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天才クソ野郎の事件簿  作者: つばこ
彼が上手にベビーシッターする方法
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天野くんのお説教




 天野はアパートに帰り、玄関で待っていた涼太たちと合流した。


「ゆうじお兄ちゃん!」


 千恵が嬉しそうに駆け寄ってくる。


「やぁ、千恵ちゃん。涼太お兄ちゃんに変なイタズラをされなかったかい?」

「ちょっと勇二。僕をロリコンみたいに言うのはやめてよ」


 千恵の頭を撫でながら、天野は涼太に尋ねた。


「尾行されなかったか?」

「もちろん。その点は抜かりないよ。勇二こそ大丈夫?」

「問題ない。瞬殺したよ。しばらくはマトモに歩けやしないさ」


 千恵を連れてアパートに入る。

 今夜は涼太もそのまま泊まってもらうことにした。


「ね、ねえ、勇二……。これ本物?」


 涼太は天野がテーブルに置いたものを見て、ガクブルと震えている。

 代議士の秘書から没収した拳銃だ。


「どこでこんなの買ったの? ビレバンにでも売ってた?」

「ここは法治国家だぜ。敵の秘書が持っていてな。物騒だから取り上げたんだ」

「ひぃ……。政治家って怖いねぇ……」


 初めて目にする拳銃。

 冷たくズシリと重い。

 平凡なキャンパスライフでは、なかなかお目にかかることはできない。


「安全装置はかけたが、下手に触れたら危ないぞ。千恵の手の届かないところに置いてくれ」

「そ、そうだね……。戸棚の上に置いとくよ」


 天野は風呂の準備をしながら、涼太に尋ねた。


「ところで涼太、お前ガキを風呂に入れたことはあるか?」

「ないねぇ。もうちょっと大きい娘だったら、たくさん経験あるけど」

「しょうがねぇな。俺が千恵を風呂に入れるから、その間夕食の準備でも頼むよ」

「それならまかせてよ」


 天野は千恵を風呂に入れてやり、涼太の作った晩御飯を食べさせた。


「ほら、あーん」

「あーん」

「どうだ? 涼太お兄ちゃんのご飯は美味しいか?」

「うん。おいしい」

「そうか、良かったなぁ」


 千恵を器用にあやすクソ野郎の姿を見て、涼太は呆れたように言った。


「勇二がこんなに良い『パパ』だとは思ってなかったよ。天才クソ野郎様はどこにいったのさ?」

「環境の違いだよ。慣れの問題さ」

「まぁ、確かにね」


 2人は千恵を寝かしつけた後、作戦会議を開いた。

 明日の『取引』に関する作戦会議だ。


「事態はかなり深刻だ。坂上をマイクロカードと交換し、遠方に飛ばす必要がある」

「そうなると車が必要だね」

「そこが問題だ」

「一応、偽装テンプラナンバーの車は手配したよ。GPSなんて仕掛けられたら厄介だから、探知機も持ってきた」

「上出来だ。今回はかなりやばいヤマになる。今までとは危険が段違いだ。頼むぜ」

「まかせてよ相棒」


 2人の会議は明け方まで続いた。

 何度も作戦に不備がないか確認する。

 そして決行の時を迎えた。



************



 翌日。昼の有楽町。数寄屋橋交差点。


 どこかで12時の鐘が鳴ると、交差点にフルスモークの黒い車が停まった。

 後部座席から1人の女性が現れる。

 坂上の姿だ。

 坂上は周囲を見回しながら歩き、数寄屋橋交差点に立った。


「坂上、振り向くな」


 ビクッと坂上の体が硬直した。


「ゆ、勇二くん……?」

「そのままビルの中に入れ」


 坂上は言われるまま東急プラザビルの中に入った。

 目の前には警備員服姿の天野の姿。

 一目ではビルのガードマンにしか見えない。

 天野はエントランスに入ると坂上の手を引き、エスカレーターを駆け下り、地下道へ向かった。


「走れ!」


 地下道を走り抜ける。

 日比谷線の銀座駅に飛び込み、中目黒方面の電車に乗り込む。

 何人かの男たちが後を追いかけていたが、電車に乗り込んだ2人には追いつけもしなかった。

 2人は念のため、そのまま先頭車両まで進んだ。


「クックックッ……。地上からは逃げやしないさ。坂上よ、このまま中目黒まで行くぞ」


 坂上は驚いて天野を見つめている。


「勇二くん……。どうして……?」


 天野は吐き捨てるように言った。


「冗談じゃねぇ。この俺様をハメやがって。全て話してもらうぞ。お前が盗んだのはこれだろ?」


 懐からマイクロカードを取り出す。


「大物政治家である榊原の裏献金データ。公開されれば政治家としての人生が終わりかねないシロモノだ。こんなもの持ち出して、命が残ると思っていたのか?」

「だ、だって……! 資金援助を打ち切るって言われたのよ!」


 坂上は悲しそうに訴えた。


「まだ店は軌道に乗ってないのに! どうしても銀座でやっていきたかった。どうしても彼の気を引く必要があったのよ! それに、ここまで重要なデータだと思わなかったのよ……」

「バカなヤツだ。お前は政治家にとって一番突かれたくない爆弾を持ち出した。殺されるぞ。もう東京を離れて逃げるしかない」


 坂上は強く首を横に振った。


「そんなの嫌よ! 苦労してこの街にしがみついてきたのに! 今さら東京を離れるなんてできない!」


 天野はドンと扉を叩いた。


「それならこのデータをマスコミにリークするか? どうせ握り潰されて終わりだ。そしてお前はドラム缶にコンクリート詰めにされて、東京湾の底まで沈む。そうなれば千恵はどうなる?」


 坂上は黙ってうつむいた。


「千恵は1人取り残されて、孤児院で青春を過ごすんだ。二度と母親の顔を拝めないままな。いや、それだけじゃない。千恵まで消されてもおかしくない。殺される理由なんかわからず、あの娘も東京湾に沈むのさ」


 坂上は辛そうに俯いている。

 天野は怒号にも似た言葉を放った。


「お前にとって一番大切なものは何だ? 銀座にしがみついて生きることか? 東京で派手な暮らしをすることか? 違うだろ!? たった1人の娘と共に生きることじゃないのか!?」


 坂上はぐっと口唇を噛みしめた。


「……せっかく、ここまできたのに……! ここまで成り上がったのに!!!」


 ……パチン


 車内に乾いた音が鳴った。

 坂上は驚き、痛みの走る頬を押さえ、天野の顔を見つめた。


 叩かれたことに驚いたのではない。

 坂上の知っている天野は、女性に暴力を振るうような男ではなかった。

 むしろ、それを最も嫌う男だった。

 だからこそ坂上は驚いた。


「覚悟を決めるんだ。もう振り返る道はない。千恵と一緒に、新しい土地で暮らすんだ。お前が持つ全ての愛情を千恵に注げ。お前が『幾千いくせんもの恵み』を千恵に注ぐんだ。そのための名前じゃなかったのか?」


 天野はさらに言葉を続けた。


「同級生だった頃、お前とんでもない女だった。男子だろうが、上級生だろうが、気に入らないヤツには暴力で反撃する厄介な女だった。だがある時、お前が花壇に水やりしている時の表情を俺は見た。お前の顔は優しさと母性に満ち溢れていた。あの時俺は、お前の素顔と本質をかいま見た気がしたよ」


 坂上は黙って頬を押さえた。

 泣きながら俯いている。


「千恵は信じられないくらい良い子だ。お前の優しさを全て受けて育っているのだろう。いいか坂上、もう一度尋ねるぞ。お前が守りたいものは、メスを入れた自分の顔か? 銀座で手に入れた理想の暮らしか? お前はわかっているはずだ。失ってはいけない、本当に大切なものを! それを思い出せ!」


 電車が終点にたどり着くまで、坂上は黙って泣いていた。

 やがて電車は中目黒の駅に到着した。


「着いたぞ、走れ!」


 中目黒駅のロータリーに車を停め、涼太が待っていた。

 その傍に千恵の姿もある。

 坂上は千恵の姿を見つけると、走って駆け寄った。


「千恵!」

「……ママ!」


 坂上は愛する娘を全力で抱きしめた。


「千恵! ごめんね! ほんとに……ごめんね!」

「ママぁ……。あいたかったよう……」


 親子の再会を眺めつつ、天野は涼太に尋ねた。


「荷物は大丈夫だったか?」

「うん。自宅の見張りはなかった。必要なものは揃ってるよ」


 天野は満足気に頷き、坂上に尋ねた。


「坂上よ、どこか地方に身寄りのアテはあるか?」


 坂上は泣きながら首を横に振った。


「ならば、山梨の田舎に行け。親父の系列の病院の住み込みの寮を手配してある。まずは一旦そこに身を寄せ、後は自分でどこに向かうか決めればいい」


 車の後部座席を指さす。


「涼太が君の家から着替えなどを持ってきた」

「涼太くん……。ありがとう……」


 ポケットから銀行口座の手帳を取り出し、坂上に手渡す。


「少し蓄えがあるようだな。できるだけこれを使って東京から離れるんだ。後のことは俺にまかせておけばいい。店も自宅も、うまく処理しておくよ」

「ごめんなさい……。迷惑ばかりかけちゃって……」


 天野は肩をすめて言った。


「気にするな。クラスメイトだったよしみさ。涼太、悪いが山梨まで送ってくれ」

「オッケー。まかせてよ」


 天野はトランクを開けると、大きなクマのぬいぐるみを取り出した。

 千恵と目線をあわせて微笑む。


「くまちゃんはちょっと汚れちゃったんだ。代わりに勇二お兄ちゃんからのプレゼントだ。受け取ってくれ」


 千恵は喜んで、自分の背丈ほどあるクマのぬいぐるみを受け取った。


「うん! ありがとう!」


 天野は笑顔で千恵の頭を撫でた。


「千恵ちゃん、これでさよならだ。元気に暮らすんだよ」

「どうして? ゆうじお兄ちゃんとさよならするの?」

「そうだ。君はママと新しいところで暮らすんだ」


 千恵は悲しげに言った。


「いやだぁ。ゆうじお兄ちゃんもいっしょがいい」


 天野は苦笑した。

 優しく千恵の頭を撫で続ける。


「これからはずっとママが傍にいてくれる。寂しい思いをしなくていいんだ。俺がいなくても大丈夫さ」

「……ほんとに?」

「ああ、ほんとさ」

「ゆうじお兄ちゃんとは、もうあえないの?」

「いつかきっと、どこかで会えるさ」

「ほんとに? またあえる?」

「そう、また会える。お母さんより美人になって、会いに来てくれよ」

「うん!」


 千恵は嬉しそうに笑った。

 小さな小指を突き出す。


「またあえるのやくそく」


 天野は破顔して、千恵と小指を絡ませた。


「ああ、約束だ」


 約束の小指を離し、天野は坂上に向き直った。


「坂上、覚悟は決めたか?」


 坂上は力強く頷いた。

 その瞳に、もう迷いはなかった。


「勇二くん、ありがとう。私にとって一番大切なものを見失わずにすんだわ……」


 千恵をじっと見つめる。

 千恵は大きなクマのぬいぐるみを嬉しそうに抱え、涼太に自慢している。


「もらったの。いいでしょ」

「良かったねぇ。このクマさん、どんな名前にしようか?」

「うんとね。『りょーちゃん』」

「りょーちゃん? へぇ、それ僕の名前にそっくりじゃん」

「うん!」


 坂上は愛娘の姿を眩しげに見つめ、天野に言った。


「ねぇ勇二くん……。あなたは昔、私が憧れた初恋の人。そして学校のヒーローだった」


 坂上は優雅に微笑んだ。


「今もあなたは変わらない。最高のヒーローだわ」


 天野はニヤニヤと悪い笑みを浮かべた。


「今の俺は『天才クソ野郎』さ。人は変わる。変わることができる。新しい土地で、新しい夢を探して、千恵と共に暮らすんだ。新しいお前に変わってな」


 坂上は深く頷いた。


「うん……。本当にありがとう。勇二くん、さよなら……」


 坂上は車の後部座席に千恵と一緒に乗り込んだ。

 千恵が窓を開けて、天野に手を振る。


「ばいばーい! ゆうじお兄ちゃん!」


 天野は軽く手を振って3人を見送った。

 車が見えなくなると、天野は携帯電話を取り出した。


「さぁ、天才クソ野郎、最後の仕事だ」


 秘書から取り上げた携帯電話。

 リダイヤルに表示されている番号に電話をかけた。


「……もしもし」

「よう、坂上の知人だ。待たせたな」

「き、貴様! 坂上をどこにやった!? クマはどこだ!!!」

「おお、その声は。さてはお前、昨日俺様が大腿を撃ち抜いてやったオールバックじゃないか?」

「そんなことはどうでもいい! クマはどこにあるんだ!?」

「落ち着けよ。そんなに興奮すると身体に良くないぞ」


 天野はヘラヘラと笑いながら、目黒川沿いの道を歩いた。

 タバコに火をつける。

 川沿いの桜並木を眺めながら、のんびりと告げた。


「東京駅のロッカー178番。そこにお前らの欲しがっているものはある」


 男が誰かに指示を出している。

 メモでも取らせているのだろう。


「もう一度言う。東京駅のロッカー178番。暗証番号は『4・2・7・4』だ。『死になよ』ってゴロで覚えると覚えやすいぞ」


 天野は軽く笑った。

 携帯電話の向こうで男の殺気を感じた。


「そこにお前らの拳銃も、欲しがっているクマも、全て入っている。だが、これだけは榊原センセに伝えておくといい。『ジョーカー』は俺様が持っている。もしこれ以上、坂上に干渉するようならば、もみ消すのが不可能なくらいリークしてやる、とな」

「なんだと……!」


 男は呻くように天野に警告した。


「お前……。あのデータを見たのか? 見たのなら殺すぞ」

「データ? 何のことだ? 何か重要なデータでもあったのか? 俺様はクマのぬいぐるみを預かっただけだ。言葉使いに気をつけろと幼稚園で習わなかったのか?」


 男の呻く声が大きくなる。

 目の前で見れないのが残念だと、天野はため息を吐いた。


「もう一度警告する。ジョーカーは俺様が持っている。もう坂上に干渉するな。これが条件だ」

「……わかった。坂上には干渉しない。それで手打ちにしてくれ」

「それで良い。このスマホは捨てる。以上だ」


 天野は電話を切り、目黒川に携帯電話を投げ捨てた。

 天野はしばらく感傷に浸りながら、川沿いの景色を眺めていた。




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