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天才クソ野郎の事件簿  作者: つばこ
彼女を上手にスキャンダルから守る方法
57/91

天野くんのお仕置き




 病室の扉が微かな音をたてて、ゆっくりと開いた。

 3人の男たちが足音をたてずに侵入し、静かに扉を閉める。


 入り口には1人の男が残り、2人の男は懐から刃物を取り出した。

 静かにベッドへ近づく。

 ベッドには毛布を被り、長い髪を顔まで垂らした膨らみが横たわっている。


 男たちは互いに顔を見合わせると、思い切り刃物を突き刺した。

 ざくざくと、異物を切り裂く音が病室に響く。

 手応えに違和感を覚えた男が毛布を剥ぎ取った。


「な、なんだ、これは……?」


 ベッドにはカツラを被らされた人体模型が横たわっていた。

 男たちが困惑しながらそれを見つめていると、入り口に立っていた男が「ぐぎゃ」と、小さな悲鳴をあげて倒れた。


「ネズミ共、罠にかかったな」


 天野が声をあげた。

 長い白衣をまとい、不敵な笑みを浮かべている。


「な、なぜだ」

「なぜもクソもないさ。お前らこの天才クソ野郎の作戦に、見事に引っかかったんだよ」


 天野は白衣のポケットに手を入れ、偉そうに侵入者たちを見下している。

 隣には構えている涼太の姿。

 もう素早く動けるよう、体中に力を溜めている。


「ナゼだ。柏田、どこダ?」


 天野は嬉しそうに笑った。


「クックック……。お前に出会えて幸いだよ。このテコンドー野郎め。お前とは決着をつけたいと思っていたんだ」


 涼太もからかうように声をあげる。


「もう逃げられないよ。観念したほうがいいんじゃない?」


 スーツ姿の男が、懐から特殊警棒を取り出した。


「ふん、どうせ素人だ」


 それを見ると、天野が驚いて言った。


「ほう? お前、本当に特殊警棒しか持っていなかったのか? 拳銃のひとつでも、隠し持っているんじゃないかと警戒していたんだがな」


 不敵な笑みを浮かべたまま男の名前を呼ぶ。


「佐久間よ」


 長髪のテコンドー男と佐久間が、じりじりと間合いを詰めてくる。

 2人の右手には長い刃物。

 佐久間は左手に特殊警棒まで持っている。


「ねぇ、勇二。僕の相手は佐久間さんでいいよね」

「そうだな。俺様はテコンドー野郎との決着をつける」

「僕ちゃんの華麗な足技に期待しちゃってよ」


 あまりに余裕と自信に満ちた2人の声を聞き、佐久間が顔を歪めて叫んだ。


「お前らみたいな若造の素人が、プロに勝てるとでも思ってるのか? 柏田はどこだ!? 言わなければ2人とも殺すぞ!」


 天野は「あっはっは」と両手を叩いて笑うと、気障ったらしい指先を翻した。

 リズムを刻むように振り回し、自らの頭を人差し指でトントンと叩く。


「本当に頭の足りない、馬鹿で間抜けな連中だ。ここは俺様のコネがあるVIP室と言っただろう? ここには別の場所に移動する『隠し通路』というカラクリがあるのさ。柏田はそこを通って避難している。そしてお前らは、俺たちにここで潰される」


 佐久間が驚いて叫んだ。


「そんな馬鹿な! 柏田は睡眠薬を飲んで眠っているはずだ!」

「あれも全て芝居だよ。さすが一流のアイドル様。あれぐらいの演技はお手の物、というワケさ。あまりの見事な演技力に脱帽したよ。やはり前島が抜けた後のセンターは、柏田しか考えられないな」


 そう言いながら、床に呻いて倒れている男を蹴り飛ばす。


「最初からな、こいつが臭いと睨んでたんだよ。全てはこの場面に持ってくるためのブラフさ。ネズミ捕りの罠だ。お前らはチーズに釣られて引っかかった、脳がスポンジみたいに馬鹿な2匹のネズミさ。そして、3匹目のネズミは誰だ?」


 地面で呻いている男に声をかけた。


「お前のことだ。宮元よ」


 宮元は鼻と股間を潰されて呻いていた。

 隠し通路から飛び出した天野が鼻を潰し、涼太が股間を蹴り上げたのだ。

 警告の声をあげる隙もなかった。


「キサマら、殺す」

「生意気なガキめ。殺してでも、この部屋を出るぞ」


 長髪のテコンドー男が刃物を投げ捨てた。テコンドーの構えを取る。

 この男には刃物なんて必要ない。自らの足技が最大の武器。その方が確実に仕留める自信がある。

 佐久間も刃物と特殊警棒を振りかぶり、涼太に飛びかかった。


「はぁ……。やっぱりプロは怖いなぁ」


 涼太は冷静に懐から『テーザー銃』を取り出した。

 射出式のスタンガンだ。

 迷うことなくトリガーを引き、佐久間に向けて発射した。


「な、なに!?」


 天野たちが武装していない、と油断していた佐久間が怯んだ時には遅かった。

 佐久間の体に針が突き刺さる。

 即座に激しい電流が体中に流れた。


「ぐあああっ!」

「かーらーの! イナヅマッ!!!」


 涼太は素早く跳躍すると、佐久間の顔面に右のハイキックを叩き込んだ。

 完全にクリーンヒットした。

 それでも佐久間は倒れない。

 涼太は舌打ちしながら強力なスタンガンを取り出し、佐久間に押し付けた。


「ぎゃああああ!」


 悲鳴と白い泡を吐き出し、佐久間は今度こそ床に倒れた。


「おいおい、稲妻キックで仕留めるんじゃなかったのか?」

「うん、やっぱり中学生の技だね。科学の力が最強だよ」


 天野は白衣のポケットに手を入れたまま、テコンドー男と向き直る。


「お仲間が1人お亡くなりになったぜ。お前は見ているだけで満足なのか?」

「オレが、2人トモ、殺す。構えろ」

「とっくに構えてるぜ。俺様はいつも白衣を着て喧嘩をしているせいか、この方がしっくりくるんだ。俺にとって白衣はヒーローのマントみたいなものさ。さぁ、早くやろうぜ」


 天野はケタケタと笑った。


「それとも何か? 俺様が怖いのか? ビビって小便でも漏らすか? 殺したいほど柏田が好きならば、その人体模型でも抱きしめて慰めてもらったらどうだ?」

「黙レッ!!!」


 テコンドー男による拳のラッシュが襲いかかった。

 ワンツーから鋭いフック。ショートアッパーを振り回す。

 拳だけでも一流のスピードと威力だ。

 天野は後退して避けながらポケットから手を出し、両手を素早く閃かせた。



挿絵(By みてみん)



「な、なんダト……?」


 血飛沫ちしぶきが周囲に飛び散った。

 テコンドー男が切り裂かれた自らの腕を驚いて見つめる。


「どうだ? よく切れるメスだろう?」


 天野は白衣のポケットから取り出したメスを、悪魔の笑みを浮かべながら突きつけた。

 鮮血がメスから滴り落ちている。


「これが俺様の得意技さ。素手で戦ってもらえる、なんて甘いことは考えないことだな。綺麗に切り刻んでオペしてやるよ」

「チィ……。卑怯者が……!」

「卑怯だと? それは天才クソ野郎への褒め言葉だな」


 そう言って、両手に持ったメスをテコンドー男の顔面めがけて投げ放った。

 2本の切れ味鋭いメスがダーツのように飛んで行く。


「クソッ!」


 テコンドー男が咄嗟とっさにメスを両手でぎ払う。

 その懐に天野が滑り込む。

 再び胸元からメスを取り出して、テコンドー男の腕を切り裂いた。


「おっと。騒がしいクランケだ」


 すぐに距離を取って離れる。

 徹底したヒットアンドアウェイだ。

 まずはテコンドー男の腕を切り刻むつもりだ。


「チィッ!」


 拳ではラチがあかないと考え、テコンドー男はくるんと体を回転させて、廻し蹴りを天野の腹にぶち込んだ。

 素早く重い自慢の蹴り技だ。

 涼太の足技なんて遥かに凌駕する本職の蹴り。

 蹴る瞬間の足が、天野の目からは消えたようにすら見えた。


(なんて蹴りだ。人体とはこんなに速く動くのか)


 両腕のガードが寸前で間に合った。

 この一撃だけで腕が麻痺しそうだ。

 もう一度同じ蹴りを受け止めれば、骨にヒビが入るかもしれない。


「こいつの蹴りが厄介だ! 避けろ! 腕が折れそうだ!」


 竜巻のような蹴りのラッシュが、天野に襲いかかった。

 上段、下段へのコンビネーション。

 さらに跳躍して高く脚を上げる。

 踵が空気を切り裂き、天野の鎖骨を粉砕するために落ちてくる。


「くそっ!」


 一切の手加減がなかった。

 以前に相対した時よりも、蹴りの速度が一段階上がっている。

 メスで切る隙なんかない。

 抵抗はおろか防御もできない。

 無様に逃げ回るしかない。

 一撃でも命中すれば天野の動きを静止させ、2発目で致命的な損傷を与え、3発目で死に至らしめることができるだろう。


(本気で蹴り殺しにきてやがる。間合いに近づくこともできない)


 部屋のすみに追い詰められるのが最悪だ。

 天野は部屋中を転げ回りながら、テコンドー男のラッシュから逃げ続けた。


(テーザー銃はひとつしかない。くそっ、近づけなければスタンガンなんて意味がねぇぞ)


 劣勢の天野を見て涼太が参戦した。


「これでどうよ!」


 パイプ椅子を手に取った。

 遠距離から思いきり投げつける。


「ウガアァァッ!」


 テコンドー男は回し蹴りを叩きこみ、壁まで椅子を叩き飛ばす。

 その一撃で椅子はノックアウト。

 バラバラに吹き飛び、もはや原型を留めていない。


「ひぃ! 勇二ぃぃ! 何とかしてぇ!」


 天野と涼太は無様に部屋中を逃げ回っていたが、テコンドー男としても必死だった。

 柏田の殺害には失敗。

 正体まで突き止められた。

 もう天野たちを殺して部屋を出るしかないのだ。


(コイツは強すぎる。生半可な兵器で勝てる相手じゃない)


 天野はベッドの上を転がった。

 テコンドー男との距離を取る。

 そして胸元のポケットから小瓶を取り出した。


(……だが、腕力で勝っていても、俺様という卑怯を超えられやしない)


 小瓶の蓋を親指で開け放つ。

 同時に人体模型をテコンドー男に投げつけた。


「ほらよ!」


 テコンドー男の二段蹴りが、人体模型をバラバラに蹴り殺した。

 それと同時にベッドを踏み台にして、天野が高く跳躍した。


 飛び蹴りか。

 膝蹴りか。

 肘を振り下ろすのか。

 体ごと当ててくるのか。

 テコンドー男は一瞬迷ったが、上段蹴りで迎え撃った。


 もし飛びかかったのが天野本人であれば、パイプ椅子のように壁まで蹴り飛ばされていただろう。

 だが天野は自らの体ではなく、小瓶の中身をテコンドー男の顔にぶちまけた。


「グアアアアァァァ!」


 顔面から白い泡がジュワッと立ち上がる。

 肉が焼ける嫌な臭いが広がる。

 火を押し当てられたような熱い痛みが走り、テコンドー男は苦しそうに顔を掻かきむしった。


「薄い塩酸だ。安心しろ」


 天野は小瓶を投げ捨てると、テコンドー男の股間に前蹴りを放った。

 真正面からもう一度高く跳躍。

 テコンドー男の頭を掴み、左の飛び膝蹴りを叩き込んだ。


「ぐ、はぁ、な、がぁ……」


 鼻骨を完璧に粉砕した。

 鼻血が勢いよく吹き出している。

 それでも相手は倒れない。


「涼太。よこせ」

「はいよ!」


 涼太がスタンガンを投げる。

 それを受け取ると、テコンドー男の首元に押し当てた。


「ギャアアアアッ!」


 テコンドー男の動きが停止した。

 静かに膝をつき、ゆっくり前のめりに倒れた。


「やはり、科学の力が最強か」


 残念そうに呟くと、また新しいメスを取り出した。


「さて……。残るネズミは1匹だ」


 天野は極悪の笑みを浮かべた。

 ゆっくりと宮元に近づく。

 右手には2本のメスが握られ、死の輝きを放っている。


「さぁ、宮元よ。俺様の大好きな拷問の時間だ。全て吐いてもらおうか。お前らの組織の正体を教えてもらおう。握手会終了まではたっぷり時間があるぜ。昨日、お前が大学に寄ってくれたおかげで、メスも薬品もスタンガンも全て揃っている。医学部の俺様が絶望という名のオペをしてやろう。死んだ方がマシだと思うほどの地獄に招待してやるよ」


 白衣を着た悪魔が、楽しそうにメスを振りかぶっている。

 涼太もスタンガンを握り、ニヤニヤと不敵な笑みを浮かべている。

 宮元は泣きながら悲鳴をあげた。


「話します!!! 話しますから、命だけは勘弁してください!!」


 天野は極悪の笑みを浮かべたまま、満足気にその姿を見下ろしていた。




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