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天才クソ野郎の事件簿  作者: つばこ
彼女を上手にミスコンで優勝させる方法
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天野くんとメディ研




 高木と別れると、天野はキャンパスを駆け抜け、ひとつの校舎の2階を目指した。


 2階のフロアには様々なサークルの部室が並んでいる。

 その中のひとつに『メディ研』の部室はあった。


 部室の壁にはミスコン出場者たちの顔写真が掲示されている。ミスコンの投票は学園祭当日に開催されるが、事前人気を調査するため、顔写真の下に「小さな丸いシール」を貼るスペースが設けられている。シールの数だけ人気が高い、ということだ。


 前島悠子の顔写真の下には、シールが隙間なく貼られている。余白がない。他にエントリーしている娘の10倍はあるだろう。


「チッ、本当にぶっちぎりの最下位だ」


 天野に依頼を持ちかけた高木美穂の下には、申し訳程度に1枚のシールが貼られているだけ。天野は格差社会の厳しさを感じた。


「邪魔するぞ」


 天野はノックもせず、メディ研の扉を開け放った。

 白衣を着た突然の来訪者に部員たちは仰天している。


「あ、天野じゃないか!」


 一番奥の席に座っていた男が立ち上がった。


「久しぶりだな。葛西かさいよ。会うのは2年ぶりかな?」


 葛西と呼ばれた男は戸惑いながらも、笑顔を浮かべて天野を出迎えた。


「そうだな。その節は本当に世話になったよ。天野がうちの部室に来るなんて珍しいこともあるもんだ」

「お前と話がしたくてな。時間をもらえないか?」

「残念だけど、今は来週のミスコンの打ち合わせ真っ最中なんだ。時間を取れそうにもないよ」


 この葛西という男はメディ研の部長だ。ミスコンを仕切る代表者。この時期は嘘ではなく本当に忙しい。


「冷たいことを言うなよ」


 天野は馴れ馴れしく近づき、葛西の肩を抱いた。


「久しぶりに顔を合わせるんじゃないか。まさに旧友の再会だ。前回は色々なトラブルがあったよなぁ」


 葛西の顔が「ギクッ」と固まった。


「あの時はお前が泣きついて来たんだよなぁ。昨日のことのように覚えてるぜ。医者の息子である俺様にアフターピ……」

「ちょ、ちょっと待て!」


 慌てて天野の言葉を静止させる。

 葛西は部員たちを見渡して告げた。


「す、少し休憩しよう。15分後に再開だ。テレビコマーシャル撮影後のスケジュールについて、もう一度ミーティングしよう」


 葛西はため息を吐きながら天野に向き直った。


「非常階段に喫煙所がある。そこで話そう」

「ああ、助かるぜ」


 天野は満足気に頷き、葛西の肩を抱いたまま喫煙所へ向かった。

 2人は喫煙所に人気がないことを確認すると、お互いにタバコを取り出した。


「本当に今は忙しいんだ。手短に頼むよ」


 タバコに火をつけながら懇願する。


「……あと、頼むから昔のことを、皆の前で話さないでくれよ……」

「あっはっは! 別にバラすつもりはないさ。俺の口は固い。ただ葛西に素直になって欲しかっただけさ」

「そうであって欲しいと願うよ。それで、話ってのはなんだ?」

「ミスコンのことを聞きたくてな」

「ミスコンだって? お、お前、ミスコンに興味があったのか……?」

「おいおい葛西よ。俺もこの大学を愛する学生だぜ? 誰が大学を代表する美女に選ばれるのか、とても気になるじゃないか」


 葛西は訝しげに天野を見つめた。

 絶対に嘘だ。このクソ野郎はミスコンに興味を抱くような男ではない。

 葛西は念の為、天野に釘を刺した。


「……なぁ天野、ミスコンを潰そうなんて、考えてないよな?」

「ほう? なぜ、そんなことをしなければならない?」

「いいか。ミスコンは学園祭のイベントってだけじゃない。沢山の企業がスポンサーとして参加し、莫大な金が動いているんだ」

「そうだな。さすが俺様の通う大学だ」

「天野がストーカーを潰したり、チンピラを警察に突き出すのとは訳が違うんだぞ。ミスコンに手を出そうなんて、考えてないよな?」

「いくら野蛮なクソ野郎でも、そんな馬鹿なことはしないさ。俺様が訊きたいのは、誰がミスに選ばれるのか、ということだ」


 葛西は「あはは」と軽く笑うと、天野の肩をぽんぽんと叩いた。


「ミスは一般生徒や来場者の投票で決まる。結果はその日じゃないとわからないさ。俺だって誰が選ばれるのか楽しみだよ」

「いや、もう決まっているだろう?」


 天野は嫌みったらしい笑みを浮かべると、葛西の顔の前で指先をパチリと鳴らした。


「さっきお前は『テレビコマーシャル撮影後のスケジュール』と言った。なぜミスが決まってもいないのに、今から撮影後のスケジュールを打ち合わせている? しかもただの学生ならば、スケジュールの打ち合わせなんて不要だ。もし必要があるとすれば、多忙な人物の場合だけ。つまり前島悠子……。このアイドル様がミスになる。そう決まっているんだろう?」

「お、お前、何を言ってるんだ。そんな訳ないじゃないか……」


 動揺してたじろぐ葛西に、畳み掛けるように言った。


「それに俺は独自の情報網を持っている。天才クソ野郎は地獄耳なんだ。前島がミスに選ばれるシナリオは耳にしているさ」

「……な、なぜだ。なぜそれを知っている。誰から聞いたんだ!?」


 その言葉を聞くと、天野はニヤリと下品な笑みを浮かべた。


「そうか。やはり前島がミスになるのか」


 ここで葛西はハッタリを仕掛けられていたことに気づいた。


「天野……。お前、ハメやがったな……」

「葛西が単純なだけさ。さすがトップアイドル。歴代ミスが束になっても勝てやしない、というワケか。ミスコンの歴史に新たな伝説が生まれるな」


 改めて周囲に人がいないのを確認すると、葛西は怯えたように言った。


「頼むよ。内緒にしてくれ。ミスコンがデキレースなんて知られたくない」

「それはお前の態度次第だな。中途半端な情報では喋ってしまうかもしれないぜ。デキレースも、お前の過去のネタもな」


 実に嫌みったらしい言葉だ。葛西の不快感を刺激している。

 ――これを隠し通すのは不可能だ。

 葛西はため息を吐きながら言った。


「……くそ、わかったよ。この話はオフレコにしてくれ。確かに前島悠子がミスに選ばれる。スポンサー様からの強い要望だ」

「なるほどね。そのために振り回されるお前も大変だな」

「本当だよ。もはやミスコンは学園祭のイベントなんかじゃない。ひとつのコマーシャルだ。規模が大きすぎて、俺たちがコントロールできる権限なんてほとんどない。もう前島の撮影日、出演する番組、雑誌のインタビュー……。全てのスケジュールは決まってるんだよ」

「それはそれは」


 天野は両手を広げ、何かが弾け飛ぶような仕草を見せた。


「誰かさんが、どかーんと台無しにしたら、困ることになるんだろうなぁ」


 葛西は慌てて天野の肩を掴んだ。

 このクソ野郎なら、やりかねない気がする。


「おい天野、頼むよ。ミスコンには手を出さないでくれ。何度も広告代理店と打ち合わせしてるんだ。俺たちの将来もかかってる。マジで頼む」

「クックック……。イヤだと言ったら?」

「あ、天野! 冗談はやめろ! 何を考えてんだよ!?」


 葛西はもう泣きそうな表情だ。それも無理はない。葛西としてもミスコンは自らの将来をかけた一大イベントだ。

 ミスコンが成功すれば大手広告代理店とのコネができるが、失敗すれば全て失ってしまう。天野なんかに邪魔をされては困るのだ。


「わかってるよ。葛西、冗談だ」

「ほ、本当だろうな……?」

「ああ、さすがにお前の将来まで潰すつもりはないさ。ついでに教えて欲しいんだが、準ミスは誰がなるんだ?」

「準ミスか……」


 葛西は困ったように顔を伏せた。


「準ミスはナシ、でいく話になっている」

「なぜだ?」

「前島の予定が決まりすぎていて、準ミスの入る隙間がない。そしてスポンサー様は、前島を準ミスなしの『最強女王』として売り出したい。そう考えてるんだ」


 天野は腕組みをしながら頷いた。


「そうか。前島というトップアイドルと並ばせるには、一般の女子大生では差がありすぎる。どうせ注目もされず、前島の足を引っ張るだけ、ということか」

「前島悠子の人気は絶大だからな。この最強アイドル様に匹敵する学生なんかいないよ」

「候補者には過去のミスもいるのに、前島は他を寄せ付けないほどの圧勝劇を見せるのか。ミスの肩書きを持っていても、所詮はアイドルの『当て馬』かつ『踏み台』として利用される定め、ってことか……」

「仕方ないさ。候補者はもちろん、うちの大学にとってもメリットはある。前島悠子の人気を最大限に利用したいと、誰もが考えているんだ」


 葛西はそこまで言うと時計を見た。もう15分経過している。懇願するように言った。


「そろそろいいか? 本当に今は忙しいんだ」

「ああ。手間を取らせて悪かったな」

「いや、いいんだ。頼むから、ミスコンをぶち壊さないでくれよ」


 念を押すと、葛西は喫煙所を出て行った。

 天野はしばし、タバコの紫煙を眺める。

 やがて肩を落としながら、


「……これは無理だ。このデキレースは覆せん。どうしたものか……」


 と呟き、途方に暮れていた。




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