表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
天才クソ野郎の事件簿  作者: つばこ
彼女を上手にスキャンダルから守る方法
52/91

天野くんのお芝居




 宮元は冷や汗を流しながら車を操り、急いで柏田の自宅マンションへ向かった。


 実のところ、天野が取り押さえるストーカー役、その場面を写真に撮って記事にするマスコミの人間、全て手配してスタンバイしているのだ。


 まさかそこまで天野があっさり読んでしまうとは、川口も宮元も想定していなかった。



「いやぁ、僕はまきりんが推しメンなんだよ。ヨロシクね」


 車内で上機嫌なのは涼太だけ。

 柏田は天野の殺気に怯えながらも、涼太に頭を下げた。


「そうなんですか。ありがとうございます……」

「握手をお願いしてもいいかな」

「は、はい……」

「ついでにサインも貰ってもいいかな」

「構いませんけど……」

「いやぁ、今日は人生最高の日だよ。天才クソ野郎の相棒で良かったねぇ」


 この柏田麻紀という娘は、前島が所属するアイドルグループの人気ナンバーツーだ。

 前島がグループを卒業するため、今後は彼女がセンターを務めることになる。


 愛称は『まきりん』。

 売りは黒髪で清楚なルックス。キレのあるダンスパフォーマンス。

 そしてグラビアイドルにも引けをとらない抜群のプロポーションが人気だ。


 しばらくして、車が柏田のマンションに到着した。

 天野は宮元と打ち合わせに入った。


「それで、具体的にはどうすればいいんだ?」

「柏田の住居にストーカーを演じる男が現れます。それを撃退していただきたいのです」


 マンションの見取り図を広げながら説明を続ける。


「茂みの中にカメラマンが隠れております。マンションのエントランス前の中央、ここでストーカー役を取り押さえてください」


 マンションの前には少し開けたスペースがある。

 その中央に柏田が立った時、ストーカー役が現れて襲いかかるのだ。


「取り押さえる方法はどうする? 投げて組み伏せればいいのか?」

「それが理想ですね。相手を取り押さえた後、しばらく動かずにそのままの体勢でお願いいたします」

「そこで写真を撮るのか。涼太はどうするんだ?」


 少し思案すると、宮元は車内からスタッフジャンパーを取り出した。


「このジャンパーを着て、ストーカー役の足元に立っていただけますか?」


 背中にアイケープロの名前がある。

 あえて背中を撮影させ、事務所の関係者であることを証明するのだ。


「男を取り押さえた後、顔はしばらく上げたままでお願いします」

「俺様の顔を確実に撮影するためか……。やれやれ、また俺の顔が全国誌に載るのか」


 途中から会話を眺めていた涼太が、残念そうに声を出した。


「これじゃ、僕の華麗な足技の出番はなさそうだね」

「そうだな。俺が払い腰で投げて脇を固める」

「僕は背中が映るだけか。いいなぁ、勇二は美味しい役で」

「どこか美味しいんだよ。ふざけた芝居だぜ」


 車がマンションのエントランスに停車すると、天野と涼太はアイケープロのジャンパーを着こんでスタンバイした。

 川口はカメラマンらしき男と携帯電話で打ち合わせしている。


「……では、今から始めます。麻紀ちゃん、お願いね。こんなことを頼んで本当にごめんね」

「大丈夫です。悠子ちゃんのためですから」


 柏田は無垢むくに微笑んだ。

 これはそもそも、前島のスキャンダルを返上するための芝居だ。

 柏田にとって、前島はグループの仲間であり、友人でもある。この程度の芝居は安いものだった。

 前島は嬉しそうに友人の手を握った。


「まきりん、ありがとう。今度なにかご馳走するね」

「気にしないで。私のスキャンダルの時はよろしくね」


 そこに涼太が割り込む。


「僕はまきりんのためなら、本当にボディガードを務めても構わないよ」

「調子のいいことを言うな。行くぞ」


 柏田がゆっくりバンから降り、マンションに向かって歩き出した。

 その数メートル後方から天野と涼太が追いかける。


「いやぁ、まきりんは後姿も綺麗だね。もう僕ちゃんの理想そのものなんだよねぇ」

「お前の好みなんてどうでもいい。あれか、敵が来たぞ」


 前方からストーカー役の男が現れた。

 柏田は指定のポイントで立ち止まる。


「まきりん! 待ってたよ!」


 ストーカー役が奇声をあげながら動いた瞬間、天野が駆け出した。


「おらぁ!」


 柏田の横を走って通り過ぎると、その勢いで顔面に飛び膝蹴りを叩きこむ。

 着地と同時に左の掌底。

 右手で奥襟を掴み、払い腰で豪快に地面に叩きつけた。

 そのまま脇固めで男を捕獲して正面を睨みつける。

 視界の右側から数回フラッシュがたかれた。

 その間、涼太は男の足元に立ってカメラに背を向けていたが、異変に気づいて叫んだ。


「あれっ!? 勇二! もう1人来たけど!?」

「なんだと?」


 後方の物陰から刃物を持った覆面姿の男が現れた。

 ちょうど涼太の真正面だ。


「よくわからんが……ぶちのめせ!」

「オッケー!」


 覆面男が柏田に近づく前に、涼太は自慢の足技を繰り出した。

 鋭い三日月蹴りが男の持っていた刃物を高く弾き飛ばす。

 そのまま流れるように左顔面へハイキックを叩きこんだ。


「ぎゃっ」


 流れるように中段への回し蹴り、膝への関節蹴り、太腿への前蹴り、顔面への足刀蹴りを打ち込む。

 どれも鋭く威力のある蹴り技だ。

 生半可な威力ではない。


「ひぃっ!」


 覆面男は呆気なく戦意を喪失した。

 悲鳴を上げて逃げ去る姿を、涼太は構えながら見送った。


「決まったね! まきりん! 僕の足技、見た? イケてた?」


 柏田は不思議そうに首を捻った。


「お、おかしいですね。ストーカー役は1人のはず、なんですけど……」

「えっ? そうなの?」


 天野はそれを聞くと、組み敷いている男に尋ねた。


「おい、ストーカー役は何人いるんだ?」

「へぇ? 僕だけですけど?」


 男がのんびり声を出した瞬間、天野の左脇にある茂みの中から、もう1人覆面を被った男が飛び出した。

 その姿を見て、さすがの天野も血の気が引いた。

 猟銃らしき散弾銃を持っている。

 銃口の先にあるのは、柏田の姿だ。


「涼太! 後ろだ!!!」


 天野は叫びながらストーカー役の手を放し、散弾銃を持った覆面男に飛びかかった。

 涼太は振り返って銃口を確認すると、とっさに柏田を抱いて真横に飛んだ。

 天野が銃口を僅かに逸らした瞬間、散弾銃が火を吹いた。

 乾いた発砲音がマンションの前に響き渡る。


「くそっ!」


 天野は銃を持つ男の指を掴み、即座に折り曲げてへし折った。


「ぎゃああっ!」


 悲鳴をあげる覆面男から散弾銃を奪い、鼻柱に何度も銃底を叩きつける。

 1発、2発、3発。

 怯んだ隙に鳩尾への膝蹴り。

 最後は前蹴りで吹き飛ばした。


「涼太! 大丈夫か!?」


 涼太は柏田をかばい倒れこんでいた。


「いてて……。い、生きてるよぉ……」


 肩に跳弾ちょうだんを受けて負傷していたが、それほど酷い怪我ではない。

 散弾がスタッフジャンパーを切り裂き、微かに出血している程度だ。


「ど、どうなってんだ! 柏田! 怪我はないか!?」

「は、はい。私は大丈夫です……」


 銃声を聴いて、バンから慌てて宮元と川口が飛び出して来る。

 天野は堪らず叫んだ。


「おい! これもシナリオの内なのか!?」


 宮元は青ざめて首を振った。


「ち、違います。こんなこと、予定には……」

「くそっ!」


 天野は背後を振り返り、散弾銃を持っていた覆面男を睨んだ。

 男はよろけながらも必死に逃げ出そうとしている。


「宮元! 柏田をマンションの中に入れろ! 川口はこれを持って警察と救急車を呼べ!」


 散弾銃を川口に押し付け、天野は覆面男を追いかけた。

 覆面男は敷地の出口に向かってよろけながら走っている。


「待て! 逃げられると思うな!」


 追いかける天野を遮るように、1人の体格の良い長髪の男が立ちはだかった。


「なっ? 誰だ、お前は?」


 長髪の男は質問に答えず、ボクシングの構えで天野を睨みつける。

 殺気に満ちた鋭い瞳だ。

 挑発的な笑みを浮かべている。


「お前は何者だ? 邪魔をしたいのか?」


 かなり体格の良い男だ。

 天野よりも頭ひとつ高い。190cmは超えているだろう。

 おまけにはち切れそうなヘビー級の筋肉の持ち主。

 それがボクシングの構えで立ちはだかっている。


(なんだこいつは。まずい相手じゃねぇか)


 体格だけ見れば天野より上だ。

 この男がボクシングを習得していれば、殴り合っても勝ち目はないだろう。

 もし総合格闘技などを学んでいれば、組み合うことも避けたい。


「返事がないな。さては貴様、話すほどの知能が……」


 言葉の代わりに高速の左ジャブが襲いかかった。

 合気道を習得している天野は手首を掴み、捻り上げて投げることを得意としているが、この拳はあまりにも速すぎる。

 避けるだけで精一杯だ。

 後退する天野の左足に、長髪の男が鋭いローキックを放つ。


(チッ。こいつ、ボクシングだけじゃねぇ)


 蹴りが重く鋭い。

 この一撃だけで左足が麻痺するかのようだ。

 相手は何かの格闘技に精通している。


 長髪の男は間合いを詰めず、天野の動きを注視している。

 無闇に攻め込んで来ない。

 天野を倒すことが目的ではなく、ここに足止めして時間を稼ぐつもりなのだ。

 散弾銃を持っていた覆面男の背中がどんどん小さくなっていく。


 天野としてはタックルを仕掛け、得意の関節技で瞬殺したい。

 だが、相手はその動きも読んでいる可能性が高い。

 お互いが警戒しながら、じりじりと間合いを詰めていく。


(仕方ない。こちらから仕掛けるしかないのか)


 天野は覚悟を決めた。

 前のめりに倒れこみながら前進し、間合いを一気に詰める。

 低い姿勢からの高速タックル。

 長髪の男の両足を刈りにいく。


 天野を迎撃するため、長髪の男は膝蹴りを放った。

 しかし天野は即座に反転して避け、鳩尾に肘を打ち込んだ。


(チッ。外したか)


 肘打ちは僅かに急所を外した。

 筋肉の分厚い壁に阻まれる。

 それでも鋭い肘の一撃だ。

 素人であれば昏倒こんとうしてもおかしくない威力に、長髪の男は驚きの表情を浮かべた。


(まるで手応えがない。なんて筋肉だ)


 肘を滑らせながら反転。

 左右からの掌底を脇腹へ打ち込む。

 肝臓と肋骨を破壊する攻撃だが、長髪の男は怯まない。

 天野は相手のガードが下がった隙を狙い、かち上げるような掌底を放った。


「ぐはっ!」


 掌底は僅かに避けられた。

 逆に男の左ストレートが天野の顔面に命中していた。


「クソが……。この俺様の顔を殴りやがったな……」


 堪らず距離を取って離れる。

 鋭く重い拳だ。

 飛びそうな意識を必死に引き戻す。


「おまえ、ヤルな。若い。でも、イイ動きだ」


 長髪の男が不敵に笑い、見たことのない構えをとった。


(この発音は日本人じゃねぇな。どこの人間だ? そして、その構えはなんだ?)


 そう天野が思った瞬間だった。

 長髪の男が跳躍した。

 右足を垂直に振り上げている。

 間合いを一気に跳躍して詰め、踵落としで叩き潰すつもりだ。


「うおおっ!」


 ガードする余裕なんてなかった。

 紙一重で避け、転がるように逃げ回る。

 そこにも鋭い回し蹴りが飛んでくる。

 竜巻のような蹴りのラッシュだ。

 あらゆる角度から飛んでくる。

 空手の有段者である天野が見たこともないような蹴り技だ。

 転がるように逃げ回る体を、長髪の男のソバットが撃ち抜いた。


「ごほっ」


 天野の体が軽く吹き飛ばされた。

 恐ろしいほどの威力だ。

 肋骨が折れて肺に突き刺さったんじゃないか、と錯覚するほどの威力だった。


「な、なんて蹴りだ……」


 苦しげに息を吐く天野を見て、満足気に長髪の男は蹴りのラッシュを止める。

 天野はすかさず前方に転がると、体を捻って地面を這うような蹴りを放った。


「グッ」


 長髪の男が小さく呻いて後退した。

 苦し紛れの水面蹴り。

 しかし天野は靴に鉄板を仕込んでいる。

 スネにでも当たればダメージは大きい。


「得意技は『テコンドー』か……。お前、素人じゃないな」


 そう言いながら立ち上がって呼吸を整え、素早くローキックを放った。

 長髪の男は靴に何か仕込まれていると察し、ガードせずに後退して避ける。


(くそっ、ラチがあかねぇぞ……。こいつは間違いなく殺人者プロだ。拳でも蹴りでも勝ち目はない。関節を取れる隙はない。どうすればいい……)


 互いが少しずつ間合いを詰めた時、長髪の男の後方に白いワンボックスが猛スピードでやって来た。

 急停止し、けたたましくクラクションを鳴らす。

 もう散弾銃を持っていた覆面男の姿は消えていた。

 長髪の男は後方を確認すると、天野に向かって微笑んだ。


「命拾い、シタな。また、会おウ」

「お前と二度も顔を合わせる気はない。ここで潰してやる」

「モウ、時間だ」


 長髪の男は天野に背を向けると、白いワンボックス目掛けて走り出した。


「待て!」


 必死に後を追うが、長髪の男は逃げ足まで機敏だった。

 追いつくことも出来ない。

 長髪の男が白いワンボックスに飛び込むと、車は急発進して去っていく。

 ナンバーを確認するが隠されており、車両を特定することはできなかった。


「くそっ!」


 遠くからパトカーと救急車のサイレンが近づいてくる。

 天野が急いでマンションの入り口に戻ると、壁に寄りかかり肩を押さえる涼太、怯えて腰を抜かしている川口、涙目で震えているストーカー役の姿があった。


「川口よ、柏田はどうした」

「へ、へ、へ、部屋に戻しました……。宮元と、一緒です……」


 川口は銃を握ったまま震えている。


「前島はどこにいる!? 前島はどうした!」

「く、車の中です」


 天野は急いでバンに駆け寄った。


「前島、無事か!」

「師匠!」


 泣きながら前島が飛びついた。

 小さな体が恐怖で震えている。


「ふぅ……。お前は無事か」

「はい……。車からずっと見てました。何もできなくてごめんなさい……。お怪我はありませんか?」


 殴られた頬、蹴られた足と腹が痛む。

 だが、骨に損傷がある程ではない。


「大したことはないさ。相手は本気じゃなかった。それでも勝てる気がしなかった……。一体どうなってやがる……」


 前島の肩を抱きながら、天野はこれ以上ないほどの屈辱に包まれていた。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ