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天才クソ野郎の事件簿  作者: つばこ
彼女を上手にスキャンダルから守る方法
53/91

天野くんと芸能界の裏事情




 やがてマンションの前にパトカーと救急車がやって来た。


 跳弾を肩に受けた涼太はすぐに救急車で運ばれ、天野たちも警察の事情聴取に応じた。

 川口と宮元としては警察沙汰にしたくなかったが、これは発砲事件だ。マスコミの記者もその場にいる。揉み消すことは不可能だった。


 事情聴取から解放されると、天野は涼太の病室を訪ねた。


「涼太よ、肩の具合はどうだ」


 涼太は眠りかけていたが、天野の顔を見て嬉しそうに笑った。


「もう来てくれたんだ。肩から散弾が2発だけ摘出されたってさ。大したことはないよ」

「そうか、何よりだ」

「しかしアイツらはなんだったのさ。散弾銃を持ち出すなんて聞いてないよ」


 涼太がため息を吐きながら嘆くと、天野は自らの手をしみじみと見つめた。


「ギリギリのタイミングだった……。この手がほんの少しでも遅ければ、お前と柏田は撃ち殺されていただろう」

「勇二が野蛮人で本当に良かったよ。よくもまぁ、銃を持った相手を瞬殺できたね」

「これでも必死だったさ。俺としても銃を持った人間と戦うのは初めてだよ。銃を持っていた男が雑魚だったのが幸いだった。それよりも……」


 悔しそうに虚空を睨みつける。


「あの長髪のテコンドー野郎……。まるで勝てる気がしなかった。アイツが銃を持っていれば終わりだったな」

「大学じゃ無敵の殺戮兵器でも、やっぱり勝てない相手がいるんだね」

「所詮はただの大学生さ。相手は恐らく軍隊上がり。素手で人間を殺すことができるプロ。そんな人間に勝てるはずがない」

「はぁ、それが僕の相手じゃなくて本当に良かったよ」


 もう夜が明けようとしている。

 2人が欠伸を噛み殺していると、宮元が病室に入って来た。

 真っ青な顔で深く頭を下げる。


「天野さん、佐伯さん。柏田を守っていただき、本当にありがとうございます……」


 天野は宮元を睨みつけると、吐き捨てるように言った。


「お前、頭が高いんじゃないか?」


 宮元は慌てて土下座した。


「すみません! こんなことになるなんて、本当に申し訳ございません!」


 天野はその姿を満足気に見下ろしている。

 涼太が苦笑しながら言った。


「そうやって人をすぐに土下座させる癖、良くないと思うよ」

「アホか。俺が銃口をずらさなきゃ、お前も柏田も死んでいたぞ」

「それはそうだけどさ。宮元さん、立ってください」


 おずおずと宮元は立ち上がった。


「宮元よ、犯人に心当たりはないのか?」


 宮元は涙目で首を振った。


「私もわからないんです。こんなことは想定しておりませんでした」

「しかし実行犯が2人だぞ。おまけに刃物と銃で武装している。相手は組織である可能性が高く、かなり計画的な犯行だ。確実に柏田を殺すつもりだった。犯行声明などは事務所に届いていないのか?」

「何も届いておりません。ただ……その……」

「なんだ? はっきり言え」


 少し宮元は言いよどんでいたが、震えながら口を開いた。


「天野さんたちは、うちのアイドルグループについて詳しいでしょうか?」

「僕は詳しいですけど、勇二はさっぱり。前島さん以外のことは何も知りませんよ」

「そうですか……」


 宮元は病室の椅子に座り、2人を眺めながら説明を始めた。


「うちのアイドルグループは、人気でいえば前島がトップ。2番手が柏田です。前島は絶対的な人気を誇っていますが、2番手と3番手の人気はそれほど差がないんです。人気ナンバースリーの娘は、高嶋麻友子たかしままゆこといいます」


 天野としては聞いたことのない名前だが、グループに詳しい涼太は「うんうん」と頷いた。


「その子もかなり人気ですよね。通称『マユコ様』だ。グループの中でも最年長で、女性誌のモデルもやっている女の子。美人のお姉さんキャラとして評判ですよね」

「その通りです。この高嶋麻友子には、かなり熱狂的なファンが多いんです」

「それも有名ですね。マユコ様を神としてあがめているような団体ですよね」

「はい。もしかしたら、その団体による犯行ではないかと、事務所は考えてます」

「なぜだ? その団体がなぜ、柏田の命を狙う?」


 天野の疑問に涼太が答える。


「前島さんがグループから卒業すると、まきりんがセンター、マユコ様は人気ナンバーツーに躍り出るでしょ? そうなるとさ、まきりんがいなくなればマユコ様がセンターになれる、って考えちゃうファンもいるってことだよ」


 天野は「馬鹿馬鹿しい」と吐き捨てた。


「なぜ柏田を殺す必要がある? 普通に応援していればいいだろ」


 その疑問に宮元が答える。


「前島が卒業を発表し、グループ全体は浮き足立っています。トップの娘が卒業を発表したので、他のメンバーとしては卒業し易い環境が整うことになりました。しかも高嶋麻友子は最年長。卒業が最も早いのではないか、と噂されております」


 その言葉を涼太が補足する。


「あくまでファンとしての客観的な意見だけど、歌でも踊りでも、マユコ様よりまきりんのほうが上なんだ。でも、顔のビジュアルだけはマユコ様のほうが勝っている。大好きなアイドルに容姿端麗を求めるファンからすれば、まきりんって存在はうざったいんだよ。マユコ様が卒業する前に、何としてもセンターになって欲しいんじゃないかな」

「まったく……。なんてくだらない話だ」


 天野は両手を広げ、銃を撃つようなジェスチャーをとった。


「だから散弾銃でパーンと撃ち殺すのか。たかが1人のアイドルを頂点の椅子に座らせるために、ライバルを射殺だと? バカにも程がある。まるで理解できんな」

「そうだね。いくらなんでも、ちょっと信じがたい話だね」


 宮元が天野に向き直り、今度は自ら土下座した。


「天野さん、改めてお願いがございます」

「初めからその姿勢なら、俺様も願いを聞く気になるぞ。言ってみろ」

「今回のことは全国ニュースになります。スポーツ新聞の一面を飾ることになるでしょう。かなりの大スキャンダルとなります。どうかお願いします。お2人は、『アイケープロのSP』ということで、話を通していただけませんでしょうか?」


 天野は嫌な笑みを浮かべながら宮元を見下した。


「もうそれで話を通したんだろう? メディアにはそのように伝えており、新聞もその内容で刷られているんじゃないか?」

「そ、その通りなんです……。どうかお願いします!」


 天野はため息を吐きながら涼太を見つめた。


「だってよ。どうする涼太?」

「僕は構わないよ。まきりんのボディガードなんて最高じゃん。むしろ僕からお願いしたいね」

「お前は銃で撃たれたのに強気だな」

「だって、勇二も乗るでしょ?」


 ニヤリと不敵な笑みを浮かべ、天野は気障ったらしい指先を振り回した。


「なぜ天才クソ野郎の心理が読める。さてはお前エスパーだな? 宮元よ、条件が3つある」

「は、はい……。なんでしょうか……?」

「ひとつは俺様に護衛の指揮を取らせること。もうひとつは、俺たち以外にも本職のSPを用意すること。そして最後に、前島にもSPを用意すること。以上だ。この3つの条件が守れるのであれば、お前の頼みを聞いてやろう」


 宮元は驚いて顔を上げた。


「そ、それだけでいいんですか? しかも柏田を護衛していただけるんですか?」

「ああ、俺様に柏田を守らせろ」


 天野は指をパチンと鳴らすと、瞳に殺気を燃え上がらせた。


「あのテコンドー野郎め。この俺様をコケにしやがって……。この借りは返してやる。倍どころじゃすまさねぇ。100倍返しだ」


 そしてお馴染みの気障ったらしいジェスチャーを振り回し、どこまでも偉そうに告げた。


「宮元よ、安心するがいい。この天才クソ野郎にかかれば全てうまくいくんだ。柏田の命を守り、あの腐った組織もまとめてお仕置きしてやろう」


 宮元は深く頭を下げた。


「あ、ありがとうございます!」


 涼太は苦笑しながら天野を見つめた。

 このクソ野郎は何だかんだ言っても、2人のアイドルの身柄を案じているのだ。

 そんな悪友の姿が嫌いではなかった。


「でも勇二はどうするつもりなの? どうやって連中の尻尾を捕まえる?」

「犯行声明が出るさ。恐らく全国ニュースの後にな」


 大きな欠伸をして、病室の椅子に腰掛けた。


「まぁ、それまでのんびり寝ようぜ」



**************



『アイドル柏田麻紀、謎の組織に襲撃される』



 このニュースは全てのメディアが大きな事件として報道した。

 天野がストーカー役の男を取り押さえている写真が紹介され、天才クソ野郎は不本意ながらも、全国紙へのデビューを飾った。


 宮元が再度、涼太の病室を訪問したのは昼を過ぎた頃だった。

 天野も涼太も仮眠をとり、ちょうど目を覚ましていた。


「天野さん、佐伯さん、犯行声明です! 犯行声明が事務所に届きました!」

「ほう、きたか」


 宮元は1枚のファックスのコピーを持っている。

 天野たちはそれを覗きこんだ。



**********

アイケープロダクション各位昨晩の襲撃では邪魔が入った。

だが、死ぬまでの時間が延びただけだ。

次の『全国握手会』にて、柏田麻紀の命をいただく。

次は確実に殺す。

我々の理想のために。


マユコ信仰会

**********



 天野は犯行声明を見ながら首を傾げた。


「なんだ? この『マユコ信仰会』というのは?」

「昨日言ってたやつだよ。マユコ様を熱心に応援している団体だね」

「本当に過激派のファンがいるのかよ……。イカれてやがるぜ……。これは警察に届けるのか?」


 宮元は首を横に振った。


「警察沙汰にはしない、というのが事務所の方針です」

「タレントが殺害予告されているのに警察に届けないのか。なぜだ?」

「えっと……。その、高嶋麻友子の事務所とは、あまり波風を立てたくないんですよ……」


 これは芸能事務所の力関係が大きく影響している。

 アイドルたちはグループで活動しながらも、それぞれが様々な芸能事務所に在籍しているのだ。


 困ったことに高嶋麻友子の芸能事務所は業界最大手。この脅迫状を公開すれば、高嶋麻友子にとっては大きなイメージダウンとなる。

 他のアイドルを殺害するような過激派のファンなんて、誰だって公になって欲しくない。殺害予告を警察に届ければ、事務所間の関係が悪くなってしまう。

 アイケープロとしても苦渋の決断だ。


「タレントを見殺しにするとは薄情はくじょうな事務所だな。この『全国握手会』というのは、いつ開催されるんだ?」

「それが明日なんです。昼の12時から夜まで開催されます」

「明日か……。どこでやるんだ?」

「国際展示場なんです」

「チッ、デカイところでやりやがる」


 場所が大きすぎる。

 相手は散弾銃まで所持している謎の組織だ。

 まだ銃火器があるのであれば、爆破、長距離射撃、実弾で特攻など、最悪のケースがいくつも想定できる。

 天野のような素人が対処できるレベルではない。


「握手会は欠席させろ。絶対にだ」

「はい。明日の柏田は、体調不良ということで欠席させます」

「さて、そうなれば、相手はどう出るかな……」


 天野は声明文を見ながら思案した。

 腕組みをしながら独り言をブツブツと呟き、病室の中を歩き回る。 

 天野はしばらく病室を歩き回っていたが、ふと思い出したように尋ねた。


「宮元よ、柏田は今、何をしている?」

「本日はテレビ番組の収録があるのですが、今は控え室で待機させております」

「握手会を欠席させた場合、明日はどうするつもりだ?」

「事務所が持つ部屋で、待機させようかと考えております」


 それを聞くと、再び天野は何かをブツブツ呟きながら歩き出した。

 涼太はじっと黙って、天野が口を開くのを待った。


(天才クソ野郎が作戦を練り始めたね。どうするつもりなんだろ)


 5分ほど天野は作戦を練りながら、病室の中を歩き回っていた。

 その様子を涼太も宮元も黙って見守る。

 やがて天野は立ち止まり、静かに口を開いた。


「……柏田を入院させよう。あの病院を使うしかあるまい」



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