉でガチガチの体を「しゅん」と小さくして、コクコクと頷いた。
「無理だろ? お前のスピーチなんて、6人部屋でもマイクが必要って話だったじゃないか」
小谷野はぶるぶると首を振った。
「が……ん………ば………る………」
天野はため息を吐いた。
こんなフランケンでシャイな男が子供好きで、小児科の医師になることが夢だったというのだから、世の中変わっている。
「天野は仲人なんだろ? 一番最初に祝辞をするんだよな。もちろん、俺たちの期待を裏切らないよな?」
宮内がニヤニヤしながら尋ねた。
天野も悪い笑みで答える。
「当たり前さ。祝辞の原稿など用意していない。アドリブで決めてやる。俺様にかかれば、祝辞だって全てうまくいくのさ。天才クソ野郎の祝辞を楽しみにしているがいい」
「頼むぜ。教授連中が真っ青になるやつを期待してる」
「クックックッ……。まかせておけ」
天野と宮内はニタニタ品の良くない笑みを浮かべた。
ちょうどその時、会場のスタッフが天野を呼びに来た。
「天野様、式が始まります。最前列で新郎新婦をお迎えください」
「わかった。行こう」
天野は中庭を通って教会へ向かった。
中庭の天井はドーム状に作られており、陽の光がステンドグラスを通り差し込むようになっている。
中央には噴水も置かれており、七色の光と交差して小さな虹を作り出している。
幻想的で華やかな中庭だ。
様々な美しい仕掛けが、旅立つ新郎新婦を出迎えるのだ。
教会の最前列に天野は立ち、式の段取りに関する説明を受けた。
「結婚証明書を式の途中でお渡しいたします。そこにサインをお願いします」
「それだけでいいのか?」
「はい。あとは皆様と一緒に新郎新婦をご祝福ください」
教会にばらばら参列者が集まってきた。
天野の無線機にSPからの声が届く。
「全参列者のボディチェック完了しました。怪しい物は見つかっておりません」
「了解した。引き続き警戒を続けろ」
「かしこまりました」
天野が最前列に立つと、式典が開始された。
まずは新郎の入場。
奥田はガチガチに緊張しており、すでに大量の汗をかいている。
次に新婦の入場。
美しいドレスと香澄の姿に、参列者から感嘆の声が漏れる。
フラッシュと祝福を浴びながら、純白の香澄がゆっくり奥田のもとへ向かう。
(イベリコめ、泣くのはまだ早いぞ)
奥田の潤んだ瞳を見つめ、天野は小さく笑った。
聖歌隊により聖歌が歌われ、祈りの言葉を牧師が言うと、お決まりのように誓いの言葉を奥田と香澄に求めた。
「ははははい……。ち、誓います……」
「誓います」
2人が誓いの言葉を言うと、天野に結婚証明書が渡される。
天野がサインをすると、牧師が祈りの言葉で締め、参列者が一番楽しみにしている誓いの口づけの瞬間になった。
奥田はヴェールを上げながら囁いた。
「香澄ちゃん……。一生、幸せにするよ」
「うん……。カンちゃん、ありがとう」
誓いの口づけが交わされた。
大きな拍手が巻き起こり、カメラのフラッシュがたかれる。
天野も拍手をしながらイベリコの幸せを祝福した。
新郎新婦の写真がその場で撮影され、2人は手を取り合って中庭に降り立った。
その時、誰かが歓声をあげた。
空から無数の光る純白の羽が降り注いできたのだ。
2人は羽を浴びながら噴水の前に移動し、また写真撮影が始まった。
奥田はこの時点でボロボロ泣いてしまい、香澄に涙を拭いてもらっていた。
(まったく情けないイベリコだ)
天野は苦笑しながら祝福の拍手を送っていた。




