天野くんの護衛
「……柏田を入院させよう。あの病院を使うしかあるまい」
宮元は驚いて尋ねた。
「入院って……柏田をですか? 柏田を入院させるんですか?」
「そうだ。俺様のコネがある病院を使うぞ。最高の部屋を手配しよう」
指先をパチリと鳴らし、天野は気障ったらしい笑みを浮かべた。
「敵は柏田の自宅マンション前で待ち伏せしていた。なぜか知らないが、柏田の個人情報が漏れている可能性が高い。それはつまり『アイケープロが持つ情報が漏れている』ということに等しい。事務所のアジトは危険だ。体調不良という理由があれば、入院も不自然なことではないだろう」
病院、という言葉を聞いて涼太は気づいた。
天野は切り札を使うつもりだ。
「あの病院を使うの? いいの?」
「それが一番確実だ。気乗りはしないが仕方あるまい」
「あそこなら確かに安全だ……。勇二、本気だね」
宮元は不安気に2人の顔を見つめる。
「あ、あの、どこの病院に入院させるんですか?」
「都内にある病院だ。VIP室に入院させる。一般人が利用することは少なく、セキュリティも完備されている。こちらも護衛し易い」
「その病院の中に、柏田を匿うことができるんですか?」
「できる。握手会の当日は病室で過ごしてもらおう」
「本日はどうしましょう? 仕事もキャンセルして病院に直行させますか?」
少し思案しながら、ベッドにいる涼太に尋ねる。
「涼太よ、もう動けるか?」
「大丈夫だよ。そんなに痛みも熱もない」
「涼太が動けるのであれば、柏田はいつも通り仕事に専念してもらおう。ボディガードは手配できたか?」
「もちろんです。柏田と前島に1人ずつ手配しております」
天野は舌打ちしながら呟いた。
「少ないな」
「す、すみません。あまりに急だったので」
「いや、人数が少ないほうが指揮を取りやすく好都合かもしれん。3人で護衛しよう」
涼太はベッドから起き上がり、すぐに着替え始めた。
「今日もまきりんに会えるんだね。楽しみだなぁ」
「脳天気な奴だ。今度は散弾銃で狙われても助けないからな」
「それじゃ、僕の華麗な足技で何とかするしかないね」
着替えを終えて病院を出る。
天野たちは宮元の車に乗り込み、柏田のスケジュールを確認した。
「今日は19時までテレビ番組の収録。20時から21時までは雑誌のインタビュー。21時半から23時までラジオの収録となります」
「まったく忙しいな。宮元よ、悪いが大学に寄ってくれ。俺は単位が足りないんだ。そのため教授から受け取るものがある。すぐに終わるから頼めるか?」
「はい、大丈夫です」
一旦大学に立ち寄ると、天野は大きな鞄を抱えて戻って来た。
涼太が呆れたように言った。
「随分と荷物が多いね」
「ああ、教授の野郎、色々と押し付けやがって……。宮元すまない、急ごう」
車がテレビ局に到着した。
宮元は関係者用のパスを天野たちに手渡し、専用の裏口から中に入った。
真っ直ぐタレントの控え室へ向かうと、青ざめた柏田と、前島のマネージャーである川口の姿があった。
川口は天野の姿を見つけると、即座に頭を下げた。
「ああ、天野様に涼太様……。昨日は本当にありがとうございました……」
柏田も隣に立ち、黙って頭を下げる。
2人共、顔色が悪い。
襲撃されたショックから立ち直っていないのだ。
天野はひとつ咳払いすると、柏田に気障ったらしく語りかけた。
「柏田よ、今日から俺と涼太が君を護衛する。君を必ず守ると約束しよう。安心してくれ」
柏田は潤んだ瞳で天野たちを見上げた。
「天野さん、涼太さん。ご迷惑をおかけしますが、よろしくお願いいたします。涼太さんには怪我をさせてしまったのに、本当に申し訳なく思います……」
「気にしないでよ。こんな怪我、舐めておけばすぐ治るよ。まきりんが舐めてくれると、もっと早く治ると思うけど」
軽口を叩く涼太を、天野は呆れながら見つめた。
「お前はすぐ調子に乗りやがる。あの時、撃ち殺されてしまえば良かったのにな」
「酷いことを言うなぁ。僕ちゃんはまきりんのテンションを上げようと必死なワケよ」
「柏田よ、こんな軽薄な馬鹿はアテにならないが、それなりに頑丈だ。撃たれそうになったら盾にして逃げろ」
「そうそう、僕ちゃんを盾に……って、ちょっと! それじゃ僕がマジで撃ち殺されちゃうじゃん!」
「じゃあ、柏田が死ねばいいのか? 薄情な奴だな」
「そうじゃないよぉ。撃たれる前に何とかしようよぉ」
涼太が困惑しながら体をクネクネと揺らせている。
柏田はそのコミカルな姿に安堵の笑みを浮かべた。
散弾銃で撃たれるほどの危険な目にあっているのに、2人は自分を守ってくれると宣言し、どこか不思議な自信に満ちている。
柏田はこの変わった男たちを信じた。
「それでは、お仕事に行きましょう。もう大丈夫かな?」
宮元が優しく尋ねると、柏田は無垢な笑みを浮かべた。
「もう大丈夫です。頑張ります!」
そのまま天野たちはスタジオまで向かった。
今はアイドルグループによるバラエティ番組の収録中だ。
グループのメインメンバーが勢揃いしている。
笑顔で収録に参加する柏田に、メンバーたちは心配そうに声をかけていた。
「撃ち殺されそうになっても、翌日には何事もなかったかのように笑顔でアイドルか。芸能界ってのは過酷なもんだな」
同情したように天野は眺めているが、涼太は興奮を隠しきれない。
「たまんないねぇ。アイドルだらけだよ。みんな可愛いなぁ」
「お前は物知りだな。俺は誰1人知らないぞ」
「もったいないなぁ。コンサートで見たでしょ」
「そう言われると、何人か見覚えがあるな」
柏田はもうアイドルスマイルを浮かべて収録に参加している。
なかなか度胸のあるアイドルだ。
どんな困難でも乗り越えようとする力強さを、天野は感じた。
収録の様子を眺めていると、宮元が天野たちのもとにやって来た。
1人の屈強な男性を連れている。
「天野さん、こちらが柏田の護衛を務める佐久間さんです」
佐久間と呼ばれた男は、スーツに身を包んだ屈強な筋肉の持ち主だった。
身長は天野と同じくらい高く、耳が餃子のように丸い。
柔道の有段者ということが窺えた。
「佐久間と申します。よろしくお願いします」
「天野だ。こっちは佐伯涼太。よろしく頼む」
「佐久間さんは過去に、芸能人や政治家のSPを務めたことがございます。経験豊富で頼れる方ですので、何かあればお尋ねください」
「それは頼りになるな。佐久間とやら、今回は俺様の指示に従ってもらう。構わないな?」
天野は偉そうな態度を崩さない。
別に年長者を軽んじる性格ではないのだが、このボディガードのリーダーは自分だ、という立場を示す必要があるからだ。
佐久間はちょっと訝しげに生意気な若者を眺めた。
「佐久間さん、大丈夫です。今回は天野さんの指示でお願いします」
宮元が助け舟を出すと、佐久間は納得したように頷いた。
「あと皆さんの無線機を用意しました。これを使ってください」
「それは助かるな。チャンネルを合わせよう」
小型の無線機を装着して、アイケープロのジャンパーを着込む。
それぞれ連絡が取れるように準備した上で、スタジオの収録を見守った。
**********
収録は何事もなく終わった。
アイドルたちが楽しそうにスタジオから出てくる。
「……あれ? 師匠だ! 師匠じゃないですか!」
前島が嬉しそうに駆け寄って来た。
メンバーの娘が前島に尋ねる。
「ゆうこちゃん、この人が噂の師匠?」
「そうだよ! 噂の天才クソ野郎だよ! カッコイイでしょ!」
天野は前島を見ると少し嬉しそうに笑った。
「悪いが、今日は柏田の護衛だ」
「まきりんいいなぁ。師匠、私の護衛もしてくださいよ」
「お前にもプロのボディガードをつけてもらうように頼んである。安心しろ」
「わぁ、師匠ってば優しい! あっ、まきりーん! こっちだよ!」
前島に呼ばれて柏田もやって来た。
そのまま一緒に楽屋まで向かう。
ここに天野という珍しい顔があるためなのか、前島はとても上機嫌だ。
「お着替えがあるんで、師匠は楽屋に入っちゃ駄目ですよ」
「わかってる。……ああ、そうだ。マユコ様ってのは誰だ?」
「マユコさんですか? ちょっと待ってください。マユコさーん!」
前島がマユコ様を呼んで連れて来た。
「柏田のボディガードを務める天野というものだ。君がマユコ様か?」
マユコ様は不安気に天野を見つめる。
「はい。あの、私に何か……?」
その姿を見て、天野は熱心なファンが応援したい理由を何となく察した。
長身の八頭身でスタイルが良く、小顔で目鼻の整った美人だ。確かにモデルでも通用するだろう。
前島も柏田も可愛いらしいアイドルだが、マユコ様はそれよりも頭ひとつ抜き出ている。
天野は周囲からマユコ様を遠ざけ、耳元で囁いた。
「君は恐らくSNSなどをやっているだろう。そこに明日まで『センターになりたい』という発言を加えて欲しい。できれば何度もだ」
「えっ? でも……」
マユコ様は眉をひそめた。
「私、センターにはあまり興味がありません」
「そうなのか? 君もアイドルなのだから、センターに憧れるものじゃないのか?」
「今はまきりんがいますし、私は年上過ぎます。正直なところ、グループのためには、私よりも若い子がなるべきと考えているんです」
謙虛な発言だ。
天野は簡単な嘘をすぐに見破ってしまうが、マユコ様には嘘を吐いている様子が見られない。
グループの発展のためには、自分よりも若手がセンターに立つべき、という考えの持ち主のようだ。
(なるほど。本人にはセンターを目指す気がないのか……。だからこそ、バカなファンが凶行に走る、ってことか……)
天野はため息を吐きながら言った。
「君の考えはわかった。だがこれは必要なことなんだ。意図は理解できないと思うが、柏田を救うための布石になる。そう信じてくれないか?」
「その発言が、まきりんを救うんですか?」
「そうなる。頼む」
「まきりんのためなら……。はい、わかりました」
困惑しながらも健気に頷いた。
柏田が襲撃されたニュースはマユコ様も知っている。
この男は新聞で報じられたSPの男だ。
柏田を救うのであれば、その程度の頼みはお安い御用だった。
「そしてこれは、君と俺だけの秘密にしてくれ。誰にも言うな」
「わかりました」
マユコ様が神妙に頷いていると、前島が頬を膨らませ、スネたように割り込んできた。
「師匠! マユコさんと仲良しです! 師匠はマユコさんが推しメンなんですか?」
「なんだ? その『推しメン』というのは?」
「師匠はマユコさんが好きか、ってことですよ!」
マユコ様は苦笑しながら前島を見つめた。
ほっぺたに嫉妬がつまり、ぷっくりとフグのように膨らんでいる。
こんな前島の顔を見るのは初めてだ。
「ゆうこちゃん、お師匠様とそんな話はしてないのよ。ゆうこちゃんのお師匠様を取らないから、安心しなさい」
「そうですか? 師匠はちゃんと私を推してくださいね!」
前島はそう言って、マユコ様と一緒に楽屋に入って行く。
その様子を眺めていた涼太が呟いた。
「……ねぇ、前島さん、間違いなく勇二に惚れてるじゃん。あれ好感度マックスだよ。いつの間にここまで仲が進展してたのさ」
「そうか? アイツはただの弟子だぜ。師弟愛じゃないのか」
「勇二は前島さんのことになると、随分と鈍くなるね」
「まぁ、興味がないからな」
「ファンが聞いたら泣いて嫉妬するよ」
そのまま廊下で柏田を待ち続け、20時前になると、一緒にテレビ局にある会議室へと向かった。
雑誌のインタビューを受けるのだ。
柏田の他にも、前島を始めとした何人かのアイドルメンバーの姿もある。
「えへへ。今日は師匠と一緒にお仕事ですね。弟子の晴れ姿をしっかり見ていてくださいね」
とにかく前島は上機嫌だ。
真の純真無垢な笑顔を浮かべる姿を見て、柏田が嬉しそうに言った。
「なんだか天野さんといると、いつものゆうこちゃんじゃないみたいです」
「そうなのか? こいつはいつもこんな感じだぞ」
「ゆうこちゃん、いつもどこか無愛想なんですよ。本番以外じゃ笑わないことで有名なんです」
「ま、まきりん! それ言っちゃダメ! それは内緒にして!」
「ほう……」
天野は嫌らしい笑みを浮かべた。
「弟子はいつも無愛想なのか。それは知らなかった。俺様の前では猫をかぶっていやがるな」
「ち、違いますよ! 弟子である私が、本当の私です!」
「それはどうかな。お前はクソ女なんだ。信用できんな」
「し、師匠ぉー! 本当ですってばぁ!」
顔を真っ赤にして慌てる前島の表情は、アイドルメンバーにとって本当に初めて見る姿だった。
いつも前島はどこか疲れたような顔を浮かべており、誰に対しても無愛想で近づきがたいオーラを放っている。
それが天野の前では、無邪気で元気な少女そのものだ。
(ああ、これは、惚れてるな)
天野以外の全員は、そう思っていた。




