天野くんとグアムの夜
【グアムロケ1日目】
※ファイファイ・パウダーサンドビーチ・現地時間PM7:45
寄せては返す穏やかな波。
見上げれば満天の星空。
彼方に走る流れ星を見つめ、前島は切なげに呟いた。
「……好きです」
怯えたように唇が震える。
アイドルとしては許されない、禁断の告白。
思わず口元を押さえる。
「好き……好きなんです……」
迷いを吹っ切るように、前島はもう一度呟いた。
「あなたのことが、ずっと、ずっと前から……!」
前島が振り向いた。
迷いのない強い瞳。
秘めていた恋心を解き放つ。
「ずっと、好きでした!」
その時、前島の背後で花火が打ち上がった。鈍い轟音を響かせて、グアムの海岸線を明るく照らす。
前島は驚いたように花火を見上げると、満面の笑みで叫んだ。
「大好きです!!!」
**************
花火をバックにして、カメラの前で叫ぶ前島の姿を、天野はのんびりと眺めていた。
「なぁ川口よ。あれは何の撮影なんだ?」
「ゲームの『告白シーン』を撮影しているんです。プレイヤーがアイドルと擬似恋愛できる、というゲームなんですよ」
「ふぅん。俺様には何も聴こえないが、アイツは告白しているのか」
天野は納得したように頷いた。
先ほどから動画のシーンだけ「ちゃんと見て欲しい」と、前島に懇願されているのだ。
師弟愛でも伝えたいのだろうか、と天野は思っていた。
「はい、カット! 前島さん終了です!」
撮影が終わった。
皆が拍手して前島を称える。
前島はスタッフに頭を下げると、真っ直ぐ天野のもとへ飛んできた。
「師匠! 聞いてくれましたか!? 師匠に伝えるつもりでやったんですよ!」
「花火の音が大きくてな。何も聴こえなかったよ」
前島はがっくりと肩を落とした。
「えぇーー? じゃあ、ゲームが発売したら買ってくださいね」
「俺様はTVゲームなんてやったことないんだ。ゲーム機なんか持ってないぜ」
「えぇっ! 師匠って、どんな少年時代を過ごしたんですか!?」
「聞いたところで面白くもないぞ」
「じゃあ、ゲーム機を買いましょう!」
「やなこった。興味ないね」
「弟子の晴れ姿を見たくないんですか!?」
「それも興味ないな」
「うきぃーーー!」
地団駄を踏む前島を連れ、天野たちは食事に出かけた。
といっても、夜遅くまで開いている店は少ない。
ホテル内のレストランですませた。
「うーん……。さすがグアム。量が多いですね」
「ゆうこちゃん、私のあげる」
「弟子よ、俺様のもくれてやろう」
「そんなに食べたら太っちゃいますよぉ……」
【グアムロケ1日目】
※アウトリガー・グアムリゾート・現地時間PM22:00
夕食の時間が終わった。
本日のスケジュールはここまで。
前島と柏田は別々の部屋で就寝することになる。
「川口よ、夜はどうする? 入り口の前に立つか?」
「さすがにそこまでして頂かなくとも大丈夫かと。ご自由にお過ごしください」
「そうか。ならば少し飲ませてもらうよ。バーに行ってくる」
その言葉を聞き、前島が尋ねた。
「師匠、1人でバーなんて大丈夫ですか? グアムですよ? 英語話せるんですか?」
天野は少々傷ついたように答えた。
「弟子よ、俺様は天才だ。英語ごとき話せる」
「そ、そっか!」
前島は天野の隣に素早く並んだ。
「マネージャー! 私も師匠と飲んできます!」
川口は少し迷ったが、天野に頭を下げた。
「天野様、よろしくお願いします」
「ああ、早めに寝かせるよ」
天野と前島はホテル内にあるバーへ向かった。
天野はジンを注文。
前島にはトロピカルなカクテルを用意してもらった。
2人はしばし、黙って酒を飲んでいたが、前島がふと尋ねた。
「……ねぇ、師匠」
「なんだ」
「師匠はどうして、恋をしたことがないんですか?」
天野は鼻で笑った。
「お前と俺様は環境が違う。お前は誰かに恋を届ける仕事だが、俺にはその必要がなかった。ただそれだけの話さ」
前島はトロピカルなカクテルを口にしながら、天野をじっと見つめた。
「じゃあ恋しましょうよ。私と」
「やなこった」
「むむっ……。何でダメなんですか?」
前島は頬をぷくぅと膨らませ、スネたように言った。
「師匠はSPなんです。2人っきりでデートしても大丈夫です。ヒマだったらおデートしてくれるって言ったじゃないですか」
「ああ、言ったな」
「じゃあついでに恋もしましょうよ」
天野はため息を吐いた。
「お前は俺様の弟子だ。それ以上でもそれ以下でもない。それに恋なんてどんなものか想像もつかん」
「はぁ……。師匠はいったいどんな青春を過ごしたんですか? やさぐれ過ぎですよ。これまで、師匠のお眼鏡にかなう可愛い女子はいなかったんですか?」
天野はジンを舐めながら笑った。
「悪いが俺はモテたぞ。魅力的な娘もいたな。だが……」
タバコに火をつける。
ゆっくりと煙を吐き出す。
灰をひとつ落とし、天野は言葉を続けた。
「やはり兄のことが関係しているのだろう。あれ以来、人に心をさらけ出すのがイヤになった」
前島はじっと天野の瞳を見上げた。
「教えてくださいよ。師匠の青春時代のこと」
「聞いたところで、何も面白いことはないぜ」
「いえ、構いません。すごく興味あります。それに、私には聞く権利があるはずです」
「……そうか」
天野はタバコの煙を吐き出しながら語り始めた。
「……中学3年の時だ。兄の様子が突然おかしくなった。暴れだし、喚きだし、完全に狂ってしまった。そのまま入院させられ、今も病院で暮らしている。お前も行ったあの病院だ。俺はあの時の兄の顔を、未だに忘れることができない」
天野は半眼で虚空を見つめた。
「人は心を失くす……。絶対だと信じていたものさえ、形を失い消えてしまった。俺はそれをただ見ていることしかできなかった。あれ以来、瞳に映るものや、刹那的な繋がりに興味を持てないのさ。どうせ目に見えるものなんて、全て消えてなくなるのだと気づいてしまったからな。それからは屈折した感情を暴力に変える日々を過ごしたよ」
「ぼ、暴力って……。師匠って、やっぱり不良だったんですか?」
「ああ、とんでもない不良だった。だが暴走族のように群れるのを嫌った俺は、参考書片手にうるさい馬鹿共を叩きのめして回っていた。いくつものチームを潰し、何人かのチンピラを泣かし、小悪党を警察に送り届け、時には半グレだって相手にしたよ」
「ひえぇ……。それじゃ友達と遊ぶとか、デートするとか、一般的な青春とは無縁だったんですか?」
「そりゃそうさ。俺様のような狂犬と時間を過ごしたいヤツなんていないさ」
そう言うと、天野は小さく唇を歪めた。
「……いや、そうでもないか。1人だけ、そんな俺様にしつこく近づいてきたヤツがいた。アイツだけが俺から離れようとしなかった」
前島は「ぽん」と手を叩いた。
「もしかして……。涼太さんですか?」
「そうだ」
ジンを舐め、呆れたような笑みを浮かべる。
「意外と頑固な男でな。誰もが、「アイツはもうダメだ。付き合うのをやめろ」と言っても、涼太だけはなぜか離れようとしなかった……。不思議なヤツだ。俺と付き合ったところで得なんてないのに」
前島は嬉しそうに微笑んだ。
「なんだか私、涼太さんの気持ちがわかります」
「なぜだ?」
「きっと私と同じ気持ちだったんです」
純真無垢な笑顔を浮かべる。
「師匠はとっても変わってます。本当は優しくて、人を見かけで判断しないで、弱者を守ろうとするヒーロー。そのくせ性格は野蛮で最低のクソ野郎……。私は師匠のそんなワケのわからなさが好きなんです。きっと涼太さんも、そうだったんですよ」
「おかしなヤツらだ。俺はただのクソ野郎だっていうのに」
タバコを灰皿に押し付ける。
ジンを飲み干す。
空のグラスを見つめ、天野は苦笑しながら言った。
「そういえば、お前と初めて会った時、俺は自分が恋に落ちたと錯覚したぜ」
「えっ!?」
驚いて天野を見上げる。
「そ、それって……! ど、どういうことですか!」
「お前は初めて俺が出会った、自分と似た資質を持つ人間だ。それを見て脳が恋と錯覚したのさ。あれは初めての感覚だったな」
思わず前島は天野の腕を掴んだ。
「そ、そそそそれ! 錯覚じゃないかもしれませんよ! ううん、きっと恋ですよ!」
「いや、錯覚だ。現にお前は、俺様の弟子になった」
そう呟く天野を見て、前島は残っているカクテルを一気に飲み干した。
ごくりごくり、と喉が鳴る。
勢い良くグラスをカウンターに置く。
そして天野に向き直った。
「師匠……。私は師匠のことが好きです」
天野は「うんうん」と頷いた。
「うむ。素晴らしい師弟愛だ」
前島はぶんぶん首を横に振った。
「ち、違います!」
「何が違うんだ? 嫌いだと言うのか?」
「それも違います!」
「はぁ? じゃあ何が言いたいんだ?」
天野はのんびり尋ねている。
前島は意を決して口を開いた。
「私は師匠として師匠が好きですけど、それだけじゃないんです。1人の男性としても好きなんです」
頬が一気に熱くなる。
熱が脳髄まで走っていくような感覚が襲う。
世界がゆわんと傾き始めた。
「あの時、グループを卒業しようか悩んでいた時……。師匠だけが、私を真っ直ぐに見てくれました。そのままの私自身を見てくれたんです。優しいからだとか、弟子だからだとか、そうじゃなくて、師匠は師匠だからそうやって見てくれました。だから師匠の言葉を受け止めて、きっとやっていけるって、自分を信じることができたんです。だから卒業するって決めたんです。ええと……何が言いたいかと、いうと……。つまり私は……うえっぷ、もっと師匠と……。一緒に……いたい、んです……」
脳がぐらんぐらん揺れている。
瞳に映る世界も揺れている。
意識を真っ直ぐに保てない。
自分が何を喋っているのかわからない。
前島は力を失い机に突っ伏した。
「お前、海外のカクテルを甘く見ていたな。急に飲み干すからだ」
呆れたように天野がため息を吐く。
「ふぁい……。なんか、めっちゃくらくらしまふぅ……。ひっく」
「ったく、仕方ねぇなぁ」
天野は勘定を払い、バーを後にすることにした。
前島を小脇に抱え、そのまま部屋へ向かう。
「前島よ、鍵を出せ」
「ふぁい」
よろよろと鍵を手渡す。
天野は部屋に入り、前島をベッドに放り投げた。
「ひゃん! し、師匠、もっとぉ……優しくしてくだ……さ…………ムニャムニャ……」
前島はベッドに潜り込むと、「すぅーすぅー」と寝息をたてて眠り出した。
「まったく……。手のかかる弟子だ」
天野は優しげにその寝顔を見つめていた。




