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天才クソ野郎の事件簿  作者: つばこ
彼女が上手にグアムでバカンスする方法
67/91

天野くんとグアムロケ



【グアムロケ1日目】

※羽田空港・日本時間AM5:30


 翌週の火曜日。

 羽田空港の出発ロビーに天野は立っていた。


「師匠! お待たせしました!」


 前島がやって来た。

 川口と柏田も一緒だ。

 皆、帽子を深く被りサングラスをかけている。


「天野様、どうかよろしくお願いします」

「ああ、スケジュールはどうなっている?」

「こちらをご確認ください」


 川口は事前にスケジュールをプリントアウトしていた。

 天野にそれを手渡す。


「……おい、本当にこれだけの量をこなすのか?」


 グラビア撮影が3社分。

 ゲームに用いる映像の撮影。

 インタビューの撮影。

 写真集の撮影。

 宣材写真の撮影。

 来年のカレンダーの撮影まで入っている。


「随分と多いな……。今回のグアムロケは1泊2日なんだろう?」


 川口は当たり前のように答えた。


「ええ、2日目のロケが終われば、帰りの飛行機の時間が21時ですので、それまでがオフとなりますね」

「全く過酷な商売だな。同情するよ」

「本当ですね。よく頑張ってくれています」


 前島と柏田はスマホを取り出し、何かのメッセージを送っている。恐らく「これから海外ロケです!」とでも呟いているのだろう。

 現代のアイドルはSNSやブログを活用しないと生き残れないようだ。


「これに青春をつぎ込んでいるのだから、あの2人には頭が下がる」

「仰るとおりです。現地ではよろしくお願いします」

「まぁ、俺なりにやらせてもらうよ」


 天野たちは飛行機のファーストクラスに乗り込んだ。

 離陸すると、前島も柏田もモバイルPCを開き、何やら文章を書き始めた。


「なんだ、2人とも仕事か」

「はい! この原稿を仕上げれば、オフの時間が増えますから!」

「まったく精が出るな」




【グアムロケ1日目】

※グアム国際空港・現地時間AM8:40


 飛行機は3時間半ほどでグアムに到着した。


 グアム国際空港に立った天野たちを、じめっとした空気が出迎える。

 グアムとは基本的に常夏の国。

 しかし、6月から10月までは雨季に入るため、湿度自体は日本とそれほど変わらない。


「お前ら、荷物が多いな」


 天野は軽装だが、前島たちは巨大なボストンバッグを引きずっている。


「衣装が入ってるんですよ。結構量が多いんです」

「よかろう。俺様が運ぼう」

「師匠に運んでいただくのは弟子としてふがいないです!」

「本日の俺様はSPだ。いいからよこせ」


 天野は2人の荷物を軽々と運び、タクシーを捕まえてホテルへ向かった。

 ホテルにチェックイン後、すぐさま先に現地入りしていたカメラマンと合流。

 プライベートビーチで撮影に入る。

 水着姿や私服など、様々な衣装での撮影を始めた。




【グアムロケ1日目】

※ファイファイ・パウダーサンドビーチ・現地時間AM10:45




挿絵(By みてみん)



「師匠どうですか! 弟子のビキニ姿ですよ!」


 前島がピンクのバンドゥビキニを着て、天野の前でくるくると回っている。


「ああ、良く似合ってる」

「可愛いですか!?」

「ああ、可愛いと思うぞ」

「やったぁ!」


 前島はすっかり上機嫌だ。

 意気揚々と撮影に取り組んでいる。


「天野さん、私の水着も似合ってますか?」


 柏田も白のビキニ姿となり、はにかみながら天野に尋ねた。


「ああ、良く似合ってる」

「ゆうこちゃんより可愛いですか?」

「ああ、可愛いと思うぞ」

「えへへ。やった!」


 柏田も上機嫌だ。

 撮影自体は順調に進んだ。


 天野はSPとして周囲を警戒していたが、危険な兆候ちょうこうは感じられなかった。

 カメラマンも手慣れており、スケジュールは流れるように進んでいく。


「天野様がいると、2人の機嫌が良くて助かります」

「なんだ、あの2人はいつも機嫌が悪いのか」


 川口はため息を吐きながら言った。


「何せセンターと、ナンバー2ですから。機嫌をとるバランスが難しいんです」

「なるほどね。わかる気がするよ」

「実を言うと、前島が卒業を発表するまで、2人が一緒になるスケジュールを組むことを避けておりました」


 川口は嬉しそうに天野を見つめた。


「しかも今回は天野様がいるせいか、2人とも特に上機嫌です。こんなことなら、いつでもSPをお願いしたいくらいです」


 天野はニタリと悪い笑みを浮かべた。


「俺様の本業は医学生さ。次に2人を相手するのは、妊娠でもした時かもな」

「ふふっ……。それは困りますね。まだ2人には頑張ってもらわないと」




【グアムロケ1日目】

※ファイファイ・パウダーサンドビーチ・現地時間PM3:00



 グラビアと写真集の撮影が終わった。

 次はゲームの動画撮影だ。

 撮影が開始されると、前島は天野をカメラの側まで呼び寄せた。


「師匠! この辺でしっかり見ててください!」

「なぜだ? 邪魔にならないか?」

「大丈夫です! いいですか? ちゃんと見ててくださいよ!」


 前島が海辺ではしゃいでいる。

 カメラマンの手を握り、波打ち際を楽しそうに走っている。

 何かのセリフを喋っているようだが、天野の位置からは何と言っているか聴こえなかった。


「どうですか師匠! 聴こえましたか?」

「いや、さっぱり」

「もう! カメラチェックします!」


 前島の撮影中、柏田は休憩だ。

 柏田は飲み物を持ち、天野に話しかけた。


「天野さん、良かったらどうぞ」

「すまない。君は気が利くな」


 2人はしばし、黙って前島の撮影を眺めた。

 やがて柏田が静かに口を開いた。


「……ゆうこちゃんが卒業を発表した前日、実は2人で話したんですよ。ゆうこちゃん、これからは私にセンターをお願いしたいって……」


 切なげに天野を見上げる。


「一緒にやっていこう、まだゆうこちゃんが必要だよって、何度も説得したんですけど、ゆうこちゃんは『信頼できる人にアドバイスをもらった。1人でやっていける自信がついた』って、言ったんです。たぶんそれって天野さんのことですよね」


 天野には心当たりがあった。


「たぶん、そうだろうな」

「私、信頼できる人って誰なの? って訊いたんです。少なくともゆうこちゃんの卒業に賛成する人は、周りにいませんでしたから。そうしたらゆうこちゃん、『自分をアイドルではなく、ただの人間として扱ってくれた人』って答えたんです」


 柏田は可憐に微笑んだ。


「それを聞いて、すごく羨ましかったんです……。この仕事をしていると、友達は少なくなりますし、誰もがアイドルという私しか見てくれません。そんな肩書を気にしないで、1人の女性として見てくれた人……。きっとそれが天野さんだったんです」


 柏田は照れくさそうに言葉を紡いだ。


「ゆうこちゃんが羨ましい。私も天野さんの弟子にして欲しいくらいです」


 天野は軽やかに笑った。


「天才クソ野郎に弟子を直訴するとは、君も変わってるな。弟子はそんなにいらん」

「うふふっ、そうですよね……。いいなぁ、ゆうこちゃん……」


 天野はじっと柏田の横顔を眺めた。

 なぜか知らないが、本気で弟子になれないことを残念がっているようだ。

 天野は苦笑しながら口を開いた。


「……前島に伝えたのは、別に大したことじゃない。事実、俺様は卒業しろだなんて、あいつに告げちゃいないさ」

「えっ? そうなんですか? てっきり天野さんが後押ししたものかと……」

「違う。俺が告げたのは、もっと根本的なことだ」


 天野は指先をパチリと鳴らした。

 踊るように指先を振り回し、柏田の額を指さした。


「俺様はあいつに、瞳に映る輝きではなく、自分の中の輝き……つまり『本質』を見つめろ、ということを伝えた。自らの本質を見つめ、それに名をつけてやった時、どんな道を選んでもやっていける、とな」

「本質、ですか……」

「そうだ。ただそれだけのことさ」


 柏田はそっと天野を見上げた。


「……天野さんは、私の本質も見抜けますか?」


 天野は大きく首を横に振った。


「本質は自分で見つけるものだ。誰かに定めてもらうものじゃない」

「そ、そうですか……」


 柏田が小さく肩を落とす。

 天野はその肩に声をかけた。


「君は良くできたアイドルだ。見かけの清純さでいえば前島を超えている。……だが、君は少しばかり歪んでいるようだ。ナンバー2という道を歩き続けたせいだろう。君の中には、嫉妬とねたみと羨望せんぼうが渦巻いている。それを隠し、うまく自分を取り繕っているようだが、俺にはとても無理をしているように見えるよ」


 柏田は驚いて天野を見上げる。

 図星を突かれたような表情だ。


「なぜ……? なぜ、そう思うんですか?」


 天野は小さく深呼吸すると、柏田の瞳を真正面から見つめ、静かに語り始めた。


「俺には優秀な兄がいてな。物心がついた時から比べられ続けた。何もかもが優秀な兄で、何ひとつ勝てなかった。親には「兄を見習え」と、しつこく言われたものさ。まさに俺様は『永遠のナンバー2』だった」


 苦笑しながらタバコを取り出す。

 火をつけ、紫煙を吐き出しながら言葉を続ける。


「……だがある時、その『兄という存在』がいなくなる事件が起きた。自分がナンバー1の座についた時、俺は自分が歪んでいたことに気づいた」


 柏田は興味深そうに天野の話を聞いている。


「兄を心から慕いながらも、兄という存在に甘え、兄という存在に嫉妬していた自分を見つけたのさ。もう兄を超えることはできない。もう兄の助けになることもできない……。俺は歪んだぜ。かなりグレたもんだよ」


 天野は柏田の瞳を眩しげに見つめた。


「それに比べたら、君の歪みなんて可愛いものさ。君はとても良い目をしている。俺の勝手な推測だが、君の中には信じられないほど澄みきった『心の泉』があるのだろう。君はまだ男を知らない。そのせいもあるのかもしれない」


 柏田は一瞬、驚いたように目を見開いた。

 頬を染めながら、真っ直ぐ天野を見上げている。

 汚れのない良い瞳だ。天野はそう感じた。


「君はセンターの座を引き継ぎ、周囲から重圧を受け、前島の存在に嫉妬し、少し歪んで無理をしている。しかし、その奥底には全てを受け入れてしまうほどの、澄んだ『心の泉』がある。君は様々な負の感情を浄化できる器の持ち主なんだ。俺様の弟子にするには清らかすぎるね」


 天野はタバコの火を消すと、指先を気障キザったらしく振り回し、柏田の胸元へ向けた。


「君が持つ『心の泉』に、歪みも妬みも重圧も羨望も、全てを投げ捨ててしまえ。君なら全てを浄化できる。自らの力に変えることができる。その上でセンターに立った時、君は観客が前島なんか忘れてしまうほどのパフォーマンスを見せるだろう」


 力強い言葉が柏田の胸を打つ。

 まるで予言のような、不思議な魔力を持つ言葉だ。


 柏田はぎゅっと胸元を握った。

 そこに心の泉がある。

 そこに負の感情を投げ捨ててしまえる。

 もしそうすることが出来れば、自分はもっと輝ける。

 自らの鼓動こどうが、そんな予感をささやいている。


「ホントにそんな綺麗な泉が、私なんかにありますか……?」


 潤んだ瞳で天野を見上げる。


「私、酷いことも考えます。ゆうこちゃんの卒業だって、チャンスだって思っちゃって……。これでやっと一番になれる……。楽してセンターになれて良かった……。どこかでそんなことを考えちゃって……。ゆうこちゃんを超えることなんて、一度もできなかったのに……!」


 柏田の瞳に涙がたまりはじめた。

 天野は優しい声で言った。


「それでいい。そんな感情を抱いたっていいんだ。大切なのは、どんな偶然も必然も飲み込んで、輝くものに変えること……。胸を張れ。君なら大丈夫だ。自信がないなら俺様が断言してやる。今だって未来だって、君は高く越えていけるさ」


 柏田は涙をこぼしながら頷いた。

 天野は静かにその頭を撫でてやった。


「ああーーー!!! 師匠!!! まきりん!!!」


 前島が慌てて飛んできた。


「なんで2人とも良いムードなんですか!? 師匠ってば…………あれ? まきりん? どうしたの……? 泣いてるの……?」


 柏田は涙を拭い、前島に笑いかけた。


「大丈夫。何でもないの。天野さんにアドバイスもらってたんだ」


 前島がぷりぷり怒って天野に詰め寄った。


「師匠!!! また酷いことでも言ったんですね! なんでまきりんを泣かすんですか!? まきりんを虐めて泣かすなんて、例え師匠でも許しませんからね! まきりん大丈夫? クソ野郎の言うこと気にしちゃダメだよ?」


 天野は肩をすくめて言った。


「弟子よ。これは俺と柏田の問題だ。お前は関係ない」

「はぁ!? ど、どういうことですか!?」


 遠くから柏田を呼ぶ声が聴こえる。

 前島の撮影が終わったので、次は柏田の撮影だ。

 柏田は深く頭を下げた。


「天野さん、ありがとうございました。私、これから頑張れそうな気がしてきました」

「そうか。それなら何よりだ」

「行ってきます!」


 天野は手を上げて柏田を送り出した。

 その姿に前島が噛みつく。


「師匠! まきりんと何を話してたんですか!?」

「お前と同じだよ。本質の話をしてたのさ」

「あぁー! ズルい……」


 前島はしょんぼりして俯いた。


「あの話は私だけにして欲しかったのに……。でもそっかぁ……。まきりんを励ましてくれたんですね……。師匠、ありがとうございます……」


 前島はがっくりと肩を落としている。

 天野は励ますように言った。


「だが弟子よ。俺様は柏田から弟子の直訴を受けたが断ったぞ」

「……ふぇ? それはどういう意味ですか?」

「天才クソ野郎の弟子は、世界でお前だけってことだよ」


 前島は純真無垢な笑みを浮かべ飛び跳ねた。


「やったぁーー! 師匠! ありがとうございます!」


 無邪気に喜ぶ弟子を、天野は苦笑しながら眺めていた。





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