天野くんのパーリナイ
年配の女性たちの手を引いて、天野は店への階段を下りていく。
「さぁ、レディたちおいで。足元に気をつけて」
そのエスコート姿は実に洗練されていた。
優しく握る手。小まめな気配り。親しみを浮かべた視線。英国紳士顔負けのエスコートだ。憎らしいほどに決まっている。
この時点で女性たちは頬を赤らめ、天野が腰に手を回すだけで吐息を漏らしていた。
「ようこそ! いらっしゃいませ!」
店長の仁とホストの翔が笑顔で出迎えた。
「ご新規3名様だ。一番大きいところを使わせてくれ」
「了解しました」
天野は一番奥の席までマダムたちを案内する。
店長も名刺を差し出して挨拶すると、新井と一緒に天野のヘルプについた。
「まずは乾杯しようよ」
「あらそうねぇ、しかし男前ねぇ」
「ねぇ、こんなに男前なんてねぇ」
「今夜は楽しめそうだわぁ」
パジャマ姿のマダムが天野の太腿に手を伸ばす。さわさわと動く手のひらが、筋肉を愛でるように撫でている。
天野はその手を優しく掴むと、マダムの耳元に唇を近づけ
「……悪い子だね」
と、官能的なボイスを届けた。
パジャマ姿のマダムは「きゃあきゃあ」と、生娘のような歓声をあげて悦んでいる。
「まずは最初の一杯、どうなされますか? 一杯目は店のサービスとして無料で……」
「おっと店長。野暮なことを言わないでくれ」
天野は店長の言葉を遮ると「こんな素敵なレディたちに、安いお酒なんて似合わないよ」と言って、メニュー表をあっさり投げ捨てた。
「そうでしょ? なんたって俺様と飲めるんだよ? こんな機会、もう二度とないかもしれないぜ?」
色気たっぷりの笑みを浮かべ、緑ジャージのマダムに顔を近づける。
熱い吐息がかかる距離。微かに触れる鼻筋。情熱的な瞳の輝きに射抜かれる。唇を尖らせれば届いてしまいそうだ。
マダムは熱にうなされたように頷いた。
「そうねぇ……。一番素敵なのを頂こうかしらぁ。皆様、よろしくて?」
「いいじゃないのぉ。早く乾杯したいわぁ」
「ねぇ店長さん、一番のお酒を持ってきてくださる?」
店長は驚いてマダムたちに尋ねた。
「え、えっとぉ……。うちですとドンペリのゴールドになりますが、構いませんか?」
「それでいいじゃん。レディたちには輝くゴールドが似合うよ」
「あら本当? じゃあ、それにしちゃおうかしら」
「ド、ドンペリゴールド入ります!」
翔が慌てて厨房からドンペリゴールドを持ってきた。
シュワシュワした黄金色のシャンパンをグラスに注ぐ。
そして、お決まりのコールを始めた。
「こちらの素敵なお客様からドンペリいただきましたーー! 従業員、全員集合! はい!!! ドンドンシャンシャンシャン! ドンドンシャンシャンシャン!」
ホストたちが集結し、全力で合いの手を入れる。
「ドンドン! (シャンシャン!)
ドンドン! (シャンシャン!)
ドンペリ! (飲んで!)
ドンペリ! (ニョンで!)
まだまだ! (飲めちゃう!)
まだまだ! (いっちゃう!)
ドンドン! (ペリペリ!)
ドンドン! (ペリペリ!)
角膜! (ペリペリィー!)
お酒を飲むなら!? (ドンペリ!)
カンパイするなら!? (ドンペリ!)
色は何色? (ゴールドゴールドゴールドゴールド!)
まだまだおかわりもっとイッちゃう!?」
天野はマダムの肩を抱きながら「イッちゃう!」と叫んだ。
コールの合間にも、マダムの耳元で甘い言葉を囁くことを忘れない。
コールと乾杯が終わると、天野は爽やかな笑みを浮かべ言い放った。
「ねぇ、あれ見たくない? シャンパンタワー。黄金の滝なんて、輝くレディたちにこそ相応しいじゃない。俺見たいなぁ。レディたちがもっと輝くところが見たいなぁ。それにさ……」
突如、天野はシャツのボタンをいくつか外し始めた。
鎖骨を官能的にチラつかせる。
雄のフェロモンが素肌から飛び散る。
そして、偉そうに自らを指さした。
「黄金色に輝く俺様を見たくない? そんな姿、レディたちだけしか見れないぜ? ねぇ、見たいでしょ?」
「見たいわぁ!」
「早く見たいわぁ!」
「もっとぉぉ! もっと見せて欲しいわぁ!」
「仁! 響! シャンパンタワーだ!」
「は、はいっ!」
店長と響(新井)は慌ててグラスを重ね、高さ1メートルほどのシャンパンタワーを作成した。
そこに天野が遠慮なくドンペリを注ぎ込む。
「翔! 全然足りんぞ! ドンペリ全部持ってこい!」
もう色なんて関係ない。
シュポンシュポンとシャンパンを開け、手当たり次第にぶち込んでいく。
カラフルな滝が作られ、その場は一気に盛り上がった。
それを遠目で眺めていた涼太は、2人のキャバ嬢に言った。
「ねぇ……。僕らもいっちゃおうよ。乾杯したいなぁ」
「えー? 1杯だけって言ったじゃん」
「ゴールドなんて無理だよ。高すぎるもん」
「ダメなの? 君たちと乾杯したいのに」
「ゴールドなんて入れたことないってば。ゴールドは無理」
「そっか。ゴールドは無理、なんだね」
涼太はペロリと舌なめずりした。
背の低いキャバ嬢はガードが緩い。
押せば押し倒せる。
「僕はあんな下品な色じゃなくて、君の服装みたいな可愛いピンクがいいな」
背の低いキャバ嬢の肩を抱き寄せる。
突然の接近に驚くキャバ嬢。
一気に勝負を仕掛けた。
「ね、いいじゃん。あんなオバサンの下品な乾杯なんて見てらんないよ。君にこそシャンパンが似合うってのにさ」
「え、でもなぁ……」
「あんな下品なコールのために君から離れたくないし。君と出逢えた記念すべき夜を邪魔されたくないんだ。だからお願い。僕を助けると思ってさ。ね、いいじゃん?」
「うーん……。お兄さんのイッキ見せてくれるならいいけど……」
「オッケー! 翔! ピンドンお願い!」
翔は慌てて厨房からドンペリのロゼを持ってきた。
涼太は2人のグラスにロゼを注ぐと、さらに甘い声で囁いた。
「2人が飲み干す前に、僕がボトルの残りをカラにしたら、もう一杯ってどう?」
「え、それは無理でしょー」
「んー……。私ちょっと、見たいかも……」
「はぁ? それじゃタクヤに会えなくなっちゃうよ!」
「タクヤもいいけどさ、僕ともっと楽しい夜を過ごさない? そのほうが刺激的じゃん? それに君たちは、僕がこの街で初めて出逢えた女の子。この街で初めての乾杯。永遠に忘れられない乾杯。きっとこの出逢いは奇跡がくれた贈り物さ。どこにも行かせたくない。行ってほしくない。そのためなら、僕は泥水だって飲み干せる。ねぇ、いいでしょ?」
涼太が得意の甘い声で2人に囁いた。
ゲスでヘタレなキモオタの要素が目立つ男だが、涼太は基本的にナンパとコンパを3度の飯より愛するチャラ男だ。
しかも、並のホストじゃ敵わないルックスの持ち主。
口説き文句も、色気のある声質も、さりげないボディタッチも、抵抗感を抱かせない笑顔も、全てが一流のチャラ男。
キャバ嬢の2人はコクンと頷いた。
「はいじゃあ、かんぱーーい!」
実はこのチャラ男、恐ろしいほど酒が強い。
女の子たちが半分飲み干したところで、あっさりボトルを空にした。
「はい!!! ごちそうさまー!!!」
「嘘でしょ!? はやーーい!」
「今度はアイツに飲ませてみようっか?」
涼太は遥を指さした。
遥は「ぎょっ」と怯えて涙目だ。
「えー。そんなにお金ない」
「じゃあ、ハウスボトルの焼酎飲ませようよ! それなら安いじゃん!」
「あははは! それなら見たい!」
「遥くん! さぁ飲んで! 飲んで!」
遥が涙目で焼酎を飲んでいる頃、天野のテーブルでは、もう10本目のゴールドが開けられていた。
「なんだこの色は!? こんな薄い色のドンペリが飲めるか! 響! これ全部飲め!」
ノーマルなドンペリを響に押し付けると、天野はマダムたちに囁いた。
「ねぇ、愛しのレディたち。アイツがボトル全部飲めたら、俺様がレディたちの頬にキスしちゃうってどう?」
マダムたちは「キャーーー!」と歓声をあげた。
「飲んで! 飲んで!」
「キスして欲しいわぁ!」
「響くん早く飲んで!」
「は、はぁ……」
響は歓声に応え、一気にドンペリのボトルを3本、立て続けに飲み干した。
「よくやったぞ響! ご褒美の時間だ!」
マダムたちの頬に爆撃機と化した天野が、熱い口づけを落としていく。
「キャーーー!!! チュウされちゃったわよ!」
「響くん!!! もっと飲んで!!!」
「飲んで!! 飲んで!!」
店長がさすがに天野を呼んだ。
「龍さん! さすがに飲ませ過ぎです! これ以上は掛けじゃ出せませんよ!」
「なるほど」
天野はマダムたちに向き直り、残念そうに声をかけた。
「愛しのレディたち。これ以上のお酒はキャッシュじゃないとダメなんだってさぁー。店長に怒られちゃったよ。そんなこと言われたら場が冷めちゃうよねぇー」
「もう! 興ざめすること言わないで!」
「そうよ! 甘く見ないでちょうだい!」
「カードがあるわよ! カードが!」
マダムたちは揃って財布からクレジットカードを取り出した。
その色を見て、店長は青ざめた。
カードの中でも最高ランク。ブラックカードだ。
なんと、それが合計3枚。このカードに上限は存在しない。
「じゃあ……ドンドンシャンシャン! イッちゃう!?」
マダムたちは狂乱状態で叫んだ。
「イッちゃう!!!!」
「じゃあ響! 俺様と一緒に飲め!」
「飲んで! 飲んで!」
響はさらに飲まされ、天野自身もガンガン飲んだ。
実はこのクソ野郎、恐ろしいほど酒が強い。
「りゅ、龍さん!!!」
20本目のドンペリゴールドを開けたところで、店長が泣きついてきた。
「もうドンペリがありません!」
「はぁ? ねぇレディたち、もうレディたちに見合うお酒がないんだって。場が冷めちゃうよねぇー」
マダムたちから「えぇーーー」と非難めいた声があがる。
天野は翔に向って叫んだ。
「翔! ダッシュ!」
「は、はい!」
翔は店長からお金を受け取り、店を飛び出した。
金の尽きたキャバ嬢をとっとと帰した涼太も、天野の席に加わった。
「素敵なレディたち! 僕ちゃんもご一緒していい!?」
「キャーーー! こっちの子も男前じゃない!?」
新たな男前の登場。
マダムたちはご満悦だ。
「そんな嬉しいこと言われたら、ホッペにチュウしちゃう!」
「キャァァーーー!!」
天野を中心として、ホストたちはこの太客に群がった。
完全に貸し切り状態だ。
ここまでの太客を満足させない理由なんて存在しない。
天野が残っているシャンパンを全て飲み干し、イライラしながら叫んだ。
「おい仁! シャンパンは他にないのか!」
「龍さん! それが最後のシャンパンなんですぅ!」
「なんだと? レディたちにはシュワシュワした極上の酒しか似合わないんだぞ! 愛しのレディたち、代わりに店長の肉体美で我慢してくれない?」
「キャーー! 脱いで! 脱いで!」
「ほら仁! とっとと脱げ!!」
店長はしぶしぶ脱ぎ始めた。
「店長の裸飲み見たい人!? はいはい! 俺見たい! レディたちはどうだ!?」
「見たぁぁーーーい!」
店長は天野に煽られ、ウイスキーをガンガン飲み始めた。
天野は舌打ちして、店長からボトルを奪い取る。
「そんなチンタラ飲んでどうする! こうだ!!!」
一瞬でボトルを空にした。
「響! 取り替えろ!」
「は、はい!」
「いいね!!! 龍サマ! 最高じゃん!! よぉし僕ちゃんも飲んじゃうぞぅ!!」
涼太も参戦し、光の速さでボトルを空にする。
これだけ飲める上に、人にもどんどん飲ませるのだ。
店にあるボトルが底を尽きようとしていた。
「しょうがない! 遥! 残ったボトル、まとめて全部飲め! 飲めたらレディたちにチュウしてやる!」
「キャアァァァッ! 飲んで! 飲んでぇーー!」
「いけいけいけいけいけーーー!!!」
新井も、店長も、遥も。
天野に無理やり酒を飲まされた。
「えぇーーい! こんな安い酒が飲めるか! 翔! 翔はまだか!」
高らかに叫びつつ、緑ジャージのマダムのお姫様抱っこして持ち上げる。
「レディ……いや、俺様のプリンセスよ。今キスしたら、もう一度シャンパンタワーやっていい?」
「もちろん!!!」
「ぶちゅう」と熱い口づけを贈る。
他のマダムからも「私も!」「私にもちょうだい!」と悲鳴があがった。
「戻りましたぁ!」
ようやく翔が帰って来た。
両手に大量のドンペリを持っている。
天野は指を「パチーーン」と鳴らして叫んだ。
「よし! タワーの時間だ! ドンドンシャンシャンいくぞ! 翔! まずはお前が飲むんだ!!!」
涼太も両手にマダムを抱いて叫ぶ。
「さぁさぁ、まだまだパーティは終わらせないよーー!!!」
結局、閉店まで天野たちのパーティは続いた。




