天野くんと握手会当日
天野はここで襲撃されることも覚悟していたが、その気配は感じられなかった。
3時間交代で部屋を見張り続けたが、朝まで異常は発生しなかった。
朝の7時半になると、宮元と川口が急いで最上階まで上がって来た。
「天野さん! おはようございます! 柏田は無事ですか!?」
「来たか。今、2人を呼び出そう」
スマートフォンを取り出して前島に電話をかける。
「天野だ。起きているようだな。川口たちが来ている。扉を開けてくれ」
しばらくすると静かに部屋のロックが外された。
欠伸をしながら前島が顔を出す。
「ふわぁぁぁ……。師匠、おはようございます」
背後から柏田も顔を出した。
丁寧に頭を下げる。
「皆さん、おはようございます。昨晩はありがとうございました。おかげで安心して眠れました」
2人とも無事だ。
川口は安堵して前島に声をかけた。
「悠子ちゃん、早速握手会に行きましょう。……あら? 珍しいわね。もうメイクしていたの?」
「あ、当たり前じゃないですか。私はアイドルなんですよ。いつだって人様にお見せできるようにメイクをしていますよ」
「おかしいわね……。いつも寝癖すら直さず起きてくるのに……」
川口が首を捻っていると、柏田が悪戯っ子のように微笑んだ。
「ゆうこちゃん、師匠にスッピンは見せられないって、早起きしてメイクしてたんですよ」
「も、もう! まきりん内緒にしてって、言ったのにぃ!」
恥ずかしそうに抗議する前島を無視して、天野は宮元に尋ねる。
「宮元よ、今日は柏田の護衛に入れるな?」
「もちろんです。天野さんと共に護衛するため、一日の予定を空けております」
「それでいい。ちょっとスケジュールを作成しよう」
涼太、佐久間、宮元。
3人の顔を見つめる。
天野にとってここからが本番だ。
「10時までは、俺と涼太がペアで入り口を見張る。その後は佐久間と宮元がペアで、12時まで見張りを頼む。午後からは3人体制に移行し、順に2時間ごとに交代していこう」
3人とも黙って頷いた。
天野は柏田にも言い聞かせる。
「この部屋の扉は終日ロックしてくれ。誰が電話しても開けるな。銃でも突きつけられて脅されれば、誰だって拒否するのは難しい。それを防ぐために、このルールを守ってもらいたい」
そう言ってカードキーを取り出した。
「扉を開けることができるのは、このカードキーだけだ。念のため、見張り役の人間に持たせる。病院のセキュリティは甘くなっている。敵が襲って来るならば、この昼間の時間帯、そして握手会が開催される時間帯になるだろう。この病院を知られている可能性は低いと思うが、各自油断するな。あと柏田、これを飲め」
天野は懐から青い錠剤を取り出した。
「睡眠薬だ。夕方までゆっくり眠れる。疲れもとれるだろう」
「はい、わかりました」
柏田はすぐに薬を飲み込むと、念を押すように尋ねた。
「私は誰が呼んでも、扉を開けてはいけないんですね」
「そうだ。絶対に外へ出るな。むしろ電話やメールを全て無視しろ。宮元よ、それでも構わないな?」
「大丈夫です。何事もなければいいんですが……」
「事務所に追加の犯行声明は届いているか?」
「いえ、何もありません」
「そうか……。涼太よ、見張りに立つぞ。柏田、ゆっくり休め」
「はい、皆様どうか、よろしくお願いします」
柏田は何度も頭を下げた。
「私のためにご迷惑をおかけし、本当に申し訳なく思います……。この恩は一生忘れません。どうか皆様、ご無事で」
静かに部屋の扉を閉める。
そして内側から鍵をかけた。
それを見届けると前島が元気よく言った。
「師匠! それでは握手会に行ってきますね!」
「ああ、頑張れよ。川口よ、ちゃんと前島にもボディガードをつけてやってくれ」
「はい。天野様、ご迷惑をおかけしますが、何卒よろしくお願いします」
前島と川口は握手会へ向かった。
その背中を見送り、佐久間が尋ねた。
「天野さん、私は休んだばかりです。代わりにお立ちしましょうか?」
「いや、それには及ばない。握手会は12時から始まる。この一番危険なメインの時間帯を、プロである佐久間にまかせたいと考えている。10時までは自由にしてくれ」
「なるほど。了解しました」
その言葉を聞き、宮元も尋ねた。
「では私も10時まで休んだ方がよろしいですか?」
「その方が助かる。結局のところ、一番頼りになるのはプロと関係者の人間だ。危険な時間帯になるが頼むぞ」
「了解しました。おまかせください」
佐久間と宮元は仮眠室へ向かった。
2人の背中を見送りながら涼太が呟く。
「……ねぇ。本当に勇二の予想通りになるかな」
「なるさ。天才クソ野郎の作戦に穴はない。完璧に進行しているだろう?」
「まぁねぇ。地球は天才クソ野郎を中心に回ってるのかな、なんて思うね」
涼太は大きく背伸びをし、念入りにストレッチをしている。
「襲撃犯に勝てるかなぁ。僕はそれだけが心配だよ」
「お前の華麗な足技に期待してるぜ」
「僕ちゃんの『必殺・稲妻キック』が、相手をぶちのめせればいいんだけど」
涼太は脚を高く上げながら「必殺・稲妻キック!」と叫び、ポーズを決めている。
「中学生みたいなネーミングセンスだな」
「威力を考えたら、それしかないでしょ」
「クックック……。確かにそうだ」
天野は腕組みしながら不敵な笑みを浮かべ、どこか楽しそうに呟いた。
「さぁ、ネズミ共め。今度は逃がさないぜ。確実に潰してやる」




