天野くんの後日談
その日、天野はいつもの2階テラス席にて、昼食であるパンとみかんを食べていた。
「やっほー勇二! 坂上さんからの手紙だよ!」
涼太がやって来た。
1枚の便箋を天野に手渡す。
天野はコーヒーを飲みながら、興味もなさそうにそれを眺めた。
「……ふん、福岡か。悪くない土地だ」
「千恵ちゃんも幼稚園に入園したって。ほら、写真もあるんだよ」
写真には母娘の嬉しそうな笑顔。
天野も同じように微笑んだ。
「もう幼稚園に入園か。幼稚園は大事だ。幼稚園で習うことには、この世界の大切なことが隠されている」
空を眺めながら煙を吐き出す。
そこに前島が上がってきた。
「師匠! おはようございます!」
「弟子か、久しぶりだな」
「あの師匠、ちょっと厄介なレポートがあるんですけど……」
「良いだろう。書いてやる」
「やった!」
涼太は前島にも坂上の写真を見せた。
「前島さん、ほら千恵ちゃんの写真だよ」
「わぁ、可愛いですねぇ。このぐらいの子はすぐ大きくなりますね」
「なんで僕には、あまり懐いてくれなかったのかなぁ」
「子供は本心を見るんです。きっと涼太さんのチャラさを見抜いたんです。この男はすぐ他の女に手を出すな、って見抜いたんですよ」
「そっかぁ。それはしょうがないね。事実だもんね」
前島は手紙を読み、天野に声をかけた。
「良かったですねぇ。今は平穏に過ごせてるみたいですよ。千恵ちゃんがたまに『ゆうじお兄ちゃん』に会いたがるって書いてます。師匠って実は、すごく良いパパになるんじゃないですか?」
「冗談じゃない。俺様は結婚も子供も御免だな」
前島は純真無垢な笑顔を浮かべた。
「師匠、私は結婚も子供も大歓迎ですよ。良い妻になりますよ。しかもトップアイドル。これってお買い得じゃありません?」
「ふぅん。それがどうした?」
「いや、だから……。アピールですよ」
「何のアピールだ?」
前島はがっくりと机に突っ伏した。
その姿を涼太が笑い飛ばす。
「うぷぷ。ダメだって。勇二は何でか前島さんにだけニブいんだから」
「うーん。どうしてですかねぇ」
「天才クソ野郎にも弱点があるってことだよ」
天野が聞き捨てならないと声をあげた。
「おいおい、天才クソ野郎には弱点も不可能もないぜ。俺様にかかれば全てうまくいくのさ」
天野がいつものジェスチャーでいつものセリフを決めた。
それを見て涼太は苦笑し、前島は白い目で天野を睨みつけた。
「ほら聞いた? あんなこと言ってるよ」
「もう! 師匠は私に関するレポートを書いてください!」
「はぁ? だから書いてやるって言っただろう?」
「そうじゃないですよ!」
ぷりぷり怒って前島が詰め寄り、天野は呆れたように首を傾げ、涼太は苦笑しながらそれを眺める。
いつものテラスの平和な光景が広がっていた。
(おしまい)
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