天野くんと芸能界の裏事情
やがてマンションの前にパトカーと救急車がやって来た。
跳弾を肩に受けた涼太はすぐに救急車で運ばれ、天野たちも警察の事情聴取に応じた。
川口と宮元としては警察沙汰にしたくなかったが、これは発砲事件だ。マスコミの記者もその場にいる。揉み消すことは不可能だった。
事情聴取から解放されると、天野は涼太の病室を訪ねた。
「涼太よ、肩の具合はどうだ」
涼太は眠りかけていたが、天野の顔を見て嬉しそうに笑った。
「もう来てくれたんだ。肩から散弾が2発だけ摘出されたってさ。大したことはないよ」
「そうか、何よりだ」
「しかしアイツらはなんだったのさ。散弾銃を持ち出すなんて聞いてないよ」
涼太がため息を吐きながら嘆くと、天野は自らの手をしみじみと見つめた。
「ギリギリのタイミングだった……。この手がほんの少しでも遅ければ、お前と柏田は撃ち殺されていただろう」
「勇二が野蛮人で本当に良かったよ。よくもまぁ、銃を持った相手を瞬殺できたね」
「これでも必死だったさ。俺としても銃を持った人間と戦うのは初めてだよ。銃を持っていた男が雑魚だったのが幸いだった。それよりも……」
悔しそうに虚空を睨みつける。
「あの長髪のテコンドー野郎……。まるで勝てる気がしなかった。アイツが銃を持っていれば終わりだったな」
「大学じゃ無敵の殺戮兵器でも、やっぱり勝てない相手がいるんだね」
「所詮はただの大学生さ。相手は恐らく軍隊上がり。素手で人間を殺すことができるプロ。そんな人間に勝てるはずがない」
「はぁ、それが僕の相手じゃなくて本当に良かったよ」
もう夜が明けようとしている。
2人が欠伸を噛み殺していると、宮元が病室に入って来た。
真っ青な顔で深く頭を下げる。
「天野さん、佐伯さん。柏田を守っていただき、本当にありがとうございます……」
天野は宮元を睨みつけると、吐き捨てるように言った。
「お前、頭が高いんじゃないか?」
宮元は慌てて土下座した。
「すみません! こんなことになるなんて、本当に申し訳ございません!」
天野はその姿を満足気に見下ろしている。
涼太が苦笑しながら言った。
「そうやって人をすぐに土下座させる癖、良くないと思うよ」
「アホか。俺が銃口をずらさなきゃ、お前も柏田も死んでいたぞ」
「それはそうだけどさ。宮元さん、立ってください」
おずおずと宮元は立ち上がった。
「宮元よ、犯人に心当たりはないのか?」
宮元は涙目で首を振った。
「私もわからないんです。こんなことは想定しておりませんでした」
「しかし実行犯が2人だぞ。おまけに刃物と銃で武装している。相手は組織である可能性が高く、かなり計画的な犯行だ。確実に柏田を殺すつもりだった。犯行声明などは事務所に届いていないのか?」
「何も届いておりません。ただ……その……」
「なんだ? はっきり言え」
少し宮元は言い淀んでいたが、震えながら口を開いた。
「天野さんたちは、うちのアイドルグループについて詳しいでしょうか?」
「僕は詳しいですけど、勇二はさっぱり。前島さん以外のことは何も知りませんよ」
「そうですか……」
宮元は病室の椅子に座り、2人を眺めながら説明を始めた。
「うちのアイドルグループは、人気でいえば前島がトップ。2番手が柏田です。前島は絶対的な人気を誇っていますが、2番手と3番手の人気はそれほど差がないんです。人気ナンバースリーの娘は、高嶋麻友子といいます」
天野としては聞いたことのない名前だが、グループに詳しい涼太は「うんうん」と頷いた。
「その子もかなり人気ですよね。通称『マユコ様』だ。グループの中でも最年長で、女性誌のモデルもやっている女の子。美人のお姉さんキャラとして評判ですよね」
「その通りです。この高嶋麻友子には、かなり熱狂的なファンが多いんです」
「それも有名ですね。マユコ様を神として崇めているような団体ですよね」
「はい。もしかしたら、その団体による犯行ではないかと、事務所は考えてます」
「なぜだ? その団体がなぜ、柏田の命を狙う?」
天野の疑問に涼太が答える。
「前島さんがグループから卒業すると、まきりんがセンター、マユコ様は人気ナンバーツーに躍り出るでしょ? そうなるとさ、まきりんがいなくなればマユコ様がセンターになれる、って考えちゃうファンもいるってことだよ」
天野は「馬鹿馬鹿しい」と吐き捨てた。
「なぜ柏田を殺す必要がある? 普通に応援していればいいだろ」
その疑問に宮元が答える。
「前島が卒業を発表し、グループ全体は浮き足立っています。トップの娘が卒業を発表したので、他のメンバーとしては卒業し易い環境が整うことになりました。しかも高嶋麻友子は最年長。卒業が最も早いのではないか、と噂されております」
その言葉を涼太が補足する。
「あくまでファンとしての客観的な意見だけど、歌でも踊りでも、マユコ様よりまきりんのほうが上なんだ。でも、顔のビジュアルだけはマユコ様のほうが勝っている。大好きなアイドルに容姿端麗を求めるファンからすれば、まきりんって存在はうざったいんだよ。マユコ様が卒業する前に、何としてもセンターになって欲しいんじゃないかな」
「まったく……。なんてくだらない話だ」
天野は両手を広げ、銃を撃つようなジェスチャーをとった。
「だから散弾銃でパーンと撃ち殺すのか。たかが1人のアイドルを頂点の椅子に座らせるために、ライバルを射殺だと? バカにも程がある。まるで理解できんな」
「そうだね。いくらなんでも、ちょっと信じがたい話だね」
宮元が天野に向き直り、今度は自ら土下座した。
「天野さん、改めてお願いがございます」
「初めからその姿勢なら、俺様も願いを聞く気になるぞ。言ってみろ」
「今回のことは全国ニュースになります。スポーツ新聞の一面を飾ることになるでしょう。かなりの大スキャンダルとなります。どうかお願いします。お2人は、『アイケープロのSP』ということで、話を通していただけませんでしょうか?」
天野は嫌な笑みを浮かべながら宮元を見下した。
「もうそれで話を通したんだろう? メディアにはそのように伝えており、新聞もその内容で刷られているんじゃないか?」
「そ、その通りなんです……。どうかお願いします!」
天野はため息を吐きながら涼太を見つめた。
「だってよ。どうする涼太?」
「僕は構わないよ。まきりんのボディガードなんて最高じゃん。むしろ僕からお願いしたいね」
「お前は銃で撃たれたのに強気だな」
「だって、勇二も乗るでしょ?」
ニヤリと不敵な笑みを浮かべ、天野は気障ったらしい指先を振り回した。
「なぜ天才クソ野郎の心理が読める。さてはお前エスパーだな? 宮元よ、条件が3つある」
「は、はい……。なんでしょうか……?」
「ひとつは俺様に護衛の指揮を取らせること。もうひとつは、俺たち以外にも本職のSPを用意すること。そして最後に、前島にもSPを用意すること。以上だ。この3つの条件が守れるのであれば、お前の頼みを聞いてやろう」
宮元は驚いて顔を上げた。
「そ、それだけでいいんですか? しかも柏田を護衛していただけるんですか?」
「ああ、俺様に柏田を守らせろ」
天野は指をパチンと鳴らすと、瞳に殺気を燃え上がらせた。
「あのテコンドー野郎め。この俺様をコケにしやがって……。この借りは返してやる。倍どころじゃすまさねぇ。100倍返しだ」
そしてお馴染みの気障ったらしいジェスチャーを振り回し、どこまでも偉そうに告げた。
「宮元よ、安心するがいい。この天才クソ野郎にかかれば全てうまくいくんだ。柏田の命を守り、あの腐った組織もまとめてお仕置きしてやろう」
宮元は深く頭を下げた。
「あ、ありがとうございます!」
涼太は苦笑しながら天野を見つめた。
このクソ野郎は何だかんだ言っても、2人のアイドルの身柄を案じているのだ。
そんな悪友の姿が嫌いではなかった。
「でも勇二はどうするつもりなの? どうやって連中の尻尾を捕まえる?」
「犯行声明が出るさ。恐らく全国ニュースの後にな」
大きな欠伸をして、病室の椅子に腰掛けた。
「まぁ、それまでのんびり寝ようぜ」
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『アイドル柏田麻紀、謎の組織に襲撃される』
このニュースは全てのメディアが大きな事件として報道した。
天野がストーカー役の男を取り押さえている写真が紹介され、天才クソ野郎は不本意ながらも、全国紙へのデビューを飾った。
宮元が再度、涼太の病室を訪問したのは昼を過ぎた頃だった。
天野も涼太も仮眠をとり、ちょうど目を覚ましていた。
「天野さん、佐伯さん、犯行声明です! 犯行声明が事務所に届きました!」
「ほう、きたか」
宮元は1枚のファックスのコピーを持っている。
天野たちはそれを覗きこんだ。
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アイケープロダクション各位昨晩の襲撃では邪魔が入った。
だが、死ぬまでの時間が延びただけだ。
次の『全国握手会』にて、柏田麻紀の命をいただく。
次は確実に殺す。
我々の理想のために。
マユコ信仰会
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天野は犯行声明を見ながら首を傾げた。
「なんだ? この『マユコ信仰会』というのは?」
「昨日言ってたやつだよ。マユコ様を熱心に応援している団体だね」
「本当に過激派のファンがいるのかよ……。イカれてやがるぜ……。これは警察に届けるのか?」
宮元は首を横に振った。
「警察沙汰にはしない、というのが事務所の方針です」
「タレントが殺害予告されているのに警察に届けないのか。なぜだ?」
「えっと……。その、高嶋麻友子の事務所とは、あまり波風を立てたくないんですよ……」
これは芸能事務所の力関係が大きく影響している。
アイドルたちはグループで活動しながらも、それぞれが様々な芸能事務所に在籍しているのだ。
困ったことに高嶋麻友子の芸能事務所は業界最大手。この脅迫状を公開すれば、高嶋麻友子にとっては大きなイメージダウンとなる。
他のアイドルを殺害するような過激派のファンなんて、誰だって公になって欲しくない。殺害予告を警察に届ければ、事務所間の関係が悪くなってしまう。
アイケープロとしても苦渋の決断だ。
「タレントを見殺しにするとは薄情な事務所だな。この『全国握手会』というのは、いつ開催されるんだ?」
「それが明日なんです。昼の12時から夜まで開催されます」
「明日か……。どこでやるんだ?」
「国際展示場なんです」
「チッ、デカイところでやりやがる」
場所が大きすぎる。
相手は散弾銃まで所持している謎の組織だ。
まだ銃火器があるのであれば、爆破、長距離射撃、実弾で特攻など、最悪のケースがいくつも想定できる。
天野のような素人が対処できるレベルではない。
「握手会は欠席させろ。絶対にだ」
「はい。明日の柏田は、体調不良ということで欠席させます」
「さて、そうなれば、相手はどう出るかな……」
天野は声明文を見ながら思案した。
腕組みをしながら独り言をブツブツと呟き、病室の中を歩き回る。
天野はしばらく病室を歩き回っていたが、ふと思い出したように尋ねた。
「宮元よ、柏田は今、何をしている?」
「本日はテレビ番組の収録があるのですが、今は控え室で待機させております」
「握手会を欠席させた場合、明日はどうするつもりだ?」
「事務所が持つ部屋で、待機させようかと考えております」
それを聞くと、再び天野は何かをブツブツ呟きながら歩き出した。
涼太はじっと黙って、天野が口を開くのを待った。
(天才クソ野郎が作戦を練り始めたね。どうするつもりなんだろ)
5分ほど天野は作戦を練りながら、病室の中を歩き回っていた。
その様子を涼太も宮元も黙って見守る。
やがて天野は立ち止まり、静かに口を開いた。
「……柏田を入院させよう。あの病院を使うしかあるまい」




