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天才クソ野郎の事件簿  作者: つばこ
彼女を上手にスキャンダルから守る方法
54/91

天野くんの護衛




「……柏田を入院させよう。あの病院を使うしかあるまい」


 宮元は驚いて尋ねた。


「入院って……柏田をですか? 柏田を入院させるんですか?」

「そうだ。俺様のコネがある病院を使うぞ。最高の部屋を手配しよう」


 指先をパチリと鳴らし、天野は気障ったらしい笑みを浮かべた。


「敵は柏田の自宅マンション前で待ち伏せしていた。なぜか知らないが、柏田の個人情報が漏れている可能性が高い。それはつまり『アイケープロが持つ情報が漏れている』ということに等しい。事務所のアジトは危険だ。体調不良という理由があれば、入院も不自然なことではないだろう」


 病院、という言葉を聞いて涼太は気づいた。

 天野は切り札を使うつもりだ。


「あの病院を使うの? いいの?」

「それが一番確実だ。気乗りはしないが仕方あるまい」

「あそこなら確かに安全だ……。勇二、本気だね」


 宮元は不安気に2人の顔を見つめる。


「あ、あの、どこの病院に入院させるんですか?」

「都内にある病院だ。VIP室に入院させる。一般人が利用することは少なく、セキュリティも完備されている。こちらも護衛し易い」

「その病院の中に、柏田を匿うことができるんですか?」

「できる。握手会の当日は病室で過ごしてもらおう」

「本日はどうしましょう? 仕事もキャンセルして病院に直行させますか?」


 少し思案しながら、ベッドにいる涼太に尋ねる。


「涼太よ、もう動けるか?」

「大丈夫だよ。そんなに痛みも熱もない」

「涼太が動けるのであれば、柏田はいつも通り仕事に専念してもらおう。ボディガードは手配できたか?」

「もちろんです。柏田と前島に1人ずつ手配しております」


 天野は舌打ちしながら呟いた。


「少ないな」

「す、すみません。あまりに急だったので」

「いや、人数が少ないほうが指揮を取りやすく好都合かもしれん。3人で護衛しよう」


 涼太はベッドから起き上がり、すぐに着替え始めた。


「今日もまきりんに会えるんだね。楽しみだなぁ」

「脳天気な奴だ。今度は散弾銃で狙われても助けないからな」

「それじゃ、僕の華麗な足技で何とかするしかないね」


 着替えを終えて病院を出る。

 天野たちは宮元の車に乗り込み、柏田のスケジュールを確認した。


「今日は19時までテレビ番組の収録。20時から21時までは雑誌のインタビュー。21時半から23時までラジオの収録となります」

「まったく忙しいな。宮元よ、悪いが大学に寄ってくれ。俺は単位が足りないんだ。そのため教授から受け取るものがある。すぐに終わるから頼めるか?」

「はい、大丈夫です」


 一旦大学に立ち寄ると、天野は大きな鞄を抱えて戻って来た。

 涼太が呆れたように言った。


「随分と荷物が多いね」

「ああ、教授の野郎、色々と押し付けやがって……。宮元すまない、急ごう」


 車がテレビ局に到着した。

 宮元は関係者用のパスを天野たちに手渡し、専用の裏口から中に入った。

 真っ直ぐタレントの控え室へ向かうと、青ざめた柏田と、前島のマネージャーである川口の姿があった。

 川口は天野の姿を見つけると、即座に頭を下げた。


「ああ、天野様に涼太様……。昨日は本当にありがとうございました……」


 柏田も隣に立ち、黙って頭を下げる。

 2人共、顔色が悪い。

 襲撃されたショックから立ち直っていないのだ。

 天野はひとつ咳払いすると、柏田に気障ったらしく語りかけた。


「柏田よ、今日から俺と涼太が君を護衛する。君を必ず守ると約束しよう。安心してくれ」


 柏田は潤んだ瞳で天野たちを見上げた。


「天野さん、涼太さん。ご迷惑をおかけしますが、よろしくお願いいたします。涼太さんには怪我をさせてしまったのに、本当に申し訳なく思います……」

「気にしないでよ。こんな怪我、舐めておけばすぐ治るよ。まきりんが舐めてくれると、もっと早く治ると思うけど」


 軽口を叩く涼太を、天野は呆れながら見つめた。


「お前はすぐ調子に乗りやがる。あの時、撃ち殺されてしまえば良かったのにな」

「酷いことを言うなぁ。僕ちゃんはまきりんのテンションを上げようと必死なワケよ」

「柏田よ、こんな軽薄な馬鹿はアテにならないが、それなりに頑丈だ。撃たれそうになったら盾にして逃げろ」

「そうそう、僕ちゃんを盾に……って、ちょっと! それじゃ僕がマジで撃ち殺されちゃうじゃん!」

「じゃあ、柏田が死ねばいいのか? 薄情な奴だな」

「そうじゃないよぉ。撃たれる前に何とかしようよぉ」


 涼太が困惑しながら体をクネクネと揺らせている。

 柏田はそのコミカルな姿に安堵の笑みを浮かべた。

 散弾銃で撃たれるほどの危険な目にあっているのに、2人は自分を守ってくれると宣言し、どこか不思議な自信に満ちている。

 柏田はこの変わった男たちを信じた。


「それでは、お仕事に行きましょう。もう大丈夫かな?」


 宮元が優しく尋ねると、柏田は無垢な笑みを浮かべた。


「もう大丈夫です。頑張ります!」


 そのまま天野たちはスタジオまで向かった。

 今はアイドルグループによるバラエティ番組の収録中だ。

 グループのメインメンバーが勢揃いしている。

 笑顔で収録に参加する柏田に、メンバーたちは心配そうに声をかけていた。


「撃ち殺されそうになっても、翌日には何事もなかったかのように笑顔でアイドルか。芸能界ってのは過酷なもんだな」


 同情したように天野は眺めているが、涼太は興奮を隠しきれない。


「たまんないねぇ。アイドルだらけだよ。みんな可愛いなぁ」

「お前は物知りだな。俺は誰1人知らないぞ」

「もったいないなぁ。コンサートで見たでしょ」

「そう言われると、何人か見覚えがあるな」


 柏田はもうアイドルスマイルを浮かべて収録に参加している。

 なかなか度胸のあるアイドルだ。

 どんな困難でも乗り越えようとする力強さを、天野は感じた。


 収録の様子を眺めていると、宮元が天野たちのもとにやって来た。

 1人の屈強な男性を連れている。


「天野さん、こちらが柏田の護衛を務める佐久間さくまさんです」


 佐久間と呼ばれた男は、スーツに身を包んだ屈強な筋肉の持ち主だった。

 身長は天野と同じくらい高く、耳が餃子のように丸い。

 柔道の有段者ということが窺えた。


「佐久間と申します。よろしくお願いします」

「天野だ。こっちは佐伯涼太。よろしく頼む」

「佐久間さんは過去に、芸能人や政治家のSPを務めたことがございます。経験豊富で頼れる方ですので、何かあればお尋ねください」

「それは頼りになるな。佐久間とやら、今回は俺様の指示に従ってもらう。構わないな?」


 天野は偉そうな態度を崩さない。

 別に年長者を軽んじる性格ではないのだが、このボディガードのリーダーは自分だ、という立場を示す必要があるからだ。

 佐久間はちょっと訝しげに生意気な若者を眺めた。


「佐久間さん、大丈夫です。今回は天野さんの指示でお願いします」


 宮元が助け舟を出すと、佐久間は納得したように頷いた。


「あと皆さんの無線機を用意しました。これを使ってください」

「それは助かるな。チャンネルを合わせよう」


 小型の無線機を装着して、アイケープロのジャンパーを着込む。

 それぞれ連絡が取れるように準備した上で、スタジオの収録を見守った。


**********


 収録は何事もなく終わった。

 アイドルたちが楽しそうにスタジオから出てくる。


「……あれ? 師匠だ! 師匠じゃないですか!」


 前島が嬉しそうに駆け寄って来た。

 メンバーの娘が前島に尋ねる。


「ゆうこちゃん、この人が噂の師匠?」

「そうだよ! 噂の天才クソ野郎だよ! カッコイイでしょ!」


 天野は前島を見ると少し嬉しそうに笑った。


「悪いが、今日は柏田の護衛だ」

「まきりんいいなぁ。師匠、私の護衛もしてくださいよ」

「お前にもプロのボディガードをつけてもらうように頼んである。安心しろ」

「わぁ、師匠ってば優しい! あっ、まきりーん! こっちだよ!」


 前島に呼ばれて柏田もやって来た。

 そのまま一緒に楽屋まで向かう。

 ここに天野という珍しい顔があるためなのか、前島はとても上機嫌だ。


「お着替えがあるんで、師匠は楽屋に入っちゃ駄目ですよ」

「わかってる。……ああ、そうだ。マユコ様ってのは誰だ?」

「マユコさんですか? ちょっと待ってください。マユコさーん!」


 前島がマユコ様を呼んで連れて来た。


「柏田のボディガードを務める天野というものだ。君がマユコ様か?」


 マユコ様は不安気に天野を見つめる。


「はい。あの、私に何か……?」


 その姿を見て、天野は熱心なファンが応援したい理由を何となく察した。

 長身の八頭身でスタイルが良く、小顔で目鼻の整った美人だ。確かにモデルでも通用するだろう。

 前島も柏田も可愛いらしいアイドルだが、マユコ様はそれよりも頭ひとつ抜き出ている。

 天野は周囲からマユコ様を遠ざけ、耳元で囁いた。


「君は恐らくSNSなどをやっているだろう。そこに明日まで『センターになりたい』という発言を加えて欲しい。できれば何度もだ」

「えっ? でも……」


 マユコ様は眉をひそめた。


「私、センターにはあまり興味がありません」

「そうなのか? 君もアイドルなのだから、センターに憧れるものじゃないのか?」

「今はまきりんがいますし、私は年上過ぎます。正直なところ、グループのためには、私よりも若い子がなるべきと考えているんです」


 謙虛な発言だ。

 天野は簡単な嘘をすぐに見破ってしまうが、マユコ様には嘘を吐いている様子が見られない。

 グループの発展のためには、自分よりも若手がセンターに立つべき、という考えの持ち主のようだ。


(なるほど。本人にはセンターを目指す気がないのか……。だからこそ、バカなファンが凶行に走る、ってことか……)


 天野はため息を吐きながら言った。


「君の考えはわかった。だがこれは必要なことなんだ。意図は理解できないと思うが、柏田を救うための布石になる。そう信じてくれないか?」

「その発言が、まきりんを救うんですか?」

「そうなる。頼む」

「まきりんのためなら……。はい、わかりました」


 困惑しながらも健気に頷いた。

 柏田が襲撃されたニュースはマユコ様も知っている。

 この男は新聞で報じられたSPの男だ。

 柏田を救うのであれば、その程度の頼みはお安い御用だった。


「そしてこれは、君と俺だけの秘密にしてくれ。誰にも言うな」

「わかりました」


 マユコ様が神妙に頷いていると、前島が頬を膨らませ、スネたように割り込んできた。


「師匠! マユコさんと仲良しです! 師匠はマユコさんが推しメンなんですか?」

「なんだ? その『推しメン』というのは?」

「師匠はマユコさんが好きか、ってことですよ!」


 マユコ様は苦笑しながら前島を見つめた。

 ほっぺたに嫉妬がつまり、ぷっくりとフグのように膨らんでいる。

 こんな前島の顔を見るのは初めてだ。


「ゆうこちゃん、お師匠様とそんな話はしてないのよ。ゆうこちゃんのお師匠様を取らないから、安心しなさい」

「そうですか? 師匠はちゃんと私を推してくださいね!」


 前島はそう言って、マユコ様と一緒に楽屋に入って行く。

 その様子を眺めていた涼太が呟いた。


「……ねぇ、前島さん、間違いなく勇二に惚れてるじゃん。あれ好感度マックスだよ。いつの間にここまで仲が進展してたのさ」

「そうか? アイツはただの弟子だぜ。師弟愛じゃないのか」

「勇二は前島さんのことになると、随分と鈍くなるね」

「まぁ、興味がないからな」

「ファンが聞いたら泣いて嫉妬するよ」


 そのまま廊下で柏田を待ち続け、20時前になると、一緒にテレビ局にある会議室へと向かった。

 雑誌のインタビューを受けるのだ。

 柏田の他にも、前島を始めとした何人かのアイドルメンバーの姿もある。


「えへへ。今日は師匠と一緒にお仕事ですね。弟子の晴れ姿をしっかり見ていてくださいね」


 とにかく前島は上機嫌だ。

 真の純真無垢な笑顔を浮かべる姿を見て、柏田が嬉しそうに言った。


「なんだか天野さんといると、いつものゆうこちゃんじゃないみたいです」

「そうなのか? こいつはいつもこんな感じだぞ」

「ゆうこちゃん、いつもどこか無愛想なんですよ。本番以外じゃ笑わないことで有名なんです」

「ま、まきりん! それ言っちゃダメ! それは内緒にして!」

「ほう……」


 天野は嫌らしい笑みを浮かべた。


「弟子はいつも無愛想なのか。それは知らなかった。俺様の前では猫をかぶっていやがるな」

「ち、違いますよ! 弟子である私が、本当の私です!」

「それはどうかな。お前はクソ女なんだ。信用できんな」

「し、師匠ぉー! 本当ですってばぁ!」


 顔を真っ赤にして慌てる前島の表情は、アイドルメンバーにとって本当に初めて見る姿だった。

 いつも前島はどこか疲れたような顔を浮かべており、誰に対しても無愛想で近づきがたいオーラを放っている。

 それが天野の前では、無邪気で元気な少女そのものだ。


(ああ、これは、惚れてるな)


 天野以外の全員は、そう思っていた。



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