天野くんの後日談
柏田麻紀への襲撃事件は、メディアに大きく取り上げられることはなかった。
どの紙面にも小さく、『暴力団組員と芸能事務所の人間が逮捕された』というニュースが紹介されただけ。
柏田の名前はおろか、高嶋麻友子の名前も出ていない。
天野としては若干不本意な結末だったが、それが2人のアイドルにとって最適な結末である、とも理解していた。
事を起こしたのは周囲の人間たちだ。
アイドルには何の落ち度もない。
やがて風化され、消えてしまう事件となり、人々の記憶に残ることもない。
それこそが、アイドルたちが望んでいる結末ともいえるからだ。
**********
事件から幾日かの日が過ぎた。
その日、涼太は学生食堂の2階テラス席を目指していた。
久々に天野と昼食を共にしようと考えていたのだが、
「あれ? クソ野郎、いないじゃん」
テラスの主である天野の姿がない。
昼時にいないとは珍しい。
涼太は天野に電話してみた。
「……おう、涼太か」
「どうしたの? 今日はお昼食べないの?」
「今、グアムに来ていてな」
「グアム!?」
涼太は驚いてスマホを落としそうになった。
「な、な、なんでグアムになんかいるのよ!?」
「頼まれたんだよ」
「頼まれたぁ? なにをさ? 誰によ?」
「前島に頼まれて……おっと、噂をすれば本人が来たぞ」
天野の声の向こうから「師匠、誰と話してるんですか?」という前島の声が聞こえる。
「ちょっとどういうこと! 前島さんとグアムにいるってこと!? なにその羨ましすぎるデート!」
「前島、涼太からだ。変わるか?」
「ねぇ聞いてる勇二!?」
「あ、涼太さーん。前島ですよー」
スマホからのんびりした前島の声が響く。
「前島さん!? マジで前島さんなの!? 勇二とグアムに行ってるの!?」
「そうですよ。涼太さんにお土産買っていきますね」
「なんで!? なんで僕は誘ってくれないの!? 僕だってグアム行きたい!」
必死に叫ぶが、電話は再び天野の手に戻った。
「そういうワケだ」
「どういうワケよぉ!? ちゃんと説明してくれないかな! かな!?」
「だから、またボディガードを頼まれたんだよ」
「えぇっ!? 前島さんに?」
「ああ、そうだ。正確にいえば、前島と柏田に頼まれたんだ」
涼太は「柏田」という言葉を聞いて激しく動揺した。
「ま、ま、ままままきりん!!! まきりんも一緒なの!? グアムにいるの!? 僕はまきりん推しだよ! なんで僕を誘ってくれなかったのさ!!!」
「いや、涼太も呼ぶかと訊いたんだが、2人とも俺だけでいいって言うからよ」
「そんな!? ウソでしょ!?」
「あ、おい、前島」
「ねぇ聞いてる!?」
スマホの向こうで「なんですか師匠?」という前島の声が聞こえる。
「柏田の水着がずれて片乳が出てるぞ。注意してこい」
スマホの向こうで前島が「まきりーん! おっぱい出てるよ!」と叫んでいる。
「えええええぇ!? もしかして水着なの!? ビーチにいるってこと!? 片乳ってなに!? なにその羨まけしからんシチュエーション! 片乳が出てるってどういうことなのさッ!!!」
どうやら天野は涼太の声が聞こえてないようだ。
のんびりした口調で言った。
「いやぁ、涼太よ。グアムはいいぞ。心の洗濯とはまさにこのことだな。お前も良かったら来いよ」
「そりゃ行きたいっての! なんだよその余裕!? あとまきりんの片乳ってどういうことよ!? どんなおっぱいなの!? 乳首とかは何色なの!? 乳首はッ!」
「じゃあな。電話代が高いから切るぞ」
電話はあっさりと切られた。
「あああぁぁぁぁぁ!! ちょっと待ってよ勇二! 勇二ってば! なんだよもぉぉぉー! まきりんの片乳ってなんだよぉーーー! 僕ちゃんもグアムに連れてってよぉぉぉーーー!!!」
涼太の悲しげな悲鳴が、いつまでもテラスに響いていた。
(おしまい)
ご愛読いただきありがとうございます。
何かひとつでも心に残るものがあれば幸いです。




