天野くんとホストクラブ
翌日。
天野と涼太は表参道にいた。
天野が行きつけにしている美容院に行くためだ。
「ねぇ、勇二……。ホントにやるの?」
「なんだ、俺とお前はコンビじゃなかったのか? 服も時計も靴も貸してやるんだから文句あるまい。クリーニング代ぐらいは出せよ」
「それはいいけどさぁ、僕ちゃんホストなんてやったことないよ」
「俺様だってないさ。全く興味がない職種だ」
「うわぁ……。心配だなぁ……」
涼太は頭を抱えた。
突然天野から、「重要な作戦を実行する。今すぐ表参道に来い」と呼び出され、何かと思って来てみれば、「一緒にホストやるぞ」との誘いだ。
なぜ、ホストをやらなければならないのか、理由がさっぱりわからない。
涼太は激しく困惑していた。
「言っておくが借金なんか作るんじゃないぞ。そこまでは責任取れん」
「うげぇ、マジで? 初日からキャッシュ持ってる娘を捕まえろ、ってこと? そいつはいくら何でもハードル高いよ」
「そこはお前の腕で何とかしろ」
2人は美容院に到着した。
天野は馴染みの美容師に「一流のホストっぽくしてくれ」と注文した。
美容師も突然のイメチェン宣言に困惑している。
「あ、天野さん、マジですか……? 何かあったんですか?」
「ただの気分転換さ。いつか連れてきたブタ野郎よりもマシに切れよ。金髪に染めてパーマもあてて盛ってくれ。あと、あいつもな」
天野は涼太を指さした。
拒否権なんか存在しないようだ。
涼太は自分の髪を見つめ、ため息を吐いた。
「わ、わかりました。一流のホストに仕上げてみせます」
「頼むぞ」
**************
天野と涼太は長い時間をかけて髪を整えた。
用意したスーツ、アクセサリー、時計、靴を装着して仕上げる。
2人は全身鏡の前に立ち、互いの姿を眺めた。
「こうやって見ると、僕ら結構悪くないね。一流のホストじゃん」
「そうだな。俺様のスーツのおかげ、ってことも忘れるなよ」
涼太が着ているスーツは、天野が持っていた一流ブランド品だ。
小物や時計、靴まで一流品。医者のボンボン、という力をフル活用していた。
2人はそのまま歌舞伎町へ向かった。
新井が勤めるホストクラブに到着する。
店はちょうど開店前。
新井は店の前を掃除していた。
「新井……いや響だったか。待たせたな」
新井はポカンと2人のホストを見つめた。
「あ、あの、どこかのお店の方ですか……?」
「何を寝ぼけたことを言っている? 天野だ」
新井は驚いて叫んだ。
「あ、天野さんっすか!? えぇッ! マジすか!?」
「当たり前だ。俺様ほどの男前が世界に何人もいると思うな。こいつは涼太。俺たちが来ること、ちゃんと店長に話したか?」
「は、はい。池袋でやってた人が移籍先を探してる、ってことで話してあります。ちゃんとランカーだったって話しときましたんで、下っ端の扱いは受けないと思うっす」
「上出来だ。涼太よ行こう」
「オッケー。響くん、今夜はよろしく」
「あ、はい……」
天野は店の中に足を踏み入れた。
地下にある小さな店だ。
4組も入れば店は満席になるだろう。
店内では白スーツの男と、2人の黒スーツの男が開店準備をしていた。
白いスーツの男が店長だろう。
天野は襟を正しながら声をかけた。
「はじめまして。池袋でやってた天野です」
店長は天野と涼太を見て、一瞬呆然とした表情を浮かべた。
それも無理はない。
天野も涼太も精悍な男前だ。
背丈は180cmオーバーでスタイルも良い。
しかも装飾品は最高級。
高級具合だけを見ても、店長を遥かに上回っていた。
「あ、えっと、こ、こんな小さい店ですみません。店長の『仁』と申します。失礼ですが、どちらの店にいらっしゃったんですか?」
「池袋の『Rude Genius』って小さな店ですよ。ご存知でしょうか?」
天野はしれっと適当な店名を口にした。
「いや、すみません。池袋は詳しくなくて……」
「いえ、お気になさらず」
天野は丁寧に頭を下げた。
「本日は突然の体入を認めていただき感謝します。新宿は初めてなのでご迷惑をかけると思いますが、よろしくお願いします」
「こ、こちらこそよろしくお願いします。お2人のような方に来ていただけるなんて光栄です。あ、おい、みんなこっち来て!」
店長は他の2名を呼び寄せた。
2人とも大したことのないルックスだ。
ホストとしてもレベルが低い。
店長で持っている店なのだろう、と天野は判断した。
「うちの翔と、遥です。あと響ってのがいるんですが……」
「いえ、響くんにはもうお会いしました。翔くんに遥くん、今日はよろしく頼むよ」
「は、はい! よろしくお願いします!」
翔と遥は「自分より格上のホストがきた」と判断したようだ。
天野は2人と握手しながら、店長と奥の部屋に移動した。
「しかし、お2人ともご立派で……。ホントにうちの店でいいんですか?」
店長はとても恐縮していた。
涼太は「そりゃそうだよねぇ」と思いながら、自らの腕時計を眺めた。
ロレックスに無数のダイヤがギラギラ光っている。
この時計だけで、相手は「只者じゃない」と萎縮してしまうだろう。
店長は住所などを尋ね、簡単に店の説明をした後、給料の話をしようとした。
「あ、給料は結構」
「……え? ど、どういうことですか?」
「今日は歌舞伎町の感覚を知りたいだけですから。売り上げは全て店に入れていただいて構いません」
「ほ、ほんとですか?」
「もちろん売り掛けがあれば被ります。それで構わないな涼太?」
「ええ、店長、よろしくお願いしますね」
「あ、ありがとうございます!」
店長は深く頭を下げた。
天野はそれを制して言った。
「源氏名は店長が決めていらっしゃるんですか?」
「そうなんですが、お2人であれば好きに決めていただいて構いません」
天野は少し思案して言った。
「では店の空気に合わせましょう。自分は『龍』で。涼太、お前はどうする?」
「僕も店に合わせます。『光』でお願いします」
天野も涼太も強きの名前で攻めた。
店長は自信満々の2人を見て、嬉しそうに言った。
「いやぁ、お2人が店に残ってくれれば、こんな心強いことはありません! よろしくお願いします!」
天野たちは店内に戻った。
もうすぐ開店だ。
響も店の中で開店準備をしている。
「こちらが上座。上客の席になります。入り口へ近づくにつれてランクが下ります」
「なるほど。コールを教えていただけますか?」
「はい、了解しました。おい! みんな! コールだ! 翔!」
店長が合図を送ると、翔が大声で叫んだ。
「こちらのお客様からドンペリいただきましたーー! 従業員、全員集合! はい!!! ドンペリィー!!!」
「シャンシャン!」
「ドンペリ!!!」
「シャンシャン!」
他のホストが翔のコールに合いの手を入れていく。
「ドンドン! (シャンシャン!)
ドンドン! (シャンシャン!)
ドンペリ! (飲んで!)
ドンペリ! (ニョンで!)
まだまだ! (飲めちゃう!)
まだまだ! (いっちゃう!)
ドンドン! (ペリペリ!)
ドンドン! (ペリペリ!)
角膜! (ペリペリィー!)
お酒を飲むなら!? (ドンペリ!)
カンパイするなら!? (ドンペリ!)
色は何色? (ゴールドゴールドゴールドゴールド!)
まだまだおかわりもっとイッちゃう!?」
翔が尋ねると他のホストが「イッちゃう!」と叫ぶ。
「はいまだまだ! いっちゃうペリペリ! ドンドンシャンシャンシャンドンシュビドゥバパラッパーー……」
翔がコールを続けている。
天野は内心「前島のコンサートとレベルが変わらないな。どの世界もくだらないな」と思っていた。
「コールはこんな感じです。音頭は翔にとらせますんで、高い酒が入った時は参加お願いします」
「まかせてくれ」
天野は腕時計を眺めた。
こちらもロレックスにダイヤがギラギラ光っている。
もう開店30分前だ。
「龍さん、光さん。申し訳ないんですがキャッチ頼めますか?」
「もちろんです。捕まえてきますよ。光、行こう」
「わかったよ、龍」
店長と翔を残し、残りのホストたちは街に飛び出した。
遥が通りを指さし、天野たちに注意した。
「この通りと、一本向こうの通りにある中華料理屋までがうちのエリアです。ここ以外の場所で声かけると、他店と揉めます。ケツモチが違うんでかなり厄介ですよ」
ケツモチとは店のバックにいる極道、もしくは半グレのことだ。
ホストやキャッチの縄張りを破ると、かなり面倒なことになってしまう。
天野がため息を吐いて言った。
「随分と狭いな。これじゃやりにくい」
「そうなんです。まだうち小さいんで、すみません」
「君のせいじゃない。なに、光はキャッチのプロだ。まかせておけばいいさ」
涼太は内心「無茶言うよ」と思いながら、通りを眺めた。
天野も涼太も、この日だけしかホストをやる気はない。
現金もしくはカードを持ってない女性は無視だ。
「おっと、あれいいな」
天野は早速女の子に声をかけ始めた。
涼太もその後に続き、違う娘に声をかける。
「なぁ、やっぱ違うな」
遥が新井に声をかけた。
「慣れない街だってのに、キャッチのスピードが圧倒的に速いぞ。どこであんなのと知り合ったんだ?」
「いや、まぁ……客の知り合いで……」
「俺たちも行くぞ」
「はい!」
4人は狭い通りに散らばった。
最初に捕まえたのは涼太だった。
2人で歩いていたキャバ嬢の娘たちだ。
「ねぇいいじゃん。いいじゃん。ちょっとだけ。ちょっとだけ飲もうよ」
「違うとこ行きたいんだけど」
「楽しくさせるよ。まだ小さい店だけど、そんなに高くないしさ」
「お兄さん見たことないね」
「そうそう、今日が初日なんだ。ね、記念に行こうよ」
「えーどうするぅ?」
「タクヤに行くって言っちゃったし……」
涼太は爽やかに、さりげなく装飾品を見せつけながら言った。
「予定があるなら1杯だけでいいよ。損はさせないって約束するからさ。キミたちみたいな娘と飲みたいんだ」
「1杯だけだって。それなら良くない?」
「んー。1杯だけならいいけど……」
「全然オッケー! 行こう行こう! こんな可愛い娘と飲めるなんてラッキーだね!」
涼太は天野にウィンクして店に女の子を連れて行った。
天野は「よくやった」と、親指でグッジョブのサインを送る。
そこに新井がやってきた。
「天野さんの連れ、凄いすね」
「そうだろ? まぁ、あいつの得意分野だよ。だがしかし……」
天野はイライラしながら言った。
「この通り、ロクな女が来ないな。こんな通りでよくやっていけるな」
「そうなんすよ。キャッチが難しいんす」
店のエリアは大通りから外れている。
まともな人間が通らない。
ターゲットを求める天野と新井の視界に、年配の女性の3人組が見えた。
「新井よ。あれ行け」
「あれですか? 見るからに金持ってないっすよ」
確かに年配の女性たちは、その辺の主婦がコンビニに行くような服装だ。
天野は言い聞かせるように言った。
「だからお前は東京でやっていけないんだ。あの女たちは金を落とす。よく見ろ」
年配の女性たちは、楽しそうに世間話をしながらのんびり歩いている。
3人とも地味な出で立ちだ。
1人は地味な緑のジャージ姿。隣は紫色のパーマをあて、ド派手なヒョウ柄模様。その隣は青い寝間着のようなシャツを着ている。
どう見ても金を持っているようには見えない。
「いや、あれは声かけるだけ時間の無駄ですって」
天野はため息を吐いた。
「しょうがない。ついて来い」
天野は新井を引っ張りながら年配の女性たちに声をかけた。
「お姉さんたち、こんばんは!」
天野は女性たちの前に立ちはだかり、両手を広げて歩みを止めた。
「レディたち待ってたよ! あなたたちに出会うのが今日の運命! 今そう決まった!」
年配の女性たちは突然現れた天野に驚き、その姿を頭からつま先まで眺めた。
天野は3人の間に立ち、馴れ馴れしく肩を抱いた。
「俺たちホストなんだけどさ、みんな、今夜は飲みたい気分でしょ? うちの店においでよ。レディたちと飲みたいな」
年配の女性たちは満更でもなさそうに天野を見ている。
「ねぇ奥様ホストですって」
「あら、どうしようかしら」
「男前ねぇ、素敵じゃない?」
年配の女性たちは天野の服装と顔を見て、にやにやと笑っている。
「嬉しいなぁ。そんなこと言われたの初めてだよ。今日は俺とこいつが、レディたちを最高のパーティに誘うからさ。言っておくけど、拒否なんかさせないよ? だってもう俺は、レディたちのことしか、目に入らないんだからさ」
「あらぁ、楽しみだわぁ」
「どんなパーティなのかしらぁ」
「いいじゃないのぉ。飲みたかったのよねぇ」
「よし、さぁ行こう!」
天野は嬉しそうに年配の女性たちの肩を抱き、唖然とする新井と共に店へ向かった。




