表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
天才クソ野郎の事件簿  作者: つばこ
彼が上手にホストになる方法
64/91

天野くんのお説教




 閉店になった。


 店内は凄まじい有様だ。

 椅子やテーブルが倒れ、グラスやボトルが散らばり、壁紙の一部は剥がれ落ちている。

 天野と涼太という台風が暴れ回ったからだ。



「龍さん、凄いです。過去最高の売り上げです。800越えました……。うちの月売上、軽く越えてます……」



 店長はブリーフにネクタイのみ、といった間抜けな姿ながらも、電卓を叩いて呆然としていた。

 天野と涼太以外のホストは床とトイレに倒れている。

 全員、酔い潰れているのだ。

 天野と涼太も椅子に座ってる。さすがに立ち上がる元気がない。もう何度も吐いていた。


「こ、これ、全部、頂いていいんですか……?」


 店長が震えながら天野を見つめる。

 天野はフラフラと立ち上がり、いつもの偉そうな口調で言った。


「いらんと言ったものはいらん。その代わり……」


 床に倒れている新井を指さした。


「アイツの売り掛けをチャラにしろ」

「えぇ? 響のですか? そ、それだけでいいんですか!?」


 天野は千鳥足で新井に近づくと、遠慮なく蹴り飛ばした。


「おい起きろ! 俺様が今、お前の売り掛けをチャラにしてやってんだぞ! なに寝てやがんだ! まだ焼酎飲ませんぞ!」


 新井はよろよろと起き上がった。

 顔はもう真っ白だ。


「マ、マジっすか……。自分のために、使ってくれるんすか……?」


 天野は左右にふらつきながらも、大げさに指先を振り回した。

 おぼつかない親指が弱々しく自らの右胸をさす。


「俺様に、かかれば全てうまく……うえっぷ、いくのだ! おえ!」


 天野はトイレに駆け込むと、倒れている遥を蹴り飛ばして嘔吐おうとした。

 涼太がフラフラとゾンビのように立ち上がる。

 ヘラヘラと微笑み、新井にサムズアップした。


「よかったじゃん。これで君は、ぐっぷ、自由だ……おぇっぷ!」


 涼太もトイレに飛び込んで吐いた。


「涼太ぁ! お前、ちゃんとクリィーニング、うぇっぷ、出せよ!」


 天野と涼太はお互いに肩を抱き、ふらふらとトイレから出てきた。


「うっぷ、帰るか」

「そうだね、ぐっぷ」

「ま、待ってください!」


 店長が慌ててひざまずいた。

 土下座して天野たちを引き止める。


「お願いします! どうかうちの店に残ってください! お2人がいれば歌舞伎町で天下取れます! お願いします!!!」

「だって、どうする、龍、じゃなかった、うぷ、勇二」

「店長の、飲みがたりねぇな、ひっく」

「そうだね、わりに、うっぷ、合わないね」

「飲みます! 飲みますから! お願いしますよぉ!」

「お断りだ! 帰る、うっぷ、ぞ!」


 天野と涼太はふらつきながら店を後にした。



**************



 その日の夕方。

 天野は歌舞伎町の喫茶店に、新井と林を呼び出した。


「すんません、天野さん……。お待たせしました……」


 新井と林は20分遅れてやって来た。

 天野はこの時点でイライラしていた。


「遅い。この俺様を20分も待たせやがって。お前、時間にルーズな癖をなんとかしろ」

「す、すんません……。あまりに飲みすぎて、酒がぜんぜん抜けなくて……」


 新井は青白い顔をしている。

 一方、天野はすでに平然としていた。


「飲み方が甘いんだよ」

「いや、天野さん、スゴすぎっす……。正直、まいりました……」


 天野はひとつ舌打ちすると、隣に立つ林に尋ねた。


「おい林よ、俺様はお前の売り掛けをチャラにしてやったんだぞ? 10万円の借金を消してやったんだ。礼はないのか?」


 林は慌てて頭を下げた。


「えっと、は、はい! あ、ありがとうございます……」

「はぁ……。ダメだお前ら。全然ダメだ」


 呆れたように首を横に振る。

 心底残念そうに言った。


「お前ら、その態度は何だ? 売り掛けをチャラにしてやったというのに、感謝の気持ちが全く伝ってこない。俺様は残念だ。今から店に行き、チャラの話はなかったことにしよう。給料も5000円程度は貰えるはずだ」


 新井は慌てて土下座した。


「すみません! 本当にありがとうございます! 本当に感謝してます!」


 林もその隣に並んで土下座した。


「天野さん! ありがとうございました!」


 互いに額を床にこすりつけている。

 しっかりとした土下座だ。

 喫茶店にいる客たちは、驚いて2人の姿を眺めている。

 天野は偉そうに頷いた。


「そうだ。その姿勢だ。お前ら頭が高いんだよ。100万って金額がいくらかわかってんのか? 100万だぞ? それを一晩でチャラにしてやった俺様に敬意を払え。俺様は時間に遅れるヤツと、身分をわきまえないヤツが嫌いなんだ。死ぬまで俺様に感謝しろ」

「は、はい!!! マジでありがとうございます!」


 天野は土下座する2人を見て、少し気が晴れた。


「よし。戻れ」


 2人はまだ土下座している。


「も・ど・れ!!」


 2人は慌てて席に戻った。

 天野はコーヒーを一口含むと、新井を睨みつけながら言った。


「新井よ、俺様はホストなんて、一度もやったことがなかったよ」


 新井は驚き、あんぐりと口を開けた。


「……マ、マジっすか!? あんなに完璧だったじゃないすか!」

「マジだ。それでも俺様は、1日であれだけの売上を出した。まぁ、太客を捕まえ、財布の紐を緩めてやっただけの話だがな」


 天野はギロリと新井を睨みつける。


「ところが……。お前は俺様の忠告を無視して、とんでもない太客をあっさりスルーしやがった。覚えているな?」


 新井はおずおずと頷いた。


「お前は「見かけ」だけでしか物事を見ていない。だからホストとして半人前なんだ。そしてお前は、あの太客を俺様と同じように満足させられたと思うか?」


 新井はゆっくり首を横に振った。


「そうだろう? 店のドンペリを空にするまでは飲ませられまい。これが東京が持つ真の暗闇なのさ」


 天野はニタリと嫌な笑みを浮かべた。


「この街には俺様のように、お前が一生かかっても敵わないヤツがいる。ただのババアにしか見えないくせに、ドンペリを空にする財布を持っているヤツがいる……。この歌舞伎町って街は、そんなヤツらから金を巻き上げる場所なんだ。それを理解できないヤツが生きていける街じゃない。そんなに東京は甘くないんだよ」


 新井は黙って天野の言葉を聞いていた。


「このままホストを続けていても、闇の中でもがき続けるだけだ。お前は闇の中で生きるための器を持っちゃいない。人はそれぞれ器の大きさが決まっている。無理やり広げて、手に届かないものを掴もうとしても、無駄なことさ」


 天野は新井の顔を覗き込んだ。

 怯える新井の瞳目掛けて、叩きつけるように言葉を吐いた。


「いいか新井……。この街には、お前程度の器の、クソガキがいる場所はないんだよ」


 新井は拳をぎゅっと握りしめた。

 悔しさのあまり涙が滲んでいる。

 林はその新井の腕を抱き、横顔を見つめている。


「……だが」


 天野はタバコに火をつけ、煙を吐き出した。


「俺には、甘いみかんを作ることはできない」


 新井は「はっ」として天野を見上げた。


「お前は甘いみかんを作ることができる。そして」


 天野は指先を偉そうに翻した。

 林の顔を指さす。


「お前みたいな器の小さい男を、膨大ぼうだいな借金を背負ってでも、振り向かせたいと願った女がいる」


 林はぎゅっと新井の腕を掴んだ。

 涙目で新井の瞳を見つめている。

 半人前だったホストの瞳だけを、見つめている。


「なっちゃん……」


 天野は指をパチリと鳴らし、新井の顔を気障ったらしく指さした。


「お前は闇の中で無様にもがきながらも、掌に『小さな光』を掴んでいた。その光を持って、闇の中へ飛び込み続けるのか? 闇の中に投げ捨てて、光を消してしまうのか? 違うだろ? お前はその小さな光を持って太陽の下に帰るんだ。満天の空の下で、その光をもっと大きくさせるんだ。そうじゃないのか? それより価値のあることが、この街にあるのか?」


 新井は黙って手のひらを見つめた。


「お前は言ったな。『東京で何も見つけてない』と。もうお前は見つけているんだよ。闇の中じゃ見えなかった光が、今だったら見えるはずだ。どうだ? お前にとって、それより輝く光が存在するのか? それが林じゃ満足できないってのか?」


 新井の瞳から涙がこぼれた。

 必死に首を横に振る。


「満足っす……。自分はデカいものばっか見てました……。自分には向いてないって、自分がなりたかったものじゃないって、ホントはわかってたのに……」


 天野は半眼で新井を睨みつけた。


「お前、それ本心か?」

「ほ、本心っす」

「それなら隣の女に、言うべきことがあるんじゃないのか?」


 新井はしばらく泣いていた。

 何かを決心したように、小さく頷く。

 袖口で乱暴に涙を拭う。

 そして、林に向き直った。


「……なっちゃん。俺は東京でハンパものだった、情けないヤツだ」

「そんなことない。浩ちゃんは頑張ってたよ」


 林はハンカチで新井の頬を拭いた。


「いや、天野さんの言う通りだ。俺は俺にしか、できないことがあった。なのに東京で、できもしないことを探してた」


 新井は純朴じゅんぼくな笑みを浮かべた。


「なぁ、なっちゃん……。愛媛の故郷はマジ田舎で、なっちゃんの欲しがるようなものは、売ってないかもしれない」

「私は浩ちゃんがいれば、それでいいよ。それ以外に欲しいものなんて、何もないよ」

「そっか……。なっちゃん、ありがとう……」


 新井は林の手を優しく握った。


「俺と一緒に、愛媛まで来てくれないか。俺はみかん農家で、つまらない男だけど、そんなみかん農家の嫁になってくれないか?」


 林は力強く頷いた。


「うん、行くよ。浩ちゃんのお嫁さんになれるなら、どこでも行くよ」

「なっちゃん……。ありがとう……」


 2人は泣きながら抱き合った。

 喫茶店に2人の泣き声だけが響く。

 天野はタバコを吸いながら、その姿を静かに見つめていた。

 やがて、新井が天野に向き直った。


「天野さん……。ありがとうございます。天野さんのおかげで、大事なものを見失わずにすみました。俺、東京に出てきて良かったです。なっちゃんに会えて、天野さんに会えて、初めてそう思うことができました」


 天野は小さく唇を歪めると、どこか優しげに言った。


「良かったな。闇の中でもがいたことは無駄じゃなかった。お前は幸せ者だよ」

「はい……。マジで天野さんのおかげっす……」


 林も天野に向き直り、深々と頭を下げた。


「天野さん、何から何まで、本当にありがとうございます」

「お前も甘いみかんを作れ。良い嫁になり、そして……」


 天野は偉そうに自らを指さした。


「この俺様を満足させるみかんを作れ」


 林がコクコクと頷く。

 新井は力強く拳を握った。


「作ってみせます! なっちゃんと一緒に、天野さんが満足できるみかんを作るっす!」


 天野は満足気に頷いた。


「そうだ。俺はそれを聞きたかった」


 こうして歌舞伎町から、1人のホストが愛媛のみかん畑に帰ることになった。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ