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天才クソ野郎の事件簿  作者: つばこ
彼が上手にベビーシッターする方法
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天野くんと坂上の部屋




 その日の授業を終えると、天野は千恵を連れて坂上の店へと向かった。

 とてつもなく嫌な予感がしていた。

 そして、その予感は当たった。



「坂上、入るぞ」



 店の入り口を開けると、中は物凄い有様だった。

 椅子は倒され机は傷だらけ。

 全ての引き出しが開けられている。

 ボトルやグラスも全て叩き割られている。

 千恵も驚いて店内を見つめている。


「千恵ちゃん大丈夫だ。お兄ちゃんが抱っこしてあげよう」

「うん……」


 千恵を抱き、ガラスでいっぱいの店内を歩いて回った。

 天野の靴には底とつま先に鉄板が入っている。

 この程度のガラスであれば問題ない。

 店内に人影がないことを確かめると、天野は覚悟を決め、奥の入り口を開け放った。


「……ふぅ」


 坂上の死体が転がっていることまで覚悟していたが、厨房である店の奥には誰もいなかった。

 こちらも店内と状況は変わらない。

 全ての扉は開けられ、グラスもボトルも叩き割られている。


「……ママはぁ……?」


 千恵が涙を浮かべている。


「大丈夫。ちょっと我慢してくれよ」


 天野は千恵をなだめながら、店を荒らした人間が何を探っていたのか調べた。

 落ちていたボトルを手に取る。


(単純に破壊したんじゃない。フタの裏まで細かく調べてやがる……)


 物盗りの犯行に見えるが、こんなところに金が隠されているはずがない。

 やはり目当てはマイクロカードだろう、と判断した。


「千恵ちゃん、いいかい」


 店を出ると、天野は千恵と向き直った。


「千恵ちゃんのお家に帰ろう。自分のお家はわかるかな?」


 千恵はこくんと頷いた。


「にしおぎくぼえき」

「よし、じゃあ俺を案内してくれるかい?」

「うん。ママにあえる?」

「ママがお家に帰っていればね」


 千恵を抱きながら駅に向かう途中で、天野は涼太に電話をかけた。


「もしもし、涼太だけど」

「勇二だ。やはりまずいことになっている。西荻窪駅に向かってくれ」

「オッケー。いつもの道具も揃えておくよ」

「すまない。頼むぞ」


 電車を乗り継ぎ、西荻窪の駅を目指す。

 涼太は駅前に車を停めて待っていた。


「やっほー千恵ちゃん! アメちゃん買ってきたよ!」

「いらない」


 ぷいっと横を向いてしまう。

 相変わらず涼太には懐こうとしない。


「千恵ちゃん、涼太くんはお兄ちゃんの友達なんだ。仲良くしてくれるかい?」

「うん、わかった」

「よし、いい子だ。飴玉あげよう」

「わぁい」

「じゃあ、お家まで案内してくれるかな?」

「うん。あっち」


 千恵の誘導で路地を進んで行く。

 やがて千恵は1軒のアパートを指さした。


「あそこ」

「部屋はどれかな?」

「したのいちばんおく」


 天野はアパートから遠ざかり、千恵を一旦涼太に預けた。


「千恵ちゃん、ちょっと涼太くんと一緒にいてくれるかな?」

「えぇー」


 千恵はぶすっとしている。

 涼太は必死に笑顔を作った。

 涼太は前島に「笑顔が腹黒いせいですよ」と散々なじられて、少々傷ついていた。


「大丈夫だよ。勇二お兄ちゃん、すぐ帰ってくるからね」


 天野は荷物から防刃ジャケットを取り出し着込む。

 スタンガンもポケットに入れる。

 強化手袋も装着した。


「勇二、気をつけてね」

「ああ、お前も気をつけろ。張られている可能性が高い。千恵を連れて離れたほうが無難だ」

「わかった。駅前に戻るよ」


 天野は再びアパートを目指した。

 見張りの気配は感じない。

 しかし、相手がプロであれば、気配を消すことは容易いだろう。

 それに駐車場には1台、フルスモークの車が停まっている。

 天野は覚悟を決めると、坂上の部屋を目指した。


(さて、何が出てくるかな……)


 部屋のチャイムを押す。

 反応はない。

 ドアノブに手を伸ばすと、鍵はかかっていない。

 ドアはすんなり開き、天野を静かに招き入れた。


「ここもか……」


 部屋を見て、天野はため息を吐いた。

 予想通りの光景が広がっている。

 全ての引き出しや扉は乱暴に開かれており、中に入っていた物はかき出されている。

 グラスや皿は叩き落とされ、破片が床一面に広がっている。

 何者か部屋を漁ったのだ。


 天野は土足のまま部屋に踏み込んだ。

 リビングの床に千恵のものと思われるぬいぐるみが切り裂かれ、投げ捨てられていた。


「とんでもないな……」


 天野は引き出しを漁り、手がかりが残っていないか確かめる。

 銀行の通帳が出てきた。

 振込人の名前を確かめる。


「……ビンゴだ」


 それをポケットに押し込んだ時、玄関に人の気配を感じた。

 静かに部屋の奥に潜む。


「どうも、こんばんは」


 玄関から男の声が響いた。


「お兄さん? いるのはわかってますよ。出てきたらどうです?」


 タチの悪そうな男の声だ。

 やはり部屋を張っていたのだ。

 このままではすぐに見つかる。

 天野はゆっくり部屋の奥から現れた。


「……俺は坂上の友人だ。お前たちは誰だ?」


 玄関に黒服の男が2人。

 夜だというのにサングラスをかけている。

 パンチパーマの小柄な男と、オールバックの長身の男。

 どちらも極道に似た気配を放っている。

 カタギの人間には見えない。


「私らも坂上さんの知り合いなんですよ。何か坂上さんから預かっていませんか?」


 天野は指先をパチリと鳴らした。

 指先を気障キザったらしく振り回す。

 人の不快感をあおるお馴染みのジェスチャーだ。


「『何か』じゃわからないな。ちゃんと口がついて日本語が喋れるんだから、きちんと説明すればいい。それとも何か? お前の通っていた幼稚園じゃエイリアンが話す宇宙語でも教えていたのか? ああ、それともただのバカか?」

「な、なんだと!? テメェ舐めてんのか!?」


 殺気づいたパンチパーマを、オールバックの男がいさめた。


「やめろ。安い挑発に乗るな」


 パンチパーマは天野を睨みつけながらも、「……はい。すんません」と声を返した。

 オールバックの方が格上なのだろう。


「我々は坂上さんの『とある持ち物』を探しております。何かお預かりになっていませんか?」


 天野は肩をすくめて答えた。


「俺は坂上の友人なんだ。お前らが何者で、何を探しているのか。はっきり言わなければ答える気になれんな」


 オールバックの男は小さく頷き、ゆっくり部屋に入る。


「では仕方ありません。その気になっていただきましょう」


 男たちの全身に殺気がこもる。

 天野は素早く動いた。


「ほらよ!」


 足元に落ちていたグラスの破片を蹴り上げる。

 男たちを牽制けんせいし、天野は跳躍ちょうやくした。


「おらぁぁぁ!!!」


 飛び前蹴りでオールバックを扉に叩きつける。

 着地と同時にパンチパーマへの連撃。

 流れるように掌底しょうていと肘を打ち込む。

 そのまま手首を掴んで捻り上げ、ショルダーアームブリーカーでへし折った。


「ぎゃああああ!」


 パンチパーマが悲鳴をあげて倒れる。


「く、くそっ!」


 オールバックの男が色めき立つ。

 完全に先手を取られた。

 慌てて右手を胸元に差し入れる。


「やはりな」


 天野はオールバックとの間合いを一気に詰め、肘を顎先あごさきに突き刺しながら、男の右手を高く持ち上げた。

 手には拳銃が握られている。

 天野は右手の指を即座にへし折り、拳銃を握ったまま一本背負いで投げ捨てた。


「ぐはっ!」


 天野は手元に残った拳銃を眺めた。

 ニューナンブ22口径あたりだろう。

 安全装置を解除し、男たちに銃口を突きつける。

 オールバックの顔が恐怖に染まった。


「お、お前……! やめろ! 俺たちが誰か知ってるのか!?」

「知らねぇよ。そんなことより手を後ろで組め。そして伏せろ」


 拳銃を突きつけながら脅す。

 パンチパーマは左肩を押さえながら天野を見上げ、オールバックは右手を押さえながら天野を睨みつけている。


「ほう? 俺様に同じことを2度言わせる気か? 素人が銃を撃てないと思ったら大間違いだ」


 ……パン!


 天野はオールバックの左腿を容赦なく撃った。


「がぁ!」


 男たちは慌てて伏せた。

 天野は男たちの頭に拳銃を押しつけながら、さらに脅しの言葉を届ける。


「そう、それでいい。俺様は素人だからな。いつ暴発するか、わからないぜ」


 男たちはその言葉を聞き、抵抗するのを諦めた。


「動くなよ。下手に動けば殺してしまうからな」


 天野は男たちの懐を探った。

 スーツの中には拳銃がもう1挺。

 サバイバルナイフが2本。


「……おっと。これだ」


 名刺入れを発見した。

 中身を取り出し、天野はニヤリと笑みを浮かべた。


「なるほど……。お前たちは榊原一郎さかきばらいちろう先生の秘書か。最近の代議士の秘書は拳銃を持ち歩いているのか。知らなかったな。拳銃を持ち歩いているのは警察だけだと思っていたぜ」


 鼻で笑い、名刺をポケットに押し込む。


「……お、お前は誰だ……? どこの組織のものだ?」

「俺様は坂上の友人さ。お前ら、坂上を拉致らちしたな。坂上はどこだ?」


 男たちは伏せたまま答えない。


「ああ、そう。言う気はないと。じゃあ遠慮なく」


 ……パン! 


 今度はパンチパーマの右腿を容赦なく撃ち抜いた。


「ぎゃああっ!」

「話のわからない連中だ。俺様は気が短いんだよ」


 オールバックの男が慌てて声をあげた。


「ま、待て。言う、言うから撃つのを止めてくれ」

「じゃあ、早く言うことだ。あまり俺様を怒らせるな」

「俺たちは坂上にある物を奪われた。それを探しているだけなんだ」

「ある物とはなんだ?」

「そ、そればかりは言えん」


 天野はニヤリと笑って質問の内容を変えた。


「坂上はどこにいる?」

「今は、我々が確保している」

「坂上と話がしたい。電話を繋げ」


 男たちの動きはない。

 どうするべきか迷っているようだ。


「判断が遅い」


 ……パン!


 天野はパンチパーマの左腿を撃った。


「ぎゃあああああ!」


 パンチパーマの全身が恐怖と痛みで震えている。

 オールバックの男が怯えて懇願した。


「わ、わかった。連絡する。言う通りにする。もう撃つのは止めてくれ」

「早く電話しろよ」

「ま、待ってくれ」


 震える手で携帯電話を取り出す。


「……わ、私だ。坂上を出してくれ。……り、理由だと? 何だっていいだろ! 早くしろ!」


 しばらくの間、無音が続いた。


「……坂上か。お前と話をしたいという男がいる。代わるぞ」


 オールバックの手から携帯電話をもぎ取り、天野は偉そうに名乗った。


「勇二だ」

「えっ!? ゆ、勇二くんなの!?」


 携帯電話の向こうから坂上の声が響く。


「グダグダ話す必要はない。イエスかノーで答えろ。お前、パトロンを逃がさないために危険な橋を渡ったな」


 坂上の声が詰まった。


「……さすがね……。勇二くん……イエスよ」

「お前は俺に、それを押しつけたな?」

「そう、その通りよ……。ごめんなさい……」

「それはどこにある?」


 坂上は振り絞るように声を出した。


「……千恵が持ってるクマのぬいぐるみ……。その中にあるわ……」

「クマのぬいぐるみか。それが重要なのか」

「そうよ……」


 天野はそれだけ聞くと電話を切った。


「お前らの欲しがっている物は俺様が持っている。クマのぬいぐるみなら坂上から預かった」


 オールバックの男はぎろっと天野を睨みつけた。


「……本当か」

「本当だ。ぬいぐるみごとき、貴様らにくれてやる。だが、タダでは渡せない。坂上の身柄と交換だ。明日12時。有楽町の交差点で坂上を解放しろ。それが確認できたら渡そう」


 オールバック男は慌てて言った。


「先にクマを寄越せ。その後に坂上を解放する」


 天野は拳銃を突きつけたまま、ニタニタと極悪の笑みを浮かべた。


「もうお前らの正体は暴かれている。携帯電話で連絡もつく。この銃はお前らの銃だ。ここで撃ち殺してやっても、俺様の足はつかない。そして、切り札となる『ジョーカー』は俺様の手の内にある。ノーと言える権利がお前にあるとでも思っているのか?」

「くそっ……」


 オールバックの男は悔しそうに呻いた。


「わかった。その条件を飲もう」

「明日12時だ。有楽町の数奇屋橋すきやばし交差点の東急プラザ前。そこに坂上を解放しろ。わかっていると思うが、警察などを配備させるなよ。下手な動きがあれば、取引は全て白紙にする」

「わかった」

「この携帯は頂いておく。坂上の解放を確認した後、今お前がかけた番号にリダイヤルする。そこでクマの保管場所を教えよう」

「……わかった」


 天野は拳銃を突きつけたまま、ゆっくり坂上の部屋を出て行った。

 玄関を出るとダッシュで駆け抜ける。

 すぐさま涼太に電話をかけた。


「涼太よ、やばいことになった。千恵を連れて俺のアパートに来い」

「うん。すぐ行くよ」


 大通りに出るとタクシーを停め、自宅のアパートへ走らせる。


「やれやれ。まずいことになった」


 懐にある2挺の拳銃を撫でながら、天野はため息を吐いた。




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