天野くんのお仕置き
病室の扉が微かな音をたてて、ゆっくりと開いた。
3人の男たちが足音をたてずに侵入し、静かに扉を閉める。
入り口には1人の男が残り、2人の男は懐から刃物を取り出した。
静かにベッドへ近づく。
ベッドには毛布を被り、長い髪を顔まで垂らした膨らみが横たわっている。
男たちは互いに顔を見合わせると、思い切り刃物を突き刺した。
ざくざくと、異物を切り裂く音が病室に響く。
手応えに違和感を覚えた男が毛布を剥ぎ取った。
「な、なんだ、これは……?」
ベッドにはカツラを被らされた人体模型が横たわっていた。
男たちが困惑しながらそれを見つめていると、入り口に立っていた男が「ぐぎゃ」と、小さな悲鳴をあげて倒れた。
「ネズミ共、罠にかかったな」
天野が声をあげた。
長い白衣をまとい、不敵な笑みを浮かべている。
「な、なぜだ」
「なぜもクソもないさ。お前らこの天才クソ野郎の作戦に、見事に引っかかったんだよ」
天野は白衣のポケットに手を入れ、偉そうに侵入者たちを見下している。
隣には構えている涼太の姿。
もう素早く動けるよう、体中に力を溜めている。
「ナゼだ。柏田、どこダ?」
天野は嬉しそうに笑った。
「クックック……。お前に出会えて幸いだよ。このテコンドー野郎め。お前とは決着をつけたいと思っていたんだ」
涼太もからかうように声をあげる。
「もう逃げられないよ。観念したほうがいいんじゃない?」
スーツ姿の男が、懐から特殊警棒を取り出した。
「ふん、どうせ素人だ」
それを見ると、天野が驚いて言った。
「ほう? お前、本当に特殊警棒しか持っていなかったのか? 拳銃のひとつでも、隠し持っているんじゃないかと警戒していたんだがな」
不敵な笑みを浮かべたまま男の名前を呼ぶ。
「佐久間よ」
長髪のテコンドー男と佐久間が、じりじりと間合いを詰めてくる。
2人の右手には長い刃物。
佐久間は左手に特殊警棒まで持っている。
「ねぇ、勇二。僕の相手は佐久間さんでいいよね」
「そうだな。俺様はテコンドー野郎との決着をつける」
「僕ちゃんの華麗な足技に期待しちゃってよ」
あまりに余裕と自信に満ちた2人の声を聞き、佐久間が顔を歪めて叫んだ。
「お前らみたいな若造の素人が、プロに勝てるとでも思ってるのか? 柏田はどこだ!? 言わなければ2人とも殺すぞ!」
天野は「あっはっは」と両手を叩いて笑うと、気障ったらしい指先を翻した。
リズムを刻むように振り回し、自らの頭を人差し指でトントンと叩く。
「本当に頭の足りない、馬鹿で間抜けな連中だ。ここは俺様のコネがあるVIP室と言っただろう? ここには別の場所に移動する『隠し通路』というカラクリがあるのさ。柏田はそこを通って避難している。そしてお前らは、俺たちにここで潰される」
佐久間が驚いて叫んだ。
「そんな馬鹿な! 柏田は睡眠薬を飲んで眠っているはずだ!」
「あれも全て芝居だよ。さすが一流のアイドル様。あれぐらいの演技はお手の物、というワケさ。あまりの見事な演技力に脱帽したよ。やはり前島が抜けた後のセンターは、柏田しか考えられないな」
そう言いながら、床に呻いて倒れている男を蹴り飛ばす。
「最初からな、こいつが臭いと睨んでたんだよ。全てはこの場面に持ってくるためのブラフさ。ネズミ捕りの罠だ。お前らはチーズに釣られて引っかかった、脳がスポンジみたいに馬鹿な2匹のネズミさ。そして、3匹目のネズミは誰だ?」
地面で呻いている男に声をかけた。
「お前のことだ。宮元よ」
宮元は鼻と股間を潰されて呻いていた。
隠し通路から飛び出した天野が鼻を潰し、涼太が股間を蹴り上げたのだ。
警告の声をあげる隙もなかった。
「キサマら、殺す」
「生意気なガキめ。殺してでも、この部屋を出るぞ」
長髪のテコンドー男が刃物を投げ捨てた。テコンドーの構えを取る。
この男には刃物なんて必要ない。自らの足技が最大の武器。その方が確実に仕留める自信がある。
佐久間も刃物と特殊警棒を振りかぶり、涼太に飛びかかった。
「はぁ……。やっぱりプロは怖いなぁ」
涼太は冷静に懐から『テーザー銃』を取り出した。
射出式のスタンガンだ。
迷うことなくトリガーを引き、佐久間に向けて発射した。
「な、なに!?」
天野たちが武装していない、と油断していた佐久間が怯んだ時には遅かった。
佐久間の体に針が突き刺さる。
即座に激しい電流が体中に流れた。
「ぐあああっ!」
「かーらーの! イナヅマッ!!!」
涼太は素早く跳躍すると、佐久間の顔面に右のハイキックを叩き込んだ。
完全にクリーンヒットした。
それでも佐久間は倒れない。
涼太は舌打ちしながら強力なスタンガンを取り出し、佐久間に押し付けた。
「ぎゃああああ!」
悲鳴と白い泡を吐き出し、佐久間は今度こそ床に倒れた。
「おいおい、稲妻キックで仕留めるんじゃなかったのか?」
「うん、やっぱり中学生の技だね。科学の力が最強だよ」
天野は白衣のポケットに手を入れたまま、テコンドー男と向き直る。
「お仲間が1人お亡くなりになったぜ。お前は見ているだけで満足なのか?」
「オレが、2人トモ、殺す。構えろ」
「とっくに構えてるぜ。俺様はいつも白衣を着て喧嘩をしているせいか、この方がしっくりくるんだ。俺にとって白衣はヒーローのマントみたいなものさ。さぁ、早くやろうぜ」
天野はケタケタと笑った。
「それとも何か? 俺様が怖いのか? ビビって小便でも漏らすか? 殺したいほど柏田が好きならば、その人体模型でも抱きしめて慰めてもらったらどうだ?」
「黙レッ!!!」
テコンドー男による拳のラッシュが襲いかかった。
ワンツーから鋭いフック。ショートアッパーを振り回す。
拳だけでも一流のスピードと威力だ。
天野は後退して避けながらポケットから手を出し、両手を素早く閃かせた。
「な、なんダト……?」
血飛沫が周囲に飛び散った。
テコンドー男が切り裂かれた自らの腕を驚いて見つめる。
「どうだ? よく切れるメスだろう?」
天野は白衣のポケットから取り出したメスを、悪魔の笑みを浮かべながら突きつけた。
鮮血がメスから滴り落ちている。
「これが俺様の得意技さ。素手で戦ってもらえる、なんて甘いことは考えないことだな。綺麗に切り刻んでオペしてやるよ」
「チィ……。卑怯者が……!」
「卑怯だと? それは天才クソ野郎への褒め言葉だな」
そう言って、両手に持ったメスをテコンドー男の顔面めがけて投げ放った。
2本の切れ味鋭いメスがダーツのように飛んで行く。
「クソッ!」
テコンドー男が咄嗟にメスを両手で薙ぎ払う。
その懐に天野が滑り込む。
再び胸元からメスを取り出して、テコンドー男の腕を切り裂いた。
「おっと。騒がしいクランケだ」
すぐに距離を取って離れる。
徹底したヒットアンドアウェイだ。
まずはテコンドー男の腕を切り刻むつもりだ。
「チィッ!」
拳ではラチがあかないと考え、テコンドー男はくるんと体を回転させて、廻し蹴りを天野の腹にぶち込んだ。
素早く重い自慢の蹴り技だ。
涼太の足技なんて遥かに凌駕する本職の蹴り。
蹴る瞬間の足が、天野の目からは消えたようにすら見えた。
(なんて蹴りだ。人体とはこんなに速く動くのか)
両腕のガードが寸前で間に合った。
この一撃だけで腕が麻痺しそうだ。
もう一度同じ蹴りを受け止めれば、骨にヒビが入るかもしれない。
「こいつの蹴りが厄介だ! 避けろ! 腕が折れそうだ!」
竜巻のような蹴りのラッシュが、天野に襲いかかった。
上段、下段へのコンビネーション。
さらに跳躍して高く脚を上げる。
踵が空気を切り裂き、天野の鎖骨を粉砕するために落ちてくる。
「くそっ!」
一切の手加減がなかった。
以前に相対した時よりも、蹴りの速度が一段階上がっている。
メスで切る隙なんかない。
抵抗はおろか防御もできない。
無様に逃げ回るしかない。
一撃でも命中すれば天野の動きを静止させ、2発目で致命的な損傷を与え、3発目で死に至らしめることができるだろう。
(本気で蹴り殺しにきてやがる。間合いに近づくこともできない)
部屋の隅に追い詰められるのが最悪だ。
天野は部屋中を転げ回りながら、テコンドー男のラッシュから逃げ続けた。
(テーザー銃はひとつしかない。くそっ、近づけなければスタンガンなんて意味がねぇぞ)
劣勢の天野を見て涼太が参戦した。
「これでどうよ!」
パイプ椅子を手に取った。
遠距離から思いきり投げつける。
「ウガアァァッ!」
テコンドー男は回し蹴りを叩きこみ、壁まで椅子を叩き飛ばす。
その一撃で椅子はノックアウト。
バラバラに吹き飛び、もはや原型を留めていない。
「ひぃ! 勇二ぃぃ! 何とかしてぇ!」
天野と涼太は無様に部屋中を逃げ回っていたが、テコンドー男としても必死だった。
柏田の殺害には失敗。
正体まで突き止められた。
もう天野たちを殺して部屋を出るしかないのだ。
(コイツは強すぎる。生半可な兵器で勝てる相手じゃない)
天野はベッドの上を転がった。
テコンドー男との距離を取る。
そして胸元のポケットから小瓶を取り出した。
(……だが、腕力で勝っていても、俺様という卑怯を超えられやしない)
小瓶の蓋を親指で開け放つ。
同時に人体模型をテコンドー男に投げつけた。
「ほらよ!」
テコンドー男の二段蹴りが、人体模型をバラバラに蹴り殺した。
それと同時にベッドを踏み台にして、天野が高く跳躍した。
飛び蹴りか。
膝蹴りか。
肘を振り下ろすのか。
体ごと当ててくるのか。
テコンドー男は一瞬迷ったが、上段蹴りで迎え撃った。
もし飛びかかったのが天野本人であれば、パイプ椅子のように壁まで蹴り飛ばされていただろう。
だが天野は自らの体ではなく、小瓶の中身をテコンドー男の顔にぶちまけた。
「グアアアアァァァ!」
顔面から白い泡がジュワッと立ち上がる。
肉が焼ける嫌な臭いが広がる。
火を押し当てられたような熱い痛みが走り、テコンドー男は苦しそうに顔を掻かきむしった。
「薄い塩酸だ。安心しろ」
天野は小瓶を投げ捨てると、テコンドー男の股間に前蹴りを放った。
真正面からもう一度高く跳躍。
テコンドー男の頭を掴み、左の飛び膝蹴りを叩き込んだ。
「ぐ、はぁ、な、がぁ……」
鼻骨を完璧に粉砕した。
鼻血が勢いよく吹き出している。
それでも相手は倒れない。
「涼太。よこせ」
「はいよ!」
涼太がスタンガンを投げる。
それを受け取ると、テコンドー男の首元に押し当てた。
「ギャアアアアッ!」
テコンドー男の動きが停止した。
静かに膝をつき、ゆっくり前のめりに倒れた。
「やはり、科学の力が最強か」
残念そうに呟くと、また新しいメスを取り出した。
「さて……。残るネズミは1匹だ」
天野は極悪の笑みを浮かべた。
ゆっくりと宮元に近づく。
右手には2本のメスが握られ、死の輝きを放っている。
「さぁ、宮元よ。俺様の大好きな拷問の時間だ。全て吐いてもらおうか。お前らの組織の正体を教えてもらおう。握手会終了まではたっぷり時間があるぜ。昨日、お前が大学に寄ってくれたおかげで、メスも薬品もスタンガンも全て揃っている。医学部の俺様が絶望という名のオペをしてやろう。死んだ方がマシだと思うほどの地獄に招待してやるよ」
白衣を着た悪魔が、楽しそうにメスを振りかぶっている。
涼太もスタンガンを握り、ニヤニヤと不敵な笑みを浮かべている。
宮元は泣きながら悲鳴をあげた。
「話します!!! 話しますから、命だけは勘弁してください!!」
天野は極悪の笑みを浮かべたまま、満足気にその姿を見下ろしていた。




