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天才クソ野郎の事件簿  作者: つばこ
彼女が上手にグアムでバカンスする方法
68/91

天野くんとグアムの夜



【グアムロケ1日目】

※ファイファイ・パウダーサンドビーチ・現地時間PM7:45



 寄せては返す穏やかな波。

 見上げれば満天の星空。

 彼方に走る流れ星を見つめ、前島は切なげに呟いた。


「……好きです」


 怯えたように唇が震える。

 アイドルとしては許されない、禁断の告白。

 思わず口元を押さえる。


「好き……好きなんです……」


 迷いを吹っ切るように、前島はもう一度呟いた。


「あなたのことが、ずっと、ずっと前から……!」


 前島が振り向いた。

 迷いのない強い瞳。

 秘めていた恋心を解き放つ。


「ずっと、好きでした!」


 その時、前島の背後で花火が打ち上がった。鈍い轟音ごうおんを響かせて、グアムの海岸線を明るく照らす。

 前島は驚いたように花火を見上げると、満面の笑みで叫んだ。


「大好きです!!!」


**************


 花火をバックにして、カメラの前で叫ぶ前島の姿を、天野はのんびりと眺めていた。


「なぁ川口よ。あれは何の撮影なんだ?」

「ゲームの『告白シーン』を撮影しているんです。プレイヤーがアイドルと擬似恋愛できる、というゲームなんですよ」

「ふぅん。俺様には何も聴こえないが、アイツは告白しているのか」


 天野は納得したように頷いた。

 先ほどから動画のシーンだけ「ちゃんと見て欲しい」と、前島に懇願されているのだ。

 師弟愛でも伝えたいのだろうか、と天野は思っていた。


「はい、カット! 前島さん終了です!」


 撮影が終わった。

 皆が拍手して前島を称える。

 前島はスタッフに頭を下げると、真っ直ぐ天野のもとへ飛んできた。


「師匠! 聞いてくれましたか!? 師匠に伝えるつもりでやったんですよ!」

「花火の音が大きくてな。何も聴こえなかったよ」


 前島はがっくりと肩を落とした。


「えぇーー? じゃあ、ゲームが発売したら買ってくださいね」

「俺様はTVゲームなんてやったことないんだ。ゲーム機なんか持ってないぜ」

「えぇっ! 師匠って、どんな少年時代を過ごしたんですか!?」

「聞いたところで面白くもないぞ」

「じゃあ、ゲーム機を買いましょう!」

「やなこった。興味ないね」

「弟子の晴れ姿を見たくないんですか!?」

「それも興味ないな」

「うきぃーーー!」


 地団駄を踏む前島を連れ、天野たちは食事に出かけた。

 といっても、夜遅くまで開いている店は少ない。

 ホテル内のレストランですませた。


「うーん……。さすがグアム。量が多いですね」

「ゆうこちゃん、私のあげる」

「弟子よ、俺様のもくれてやろう」

「そんなに食べたら太っちゃいますよぉ……」



【グアムロケ1日目】

※アウトリガー・グアムリゾート・現地時間PM22:00



 夕食の時間が終わった。

 本日のスケジュールはここまで。

 前島と柏田は別々の部屋で就寝することになる。


「川口よ、夜はどうする? 入り口の前に立つか?」

「さすがにそこまでして頂かなくとも大丈夫かと。ご自由にお過ごしください」

「そうか。ならば少し飲ませてもらうよ。バーに行ってくる」


 その言葉を聞き、前島が尋ねた。


「師匠、1人でバーなんて大丈夫ですか? グアムですよ? 英語話せるんですか?」


 天野は少々傷ついたように答えた。


「弟子よ、俺様は天才だ。英語ごとき話せる」

「そ、そっか!」


 前島は天野の隣に素早く並んだ。


「マネージャー! 私も師匠と飲んできます!」


 川口は少し迷ったが、天野に頭を下げた。


「天野様、よろしくお願いします」

「ああ、早めに寝かせるよ」


 天野と前島はホテル内にあるバーへ向かった。

 天野はジンを注文。

 前島にはトロピカルなカクテルを用意してもらった。

 2人はしばし、黙って酒を飲んでいたが、前島がふと尋ねた。


「……ねぇ、師匠」

「なんだ」

「師匠はどうして、恋をしたことがないんですか?」


 天野は鼻で笑った。


「お前と俺様は環境が違う。お前は誰かに恋を届ける仕事だが、俺にはその必要がなかった。ただそれだけの話さ」


 前島はトロピカルなカクテルを口にしながら、天野をじっと見つめた。


「じゃあ恋しましょうよ。私と」

「やなこった」

「むむっ……。何でダメなんですか?」


 前島は頬をぷくぅと膨らませ、スネたように言った。


「師匠はSPなんです。2人っきりでデートしても大丈夫です。ヒマだったらおデートしてくれるって言ったじゃないですか」

「ああ、言ったな」

「じゃあついでに恋もしましょうよ」


 天野はため息を吐いた。


「お前は俺様の弟子だ。それ以上でもそれ以下でもない。それに恋なんてどんなものか想像もつかん」

「はぁ……。師匠はいったいどんな青春を過ごしたんですか? やさぐれ過ぎですよ。これまで、師匠のお眼鏡にかなう可愛い女子はいなかったんですか?」


 天野はジンを舐めながら笑った。


「悪いが俺はモテたぞ。魅力的な娘もいたな。だが……」


 タバコに火をつける。

 ゆっくりと煙を吐き出す。

 灰をひとつ落とし、天野は言葉を続けた。


「やはり兄のことが関係しているのだろう。あれ以来、人に心をさらけ出すのがイヤになった」


 前島はじっと天野の瞳を見上げた。


「教えてくださいよ。師匠の青春時代のこと」

「聞いたところで、何も面白いことはないぜ」

「いえ、構いません。すごく興味あります。それに、私には聞く権利があるはずです」

「……そうか」


 天野はタバコの煙を吐き出しながら語り始めた。


「……中学3年の時だ。兄の様子が突然おかしくなった。暴れだし、わめきだし、完全に狂ってしまった。そのまま入院させられ、今も病院で暮らしている。お前も行ったあの病院だ。俺はあの時の兄の顔を、未だに忘れることができない」


 天野は半眼で虚空を見つめた。


「人は心を失くす……。絶対だと信じていたものさえ、形を失い消えてしまった。俺はそれをただ見ていることしかできなかった。あれ以来、瞳に映るものや、刹那せつな的な繋がりに興味を持てないのさ。どうせ目に見えるものなんて、全て消えてなくなるのだと気づいてしまったからな。それからは屈折した感情を暴力に変える日々を過ごしたよ」

「ぼ、暴力って……。師匠って、やっぱり不良だったんですか?」

「ああ、とんでもない不良だった。だが暴走族のように群れるのを嫌った俺は、参考書片手にうるさい馬鹿共を叩きのめして回っていた。いくつものチームを潰し、何人かのチンピラを泣かし、小悪党を警察に送り届け、時には半グレだって相手にしたよ」

「ひえぇ……。それじゃ友達と遊ぶとか、デートするとか、一般的な青春とは無縁だったんですか?」

「そりゃそうさ。俺様のような狂犬と時間を過ごしたいヤツなんていないさ」


 そう言うと、天野は小さく唇を歪めた。


「……いや、そうでもないか。1人だけ、そんな俺様にしつこく近づいてきたヤツがいた。アイツだけが俺から離れようとしなかった」


 前島は「ぽん」と手を叩いた。


「もしかして……。涼太さんですか?」

「そうだ」


 ジンを舐め、呆れたような笑みを浮かべる。


「意外と頑固な男でな。誰もが、「アイツはもうダメだ。付き合うのをやめろ」と言っても、涼太だけはなぜか離れようとしなかった……。不思議なヤツだ。俺と付き合ったところで得なんてないのに」


 前島は嬉しそうに微笑んだ。


「なんだか私、涼太さんの気持ちがわかります」

「なぜだ?」

「きっと私と同じ気持ちだったんです」


 純真無垢な笑顔を浮かべる。


「師匠はとっても変わってます。本当は優しくて、人を見かけで判断しないで、弱者を守ろうとするヒーロー。そのくせ性格は野蛮で最低のクソ野郎……。私は師匠のそんなワケのわからなさが好きなんです。きっと涼太さんも、そうだったんですよ」

「おかしなヤツらだ。俺はただのクソ野郎だっていうのに」


 タバコを灰皿に押し付ける。

 ジンを飲み干す。

 空のグラスを見つめ、天野は苦笑しながら言った。


「そういえば、お前と初めて会った時、俺は自分が恋に落ちたと錯覚したぜ」

「えっ!?」


 驚いて天野を見上げる。


「そ、それって……! ど、どういうことですか!」

「お前は初めて俺が出会った、自分と似た資質を持つ人間だ。それを見て脳が恋と錯覚したのさ。あれは初めての感覚だったな」


 思わず前島は天野の腕を掴んだ。


「そ、そそそそれ! 錯覚じゃないかもしれませんよ! ううん、きっと恋ですよ!」

「いや、錯覚だ。現にお前は、俺様の弟子になった」


 そう呟く天野を見て、前島は残っているカクテルを一気に飲み干した。

 ごくりごくり、と喉が鳴る。

 勢い良くグラスをカウンターに置く。

 そして天野に向き直った。


「師匠……。私は師匠のことが好きです」


 天野は「うんうん」と頷いた。


「うむ。素晴らしい師弟愛だ」


 前島はぶんぶん首を横に振った。


「ち、違います!」

「何が違うんだ? 嫌いだと言うのか?」

「それも違います!」

「はぁ? じゃあ何が言いたいんだ?」


 天野はのんびり尋ねている。

 前島は意を決して口を開いた。


「私は師匠として師匠が好きですけど、それだけじゃないんです。1人の男性としても好きなんです」


 頬が一気に熱くなる。

 熱が脳髄のうずいまで走っていくような感覚が襲う。

 世界がゆわんと傾き始めた。


「あの時、グループを卒業しようか悩んでいた時……。師匠だけが、私を真っ直ぐに見てくれました。そのままの私自身を見てくれたんです。優しいからだとか、弟子だからだとか、そうじゃなくて、師匠は師匠だからそうやって見てくれました。だから師匠の言葉を受け止めて、きっとやっていけるって、自分を信じることができたんです。だから卒業するって決めたんです。ええと……何が言いたいかと、いうと……。つまり私は……うえっぷ、もっと師匠と……。一緒に……いたい、んです……」


 脳がぐらんぐらん揺れている。

 瞳に映る世界も揺れている。

 意識を真っ直ぐに保てない。

 自分が何を喋っているのかわからない。

 前島は力を失い机に突っ伏した。


「お前、海外のカクテルを甘く見ていたな。急に飲み干すからだ」


 呆れたように天野がため息を吐く。


「ふぁい……。なんか、めっちゃくらくらしまふぅ……。ひっく」

「ったく、仕方ねぇなぁ」


 天野は勘定を払い、バーを後にすることにした。

 前島を小脇に抱え、そのまま部屋へ向かう。


「前島よ、鍵を出せ」

「ふぁい」


 よろよろと鍵を手渡す。

 天野は部屋に入り、前島をベッドに放り投げた。


「ひゃん! し、師匠、もっとぉ……優しくしてくだ……さ…………ムニャムニャ……」


 前島はベッドに潜り込むと、「すぅーすぅー」と寝息をたてて眠り出した。


「まったく……。手のかかる弟子だ」


 天野は優しげにその寝顔を見つめていた。




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