天野くんとホスト
林が通っているホストクラブは歌舞伎町にある。
店の近くにある公園で、ホストと待ち合わせることにした。
待ち合わせは午後3時。
ホストは20分遅れてやってきた。
「なっちゃん、お待たせ」
「ごめんなさい。仕事前に呼び出して」
「いいよ、ちょうど起きたところだったから。こっちこそ遅れてごめん」
ホストは爽やかに言った。
天野はその姿を見て眉をひそめた。
「天野勇二だ。この女の知り合いだ」
天野は手を差し出し、ホストの目を正面から見つめた。
このクソ野郎は恐ろしいことに、相手の目を見ることにより、ある程度の心理を読んでしまう。
「あ、どうも。響っていいます。えっと、響ってのは店での源氏名で、本名は新井浩司っていいます」
新井は人の良さそうな笑みを浮かべ、あっさり本名を名乗った。
「……おい、お前……。本当にホストなのか?」
そう尋ねたのも無理はなかった。
新井は坊主頭の小柄で華奢な青年。
ちっとも垢抜けていない。
田舎から出てきたばかりの純朴な学生のような男だ。
新井は照れくさそうに言った。
「はい、一応ホストっす」
「お前、東京に出てきてどれぐらいだ」
「3ヶ月そこらっす」
「年はいくつだ」
「20歳になりました」
新井はそこまで言うと、おずおずと天野に尋ねた。
「あのぉ……。もしかしてスカウトの方なんすか?」
新井は天野がキャバクラ、もしくは風俗やAVのスカウトかと思ったのだ。
「違う。俺はスカウトでも女衒でもない。ただの大学生だ」
新井は安堵したように息を吐いた。
「そうですか! よかった!」
「なぜ安心する? こいつの売り掛けが残っているはずだ。仕事を紹介しないのか?」
新井は「とんでもない」といった表情で首を横に振った。
「まだたったの10万っす。地道に払ってくれれば、それでいいっす」
「しかしお前の収入はゼロ。いや、マイナスだ」
「先輩のお世話になってるんで、なんとか大丈夫っす」
天野はもしやと思い尋ねた。
「……お前まさか、給料を貰ってないのか」
「あ、はい……。そうなんです」
新井は気まずそうに頷いた。
林はその姿を見て新井に謝った。
「ごめんね。私のせいで……」
「いいって。なっちゃんのせいじゃない。俺がダメなんだ。気にしないで」
天野は新井をじろりと睨みつけた。
頭の先からつま先まで、値踏みするかのように睨みつけている。
新井は小声で林に尋ねた。
「……ねぇ、なっちゃん。この人って、何の知り合いなの?」
「うちの大学の先輩。色々なトラブルを解決してくれる人なの」
「どうして、今日ここに来たの?」
「浩ちゃんに会って、何かを確かめるって言われたの」
「そ、そうなんだ……」
新井は怯えながら天野を見上げた。
大学生というよりは、野蛮なチンピラのような男だ。
怯えるのも無理はない。
「おい、新井よ」
「は、はい」
新井は慌てて天野に向かい直った。
「お前、実家は何してる?」
「じ、実家ですか?」
「そうだ」
「愛媛で、みかん作ってますけど」
天野は「ほう」と呟き、納得したように頷いた。
「お前、東京に夢を持って出てきたな。いや、夢なんて高尚なものじゃない」
天野は指をパチリと鳴らし、指先を気障ったらしく振り回した。
「ただ単純に、みかん農家を継ぎたくない。自分の可能性を探してみたい。もっとデカい存在になりたい。それが何なのかわからないが、都会に行けば、何かが見つかるかもしれない……。それで東京に出てきたはいいが、理想はあまりにかけ離れていた。東京の人間は冷酷。空気は汚れ、空も狭い。とても馴染めるような街じゃない。この街じゃ、自分の可能性なんて見つからない……。お前はホストを続けながらも、理想と現実のギャップに苦しんでいるんじゃないのか?」
新井が驚いて目を丸くした。
「すげぇっす。なんでわかるんすか」
「お前の瞳を見ればわかる。なぜ農家を継ぎたくない?」
「継ぎたくないって、ワケじゃないんすけど……」
「農家で人生を終えるのは御免、ってとこか」
「そんなカンジっす……」
天野は両腕を組み、しばし思案した。
そして突然、林に話を振った。
「おい林よ。お前の夢はなんだ?」
「え、えぇ? えっと、それなり大きい会社に勤めて、結婚したい、です。もちろん浩ちゃんと……」
「実に素晴らしい。そんなありふれた現実を直視できているのならば、話は早い」
天野は新井に言った。
「新井よ、この女はお前に振り向いて欲しいがために、年利40%というヤミ金に手を出そうとしている。整形したいんだとよ」
新井は慌てて林を見つめた。
「なっちゃん! そんなのダメだ!」
「でも浩ちゃんに、振り向いて欲しいから!」
「俺はなっちゃんが一番好きだって、言ってるじゃないか!」
「でも、もっと綺麗な人がたくさんいるじゃん! 私じゃ勝てないよ!」
「そんなことないよ!」
天野がたまらず言った。
「そんな痴話喧嘩はよそでやってくれ。新井、お前は実家に帰れ。林は、農家の嫁になれ。これで万事解決だ」
その言葉を聴き、2人は黙って俯いた。
天野は林に尋ねた。
「なんだ? まさかお前、みかん農家を馬鹿にしてるのか?」
林は慌てて首を振った。
「そんなこと思ってません! 浩ちゃんと一緒なら、何だって頑張れます!」
「林はこう言っている。新井、お前はどうだ? 結婚までは考えていないのか?」
新井は首を横に振った。
「なっちゃんが一緒に来てくれるのはスゲー嬉しいっす。でも、俺は東京でなんも見つけてないっす……。それに……」
「それに、なんだ?」
「店に『掛け』があって……」
「いくら借金している?」
新井は辛そうに口にした。
「100万っす……。客に飛ばれちゃって、店に損害出したんす……」
「なんだと? 100? あっはっは!!! なんてダメなホストだ!」
天野は腹を抱えて笑った。
「お前、とっくに詰んでいるじゃないか。お前じゃ、1年かかっても借金を返せやしない。お先は真っ暗だ。東京に輝きを求めて飛び出したのに、どこまで行っても闇の中。臓器でも売るか、闇稼業の下っ端になって悪事に手を染めるか……。そんな未来が待っている。嫌なら逃げるしかない。店は実家の住所を知っているのか?」
新井は黙って頷いた。
天野は更に腹を抱えて笑い出した。
「じゃあもう終わりだ! 逃げれば借金取りが実家に来るぞ。みかん農家は廃業だな。お前だけじゃなく、親御さんまで全てを失うぜ」
新井は辛そうに俯いた。
悔しげに拳を握りしめている。
林はその傍らに立ち、泣きそうになりながら新井の横顔を見ていた。
「しょうがないっす。自分が選んだ道っすから……」
「その先にあるのは闇だけ。それでも、その道を行くのか?」
「だって、もう、しょうがないじゃないっすか……。どうしようもないっす……」
林はすがるように天野を見上げた。
「天野さん、何とかなりませんか?」
天野は不敵な笑みを浮かべ、偉そうに口を開いた。
「お前ら、『俺様が何とかしてやる』と言ったら、どうする?」
新井は驚いて天野を見上げた。
「なんとか、なるもんなんすか……?」
「ああ、手はあるぞ。借金を返し、お前の女が泡風呂に沈むこともない。そんな最高の未来を、俺様は手にしている」
新井はその場に土下座した。
林も新井と共に膝をつく。
「お、お願いします! 天野さん! どうか助けてください!」
林も泣きながら天野にすがった。
「お願いします! 浩ちゃんを助けてあげてください!」
天野は満足気に2人の土下座姿を眺めると、偉そうに告げた。
「2人とも感謝しろ。お前らの依頼、この天才クソ野郎が受けた」
しゃがみこみ、土下座している新井に尋ねる。
「新井よ、お前の店のナンバーワンの売り上げ、月いくらだ?」
「えっと確か……。300いかないくらいっす」
「しけた店だ。よくやっていけるな」
「まだ独立したばかりで小さいんです」
「お前以外にホストは何人いる?」
「うちは3人っす」
「3人だと? 店長を入れてか?」
「はい」
「よくそんな小さい店で100万も借金作ったな。ある意味天才だ」
天野は新井を立ち上がらせると、ニタニタ笑いながら言った。
「明日、ホストの新人が1人、いや2人。体験で入りたいと伝えろ」
「……えぇ? えっと、ホストの知り合いがいるんすか?」
「いや、いない」
「え? じゃあ……?」
天野は親指で自分を指した。
「俺様だ。この天才クソ野郎がホストをやってやる。ついでにもう1人、その手のプロを連れてくる。ただし、便所掃除みたいな新人の仕事はやらねぇぞ。店長には他店の経験者だと伝え、下っ端のランクだと思わせるな」
「うぇぇ? マジすか? あ、天野さん、ホストやったことあるんすか?」
「愚問だな。当たり前だ」
天野はどこまでも偉そうに言い放った。
「ホストなんて、俺様にかかれば全てうまくいくのさ。そして、お前に東京が持つ『真の暗闇』というものを教えてやろう」




