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天才クソ野郎の事件簿  作者: つばこ
彼女を上手にスキャンダルから守る方法
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天野くんの芸能界




 20時になった。

 天野がその日の実習を終えてキャンパスを出た時、前島から着信が入った。


「師匠、もう終わりました?」

「ああ、ちょうど終わった」

「正門の側に黒いバンを停めてます。そこまで来ていただけますか?」

「いいだろう」


 天野が電話を切ると、暗がりから涼太が嬉しそうにやって来た。


「遅くまでお疲れちゃん。意外と勇二ってマジメちゃんだよね」

「問題児だが、卒業はしたいからな」

「しかし今日は酷かったよ。友達や知らない人から、勇二と前島さんがデキてるのかって何度も訊かれんの。メディアの力って凄いね」

「俺様も訊かれた。ふざけた話だぜ。しつこく訊く奴は潰してやったよ」


 天野はかなり不機嫌な様子だ。

 潰し足りない、とばかりに指の骨をポキポキ鳴らしている。

 涼太は「もうこの話は止めたほうがいいね」と判断した。


「前島さんの相談って、なんだろうね」

「まるで見当がつかんな」


 涼太は「うぷぷ」と悪い笑みを浮かべると、天野の肩をポンポンと叩いた。


「だけどさ、これはいい機会かもしれないよ。師弟関係は順調じゃん。嘘を真実に変えちゃうのもアリじゃない?」

「うん? どういうことだ?」

「だから、2人が本当に恋人同士になるのもアリ、ってことだよ」


 涼太はヘラヘラと何かの期待に満ちた笑みを浮かべている。

 天野はあっさりと吐き捨てた。


「興味がないな」

「そんな即答しないで考えてみてよ。前島さんは可愛いし、頭の回転も速いし、勇二のことを変な先入観で見ないじゃん。理想的な女の子だよ。あんな娘が勇二の前に現れてくれるのを待ってたんだよね。僕としては是非とも交際して欲しいなぁ」


 天野はじろりと涼太を睨みつけた。


「なるほど……。お前はそんなことを考えていたのか。ゲスなチャラ男のくせに、前島には手を出そうとしないから不思議だったんだ」

「そりゃそうだよ。ついに現れた勇二のベストパートナー候補だもん。それに僕の推測だと、前島さんは勇二に好意を抱いていると思うよ」

「もう一度言うが、まるで興味がないな」

「はぁ……。その台詞、ファンが聞いたら泣いて嫉妬するよ」


 正門を出ると、すぐ近くに黒いバンが停車していた。

 窓ガラスにはスモークが貼られており、車内の様子は窺えない。他にはそれらしき車が見当たらないので、恐らくこれが前島の指定した車だろう。


 2人がバンに近づくと、車の扉が静かに開き、中から年配の女性が現れた。

 年は40半ばだろうか。スーツをビシッと着込んでいる。


「あなたが、天野様でしょうか?」


 とにかく今宵こよいの天野は不機嫌だ。

 すぐに偉そうな言葉を吐き出した。


「そうだが、お前は誰だ? 幼稚園で習わなかったか? 初対面の相手と話す時は自分から自己紹介しましょう、とな。それが出来ないとは、お前の幼稚園ではエイリアンが話すような宇宙語でも教えていたのか?」

「こ、これは失礼しました」


 年配の女性は素直に頭を下げて、名刺を2人に差し出した。


「アイケープロダクションの川口由紀恵かわぐちゆきえと申します。前島悠子のマネージャーを務めさせていただいております」

「それでいい。俺が天野勇二だ」

「僕は前島さんの友人で、佐伯涼太といいます」


 川口と名乗った女は、天野と涼太を値踏ねぶみするかのように見つめると、黒いバンの中に案内した。

 車内は中央の座席が取り払われており、人が休めるような様々な荷物が置かれている。

 移動と休憩場と着替える場所まで兼ねている車だ。


「あっ! 師匠だ! おはようございます!」


 後部座席から前島が顔を覗かせ、嬉しそうに声をあげた。


「前島よ、相談とはなんだ?」


 声をかけながらバンに乗り込むと、前島の隣にもう1人、女の子が座っているのに気づいた。

 涼太はその娘を見て仰天した。


「あれっ! 『まきりん』だ! 君は僕の推しメンこと、まきりんじゃないか!」

「しっ! あまり大きな声を出さないでください」


 川口は素早く注意するとバンの扉を閉めた。

 それを合図にしたかのように、運転席に座っていた男が口を開いた。


「川口と同じアイケープロの宮元泰明みやもとやすあきと申します」


 名刺を取り出しながら、先ほど涼太が『まきりん』と呼んでいた娘を指さす。


「そこにいる柏田麻紀かしわだまきのマネージャーを務めさせていただいております」


 柏田と呼ばれた女性も後部座席から天野たちに頭を下げた。


「柏田と申します。天野さんと佐伯さんのことは悠子ちゃんから聞いてます。お会いできて嬉しいです」

「そうか、天野だ」

「どうもご丁寧に。佐伯涼太と申します。まきりんに会えるなんて今日はツイてるなぁ」


 車内には前島と柏田。そのマネージャーが2人。4人の人間が乗っていた。

 天野は全員を見回しながら尋ねた。


「それで……。俺様に何の用件なんだ」

「あのですね、師匠に来ていただいたのは……」


 説明を始めようとする前島の言葉を川口が遮った。


「私から説明いたします。最初に確認させていただきたいのですが、天野様は前島と男女の関係には発展しておりませんでしょうか?」


 その日、何度目になるかわからない質問を受け、天野は心底嫌そうに吐き捨てた。


「交際はしていない。むしろ迷惑している。一般人なのに目線も入れず週刊誌に写真を掲載させるとは、おたくの事務所はどうなっているんだ? まず俺様に詫びるべきじゃないのか?」


 川口はその言葉に頷き頭を下げた。


「その点は誠に申し訳なく思っております。目線のない記事を出させたのは、確かに私共の不手際。ただ、タレントの関係は把握はあくしておく必要がございます。その質問をさせていただいたこともご理解ください」

「まぁ、いいだろう。わざわざ呼びつけたのはそれを訊くためか?」


 川口は涼太をちらりと見て、前島に尋ねた。


「悠子ちゃん。佐伯様にもお願いして良いのかしら……?」

「うーん……。どうしましょう。本当は師匠だけのつもりだったんですけど……」


 涼太は少々傷つきながらも抗議した。


「ぼ、僕がいるとまずかったの? 何だか最近扱いが酷くないかな? かな?」

「いや、まずくはないんですけど……。涼太さん、師匠ほどお強いですか?」

「強い? それって腕力が、ってこと?」

「そうです。喧嘩です」

「勇二ほど強くはないけど、勇二より勝ってるところもあるよ」


 自信満々に胸を張る涼太を、天野はいぶかしげに睨みつけた。


「お前が俺より勝っているところ? そんなものあったか?」

「あるよ! 蹴り技だけなら勇二に勝ってる! 僕ちゃんの長い足を活かした華麗かれいな蹴り技だよ!」

「ああ、蹴りか。それはそうかもしれんな。蹴りだけなら俺より上だ」


 その言葉を聞き、前島は安堵して川口に告げた。


「それなら涼太さんが一緒でも大丈夫です」

「わかったわ」


 川口は天野と涼太に向かい直った。


「お2人にお願いしたいことがございます。勝手なお願いごとになりますが、お聞きいただければ幸いです」


 すかさず天野が偉そうな口調で釘を刺した。


「本日の俺様は不機嫌だ。全てお前らの不手際のためだ。お前が依頼を受けるまで車から降ろさないと言っても、俺様は全員ぶちのめして帰る。それだけは覚えておけ」


 何の気配りもない脅しの言葉。車内に緊張が走った。

 川口は動揺しながらも「わかりました」と告げ、言葉を続けた。


「お願いしたいことは、3点ございます。1点目は、私の担当する前島悠子と一切の関係を断っていただきたいのです」

「えっ!? そんなの聞いてません! 酷いです川口さん!」


 前島が抗議の声をあげる。

 川口はそれを制して言葉を続けた。


「天野様が前島の交際相手という噂が上がっております。これ以上スキャンダルを広げたくはありません。お願いいたします」


 天野は即答した。


「却下だ。俺様が誰とどのような人間関係を構築しようが、お前に指図される筋合いはない」


 偉そうに川口の願いを叩き潰した。

 前島が嬉しそうに「さすが師匠!」と声をあげる。

 川口は懐から封筒を取り出して、天野に差し出した。


「もちろん、何もなしに、とは言いません」


 分厚い封筒だ。

 天野は中身を確認すると、舌打ちしながら川口に思いきり投げつけた。

 また車内に緊張が走り、封筒の中から数枚の万札がこぼれ落ちた。


「金で言うことを聞くと思うなよ。俺様は医者のボンボンだ。金なんかいらねぇよ」


 川口は封筒を受け取り、ため息を吐きながら口を開いた。


「では2点目のお願いとなります。これは3点目のご依頼と密接に関係しております。天野様が前島の知人というだけではなく、『アイケープロの関係者でもある』ということにしていただきたいのです」


 天野は腕組みしながら川口を見つめた。


「なるほどね。大学の知人ではなく事務所の関係者である、という言い訳が欲しいのか。だがどうやってそれを証明する? タレントとして雇うつもりか? はっきり言うが商売にもならんし、そんな依頼を受ける気もないぞ」


 その言葉を受けて、もう1人のマネージャーである宮元が口を開いた。


「実は私の担当している柏田麻紀に、ちょっと困ったファンがいるんです。ストーカーといっても過言ではありません。前島から天野さんがとても腕力に長けており、数々のトラブルを解決していると伺っております。柏田の警護を引き受けていただき、ストーカーの退治をお願いしたいのです」

「ほう、俺様をアイケープロの用心棒ボディガードとして雇いたいのか。そうなれば大学で一緒にいたとしても『前島を護衛しているだけ』という言い訳が使える。おまけに大事なタレントの命も助かる。まさに一石二鳥、ということか……」


 天野はニタリと悪い笑みを浮かべた。


「はっきり言おう。ストーカーなど最初から存在しないんだろう? アイケープロの関係者である俺様が柏田の命を救った……。そんな小芝居を演じて欲しい。それが依頼なんだろう?」


 川口も宮元も図星を指摘され、思わず互いに目を合わせた。


「ふざけた話だ。一般人に迷惑をかけたくせに、ボディガードとして働けだと? おまけにタレントの命を守る小芝居を演じろだと? ナメられたもんだぜ」


 天野は気障ったらしい指先を翻した。

 車内に天野の苛立ちが充満していく。


「いいか、俺様はこれからも前島と親しくして、お前らの大嫌いなスキャンダルを捏造しても構わないんだ。芸能界だからといって、誰もが尻尾を振って飛びつくと思うな。まずお前ら、人に頼む態度がなってねぇんだよ。俺様はお前らの骨を再起不能なほどにへし折り、全員ぶちのめして帰ってやろうかと、本気で思っているぞ」


 車内に大きな緊張が走った。

 川口と宮元は気まずそうに黙りこみ、まるでチンピラのような天野を心底嫌そうに見つめた。

 この緊張感と気まずい沈黙が漂う車内で、前島だけが「さすが師匠ですねぇ。脅し文句が粋ですねぇ」と、のんきな声をあげている。

 川口は額の汗を拭きながら、必死に頭を下げた。


「失礼いたしました。我々に非があったことを深くお詫びします。どうか失礼を承知ですが、私共の依頼を引き受けていただけませんか」


 土下座せんばかりの勢いだ。

 宮元もそれに続く。


「どうかお願いいたします。私共におごりがございました。これもタレントのためとご理解ください。天野さんのお言葉通り、ちょっとした芝居を演じていただくだけなんです。どうか、前島のために、お願いいたします」


 宮元も運転席で正座して頭を下げた。

 天野は満足気にその光景を眺めている。

 涼太は内心「土下座させることが大好きなドSなんだから」とため息を吐いた。


「師匠、私からもお願いします」


 前島が助け舟を出した。

 その言葉を待っていたかのように天野が口を開く。


「弟子が言うなら仕方ない。依頼を受けてやろう。アイケープロのSPを演じてやろうじゃないか。涼太よ、構わないな?」

「まきりんのボディガードなんて無償でオッケーだよ。断る理由なんかないね」

「よし、これで交渉成立だ。しかしこれだけは覚えておけ。俺様は弟子が頼むから仕方なくやってやるんだ。師匠が優しい弟子思いの人間で良かったな? 俺様と弟子に心の底から感謝しやがれ」

「はい……。ありがとうございます……」


 川口は震えながら頭を下げている。

 涼太は「イライラするでしょ。可哀想に」と思いながら川口を見つめた。


「それでどんなシナリオを書いてあるんだ? もう準備は整っているんだろう? 役者である俺様を待たせるんじゃないぞ」


 天野は嫌な笑みを浮かべながら車内の人間たちを睨みつけた。





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